~卑劣! エルフの長~
エルフの郷の、おそらく中央にドーンとそびえる大樹。
名前を……オルビス・テラム・アルボレだったか?
何度も聞いてしっかりと口に出して覚えない限り、なかなか記憶できそうにない。たぶん夜にはもう忘れている。
そんな大樹の根本からは、さらさらと小川が流れ出ている。源流なのか、はたまた小川の上に大樹ができたのか、定かではない。もしかしたら雨を大樹が吸収して、根から流れ出ているのかもしれない。
普通の樹とはまったく真逆だが、無きにしもあらず、だろう。
もちろん、エルフに聞けば教えてくれるんだろうけど。
案内してくれているシルヴィースに聞いても、ちょっと難しいかもしれない。
なにせ10歳だし。
「あっちには狩りの道具を置いておく倉庫で、あそこが獲物の解体所だよ」
シルヴィースはパルに郷の中にある物を説明してくれている。
「獲物の解体……ねぇねぇシルヴィース。お肉って売ってるの?」
「ん~ん。獲ってきた獲物は自由にもらいに行くの。獲物はみんなの物だよ。ひとり占めはダメ。でも、狩人は大目にもらっても誰も怒らないから、狩人になるのもおススメ」
「おぉ~。あたし狩人になる。こーんくらい大きなイノシシ獲ったし」
パルは両手を広げて大きさをアピールした。
子ども特有の大げさな表現になっているが、実際にそうなのだから仕方がない。むしろパルが両手を広げた大きさよりも大きかった。マトリチブス・ホックのみんなに行き渡るくらいだったしなぁ。
「そのイノシシどうしたの?」
「みんなで食べちゃった」
「そっか~。パルヴァスが獲ったイノシシ、ボクも見たかったな」
「今度いっしょに狩りに行こうよ」
「うん! 獲物を追い立てる役とかやってくれたら嬉しい」
「任せて」
パルはトンと胸を叩く。
追い立て役とは、わざと音を出したりして獲物を追いかけて所定の位置に導く役目だ。野生動物を特定の方向へ動かすのは、なかなか難しいが……これもまた盗賊としての修行と思えば役立つ。
なにせ『気配遮断』から始まり『視線誘導』や樹や草が多い場所で獲物を見通すための『鷹の目』、それに加えて周囲の地形を把握する『俯瞰の目』も必要だし、獲物にある程度近づくための『忍び足』もいる。
森の中の足元が不安定な場所を全力疾走することになるので脚力も鍛えられるだろう。
なんにせよ、盗賊にとって無駄な行為ではない。狩人もまた盗賊の上位職といえば上位なのだが、方向性が違うので一概には言えないな。
適材適所というやつだ。
時間があれば、シルヴィースのお手伝いをするのも悪くないはず。
「じゃぁ、たちえば師匠が獲物としたら。シルヴィースなら、どうやって狩る?」
パルがふざけた質問をした。
「お兄ちゃんは凄いからボクには狩れそうにないよ。矢をつがえたところで、撃つ前に気付かれそう」
「そっか。ふふふ」
……パルめ。
シルヴィースを試しやがったな。
獲物の意味は、この場合『意中の相手』という意味の暗喩だろう?
俺に気があるかどうか、さりげに探ってやがる。
シルヴィースに答え方に、まったくといって良いほど恋愛的な要素が含まれていなかった。
それに満足してパルはにっこり笑っている。
まったく。
盗賊らしからぬ表情だ。
というか、出会ってすぐの状態で、そう簡単に人は人を好きになるもんじゃないっていうのに。
心配性だなぁ、我が愛すべき弟子は。
とは思ったものの。
ルビーもヴェルス姫も出会った瞬間に惚れられている気がして、なんか説得力がなくなってしまう。
ルビーは俺の血を気に入っただけだし、ヴェルス姫は吊り橋効果。
まともな出会い方ではないので、なんというか、参考にならない気がする。
「どうぞ、入って入って」
大樹の根本が階段のように加工されており、そこを上っていくと幹に到達する。左右を見ても果てしないほど大きな大樹なので、もはや壁に見えるほどだ。そんな壁が天まで届きそうなほどに伸びていて、雲よりも枝と葉が張り巡らされている。
それが見えているのに太陽の光が降り注いでいるのだから不思議だ。
壁のような幹には大きな2枚の扉が設置されていた。
樹の幹に木の扉。
本来なら違和感があるはずだが、同じ大樹から作られた木の扉なのだろう。幹と馴染んでいる。夜だったら扉がどこにあるのか分からないかもしれない。
シルヴィースは扉を開けて、中に招き入れてくれた。
「おぉ~、すごい。木のおうちだ」
木で作られた家などいくらでもあるが、木の中に作られた家は珍しい。
もっとも。
家というよりも共同空間というのが正しい。
目の前には大きく広いスペースが設けられており、足元にはカーペットが敷かれている。その奥には階段があり、二階と地下へとつながっていた。
また奥や左右にも通路があり、広々とした廊下になっている。
そんな大樹の中では窓はひとつもないのに暗さを感じなかった。
「明るい! どうなってるの?」
「樹が明かりを取り込んでくれるんだって。外と同じで、中もそうなってるみたい」
「そうなんだ。エルフが住むのを許してくれてるんだね」
「うん。中で火を使っても平気みたいだし、お風呂もあるよ」
「不思議ぃ」
本来、樹をくり抜いたり、中で火を燃やしたりお湯を使ったりするなど、言語道断だろう。
しかし、大樹はそれをやっても枯れることなく人間種に恩恵をもたらしている。
なにかしら大樹にとってもメリットがあるのかもしれない。
もしも大樹に意思があるとして――考えられるのは、エルフが住んでいるからこそ、家を守ろうとして外敵から守ってくれる、とか?
