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~卑劣! バーサス・樹上のモンスター~

 魔物――モンスターは人の気配の少ない闇の中で発生する。

 ルビー曰く、それは『魔王の呪い』らしい。

 また、黄金城の地下ダンジョンに発生する現象と酷似しているが、その謎は未だ解き明かせてはいない。

 学園長に相談してみたものの――


「仮定や推測は立てられるが、それらすべては仮定や推測の域を出ない。結局のところ、魔王に聞いてみるしか答えはでないだろうね」


 という結論に至った。

 エルフの森は薄暗く、人の気配は希薄を通り越して皆無と言っても良い。

 だからこそ、どこにだってモンスターが発生する可能性はある。

 むしろここまで大したモンスターと出会っていないのが奇跡なくらいだ。

 運が良いのか、はたまた別の理由があるからか……


「しかし、樹の上か」


 頭の上には無数の枝が張り巡らされており、葉っぱが生い茂っている。太陽の光もわずかにしか届いてこない。

 風が少しでも吹けば、ガサガサと揺れて気配察知の邪魔をしてくる。

 そこにモンスターが潜んでいると考えれば、かなり厄介な状況だ。

 戦闘では、低い位置にいる方が不利となる。

 低い側は通常の攻撃方法とは動きが異なる。

 武器を振り下ろす攻撃は普段からしているが、振り上げる攻撃をしている者はほとんどいない。せいぜい剣でも斬り上げ程度のものだ。

 届かない相手へは、遠距離攻撃に頼るしかない。

 投擲や魔法などの出番ではある。

 対して――

 高い側にいる者は、石でもなんでも落とせば攻撃となる。その上、飛びかかるだけで一撃必殺の高威力攻撃ができる。

 高い場所に陣取るだけで攻撃力がアップすると考えれば良い。

 もちろん、高すぎる場所だと自殺となり無意味になるが。

 加えて、枝葉ばかりで隠れる場所が多いエルフの森。

 どう考えてもモンスターに有利な状況がそろっているよなぁ。


「モンスターの種族は分かるか?」


 俺は警戒を強めつつシルヴィースに聞いた。


「モンスター……? あ、はい、分かります。フェルゲルです」


 魔物ではなくモンスターと表現したことにシルヴィースは首を傾げたが、意味は通じたらしい。

 怪物という意味の言葉は世界共通で助かる。


「なるほど、フォルゲルか」


 俺は顔をしかめた。

 フォルゲル。

 簡単に言ってしまうと猿のモンスターだ。

 大きさは人間の子ども程の大きさで、手足が長く黒い毛で全身が覆われている。攻撃方法は噛みつきや引っかきなど。

 平野で遭遇すると動きが素早いこと以外は大したことのないモンスターだが、森で遭遇すると厄介度が跳ね上がる。

 しっぽを利用して枝などに掴まり、自由自在に動いてくるのだ。

 その動きはかなり速く、地上を走るのとそう変わらないスピードで樹の上を移動してくる。

 狩人でもそのスピードで樹上を移動するにはマスタークラスの熟練度が必要となる。

 まさにエルフの森では一番の厄介なモンスターかもしれない。


「追いかけられたのか?」

「はい。一応、戦おうとしたんですけど……」


 シルヴィースは自分の手を見る。

 攻撃を外したのか、それとも攻撃そのものができなかったのか。

 矢筒にある矢もそこまで減っていないので、どちらにせよ相手は無傷だと思っていたほうがいいか。


「ふむ。逃げを選択したのは良い判断だ。慣れないうちは、できるだけ有利な状況を作るのを優先したほうがいいからな」

「状況を作る?」


 あぁ、と俺はうなづいた。


