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~卑劣! 王都へ用途、そっと移行っと~

 他の貴族についてはそれとなく調べておくが、あまり期待はするなよ。

 と、イヒト領主。

 自分の娘が最有力候補ということは、なんともアレな状況だが仕方がないだろう。

 貴族同士の腹の探りあいに参加できない俺は、よろしくお願いします、と深く頭を下げてから領主さまの仕事部屋を後にした。

 入れ替わりに美人メイドのリエッタが部屋へ入り、すぐに出てきた。

 そのまま外まで案内されるのかと思いきや、スタスタと挨拶もなしに行ってしまう。


「えぇ……」


 廊下を見渡しても誰もいない。

 他のメイドが案内してくれるのかと思いきや……


「マジで誰もいない」


 えぇ~……

 まぁ、信用されている証というのは理解できるが……


「果たして盗賊を野放しにして良いものなのか?」


 裏切るつもりは足の小指の爪ほど無いので何もしないが。

 だが、しかし。

 忙しいとは分かるが、最低限の監視はしておいた方がいいんじゃないのかなぁ。

 なんて思いながら階段をひとりで降りてひとりで玄関まで来て、ひとりで外に出た。

 見送りも無いらしい。

 ここは領主の館ではなく、俺の友達の家か何かなのだろうか。

 と、冗談のひとつも言いたくなってくる。


「エラントさん、馬をお持ちしましたよ」


 玄関前で嘆息していると、使用人と思われる男が馬を連れてやってきた。

 さすがは領主、使用人の服装も一人前だ。

 身なりの整った男に馬の手綱を受け取ると、さっそく飛び乗る。


「立派な馬だな」


 しつけが行き届いているらしく、俺が乗っても暴れる様子は無かった。むしろ、すまし顔。こいつはこいつで気品あふれる領主さまの持ち物としてプライドがありそうだ。

 なんにしても俺を受け入れてくれるのはありがたい。

 馬によっては相性があるからなぁ。

 誰でも乗せてくれる馬とそうではない馬。たぶんこの子は後者だろうけど、俺みたいな人間を乗せてくれるとは、なかなか器が大きいらしい。

 見習わないとな。


「えぇ。手放さずに済みました。エラントさんのおかげと領主さまが言っておられましたので、私も感謝しております」


 そうか。

 馬なんて用事が無ければ消費がかさむだけの生き物。メイドよりも先に売ってしまってもおかしくはなかったが……ギリギリだったのかもしれないな。

 もっと下手をしていれば、今頃は食べられていた可能性だって無くは、無い。


「ありがとう。しばらく世話になるぞ」


 さてさて、俺の言葉を理解してくれたかどうかは分からないが、大人しくしてくれているのは感じる。


「久しぶりの仕事ですから、それなりに走らせてやってください。アルブムも喜んでくれるでしょう」

「アルブムという名か。分かった。よろしくなアルブム」


 もちろん返事はない。

 それでも言葉は理解しているだろう。否定する素振りを見せないってことで、オーケーとしておこう。

 では、と俺は馬を小走りにさせ門から出ていく。


「いってらっしゃい、エラントの旦那」

「おみやげ、待ってますよ~」


 門から出ると衛兵のふたりが見送ってくれる。


「期待しないでくれよ」


 と、ふたりに挨拶をしつつ領主の館をアルブムに乗って後にした。


「ん?」


 視線を感じる。

 領主の館を見ると――メイド長たるリエッタが目礼をしていた。やはり見送るヒマもないほど忙しいのだろうか。

 俺も軽く会釈で返しておく。

 さてさて、あのメイドさんはイヒト領主の娘、ルーシュカさまの愚行を知っているのだろうか?


