~卑劣! 王族流の陰口の叩き方~
エルフの長に勇者関連を伝えたところでシルヴィースがお茶を持って戻ってきた。
ノックの文化がないので廊下側の気配察知が怠れないが……パルも気付いていたようで感心かんしん。
「お茶を持ってきました~」
木のコップを三人分並べると、少し大きなポットからお茶を注ぐ。どうやら緑茶のようで、ほのかに香りがただよってきた。
独特の清涼感というか、落ち着く香りというか。
紅茶とはまた違った感じだが……お茶の葉はどちらも同じ物だと聞いたことがある。加工の違いらしい。
「ありがとう、シルヴィース」
「ん~ん。ごゆっくり、お兄ちゃん」
木のトレイを胸に抱えてシルヴィースは嬉しそうに部屋から出ていった。とりあえず俺たちの分だけ準備してくれたらしい。
そんな様子を見て、長が笑う。
「どうやら、あの子に気に入られたようですなエラント殿」
「……そのようで」
弟子が隣からジロ~っと半眼で見てくる。
こればっかりは俺のせいでもないので、そんな睨まれても困る。
嬉しそうにするなってことか?
それはそれで失礼じゃないかなぁ。
溺愛されている郷の子が気に入った相手が、なんか迷惑そうにしている。
そんなふうに思われてみろ。
エルフの郷を出禁になるぞ。
ここに住みたいんじゃなかったのか、パル。
安心しろ。
俺が責任を持てるのはおまえひとりだけだ。ルビーは俺が背負わなくても生きていけるし、ヴェルス姫は王族なので、一般民の俺は対象外。
そんな状態で、郷のみんなに愛されているエルフの幼子に手を出すはずがないだろう。
俺はパルひとりで充分に満たされてるし、しあわせだよ。
という想いを込めて弟子の頭をぐりぐりと撫でまわしたくなったが……エルフの長の前では失礼になるので、やめておいた。
「狩人としてどうですかな、シルヴィースは」
「10歳という年齢を考慮すると、かなり優れていると思います」
「なるほど。まだまだ、ということですな」
俺は肩をすくめた。
そこはまぁ、仕方がない。
パルと同じ年齢で、狩人の見習いとして頑張っている最中だ。才能はあっても、いきなり一流の狩人にはなれまい。
たとえ天才だったとしても経験を積まなければ意味がない。
もしも俺に絵の才能があったとしても、一枚も絵を描いたことがない状態では、素人と天才の差はゼロだ。
だったら、下手でも賢明に描いている子どもの方が上手と言える。
つまり。
まだまだ始まったばかりであり、文字通り『まだまだ』と言われて当たり前だった。
「師匠、あたしは?」
「ん~……まず確実に見習いではないな。そして戦闘経験的にはすでに一流と言ってもいい」
「おぉ~。やった」
嬉しそうなパル。
俺はチャンスだ、とばかりにパルの頭をぐりぐりと撫でた。
「んふふ~。もう一人前になっちゃった」
「じゃぁ今度ひとりで依頼を受けてみるか。ギルドじゃなくてディスペクトゥスのほうで」「あたし、まだ二流です」
素直に引き下がったパルを見て、俺と長は笑った。
一流でないことを自ら認めてしまった、ということはパルには自信が足りないということだ。
自信とは、成功体験を重ねていくことによって身に付くもの。そして『自惚れ』とも違う、確かなものでないといけない。
それはつまり、経験と言える。
確実に『経験』したことが『自信』につながるわけで。冒険者であればレベルで現されるので分かりやすいものだ。
パルにレベルを付けるとしたらどれくらいだろうか。冒険者レベルではなく、あくまで盗賊レベルと考えて……仮に俺をレベル50くらいだとしてみると、パルは……20ぐらいか? ちょっと低く見過ぎか?
