~卑劣! 夜に弟子とお姫様と吸血鬼とイチャイチャする~
右手にパル、左手にヴェルス姫。
「この世の春か」
ただし両手が縛られている。まぁ、些細なことだ。いつだって縄抜けできるしな。
「師匠、今は冬ですよ?」
「そうだった」
「ですので、ぎゅ~っとして温まらないといけませんね」
「やっぱ春なのでは?」
「師匠がアホになった」
「もうアホでいいや」
そう思った。
うん。
いや。
いやいやいや。
問題はここからだ。問題なのだ。大問題なのだ。
俺はロリコンである。
堂々と宣言するが、小さな女の子が好きな性癖があり、それは世間一般的には褒められたものではなく、むしろ軽蔑される存在なのは間違いない。
異常性癖だ。
表を歩いて良い人間種ではない。
そんな俺の右手には可愛らしい弟子が抱き付いていて、左手にはこれまた可愛らしい本物のお姫様が抱き付いている。
ふたりとも間違いなく美少女で、めっちゃ可愛くて、素晴らしく美人だ。
そんな美少女が、だ。
マジで体温が感じられる距離というか、ゼロ距離というか。
俺の体にくっ付いているのだ。
そんな状態で果たして俺は耐えられるのか?
ひとりなら、なんとか大丈夫だった。
眠れぬ夜を過ごしたことも何度かあるし、なんなら逃げ出したことも多々ある。真夜中に吸血鬼に追いまわされた、という字面だけ見るとホラーだが、実際は誘惑してくる女の子から逃げていただけ、という真実だ。
俺がへたれ?
冗談じゃない。
俺の持つ最後の良識だ。
俺は大人であって、子どもではない。
だからこそ、触れてはならない。
触れることを望まれていても、たとえそこに見えない『愛』があったとしても。
ダメなものは、ダメ。
それが分からないほど、愚かな人間だったら――そう望んだことさえもある。
だがしかし。
そうではなく、まともな人間だからこそ。
触れてはいけないのだ。
この状況。
世間一般的な男性なら耐えられるのだろう。
自分の年齢の半分も生きていない少女に手を出そうなんて考えなぞ、欠片もないどころか、そもそも概念すら無いに違いない。
なにせアレだぜ?
逆を想定してみろ。
俺の両腕に巨乳の年上の美人が絡んでいると考えるんだ。
スン――と落ち着いてしまう。
気持ち悪い。
とてもじゃないが、そういう行動に出ようなどとは思えない。
勇者を裏切って魔王の味方をするくらいに、ありえないものだ。
それを考えれば分かるだろう。
だがしかし、俺はロリコンである。
好き好んでこんな性癖になったわけではなく、気が付けばこうなっていただけで。
かわいい少女の人生をめちゃくちゃにしたいなんて。
思っているわけではない。
ので。
この状況はピンチ以外の何でもなかった。
「サチ」
「……なんですか?」
「俺を昏倒させてくれ」
「……そんな神官魔法ありません」
なぜだ!
暴れる罪人の意識を刈り取る魔法とかありそうなものなのに!
神の一撃、とか、天罰の代行、みたいな魔法とかないの!?
「……それは牢屋番の仕事であって、神官の仕事じゃない。ってナーさまがおっしゃってます」
「あ、はい」
どうしたものか、どうしたものか。どうしたらどうしたらどうしたらららら!
「ふふ、師匠さま。諦めになったらいかがでしょう。ふぅ~」
耳元で悪魔がささやいている!
問題はその悪魔が俺の心の中のものではなく、現実に存在していて、お姫様本人だということ。ていうか、耳に息を吹きかけないでください! 気持ちいいじゃないですか、やだー!
「師匠~、し~しょ~。んふふ~」
右手がぎゅ~っと締め付けられている。
問題はそれがとっても柔らかい感じで温かみがあって、可愛らしい存在だということ。これ、俺の弟子なんですよ! ステキでしょ? ぺったんこだけど、女の子だからやっぱりやわらかくて気持ちいいんです。
ひいいいいい!
もうダメかもしれないいいい!
「サチ! サチ! 助けてくれ、なんでもするから!」
「……エラントさんからは何も欲しくない」
「ちくしょう!」
サチがイイ子なのか悪い子なのか、分からん!
でもちょっと笑ってるから、たぶん悪い子だ。
ナーさま! ナーさまぁ!
おたくの神官さんの教育どうなってるの!
神官なんですから、もっとこう品行方正、聖人君子的に育てられたらいかがですか!?
「……エラントさん嫌い」
そうやって神官に告げ口する神さまっていうのもどうかと思いますよ!
