~可憐! 勇気と勝利とガッツポーズと~
あたしは、神さまじゃなくて、師匠に祈る。
だって、あたしを救ってくれたのは神さまじゃない。
師匠だから。
だからあたしが祈るのは師匠だけ。
「――ッ!」
このまま普通に避ければ、あたしは助かる。
でも、ソードフッドの剣がガイスに当たっちゃう。イークエスも後衛のチューズとサチも間に合わない。
その一撃でガイスは死なないと思う。
でも――
でも、あたしなら!
あたしなら、間に合う!
だから。
あたしは、あたしを殺そうとしたアローフッドの放った矢に向かって――
「ぃぃぃい!」
突撃した!
目を閉じそうになった。
怖かった。
ぐわんぐわんと、たわむようにしてこっちに向かってくる矢。まるでスローモーションみたいに見えた。音も聞こえない。そんな世界の中で、あたしは矢の切っ先を見た。
――怖い。
それでも、怖い。
だって、当たれば痛いに決まってる。目に当たったら、見えなくなるし、喉に当たれば、助かる可能性が低い。太ももに当たったら動けなくなるし、腕に当たれば攻撃が出来なくなる。
殺意のこもった矢。
あたしは。
それを――
頬をギリギリかすめない程度に避けて――
「うりゃあああ!」
ガイスに攻撃しようと剣を振り上げたソードフッドに跳び蹴りをした。
全力で!
体当たりに近いような感じで、あたしはソードフッドを蹴り飛ばした。
「ぐえ」
でも、着地のことなんて考えてなかったから、そのままあたしは地面に落ちるように倒れた。ゆっくりになっていた意識が、とたんに元に戻る。音が急に聞こえてきて、あたしは混乱するように体の衝撃に身をよじった。
「パルヴァス!」
落ちた衝撃にうぐぐぅと耐えていると、イークエスの声が聞こえる。
「おおおおお!」
それと共にガイスの声と、ぐしゃりと言う音。
あたしは慌てて起き上がった。跳び蹴りで吹っ飛んだソードフッドにガイスが斧の二撃目を叩き込んだところだ。
良かった――と、思ったらイークエスがあたしの前に立つ。
また嫌な金属音が盾から響いた。
アローフッドが追撃であたしを狙ってたみたい。それをイークエスが防いでくれた。
盾って、すごい。
じゃなくて、イークエスがすごい!
「大丈夫か、パルヴァス」
「うん、平気」
あたしは、ふぅ、と息を吐いて、素早く状況を確認した。
ランサーフッドとソードフッドは倒したみたい。もう動いてない。
あたしが避けてる間にランサーフッドをイークエスが倒したのかな。で、あたしが飛び蹴りをして転ばせたソードフッドをガイスが倒した。
ということは、残りは――
「残りはあいつだけだ」
矢を引き絞り、こっちを狙うアローフッド。狙いはあたしじゃなくて、後衛のふたりだったみたいだけど……
「あっ」
チューズとサチがあたし達の後ろに入った時点で、アローフッドは狙うのをやめた。
弓矢をおろして、背中を向ける。
「逃げるぞ、あいつ!」
それを見てチューズが前に出た。
あたしも、イークエスの前に出て、投げナイフをホルダーから引き抜く。
さっきは味方にあたるかもしれなかったので、使えなかった。師匠といっしょに練習したけど、『鷹の目』のスキルを持ってないから、やっぱり味方に当たるかもしれなくて使えない。
スリングでの投石は、まだ当てる自信がないや。
なので、投げナイフをスローイングした。
今度は味方に当てちゃう心配はゼロ。
練習通りに投げられるはず!
「ほっ!」
「フランマ・ブレット!」
あたしの投げナイフとチューズの炎弾。
そのふたつがアローフッドへと命中した。
逃げ出す背中に命中したので、アローフッドはそのまま倒れる。おそらく、まだ倒せていないから、トドメが必要だ。
と、あたしが走ろうと思ったらすでにガイスが走っていた。
「おおおおおりゃ!」
大きく振り上げた斧を、そのまま地面に倒れるアローフッドへと振り下ろしたみたい。
ズシン、とこっちまで響きそうな一撃は、確実にトドメを刺せた証だった。
そのままガイスが斧を振り上げるが、二撃目は必要なかったらしく、ゆっくりとおろした。
そう。
つまり。
あたし達は勝ったんだ!
