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~卑劣! 思わぬ告白~

 美人メイドのリエッタに案内されたのは、いつもの仕事部屋だった。さすがに朝の早い時間ということもあってかイヒト領主の姿は無く、無人。

 シンと静まり返る部屋は、なるほど落ち着く。

 音や雰囲気に関して、なにかしら魔法でもかけられているのかもしれない。もしくは、神殿の中と同じような祝福でもほどこされているのだろうか。


「少々お待ちください。なにか飲み物は必要でしょうか?」

「いや。急に押し掛けたんだ。そこは遠慮させてもらうよ」

「分かりました。それでは失礼します」


 リエッタは頭を下げ、部屋から出ていく。

 俺は大人しくソファに座って、息を吐いた。

 この部屋は、どう見ても応接室ではないよなぁ。ここに案内されるってことは、逆に言うと客人として扱われていないようなものだが……

 まぁ、領主さまがこっちに案内しろと言われればメイドに断る権利はない。

 主人が雪を黒と言えば、雪は黒くなる。

 だっけ?

 メイドっていうのは、そういうものだと聞いたことがあるが。

 さてさて。

 貴族の娘がメイドをやっている場合、その雪は本当に黒くなるのかどうか。

 確かめてみたい気がするが、証明できる日は一生来ないだろう。

 なにせ、俺は平民も平民。それも元孤児だ。

 例え勇者が魔王を倒して貴族の仲間入りをしたとしても、そのおこぼれをもらえるだけで俺は貴族には成れなかっただろう。

 どれだけ立派な豪邸を与えられたとしても、やっぱりメイドを雇う気にはなれないし、仮に雇ったとしても、パルのような孤児を雇い入れると思う。

 もっとも――

 こんな堅苦しい生活はぜったいに嫌だし、できる気がしない。

 旅人としてフラフラと世界を見てまわっているか、今みたいに盗賊ギルドに所属して、のんびりと盗賊稼業をしている方がよっぽどマシな余生な気がする。


「そういう意味では、俺の旅は終わったも同然か」


 魔王を倒そうが仲間から追い出されようが、いきつく結論が同じであれば何も問題がない気がした。

 まぁ、それは前向き過ぎる考えか。

 現実には魔王は今でも存在し、健在である。

 常に人間たちとのにらみ合いが続いている状況だ。なにより魔物が発生しているので、退治しない訳にはいかない。

 諸悪の根源を倒さない限り、いつまでたっても真なる平和はこない。


「その平和がどんなモノかは知らないけど」


 果たして平和なんてあるのかどうか。

 魔王のいない平和な世界っていうのは、それだけで平和なものなんだろうか。


「……」


 賢者と神官は熱心に語っていたが――

 人、エルフ、ドワーフ、有翼種に獣耳種、小人族に妖精族。『人』と一言で語っても、多種多様なのは当たり前なわけで。

 本当に手と手を取りあえるのか。

 気難しいエルフと人間、気まぐれなハーフリングと厳格なドワーフ。

 本当に仲良くできる?

