~可憐! ヴァーサス・フッド~
フッド。
魔物辞典で、コボルトの次に載ってる魔物。頭が大きくて、手足が細い灰色の肌をした人型の魔物。
コボルトと同じレベル1の魔物で、コボルトよりも強いところは武器をいろいろ持っているところ。
剣とか弓とか槍とかダガーとか。
少ないけど盾を持ってるフッドも確認されたことがある。
って、書いてあった。
レベル1っていうのは、レベル1の冒険者がひとりで勝てるっていう意味で付けられてる。
もしもレベル2の魔物がいたら、レベル1の冒険者はふたりじゃないと勝てない。
そんな感じでレベルが割り振られてるみたいだけど、あくまで参考の値だから信用してはいけない。
つまり、あたし達はパーティ全員でレベル5。
フッドは三匹だから、レベル3。
普通に戦ったら勝てる相手だ!
「剣と槍、後ろに弓を持ってるよ」
膝立ちになってあたしは報告する。
森から出てきたフッド三匹の装備は前衛ふたりと後衛ひとり。そこそこ森から離れたので、もうこれ以上は仲間とかいないはず。
どこを目指しているのかは分からないけど、とりあえずこっちに向かって歩いてきてる。もしかしたらジックス街を目指してるのかも?
「了解。サチ、補助魔法を頼めるか」
「……位置がバレるけど、いい?」
魔法を使うと不意打ちができなくなるのかぁ。
神官魔法って、光ったりするのかも?
でも、どっちにしろ隠れるところもない。このままいくと、どっちにしろあたし達がいることがバレちゃうはず。
それなら先手で補助魔法を使うほうがいいかな。
「相手は格下だ。でも、オレ達は初めての戦闘。ここは落ち着く意味でも、万全でいこう」
イークエスの言葉にサチはうなづいた。
そのまま立ち上がると、ふぅ、と息を吐いて集中する。すぐにサチの神官服がはためくように魔力が足元から吹き上がった。
おー、すッごい!
ってあたしは思った。
同時にサチの姿が神秘的に見えた。
これが、神官魔法なんだ。
これが神さまの奇跡を代行する魔法なんだ。
「クインク・テンポラ――エクスペンション」
五重の光の環がサチの足元に描かれる。
少しだけ、サチの足が震えてるのが分かった。声も――、ふるえてる。
サチが緊張してるのが分かった。
「フィルド・ディフィンシオニス!」
それでも――
サチは震えを吹き飛ばすように、叫ぶように魔法を使った。
五つの光の環が弾けるように消失し、魔法が発動する。
「わ。なんか、あったかい」
「……できた。良かった。……えっと、防御魔法。少しの攻撃なら防いでくれる」
「お~」
なんとなく分かる。
魔法っていうのかな、それとも魔力なのかな。もしかしたら神さまの力なのかもしれないけど、あたしの身体のまわりに膜ができたみたいな感じがする。
これなら、ちょっとくらい攻撃が当たっても大丈夫そう。
でも――
「やっぱり気づかれた。来るぞ、みんな」
ガイスが斧を担ぎながら言う。
神さまの奇跡は、やっぱり目立ってしまうみたいで三匹のフッドはこちらに向かってぎゃぎゃぎゃと迫ってきた。
まだ距離の余裕がある。
あたしは足元にあった石を拾って魔力糸を利用したスリングを作った。
ひゅんひゅん、と空気を切る音を響かせながら、あたしはスリングをまわす。
「先制攻撃いくよ!」
「おう」
イークエスの言葉に合わせて、あたしは先頭を走ってくるソードフッドへ向けてスリングの石を投げつけた!
どうだ――!
「……外れた」
あらら。
投げナイフよりは練習してないけど、真っ直ぐ向かってくる敵には当てられると思ったんだけどなぁ……
聖骸布のせいで能力が上がってるから?
