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~卑劣! 人格者の娘の人格は~

「ルーシュカ・ジックスは――私の娘だ」


 苦しげにそう告白するイヒト領主。

 なんとも沈痛な顔をしているのは、それがどうしようもない事実、ということか。

 にがい顔ではなく、くるしい顔。

 それもまぁ仕方がない。

 実の娘がやらかした、という罪の告白にも似たことを……単なる庶民であるところの、しかも盗賊という卑劣な人間に言うことは、貴族としては有り得ない事態なのは間違いない。

 だが、いや、それにしても、まぁ、その……


「ひとつ訪ねていいでしょうか領主さま」

「今更かしこまってどうした、盗賊。私は真実を伝えたんだ。どうぞ失敗した親となじってくれてもいい」

「いや、そこまで卑下しなくとも……」


 貴族のプライドってやつが、どこかへ吹き飛んでしまったらしい。

 それはそれでマズイので、とりあえずフォローしておいた。


「う、うむ。で、なんだね?」

「失礼ですが領主さまはおいくつで?」


 イヒト領主は若く見えるのだが、だからといって若者ではないことは事実だ。加えて、結婚してない訳がないのだが、どうにも領主さまの年齢が読めない。

 肝心の結婚相手――奥様も見かけたことがないので、あまりそういった方面に思考が及ばなかったということもある。

 まぁ、良い意味で年齢不詳か。

 つまり、イヒト領主の年齢が分からないので、いまいち娘さまの年齢も想像ができなかった。

 まさか娘さまの年齢は十歳やそこらではないと思うのだが……


「私は43だ。娘は今年で22になる」


 つまり、21歳か。

 ふむ、21歳と考えれば……


「……そ、それだとギリギリ有りなのでは?」


 少年が多いと思われる新人冒険者でも、年齢はマチマチだ。それこそパルのような年齢の者から20歳に近い年齢がいる。

 平均して、13歳か14歳だろうか。

 それを考えれば、娘さまがわざわざ冒険者に手を出す意味は薄い。

 普通に恋愛対象として、そのあたりの貴族を狙えばいいと思われるので。そういった意味で娘の性癖を暴露するとは思えないような気がしないでもない?

 だがイヒト領主は、そんな俺の考えを粉々に打ち砕いてしまった。


「いや、前科がある」

「前科……」


 な、なにをやらかしたんだ領主さまの娘さまは……


「あやつは十歳から十二歳の冒険者のかわいい少年が好みと吐露しおったわ」

「……なんてこった!」


 領主さまが頭を抱えて告白したのに対して、俺も似たような感じで頭を抱えた。

 そんな、そんな――


「典型的なショタコン……!」

「うむ……」


 未成熟な少年が活躍する物語『ショータ・ローゥ』。

 その原題は『ショート・ロゥ』だったのだが、語感と読みやすさと、ちょっとした誤字によっていつの間にかショータ・ローゥに変換されてしまったとされる有名な作品だ。

 世界的に有名な小説作品であり、演劇としても旅一座が披露していることが多々ある。また、子供向けの絵本にもなったりしていて、知らない者はほとんどいない作品だ。

 しかし、原文小説でも現代小説でも演劇でも絵本でも、共通していることがある。

 主人公の男の子は、美少年なのだ。

 そう書いてあるのだから、仕方がない。

 俺も孤児院にいる時に絵本として触れ、その概要は知っている。

 残念ながら原典である小説版は読んでいないが、それでもだいたい理解できた。

 簡単に言うと、ショータ少年が冒険者になって頑張る話なのだ。

 弱く、力も強くないコンプレックスだらけの少年は、ドラゴンと友達になり、彼と共に世界を旅していき、立派で勇敢で、かっこいい冒険者になっていく物語だ。

 もちろん、その内容は少年の心に響く。少年たちを冒険に駆り立てるほどに良くできた作品であるために、永遠と語り継がれている名作だ。

 ゆえに。

 ゆえに、だ。

 ショータ・ローゥ・コンプレックスという存在を誘発した。

 つまり、美少年が好き。

 幼い少年が好き。

 未成熟のかわいい少年が好き。

 女の子みたいで、ちょっとおどおどしつつ、なんだか応援したい気持ちが胸の奥ではなく、子宮で感じてしまう。

 そういったお姉さまやおじさまを生み出してしまった悪魔の書物でもある。


「冒険者限定とくれば、それは相当ですよ……」

「あぁ。言い逃れができない。というか、我が娘のことなので言い訳はしない。だが、どうにも夢中になってしまい、気が付けば捻じれてしまいよった」


 イヒト領主は盛大かつおも~いため息を吐き出しながら両手で顔を覆った。

 なんというか、申し訳ない。

 他人の家族の恥部というか、本来はぜったいに表に出ない部分を赤の他人として知ってしまったのは、ほんと、申し訳ない気分でいっぱいだ。


「で、ですが。領主さまの娘さま……え~っと、ルーシュカさまが黒幕というのは有り得ない話では……」

「私もそれを信じておるよ。だが、確証はない。信頼しておるが、ぜったいとは言い切れん。だから……だから、早めに言っておく」


 両手で顔をぬぐうようにして、イヒト領主は俺を見た。


「どうか娘の白黒を付けてきてくれんか? 白であると願うが、もしも黒であった場合は、その場で切り捨ててくれて構わん。いや、それだと身内で処理したと思われるな。いや、いい。報告だけしてくれ。もしくは王に報告してくれても構わん。よろしく頼む」

「……分かりました」


 ひとつ質問しに来ただけなのに。

 これは厄介な任務を請け負うことになったものだ。

 しかし、領主さまの口ぶりだと……


「ルーシュカさまはどちらに?」


 確認してきてくれ、ということはジックス街に居ない、ということだ。


「母親と共に王都にいる。いわゆる謹慎中だ」

「あ~……そういうことですか」


 な、なにをやってしまったのかは知らないが、離れている理由としては納得してしまうことでもある。

 うん。

 あまり自分の権力が行使できない場所へ追いやったのだろう。

 王都だと貴族がいっぱい住んでるし、他人同士の監視の目があるとも言えるしな。なにより、大きな街だと、そうホイホイと冒険者に会うことも叶わないだろう。

 それにしても、前科があるとは……

 無理やりなのかな……

 う~ん……

 あ、いやいや、詮索するのはやめておこう。

 命を無駄にするのと同義だ。

 俺はまだまだ死ぬつもりはない。


「……では馬を一頭、お貸しいただけませんか?」

「あぁ、問題ない。よろしく頼む」


 と言って、イヒト領主は大きく息を吐き出すのだった。

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