~可憐! 帰るなり絶叫~
三匹のフッドを倒した後には、魔物と出会うことは結局なかった。
やっぱり街の近くに魔物はあんまりやってこないみたいで、その後はず~っと歩きっぱなし。
魔物がいるかどうか、歩きながら見張って、見張りながら歩いて。
小休止を挟みながら歩いて、お昼には橋を工事してる現場に戻ってごはんを食べて。
で、午後からもず~~~~っと、歩きっぱなし!
もしも師匠に買ってもらった成長するブーツが無かったら、と思うと怖い。
きっと今頃、足の裏が痛くなっちゃってたと思う。
「でも、疲れた~」
夕暮れの中、あたしは大きく息を吐いた。
初めての仕事が終わったことへの満足感よりも、ず~っと魔物を警戒してた緊張感がとけた方が勝ってる感じ。
あぁ街の中って安全で平和だったんだ。
と、嫌でも思い知ることができた。
「……おつかれさま、パルヴァス」
「うん。サチもおつかれさま~」
と、あたしはサチとハイタッチした。
うん。
やっぱりサチはいい子だよ!
って思う。
そんなあたし達の前を歩く男の子たち。
イークエスとガイスとチューズの男の子組はとっても満足したような感じで、意気揚々と興奮しっぱなしで歩いている。
やっぱり初めての戦闘が男の子たちの話の中心みたい。
「……明日あたり死にそうな雰囲気ね」
「ちょ!? なんてこと言うのサチ」
あたしはびっくりしたサチに言ったが、彼女は前を指さすだけ。謝るとか、訂正するとか、そういうつもりは欠片もないみたい。
でも、まぁ……サチの言いたいことは分かる。
チューズが一番ご機嫌なんだけど、ガイスどころかイークエスまで、たった一度の戦闘を思い返して盛り上がっていた。
あそこでこうしたら良かった、とか、あれが良かった、とか、もっとこうだったらこうなった、とかなんとか。
盛り上がってるっていうより、浮かれてる感じ?
「……ね? 死にそうでしょ」
「言いたいことは分かるけど……サチもだいぶ浮かれてるよ?」
たぶん、サチってそういう事を言うような子じゃないと思う。
いや、ほんと、たぶんだけど。
なんだかんだ言って、一歩後ろに下がってる感じだけど、サチはサチで興奮冷めやらぬ、っていうやつなのかもしれない。
やっぱり、ちゃんとした戦闘を経験したってことは、みんなの心にいろいろと影響を与えたみたいだ。
「……そうかも」
「処女卒業、おめでとう! サチもこれで立派なレディだね!」
あたしがそう言って、ケラケラと笑おうとしたら前を歩く男の子三人が物凄い勢いで振り返った。
「え? なに?」
「……すけべ」
あぁ~。
男の子たちは『処女』って言葉に反応してしまったみたいだ。
ふひひ。
チューズは分かるけどイークエスとガイスまで反応したのは、ちょっとおもしろい。
あたしはニヤリと笑って、男の子たちに言ってやった。
「あはは! すけべー!」
「なっ!? ちょ、パルヴァス! こんな街中で!」
イークエスが慌てて周囲を見渡すけど――
大丈夫だよ。
普通に生きてる人って、意外と他人の話とか聞いてないもん。
しあわせそうな人間が歩いてたって、誰も気にしない。
気にするのは、あたしが路地裏で生きてた頃のような汚い存在。もしくは、孤児院の制服を着た少年と少女かな。
自分に不利益がありそうな物しか気にしない。
自分に害のあるような存在しか注視しない。
もしくは、自分に利益があるような物も注目するかもしれない。
でも。
プラスにもマイナスにもならないゼロの存在なんて、誰も気にしないよ。
街の中で、あたしが男の子をバカにしたり、笑ったとしても……すれ違う人は、そんなの気にしない。
ちょっと笑われる程度だ。
侮蔑の表情で見られたり、石を投げられたり、ほうきで叩かれたり、追い払われたりはしない。
人間なんて、そんなものだ。
プラスかマイナスでしか、判断なんてしないもん。