それとも緊張のせいかな……
うーん、失敗。
「ダメじゃん、盗賊!」
チューズがあたしと位置を代わるように前に立った。
「フランマ・ブレット!」
両手を重ねるように前に突き出すと、手の前に炎が顕現する。ゆらり、と熱を感じたかと思うと、それが真っ直ぐソードフッドへ向かって飛んで行った。
「ぎゃ!?」
炎弾はソードフッドの身体に当たって、ぼぅ、と燃え上がった!
「おー、すごいすごい! チューズかっこいい!」
「へ、へへ……ど、どんなもんだい!」
と、そんなあたし達の前にイークエスが立った。
なになに、と思った瞬間、ガギン、と鈍い金属の弾ける音がする。
イークエスが掲げた盾からだ。
「油断するな。まだ敵を倒したわけじゃないぞ」
盾に弾かれたのは錆びだらけの矢。
アローフッドが遠距離攻撃してきたようだ。
続けて矢が飛んでくるのをイークエスが盾で防いでくれる。矢はそこまで速くはない。けど、やっぱり自分を狙って飛んでくる殺意がこもった矢って、すごく怖かった。
「くっ……いける、オレはやれてる……!」
サチと同じく、イークエスの足も震えていた。
でも、気力は充分だ。
気迫じゃ負けてない!
それに、イークエスの大きな盾がこんなに安心できるものだとは思わなかった。
「進むぞ!」
イークエスを先頭にガイスが続いて、あたしも前に出る。
えっと、あたしの盗賊スタイルは中衛だ。後衛よりの中衛かな。師匠は前衛よりの中衛って言ってたけど、危ないからやめろって言われた。すべての攻撃を避けて、敵を翻弄しながら戦う盗賊って、カッコいいけど、あたしには無理だ。
だから、あたしはこの位置で間違ってない。イークエスとガイスの後ろを付いて走っていく。
あたしの後ろにチューズとサチが付いてくるのが分かった。
でも――
イークエスの盾で前は見通せない。
こういう時のために盗賊スキル『鷹の目』が必要なんだ。っていうのが理解できた。仲間たちの間から、しっかりと敵を視認するスキル。師匠なら走りながらイークエスとガイスに当てることなく投げナイフを命中させられる。
でも、あたしは鷹の目を持ってないので、無理です!
というか、ぜんっぜん見えないんだけど!?
まったく見通せないですよ師匠!
「ぎゃぎゃぎゃ!」
という声と共に、ガインッ、って甲高い音が鳴った。
たぶんランサーフッドの攻撃をイークエスが防いだんだ。
「おおおお!」
「はああああ!」
イークエスが剣を突き、その後ろからガイスが斧を振り下ろしたのが分かった。
どうなったの?
「ッ、上だ!」
イークエスの声。
「いっ!?」
ふたりの攻撃の結果を確かめる前に、山なりに矢が飛んできた! 威力はないけど、避けないわけにはいかない。
あたしは慌てて横に飛び出して、矢を避けた。
そのまま立ち止まることなく、走りながら状況を確認した。
「あっ」
どうやらイークエスの突き攻撃は外れてたけど、ガイスの斧は当たったみたい。
ランサーフッドの身体に斧が命中してる。
でも、その後ろ――焼け焦げたソードフッドが剣を振り上げながらガイスを狙ってた。
「やば」
ガイスが危ない。
でも、あたしも危なかった。
アローフッドが引き絞る矢の切っ先が、あたしに向いているのが分かった。
あたしは見事に釣りだされちゃったんだ。
どうする!?
どうしよう!?
「――ぐッ」
迷っている間にもアローフッドから放たれる矢。
ガイスを狙って振り下ろされようとするソードフッドの剣。
「うぎぃ、師匠ぉ――!」
と、あたしは叫んだ。
それは神さまじゃなくて、師匠への祈りみたいなもの――
なにか、いろんなものを詰め込んだ感じで叫びながら。
あたしは精一杯の勇気を振り絞るのだった。