う~む。
戦闘は黄金城地下ダンジョンのおかで申し分ないんだけど、その他の経験値がちょっと少ない気がするなぁ。
まぁ、それこそ盗賊修行を始めてまだ一年も経っていないので。
自信が付いてないのも、シルヴィースと同じく当たり前と言える。
「まだまだ師匠離れはできそうにありません。もっといっぱい教えてくださいね、師匠」
「はいはい。一流の盗賊になるまで、ちゃんと面倒みます」
パルは満足そうに笑みを浮かべると、緑茶を飲んだ。
なんでも美味しそうに食べたり飲んだりできるのがパルのステキなところだ。まぁ、その根底にあるのが、路地裏生活なので。あまり褒めるとパルが困る部分でもあるんだけど。
そんなふうに長と雑談をしていると、ざわざわとする気配が伝わってきた。
エルフたちが騒いでいる――わけではなく、どうやらお姫様たちが到着したようだ。マトリチブス・ホックとメイドさん達の気配だろう。
「到着したみたいですな。さてさて、長としての仕事をせねばなりませんな」
そう言う長だが、特に準備をする様子もない。
安楽椅子を少しだけ揺らし、シルヴィースがいれたお茶の粗熱を取り、口に運んだ。
王族の姫が来たにも関わらずこの落ち着きよう。
見習いたいものだ。
もっとも。
見習った結果、不敬を働き投獄、なんていう結果も待っているので。
どちらかというと、見習うというよりも『強固な立場』が重要なのかもしれない。
それこそディスペクトゥスで成り上がれば、それも可能か。
「う~む……?」
「どうしたの、師匠?」
「お姫様が訪ねてきたのに、椅子に座ってお茶を飲んだ状態で迎え入れる俺って……どう思う?」
「めっちゃ失礼な人」
「だよなぁ」
やっぱり必要なのは実力とか立場よりもまず『風格』なのではないだろうか。
こう、お姫様を相手に座っていても許されるような姿……
その答えが目の前にあった。
つまり、お爺ちゃんだ。
老人になれば足腰が弱いのは当たり前なので、お姫様を相手にひざまづかなくても許される。
許してもらえる。
うむ。
そこから得られる結論はひとつ。
王族にはちゃんと挨拶しよう。
わざわざ老人になってまで波風を立てる必要はない。
そう思った。
「こちらです、ヴェルス姫」
「案内ありがとうございます、シルヴィース。心より感謝を送ります」
しばらく待っているとシルヴィースとヴェルス姫の声が扉の向こうから聞こえた。
どうやらシルヴィースがお姫様も案内したらしい。ざわざわとした雰囲気は待機しているマトリチブス・ホックたちで、もしかしたらヴェルス姫は先行してこっちに来てたのかもしれないな。
トントントン、とドアがノックされ扉が開いた。
「失礼します」
優雅に頭を下げてヴェルス姫が部屋へと入ってきた。
漆黒の影鎧を装備したままではあるが、兜は外しており、お姫様の顔は見える。パッと見たところでは騎士ではあるが、その立ち振る舞いは立派なお姫様としての雰囲気があった。なにより綺麗な金髪が動きに合わせてハラリとこぼれるように流れ、真っ黒な鎧に栄える。もちろん、金髪の間から見える綺麗な紅い瞳も合わさって、王族としての雰囲気は確実に感じられた。
優雅な雰囲気だが、緊張感が伝わる。
ここは、いわゆる『公式の場』となった。
のんきなお茶会はおしまい、とばかりに俺は立ち上がって膝を付く。パルも慌てて俺のマネをするように膝を付いた。
エルフの長は安楽椅子に座ったまま、笑顔でヴェルス姫を見ている。
やはり、老人だと許されるよなぁ。
なんて思いつつ、お姫様の後ろに護衛として控えるマルカさんに視線をおくり、俺は少しだけ首を縦に振った。
問題ない、敵意はない、受け入れてもらえる、というメッセージを視線で伝える。
マルカさんは小さくうなづいた。
伝わったようで、なによりだ。
「パーロナ国より参りましたヴェルス・パーロナです。突然の訪問を快く受け入れてくださり、ありがとうございます」
お姫様は騎士甲冑のまま右足を下げ、スカートを持ち上げるようなジェスチャーをして膝をちょこんと曲げる。
カーテシーでの挨拶だ。
それを受け入れるようにエルフの長はにこにこと微笑んだ。
「遠いところから無事に到着できたようで、なによりです。老骨の身、膝を付くのが年々億劫になりましてな。椅子に座ったままなのを許して頂ければ幸いです」