しかし自分の中身をくり抜いたり、体の中で火を燃やしたりするのを許すっていうのは。
なかなかの『太っ腹』ではある。
「長はこっちの部屋にいるよ」
外より更に温かく感じる空気の中、大樹の中に作られた通路を歩いて行く。板張りの廊下と違って、樹そのものなので足元の感触がぜんぜん違う。
それを感じ取ってる様子のパルの歩き方がちょっとぎこちないのが面白かったが、すぐに慣れたようだ。
エルフの女性とひとりすれ違った程度で、他のエルフの姿はない。
すぐに目的の部屋に到着したようで、シルヴィースはノックもしないで扉を開けた。
これはシルヴィースが悪いのではなく、エルフの郷にノックという文化があまり根付いていない。
そもそも大らかな性格のエルフだし、種族の集まりは家族みたいなものと思っているので、プライベートの概念がゆるゆるになっている。
もしかしたら、そういうのがイヤで郷を飛び出すエルフもいるのかもしれない。
ゲラゲラエルフのルクス・ヴィリディなんか、そういうタイプな気がする。
盗賊なんかになってるしな。
樹の中に木の扉、というこちらも絶妙な感じの風合いをしている扉を開け、シルヴィースは中へ入った。
「おじいちゃん、お客さん連れてきたよ」
「おぉ、おぉ、シルヴィース。いらっしゃい」
部屋の中にいたのは、エルフの老人だった。
すっかりと真っ白になってしまったヒゲにぴかりと光るツルツルな頭。それでいて愛嬌のある皺だらけの顔は、若い頃はぜったいにイケメンだったんだろうと思わせるに充分だ。
腰が曲がってしまっているのか身長は低く感じるが、それでも充分に背は高い。
薄い緑色のゆったりとしたローブを着て、エルフの長は安楽椅子に座っていた。
シルヴィースを見て、にこにこと笑顔を浮かべる様子は、おじいさんと孫に見える。
やはり久しぶりに生まれたエルフの子は溺愛されていそうだな。
それが、このエルフ老人を見るだけで分かった。
「案内をありがとう、シルヴィース。さぁ、おじいちゃんの膝の上に座っておくれ」
「うん!」
シルヴィースは慣れた様子で長の膝の上に乗る。ぎしり、と音を立てて安楽椅子がゆらゆらと揺れた。
「どうかな、獲物は獲れたかな?」
「ぜんぜん獲れなかった。やっぱりあの影響があるのかも。それでね、おじいちゃん。魔物に見つかって追いかけられたの」
「おや、それは大変だ」
「そしたらお兄ちゃんとパルヴァスが助けてくれたんだよ」
「おぉ~、そうかそうか。それはお客さんにお礼を言わないといけないね」
お客さんより孫を優先した長だが、俺たちへ向ける視線もまた孫に向ける視線と同じだった。
まぁ、エルフの老人だ。
恐ろしいほど年齢を重ねているに違いない。
人間種全員が孫みたいに可愛く見えるんだろう。
だがしかし。
シルヴィースを膝の上に乗せて安楽椅子で揺れるのは、かなりうらやましい。
いいなぁ。
シルヴィースのおなかに手をまわしているし。
それでいてイヤらしさがゼロなのが、本気の本気でうらやましい。
俺がやってみろ。
下心が100%になってしまって、イヤらしさが滲み出てしまう。
そうなったら討伐対象だ。
みんなに溺愛されるエルフの子に不快な手を出したということで、エルフから襲われてしまうことになってしまう。
ぐぬぬ、と唸るしかない。
「どうぞそちらに座ってください。シルヴィース、お茶を入れてくれるかな」
「あとから大勢来るよ、おじいちゃん?」
「そうなのかい? それだったら他の人に手伝ってもらいなさい」
「分かった!」
シルヴィースは長の膝から降りるとパタパタと急ぐように部屋から出ていった。
なんというか、小動物っぽい動き。
かわいいなぁ。