「オ、オレは騎士だから、そんな恥ずかしい不名誉な言葉は謹んでくれ」
「ふーん。じゃ、チューズだけにあげるね。すけべ、エロー、ヘンタイ~」
「な!? なんでオレだけ!? ガイスも振り返っただろ!」
「知らん」
「はぁ! おま、おまえー! ガイス!」
「知らん!」
とか言いながら、ガイスは走っていく。それを追いかけてチューズも走り出して、イークエスも逃げるように走っていった。
「……元気ね、みんな」
「あはは!」
すけべ三人組を追いかける必要もないので、あたしとサチはゆっくり歩いて冒険者ギルドにまで帰ってきた。
他にも冒険者パーティが帰ってきてるみたいで、ギルドの中はそこそこ混んでいる。
とりあえず長椅子に座っていたガイスとチューズと合流すると、しばらくしてイークエスが今日の報酬を持って戻ってくる。
「お疲れさま。今日はパルヴァスのおかげで助かったよ」
はいどうぞ、と報酬をくれる。
銀貨十枚。
10アルジェンティも貰えるんだ。
すごい。
「領主さまの依頼だからな。ホントだったら銀貨三枚ほどの仕事だろう」
へ~、そうなんだ。
さすが領主さま。師匠のこと、ちゃんと認めてくれた人だから、やっぱりいい人に違いない。
「領主さまに感謝しなきゃ」
と、あたしはうなづいた。
「それから、パルヴァスに手紙が届いてるらしい」
「手紙?」
イークエスから白い便箋を受け取る。
そこには『パルヴァスへ』と書いてあった。
確かにあたしへの手紙っぽい。
「誰から?」
「さぁ? とりあえず渡してくれ、と受付さんから言われたんだ」
なんだろう?
盗賊ギルドからの報告かな?
もしくは、師匠からの指令とか?
「なんだなんだ? パルヴァスって手紙が届くようなお嬢様だったのかよ」
チューズが驚いたように言う。
手紙って貴族がもらうものなの?
「違うよ~。あたし孤児だもん」
って、言った瞬間――みんなの顔が、あっ、という感じになった。
しまった。
失敗した。
伏せておくべき情報、ってやつだったのかもしれない。
正直なことは良いけれど、余計な情報は与えなくてもいい。
利益がある場合のみ情報を開示しろ。
もしくは、本当の中に嘘を混ぜておけ。
って、師匠に教えてもらってたのにぃ!
うぅ~、失敗しました師匠~……
でも、とりあえず、ごまかさないと。
「あたしは大丈夫だから。ほら、今では立派な冒険者になったから! 今日もあたし、活躍したじゃない? ちゃんとできてたでしょ?」
「う、うん。そうだよな、パルヴァスはもう仲間じゃないか。出身や生まれなんて、冒険者になれば関係ない」
イークエスのフォローに、みんなはうんうんとうなづいてくれた。
「じゃぁ、誰がパルヴァスに手紙を送ったんだ?」
そこはあたしもサッパリ分かんないので、手紙を開けてみる。
もしも盗賊ギルド関連だったら、暗号とか、そういうので、みんなが見ても分からないようになってるはず。
なにより、バレる方法で送らないと思うし。
でも、難しい暗号だったらどうしよう?
ちゃんと理解できないと困るので、もっと勉強しないといけない。
まぁ、とにかく。
あたしにこうやって届くってことは、もっと関係のない普通の話のはず――
「え~っと……ちょっと王都まで行ってきます。エラント……し、師匠おおぉ!?」
あたしは思わず叫んでしまった。
手紙の中身は、ホントにシンプルにそう書いてあるだけ。他になんにも無し。師匠からの伝言だった。
「なんでー!?」
ほんとに。
あたしは本当に、びっくりして叫んでしまった。
だって!
だってだって!
「ひ、ひとりにしないでくださいよ、師匠ぉ!」
ドワーフ国でララさんとふたりぼっちになったのとは訳が違いますぅ!
こんな簡素で、どうってことのない手紙の内容を見て。
あたしがひとりで叫びだしたのを見て。
パーティの仲間たちは、驚いた表情であたしを見るのでした。
あはん。