~可憐! はじめてのパーティ戦~
魔物が襲って来ないように、巡回しながら見張り。
って、依頼内容を聞いた時――
大草原の中でポツンとあたし達のパーティだけがいるようなところ、を想像してたんだけど……
現実は違った。
現実っていうより、地形かな。
ドワーフの国で、あのすっごく広い平原を見てたからそう思ったのかもしれない。
あの地形だったら、それこそ見張りだけで良くって、巡回する必要もないと思う。丘の上で見てるだけで仕事が終わっちゃうような、そんな感じ。
でも、そんな簡単なお仕事じゃなかった。
「ふぅ~」
あたしは大きく息を吐く。
歩き疲れたわけじゃなくって、魔物がいないかどうかを探索し続けることに疲れた感じ。
精神的疲労? っていうのかな?
ジックス街のまわりは、平原じゃなかった。
ちょっと遠くに山があるし、丘もある。離れた場所には森もあるし、穴みたいにへこんでいる地形もあった。
岩も転がってたし、背の高い植物が生えてる場所もある。
もしかしたら離れたところに池とか、沼とかもあるかもしれない。
その陰、ひとつひとつが――怖かった。
もしかしたら、もしかして、もしも、違うかもしれないけど、気のせいだったかな、本当にいたらどうしよう。
みたいな感じで、あらゆる物の陰に魔物がひそんでる気がして……
「疲れた」
少しばかり見通しの良い場所で、あたし達は小休止を取っている。もちろん、予定してた休憩だ。
どんなに疲れていなくても、ほんの短い間だけ休みを入れないとダメみたい。
その逆で、どんなに疲れていても小休止の時間は変わらないらしい。
疲れ切った状態で戦うのは危険だし、そのせいで死んでは意味がない。逆に、疲れていない場合でも、一度精神的なリセットをしてから任務や仕事に戻るほうが集中力や仕事の効率が上がるんだって。
そういえば師匠も、はい休憩、とか、ちゃんと休め、とか言ってたっけ。
あたしとしては、もっともっと頑張れるって思ってたけど、重要なことだったのかもしれない。
定期的に小休止を入れるのは義務だと思っていた方がいい。
と、イークエスも語った。
「……パルヴァス。お水」
「わーい。ありがとう、サチ」
師匠にもらったポーションしか持ってなかったので、あたしはサチから水筒を受け取る。革で作られた小さな水筒だったので、ちょっと遠慮がちにあたしは口をつけた。全部飲んじゃったらサチの分が無くなっちゃう。
こくこく、と喉を鳴らして飲み干す水は、コーンスープに匹敵するほど美味しかった。味は水の味なんだけど、ぜんっぜん価値が違う感じ。
美味しい!
「ふはぁ」
「……ん」
ありがと、とサチに水筒を返すと、彼女はあたし達に背中を向けて水筒の水を飲んだ。
うーん。
水を飲むところも見せちゃいけないのかな。
戒律が本当だとしたら、相当変な神さまだよね?
「パルヴァス」
「ほえ?」
不意にイークエスに呼ばれたので、変な声が出ちゃった。
「肩の力が入り過ぎだ。もう少し余裕を持ってもいい」
「あ、うん。分かってるけど、どうしても……」
「気持ちは分からんでもないけどなぁ。初日のオレたちも似たようなもんだったぜ」
チューズの言葉にガイスは、うんうん、と苦笑しつつうなづいた。
「歩きまわるだけで、疲れたのは足だけのはずだったのに。ギルドに戻って気づいた時には肩がガチガチになってた。パルヴァスも、そんな感じだ」
「そ、そうなんだ」
落ち着いた感じのするガイスでさえ、そうなっちゃったんだ。
あたしも肩に力が入ってたかも?