「……まぁ、知ってるんだろうな」


 さてさて。

 他人の家の事情になぞ首を突っ込みたくはぁない。ましてや黒幕ではないことを祈るしかないので、手早く済ませておきたいものだ。

 しかし、王都となると……そう、ホイホイと軽く移動できる距離じゃないからな。

 まずは準備が必要だ。

 一旦、黄金の鐘亭まで戻った俺は、宿にある厩舎にアルブムを預ける。


「こいつは立派な馬だ。もしかして領主さまの所の子じゃないかい?」


 厩舎にいた男は一目見て、馬が何者かを言い当てた。


「分かるのか?」

「分かる分かる。馬を世話したことあったら誰でも分かる気品だ」

「専門家、スペシャリストというやつだなぁ。俺には雰囲気しか分からん」

「はっはっは。そりゃ人それぞれ得意なものは違うからなぁ。お客さんの得意な物で勝負されたら俺は勝てないが、馬ならそこそこ戦えるぞ」

「そうだな。それじゃぁちょっとの間だけ頼んだ。すぐに戻ってくる」

「いってらっしゃい」


 どちらかというと俺よりも馬に興味がある男に軽く手をあげてから、盗賊ギルドへ向かった。

 手早く符丁を合わせテーブルの下へもぐりこむ。

 いつもの壁を抜けて、キセルをくゆらせる痩せたエルフに手をあげた。


「ん、どうしたエラント。さすがにまだ情報は手に入ってないぞ」

「いや、そこは期待してない。情報収集の依頼だ」


 俺は銀貨一枚を出そうとしたが、ルクスはそれを手で制した。


「そりゃ個人的な依頼か、それとも仕事関連か?」

「仕事だ」

「じゃ、金はいらねぇ」


 そういうものか、と俺は銀貨をしまった。


「で、なにを調べる?」

「パルを冒険者にもぐりこませたんだが、パーティメンバーの神官が妙らしいんだ」

「妙?」


 ルクスは興味が出てきたのか、くゆらせていたキセルをくるりと回転させて表情を改める。


「その神官は女なのだが、『男に肌を見せてはいけない』という戒律だと語った。これを調べて欲しい」

「そんな神、いたか?」

「思いつかんし、聞いたこともない。だが、小神ならば有り得ない話ではないからな」


 神さまには大きく大神と小神に分けられる。

 光の精霊女王ラビアンや酒の神リーベロ・チルクイレといった大勢から信仰される神さまは大神といって、影響も力も権限も大きい神さまだ。

 対して小神とは、生まれたばかりの神さまや狭い地域でのみ信仰されている神さまを指す。地域によっては大神と同じように神殿があったりするが、大抵は祠であったり、小さなお社しか無かったり。場合によっては祠すら無く、信者だけがいる小神も少なくはない。

 特に義の倭の国では小神が多く信仰されているので、聞いたことがない戒律が出てきても不思議ではない。


「小神ならば、有り得ない話ではないか。だが、妙っていうのは戒律とどうつながるんだ? 神官は不浄を嫌う。それこそ『神さまの処女好き』と揶揄されるくらいだから、戒律としては有り得る話だろ」

「どうも雰囲気的に嘘が混じってるんじゃないか? あくまでパルが感じた、妙、だからな」


 おそらくパルの直感だろう。

 その場にいないと分からないし、伝聞だけで雰囲気は伝わらない。

 だが、路地裏で生きてた者の言葉としては、それは信用できるものでもある。

 嘘やその裏側を見抜かないと、人がひとりで生きていくのは不可能だ。

 だからこそ、妙な神官、というパルの直感は当たっていると思う。


「戒律に嘘を言うのは神官としてあるまじき行為だ。だからこそ、調べてくれないか」

「分かった。調べさせるよ。それだけか?」

「調べて欲しいのは今のところそれだけだ。あと王都に行ってくるからパルにそう伝えておいてくれ」

「……いや、自分で言えよ」

「時間が惜しいし、冒険者ギルドにノコノコ乗り込んで話すわけにもいくまい」


 ぜったい怪しいし、パルの迷惑になる。


「盗賊ギルドの誰が言っても怪しいじゃねーか。わたしでも無理だぞ」

「いや、ギリギリいけるだろ」

「これだぞ?」


 と、ルクスは不健康そうな刺青だらけの身体を見せるように両腕を広げた。


「……無理か?」

「むーりーだ。いくらわたしでも、それは笑えん」

「じゃぁ、ギルドを通じて伝言しておいてくれ。どうせパルの正体はバレてんだろ?」

「おそらくは。まぁ、分かったよ。パルちゃんのためだ、無料にしておいてやる。優しい優しいルクス・ヴィリディさまだなぁ」

「あぁ。仕事が終わったら一杯おごるよ、ルクスさま」

「そいつはありがたいね、師匠ちゃん」


 じゃぁ頼んだ、と俺はルクスに手をあげて盗賊ギルドを後にした。

 すぐさま宿に戻り、名残惜しそうな厩舎の男からアルブムを取り戻し、王都へ向かって出発する。


「よろしく頼むぜ、相棒」


 少しの間だけの新しい相棒に挨拶しつつ。

 俺は王都へ向かってアルブムを走らせた。

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