「失敗しても大丈夫なように。もしくは、失敗しないような状況にする、という考えかな。シルヴィースは狩人だろう?」

「はい。まだ見習いですけど」


 エルフの狩人は、その長命ゆえに全員が超一流なイメージがある。

 しかし10歳という年齢では、どんなに才能があったとしても経験不足には違いない。見習いなのは当然だ。


「狩人ならば、風向きなどに注意するだろ? 獲物に対して風下に位置するのも、状況を作る、のひとつだ」

「うん。風向きには注意するよ」


 シルヴィースは理解できたようで、深くうなづいた。


「戦うにしても、矢を射るにしても、シルヴィースに有利な状況を作ってから。そうじゃない限りは逃げた方がいい」


 遠距離攻撃で戦う時の鉄則だな。

 なにせ、近づかれたら終わり。

 冒険者だと近接戦闘もそれなりにできるかもしれないが、純粋な狩人では武器も防具も心許ないだろう。

 無論、超一流の狩人は近接戦闘も弓矢でこなすらしいが。

 それを見習いであるシルヴィースに求めても仕方がない。

 むしろ、安全策を薦めるべきだ。

 エルフの人生、まだまだ先は長いのだから。


「逃げるのは間違いではない。むしろ、良い選択だ」

「褒めてもらえて嬉しいです、エラントさん」

「いやいや、素人意見というやつだけどな。俺の専門は盗賊だ」

「盗賊なのですね――」


 シルヴィースがそう言ったところで、何かが接近してくる気配があった。ガサガサという葉を揺らす音は、あきらかに風とは別物の音。

 いよいよフォルゲルがやってきたらしい。

 シルヴィースも俺と同じく樹上を見上げた。

 さすが狩人。

 見習いだけど、ちゃんと気配察知できているじゃないか。

 エルフとして森で十年も生きていると、これくらいはできるようになるのか。それとも見習いでも狩人は狩人というべきか。

 なんにせよ、シルヴィースをガチガチに守って戦う必要はなさそうだ。


「後衛は任せた」

「え、え、え、ど、どうしたらいいですか?」

「好きに攻撃してくれ。合わせる」


 俺は少し腰を落として投げナイフを左手でかまえつつ、足元の石を拾った。

 魔力糸を顕現し、スリングを作る。そこに石をセットしてヒュンヒュンヒュンと回転させた。

 普段はこの風切り音がするのでスリングは使わないが――この音で相手の警戒を誘うことができる。

 シルヴィースのために時間猶予を作らないとな。


「分かりました。がんばります」


 矢筒から矢を取り出し、弓につがえるシルヴィース。矢の先端は鋭利に尖らせた木そのもので金属は使われていない。羽根は白と黒が入り交じったような鳥の物だろうか。非常にシンプルな矢だった。

 狩人によっては弓だけでなく矢にもこだわる者がいる。

 もちろん、矢の本体――いわゆるシャフト部分が歪んでいたりまっすぐじゃなかったら飛び方に影響があるので当然なのだが、金属製の矢じりにこだわったりするらしい。

 重さとか、威力とかに影響するらしく、自作したり鍛冶師に特注品を頼んだり。まぁ、俺はあんまり詳しくないんだけどね。

 しかし、シルヴィースの矢は非常にシンプルな物だと見て取れた。

 外して矢を見失ったとしても、痛手にはなりそうにない。

 遠慮なく使える矢のようだ。


「――くるぞ」

「はい!」


 姿を現していないモンスターからの攻撃の意思をイヤでも感じた。

 それは戦闘が素人のシルヴィースでも感じ取れるほどの凶悪なもの。わかりやすい殺気が背筋をゾクゾクさせてきて、おぞましさを感じるが……俺にとっては慣れたものだ。


「ガァァァ!」


 頭上にある葉をかきわけるようにして黒い影が降ってきた。

 フォルゲル!