「どうぞ、お客さん。テーブルと椅子をこっちに持ってきてくださるかな。遠慮なく座ってくだされ」
長にうながされ、部屋の中にあった椅子とテーブルを移動させる。普段は使ってないようだ。
俺とパルで、よいしょ、と木のテーブルと椅子を部屋の中央へ移動させて、そこへ座った。
「話は聞いております。あなたがエラントさんですな」
「えぇ、はい。ご迷惑をおかけしまして……その、何と言っていいやら……」
「その話はおいおいするとして――あなたはプラクエリスさんではなかったですかな?」
「うぐ」
やっぱり覚えていたか。
そりゃ勇者パーティの一員だから、印象は強くなるよなぁ。
お爺ちゃんエルフだから忘れてくれてると思ったが、そうもいかないようだ。
「はい、プラクエリスです。できればエラントと呼んでいただければ……」
「事情をうかがってもよろしいかな」
「それは、今回のことにまったく関係がないので……」
「ほう」
それだけで、ちょっぴり都合が悪い事情なのは分かってくれたらしい。
賢者と神官に追放されました、とは言いにくいよなぁ。
以前ならまだしも、今は和解済みだし。
いや、恨みというか、そういうのはまだまだあるので、ふたりの評判を落とすのはやぶさかではないが。
「まぁ、勇者支援のため別行動を取っていると思っていただければ」
「複雑な事情がありそうな感じかのぅ」
う、う~ん……
複雑と言えば複雑のような気がしないでもないが。
単純と言えば単純だしなぁ。
どちらかというと、ルビーがいることが複雑な気がしないでもない。
魔物とモンスターは違うんだよ、とか。
そういえば、ルビーの支配領にもエルフのおばあちゃんとかいたらしいので、長と知り合いだったりするのかもしれないな。
聞きようがないので、そんな質問はしないけど。
「あと、俺が勇者パーティだったことは黙っててもらえると助かるんですが」
「支援を募っておるのに、秘密だと?」
「魔王を倒しに行くのです。それを前面に出してしまうと、誰もが尻込みをしてしまいますから」
歴代の勇者でさえ、魔王は倒せていない。
精霊女王の加護を受けても、魔王を倒せないという事実は人々に浸透している。それでも尚、魔王討伐に向けて旅を続けるからこそ、勇者は尊敬されている部分もある。
しかし、勇者と共に魔王領へ、なんて声をかけて賛同してくれる人物など、ある意味では自殺志願者だ。俺も戦士も賢者も神官も、別に自殺しに行くわけではないが。それでも、普通の人間からしてみれば、自殺志願者とそう変わらないように見えるはず。
だからこそ。
勇者の名前は出さない方がいい。
あくまで、盗賊ギルド『ディスペクトゥス』を手伝ってくれそうな者と縁を結ぶほうが良い。
たとえ直接手伝ってくれなくとも。
後方支援という役割もある。
なんなら、魔王討伐のその日に合わせて、大量のハイ・ポーションを送ってくれるだけでもいい。
そういった者たちを集めるのが、今の俺の役目だ。
だからこそ、盗賊ギルドを利用した。
名を上げて、ディスペクトゥスを使い、あとあと何かしらの見返りがある、自分たちの利になると思えば。
こちらの要求も多少は聞いてくれるだろう。
成り上がり、地位を手に入れれば。
魔王を倒した後にも、この地位が役立つかもしれない。
そして、もしも。
もしも今代の勇者パーティである俺たちが魔王に負けたとしても。
次の世代に向けて、ディスペクトゥスを受け継がせることができる。
もっとも。
その時のディスペクトゥスのリーダーは、吸血鬼かもしれないが。
「なるほどのぅ」
エルフの長は好々爺らしく微笑み。
俺を孫を見るような優しい瞳で見るのだった。