「ふぅ。……や、やったー! あたし達、ちゃんと勝ったね! わーい!」
あたしは両手をあげて、みんなを見た……んだけど……
「あれ?」
イークエスとチューズは自分の手を見ていた。
「ど、どうしたの? 怪我でもしちゃった?」
あたしの声が聞こえていないのか、ふたりともフルフルと震える両手を握りしめて、そのままバッタリと地面に倒れてしまった。
「えー!? 毒!? なに、敵がまだいるの!?」
あたしは慌ててサチの近くに移動して、周囲をうかがった。
でも、やっぱり敵の気配なんてどこにもない。
見えてる範囲で動いてるのは、あたし達と雲ぐらいなものだった。鳥の姿すらも見えないので、相当な気配遮断を持った魔物がいるのかも!?
「……良かったぁ。勝ったぁ……」
と、あたしの後ろでサチも座り込むのが分かった。
「あれ?」
「……大丈夫よパルヴァス。みんな、緊張してただけ。倒れたのは、嬉しいだけだから」
「そ、そうなの?」
あたしは再びイークエスとチューズを見る。
ふたりは倒れたまま拳を空に向かって突き上げていた。
あぁ~。
そういうことか。
イークエスも、チューズも――
「童貞卒業ってことだ」
あはは、とあたしは笑う。
遠くの方で、ガイスも立ったまま天に向かって拳を突き上げていた。
「ガイスも童貞だったんだ。ってことは、サチも処女だったの?」
あたしが聞くと、サチはころんと横になりながら、うなづいた。
「……初めてだったわ。パルヴァスは違うの?」
「あたしは違うよ。コボルトとギルマンを倒したことある」
「……そう。凄いわね」
と、サチは笑った。
そして、満足したように大きく息を吐いて、彼女は空を見上げた。
「……」
そんなサチを見てると、新人冒険者を罠にはめるような子には見えない。
ちょっと変な神さまを信仰してる、ちょっと変な女の子。
そんな感じにしか、見えなかった。
「ほら、いつまでも寝てたら襲われちゃうよ」
あたしはサチに向かって手を伸ばす。
サチはあたしの手をつかんで、身を起こした。
「……それは、魔物? それともパルヴァスが襲ってくれるの?」
「あたしは襲わないよっ! っと」
サチを起き上がらせて、あたしはイークエスとチューズのもとへ移動する。
ふたりとも、感動を噛みしめてるみたい。
「ほらほら、男の子たちも。早く立たないと童貞卒業した日に死んじゃうよ?」
「おっと。そいつは困るぜ」
「はは。それは死んでも死にきれないな」
チューズが軽々と身を起こしたのに対してイークエスはやっぱり鎧が重いのか、行動は鈍い。
「はい、捕まって」
「ありがとう、パルヴァス」
思いっきり引っ張ってイークエスを起こした。
やっぱり重い!
「あとはガイスだけど……まだ手をあげたままだ……」
逆に疲れないのかな、あれ。
戦士だからこそ?
うーん?
「気持ちは分かる。うん」
「あぁ。パルヴァスの活躍にも助けられたけど、ガイスの撃墜数が一番だったからな」
一番活躍したのはガイスだ、ってイークエスは言うけど――
「あたしはイークエスの盾が一番だったと思うよ」
あたしの言葉に、イークエスはびっくりしたような顔でこっちを見た。
「ほ、本当かい?」
「うんうん! ずっと守ってくれたし、安心できたよ」
イークエスの顔がちょっぴり赤くなった。
「そ、それは、うん、ありがとう。あ、いや、騎士としては当たり前だけど、あぁ、あぁどうしよう。嬉しい……」
「あはは!」
あたしは照れるイークエスの背中をバンバンと叩いた。
うん。
めちゃくちゃ痛かった。
鎧って凄い……
「……そろそろガイス、呼ばない?」
サチに言われて、あたし達はガイスのもとに走った。
そんな感じで。
あたし達の初めての戦闘は!
大勝利を飾ったのだった!
やりましたよ、師匠!