「どうぞそのままでいてください。エルフのお爺様に頭を下げられたとなると、成人もしていない王族が生意気だ、と陰口を叩かれてしまいます」
「ほっほっほ。お嬢さんのような可愛らしい子に陰口を言うなんて、見る目がありませんなぁ」
「努力で手に入れた可愛さならば良かったのですが。父と母に感謝する毎日です。長さまも陰口は叩かれたほうなのではないでしょうか?」
「綺麗なお姫様に言われると、世辞でも嬉しいものですが。さぁて、昔のことは忘れてしまいましたな。ですが昨今はこの老いぼれにも仕事をせよと文句を言ってくる女王がおりましてなぁ。昔ならいざしらず、老人の身では咳き込んでしまいそうです」
砂漠国の女王陛下のことだ。咳き込むとは、砂が舞っていることの暗喩だろう。しかも迷惑をしている、というニュアンスでもある。
なにをやってるんだ、あの女王。
いや、挨拶に絡める冗談の類なんだろうけども。
まぁそれでも、長とまったくの同意見で迷惑を受けているので、否定するつもりはないけどな。
「ふふ。パーロナ国でも砂埃の掃除は大変です。掃除用具の他にもお詫びの品をお持ちしました。砂漠の品が多いので、あまり近づくとまた咳き込んでしまいますので、注意してくださいな」
困ったものです、とヴェルス姫は頬に手を当てて首を傾げる。
それに同調するように長も、分かる分かる、という雰囲気でうなづいた。
しかし、貴族的というか王族的というか。
遠まわしな言葉での挨拶というものは面倒だなぁ。
そう思ったのは俺だけではないようで。
エルフの長は、少しだけ口の端をつり上げて言った。
「さて、『公式』はここまでで良いですかな、『末っ子姫さま』」
「あら。エルフの長にまで知ってもらえているのは光栄です。どうぞベルと愛称で呼んでくださいな。なかなか呼んでくれない殿方もいらっしゃるので、長が呼んでくださると嬉しいです。きっと呼びやすくなると思いますので」
ちら、ちら、と俺を見るヴェルス姫。
長を利用して俺にアピールするのはやめてくれ。
その視線の意味を理解して、ほっほっほ、と笑う長。
さすが超々年長者。
それだけで意味を理解したようだ。
「楽にしてくださいな、師匠さま。長への挨拶が終わりましたし、砂漠国の女王陛下について文句が言えたので満足です」
「あんな文句でいいの?」
パルが椅子に座りながら言った。
堂々としてるなぁ、パル。
貴族におびえてた頃が嘘のようだけど、まぁヴェルス姫が相手だから大丈夫なんだろう。友達だしね。
「公式の場、というところでの挨拶の一部ですから。パーロナ国とエルフの郷は砂漠国に迷惑を受けてイヤになってしまいますね~、と全世界に言った感じです」
「そ、それってケンカにならない?」
「ケンカします?」
パルの質問に対して、ヴェルス姫は長に質問した。
「いいえ、いいえ。この程度では戦争にはなりませんよ。そうですな、エルフを怒らせるのでしたら森に火を付けるのが一番早い」
そんな方法を長が自ら推奨しないでください。
あと、ほとんどの住民が狩人スキルを持つエルフ。どう考えても奇襲に次ぐ奇襲で、まともに戦争になるのかどうかも怪しい。
正面切ってよーいどん、とは成らないだろうなぁ。
あと、領地も離れているので戦争する場所が他国になるかもしれないので迷惑この上ない。
加えて、砂漠国に戦争しに行くメリットがない。
あんな不毛な砂だらけの大地を手に入れても意味がないし、鉱石の採掘権を奪う程度だろうか。はっきりいって旨味が少なすぎて、ホントマジでメリットがない。
というか、エルフにとって最も縁が無い場所じゃないのかなぁ、砂漠って。
無料であげると言われても断るかもしれない。
「では、のんびりお茶でもいただきながら話をしませんかな、ベルさん」
「とてもステキな提案です、長さん。あ、長さんとお呼びしてもいいでしょうか?」
「それでかまいません。私も名前を失念してしまったタイプのエルフでして」
……それ、良くあるのか。
まぁ、役職名で呼ばれているうちに、そっちが名前になってしまうのは仕方がないのかもしれないなぁ。
なにせ、数百年単位だろうし。
100年も長と呼ばれていたら、それはもう長という名前になってしまうだろう。
エルフの抱える問題のひとつかもしれない。
なんて思いつつ、美味しい緑茶をいただくのだった。