 凶器である牙と爪を剥き出しにして、こちらに飛びかかってくる。


「っ!」


 短く息を吸い、シルヴィースが矢を放つ。

 それは一直線にフォルゲルへ向かうが――正直すぎる攻撃にフォルゲルは木の枝にしっぽを引っかけるようにして矢を避けた。

 飛びかかってくること事態がフェイントだったらしい。

 だが――


「二撃目は避けられんだろう」


 間髪入れず、俺はスリングの石を飛ばし、そのままフォルゲルが避ける方向を潰すように投げナイフも投擲した。

 そのままの場所に留まれば石があたり、避ければナイフが刺さる。

 フォルゲルが選んだのは――石。

 毛深い腕で石を防御したが、痛みはもちろんある。単なる石だとしてもスリングで加速された攻撃だ。上手く頭にでも当たれば、一撃で昏倒させられることもある。

 短い悲鳴をあげて、たまらずフォルゲルのしっぽが枝から外れた。無様に落下して、ドスン、という音が響く。


「すごい!」

「まだだ、シルヴィース。攻撃用意」

「あ、はい!」


 次の矢を弓につがう時にはフォルゲルは跳ね起きた。地面に両腕を叩きつけるようにしてこちらを威嚇する。

 歯茎を剥き出しにして牙を見せるが、なんということもない。離れていれば、牙も爪も恐れる必要はないのだ。


「シルヴィース、ただ真っ直ぐに矢を射るだけでは鹿は狩れてもモンスターには当たらない。相手の意を理解する必要がある」

「相手の意……動きの予測ですね」

「分かってるじゃないか。では、次は当てられるな」


 俺はシルヴィースに見せるように投げナイフを取り出した。

 もちろん、それはフォルゲルにも見える。

 そして明らかに投げる構えを見せた。


「右を狙え」


 そう言いつつフォルゲルへ向かって投げナイフを投擲する。

 狙いは、フォルゲルの少し左側。

 右へ避けるように誘導したわけだが――想定通り、フォルゲルは右へ避けてくれる。


「っ!」


 短い呼気を吸い、シルヴィースが矢を放つ。フォルゲルが避けた場所へ吸い込まれるように矢が放たれ、ぐさりと矢が刺さった。


「百点満点だ」


 あとは俺の仕事だな。

 矢が刺さればそれなりのダメージにはなるが、即死には至らない。きっちりトドメを刺さないといけないので、俺は矢が刺さってよろけるフォルゲルへダッシュで近づいた。

 距離を摘め、相手が振り払うように振るった腕をかいくぐり、そのまま首に投げナイフを突き刺す。腕に伝わる確かな手応え。勢いをそのままにナイフを引き抜きつつフォルゲルの背後に回り込むと、延髄にナイフを突き刺した。


「ギャ」


 短い悲鳴をあげるフォルゲル。

 そのまま倒れるフォルゲルの延髄を背後から蹴り落とし、地面へと縫い付けた。

 反撃が来ないか警戒。


「――ふぅ」


 ぴくり、と一度だけ動いたフォルゲルだが、すぐに絶命する。体は粒子となって消えていき、モンスターの石だけが残され、ナイフと矢が地面に落ちた。

 それらを拾い上げ、シルヴィースへと顔を向ける。


「すごい……すごいすごい!」


 敵を倒したと分かるとシルヴィースは安堵の表情よりも、パッと輝くような笑顔を浮かべた。


「すごいです! ホントに強い!」


 疑っていたわけではないのだろうが、実際に目にすると実感が湧くのだろうか。

 シルヴィースは俺に駆け寄ってきた。


「いやいや、シルヴィースの援護があったからだ」


 俺は拾い上げた矢をシルヴィースに手渡す。


「エラントさん……ん~ん、エラントお兄ちゃんひとりでも大丈夫だったでしょ?」

「お、おに……ん?」

「あ、ダメでした? えへへ、ボクお兄ちゃんが欲しくって」

「いや、俺はそんな兄と呼べるような年齢では……」

「何歳なんですか?」

「28だ。もうすぐ29になる」


 10歳からしてみれば、どう考えてもおじさんだ。


「じゃぁお兄ちゃんでもいいよね?」

「んん? いいのか……?」


 エルフからしてみれば、20歳差程度は誤差なのだろうか? いや、200歳差であっても兄弟という認識なのかもしれない。


「お兄ちゃん強い強い! すごいですお兄ちゃん!」


 シルヴィースは喜色満面だった。

 今さらやめてくれとは言えない。

 だが。

 だが。

 だが。

 美少女からお兄ちゃんと呼ばれるのは、俺の弱点なので。

 ぐ、くぅ、うぅ、がぁ!


「そうか? シルヴィースに言われると悪い気はしないなぁ」


 でへへへへ、と俺はだらしなく笑ってしまうのだった。

 盗賊が会得している『ポーカーフェイス』はどうしたのかって?

 そんなもん通用するわけがないだろ。

 エルフのマジもんの10歳だぞ?

 無敵だろうが!

 勝てるわけないだろう!

 カワイイは無敵!

 なぁ、おまえもそう思うだろ勇者よ!

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