腕をあげたりしてみると……うん、本当に疲れてる感じがする。師匠にもらった聖骸布とブーツのおかげで、体力的にはぜんぜん大丈夫なんだけど、緊張とか精神的な不安とか、そういうのには効果が無いみたい。
言われなかったら、ガチガチに肩がこってたかも。
「どれ、オレが肩を揉んでやろう」
と、イークエスがあたしの背中側にまわる。
「お~。思った以上にパルヴァスは小さいな」
騎士装備のガントレットを付けたまま、イークエスがあたしの肩を揉んでくれる。あんまり強くしないでくれたので、ちょっぴりくすぐったい。
「ふひ。こしょばいよぅ」
「我慢だ我慢。まぁ、それくらい気楽な感じで、見張っててくれ」
「はーい」
ぐりぐりと揉んでくれるイークエス。それにあたしは笑いつつ、ぼけ~っと周囲を見た。
盗賊スキル『俯瞰の目』。
まるで鳥が空から見るように、周囲の状況を立体的に把握するスキル。
って、師匠が教えてくれたけど……あたしには難しい。だって、見えてない部分とか、どうやって把握するっていうのさ。
見えないよぅ。
勝手に想像しちゃったら逆に危ないと思うし。
まだまだ経験も熟練も鍛錬も修行も足りてないってことかな。
「ん……ふ、気持ちいい。上手だね、イークエス」
「そ、そうか。なら続けるか?」
「うん、もっとして~」
イークエスにそう言うと、チューズとガイスが苦笑した。
あれ?
なんか変なこと言った?
「さっきまでビビってたのが嘘みたいだぜ、パルヴァス」
「はは。それぐらい大物であれば問題なさそうだな」
うッ。
よくよく考えれば、パーティのリーダーに肩を揉ませてるって、『偉そうな貴族』みたいな状態だった。
つまり、一番エライ人に肩を揉ませてるみたいなものだから、師匠に肩を揉んでもらってるみたいな感じ。
「あぁ、ごめんなさいイークエス。こ、今度はあたしが揉むね……って、鎧があるし!」
「あはは、気にしないでいいよパルヴァス。そうだな、帰ってからで頼む」
「うん、わかった。ギルドに帰ったら――」
あたしは素早くその場で伏せて、這いつくばった。
遠く――森の方!
そこで何かが動いた!
「ど、どうしたパルヴァス!?」
「伏せて!」
あたしの言葉に、一瞬だけ遅れてみんなが伏せる。
地面から、頭だけを起こしてあたしは森を指さした。
「あそこ、あっち。森があるところ」
「……あれは、動物……いや、魔物か」
イークエスの言葉に、あたしはうなづく。
森の木々の間から何者かがこちらに向かって出てきた。
遠目で判断できないが、どう見ても人間じゃない。
だって、肌の色が違うんだもん。
人間の子どもみたいな大きさだけど、その肌の色は灰色だった。
二本足で歩いてるから、動物じゃない。
確実に――魔物だ!
「戦闘準備。あせるな、まだまだ距離がある。みんな落ち着けよ」
「分かった」
「お、おう」
「……えぇ」
地面に伏せながら、イークエスたちは置いていた武器を装備し、点検する。
その間も、あたしは魔物を注視しつづけた。
魔物は警戒しつつ森から出てくる。キョロキョロと周囲をうかがうような動きをしてるのかな。
たぶん、あたし達がいるのはまだバレてない。という事は、視力とか、そういう探知系は高くない魔物ってことだ。
数は、二匹……じゃなくて、三匹かな。見えてる範囲では同じ魔物が三匹、森から出てきた。
もしかしたら、もっと森の中にいるかもしれない。
まだまだ観察を続けないと。
「装備完了。戦闘準備完了。問題のあるヤツはいるか……よし。パルヴァス、魔物の正体は分かるか?」
イークエスたちの準備が整った。
「待ってね。もうちょっとだけ……」
あたしは頭だけでなく、身体を起こして膝立ちになる。
「見えた。あれは……フッドだ」
魔物辞典に載ってた図を思い出す。
その姿と合致するのは、『フッド』と呼ばれる魔物だった。
「フッドか。いけるな?」
「もちろんだ」
「いけるぜ」
「……問題ないわ」
イークエスの言葉に、ガイス、チューズ、サチはしっかりと返事をした。
「よし。パルヴァスもいいな」
「もちろん」
あたしもうなづく。
「さぁ、初陣だ。今日の夕飯は奮発するぞ」
リーダーの言葉に、あたし達はうなづく。
初めてのパーティ戦。
さぁ、魔物を退治するぞー!