 はなはだ、疑問ではある。

 賢者と神官が語る、お花畑で遊ぶ少女のような考えでは――


「おっと」


 俺は行き過ぎた思考を追い払うために頭を振った。

 私怨が含まれ過ぎている考えかもしれない。魔王を倒して、めでたしめでたし、でいいじゃないか。

 きっと平和な世界になるさ。

 だって、勇者がいるんだから。

 大人になれない自分を、ちょっと反省。

 べつに俺は戦争を望んでいるわけではないし。

 平和が一番に決まってるんだ。

 うんうん。


「すまない、待たせたか」


 と、イヒト領主が部屋に入ってきた。ノックが無かったのは、まぁ、自分の仕事部屋だし、俺は庶民だし、遠慮する必要もないってことかねぇ。

 ソファから立ち上がって俺は頭を下げた。


「おはようございます。いえ、約束も無しで来ましたから。もっと待たされると思ってぼ~っとしてましたよ」

「はっは。キミには返しきれん恩があるんでな。約束が無かろうが、夜中に侵入されようが必ず応対するよ。最優先でね」


 そいつはどうも、と軽口を叩きそうになったので肩を上げるだけにしておいた。


「それで。今日はなんの用事かね?」


 イヒト領主は言いながら向かいのソファに座る。

 それを待ってから、俺もソファに座りなおし、すぐさま現在の仕事を説明した。

 盗賊ギルドと冒険者ギルドの話だが……領主の耳に入っても問題はないだろう。

 むしろ、自分の街の問題として知っていた方が良い場合もある。

 なにせ治安に直結するような問題だ。

 衛兵という基本的な治安を守る組織はあるが、それ以上に冒険者という分かりやすい『なんでも屋』の存在は必要不可欠である。

 そんな冒険者の新人が狙われているとあれば、治安に響くのは間違いない。

 具体的に言うと、下水道掃除がおろそかになってしまう。そのうち、街中におおねずみやジャイアント・ローチが出現するようになってしまえば、橋を架けるどころではない。


「ふむ。その件なら、すでに把握している」


 おっと、さすがは領主さま。

 そうだよな。良く考えれば、こんな情報が領主の耳に入らない訳がない。犯人によっては、領主が直々に行動する必要も出てくる話だからなぁ。


「まだ小さな火種であるから、私が動くわけにはいかなかった。橋の件で忙しいというのもあったしな。こちらでも、そのあたりを探らせていこうと思ってたのだが……動いているのはキミだったか」

「ギルドでは下っ端なもので。今は情報収集に当たってます」

「ふむ。なにか分かったのか?」


 とりあえず、俺が知り得ている情報とパルを新人冒険者として送り込んだことを伝えた。


「パルヴァスくんは大丈夫なのかい? 私が言うのもなんだが、彼女は良い意味で目立つじゃないか」

「えぇ。できれば捕まってこい、と言ってあります」

「むぅ……できれば彼女にもお世話になっておるし、危険な目にはあって欲しくないのだがなぁ」

「大丈夫ですよ。それなりに鍛えておきましたから」


 まぁ、聖骸布の効果もある。

 経験不足は仕方がないが、実力でいえばルーキー以上にはなっているはずだ。

 そこらの野良盗賊には負けないと思うので、安心ではないが、安全ではあるはず……たぶん……。


「おまえさんがそう言うのであれば、大丈夫なんだろう。だが、あの小さい子がなぁ」

「気持ちは分かります」


 ふむ、うむ、と俺と領主さまはお互いに眉根を寄せた。

 で、お互いに苦笑する。


「それで、私に聞きたいことがあるようだな」

「えぇ。領主さまの知り合いでもいいので、ちょっとばかし貴族の趣味をお聞きしたい」

「趣味……か」


 まぁ、言葉を濁しているが、聞きたいのは性癖だ。


「男……いえ、『少年』が趣味の貴族がいるのならば教えて頂きたい」


 俺は女性冒険者が娼婦になっていることをふまえ、男は殺されているのではなく、誰かに飼われている可能性があるのではないか、とイヒト領主に語った。


「ふむ――」


 領主は大きく息を吐いて、ソファに深くもたれる。


「冒険者の女は娼婦にし、男は飼う。そういった猟奇的な趣味をしている可能性、か」

「えぇ」


 俺はうなづく。

 どうにも、領主さまの表情を見るに誰か思い浮かんでいる様子だな。


「猟奇的じゃなくてもいいので。あくまで少年好きの貴族がいれば」


 俺の言葉に、イヒト領主は大きく息を吐いた。

 そして決心したように、背もたれから身を起こし、俺に近づくように前屈みになる。


「――他言無用にしてくれるか。盗賊ギルドへの報告も無しだ。もしも私が今から告げる者が黒であれば仕方がないが、もしも白であった場合は――」

「……えぇ、約束します」


 なるほど。

 こういう情報が盗賊ギルドで高値で買われるんだろうな。

 まぁ、領主さまを裏切ってまで得たいお金ではないし、このままジックス街で生きるのであれば、墓まで持っていかなければならない情報だろう。


「もうひとつ。おまえさんが今後しくじった場合、この名前を出すことを禁ずる。この情報を取引に使うことも許さん。におわせることも禁止する。他に手がない場合、死んでくれ」

「……分かりました。死にます」


 これは、相当な情報のようだな……

 覚悟を決めよう。


「よろしい。一度しか言わん。メモをすることも許さん。あらゆる記録に残すことを禁止する。おまえの耳のみ、記憶のみに留めておけ。もしも他人が知っていた場合、私はおまえを殺す。ぜったいに殺す。私の全財産を賞金としておまえの首にかける。それでもいいな」

「はい。その際はきっちり首を差し出します」


 俺はハッキリとそう告げた。

 対して、イヒト領主は苦々しくうなづき……覚悟を決めたように口を開いた。


「その貴族の名は――」

「はい」

「ルーシュカ・ジックス」

「……は?」


 ジックス?

 ジックスっていうと、領主さまのファミリーネームである『ジックス』?


「あぁ、そうだ。そうだとも。ルーシュカ・ジックスは――」


 そしてイヒト・ジックスは告げた。


「私の娘だ」


 みずからの痴態をさらすように。

 重く苦しく苦々しく。

 自分に娘の名を告げたのだった。

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