おい、ナーさま! ナーさま! 大神になれたの俺のおかげですよねぇ!
ねぇ!
「……」
無視かーい!
ええい!
こうなったらアレだ。
光の精霊女王ラビアンさま!
助けて!
「――……」
返事がない。
でしょうねぇ!
ラビアンさまもこんなことで助けを請われて、お困りでしょうねぇ!
ごめんなさい!
マジでごめんなさい!
俺なんか見てないで勇者の加護をしてください。
おねがいします。
「我慢しなくていいですよ、師匠さま。ほら、ちょっとだけ。ね?」
「んふふ~。師匠ってば頑張るんだから。負けちゃえ負けちゃえ。大丈夫ですよ、師匠。負けちゃってもあたしはずっと師匠の弟子ですから」
「誰も見ていません。ほら、少しだけ触ってみましょう」
「ほらほら、師匠~。指をちょっと動かすだけだから」
くっそ!
弟子と姫が強い!
なんでだよ!
なんでこれが現実なんだよ!
こういうのって普通、夢魔の仕業だろ!
今度こそ、夢魔に襲われてるんだろ!?
な、そうだろ!
現実がこんな素晴らしいわけがない!
助けて勇者!
俺、負けちゃう!
「ぐぅ……!」
心の中で勇者が爆笑してやがる。
おまえも味方じゃないのかよぉ……!
「サチ、サチ! 混乱回復だ、状態以上から回復する魔法をかけてくれ! もしくは鎮静魔法でいい!」
「……エラントさんうるさい。神官魔法に沈黙の魔法があれば良かったのに」
文句を言いつつも、サチが状態異常回復のオルディネイショネムをかけてくれた。
――大した効果がありませんでした。
当たり前だけど。
まぁ、実際にはアレですけどね。
テントの中にはどっかりとマルカさんが見張りで座ってますからね。
「分かってるな、エラント殿」
はい。
なんにもできないのは確かです。
はい。
というわけで、俺を誘惑して遊ぶという危険な綱渡りをして遊ぶ美少女ふたりだった。
危なかった。
びっしょりと汗をかいている。
今までのどんなモンスターとの戦闘よりもギリギリだった気がする。
「はぁ~……」
ゆっくりと息を吐く。
隣ではお姫様はしあわせそうに眠っている。お姫様が静かになったので、パルも騒ぐわけにはいかず、そのうち眠ったようだ。
サチはとっくに眠っている。
「……」
みんなを起こさないようにもう一度、はぁ~、と大きく息を吐き、できるだけ回復に務める。
申し訳ないが、両腕をガッシリと捕まれている上にロープで縛られているので、まったく身動きが取れない状態だ。
あまり眠れそうにない。
明日はスタミナ・ポーションを頼ることになりそうだ。
こんな状況でも多少は眠れるのが盗賊。
少しばかり意識を飛ばしつつも、できるだけ眠気を回復させていると――なにかがテントの中に入ってきた。
ちらり、と右目だけ開けると黒い影。
どうやら吸血鬼さまがテントに侵入してきたらしい。マルカさんと交代して見張ってくれている護衛騎士も警戒はしていたが、ルビーだと分かると苦笑して警戒を解いた。
「交代か?」
盗賊スキル『妖精の歌声』で聞いてみる。
「ふふ、いいえ」
俺の様子を見てルビーは答えた。不思議なことにルビーの口元はまったく動いていないのに、耳元に直接声が聞こえてくる。
影を利用した話し方だろうか。
「しあわせそうにパルもベル姫も眠っていますからね。それを邪魔するのは申し訳ないです」
未だに俺の両腕は掴まれたまま。
起き上がったら、お姫様は大丈夫かもしれないが、パルは起きてしまうだろう。
いや。
ルビーがテントに侵入してきているので、すでに起きている可能性はある。
眠ったフリを続けているのかもしれない。
「すまん。交代できそうにないな」
「気にしないでくださいまし。では……」
引き続き見張りをしてくれるのかと思いきや、ルビーは四つん這いになって俺の足の間にもぐりこんだ。
「おい」
「わたしの眠る場所が無さそうでしたので」
「サチの隣があいてるじゃないか」
「わたしの眠る場所はサチの隣ではありません。師匠さんのそばです」
堂々と宣言された。
「両隣が空いていないのですから、もう下半身しかありませんわね。ほら、ちょうどいい枕がありましてよ」
「そこに頭を乗せるな」
「う~ん、寝心地が悪いですわね」
「頭を動かすな。グリグリするな。おい、やめ、やめろ。マジで、マジでやめてください」
「あら、ますます寝心地が悪くなってきましたわね。不思議」
「……」
「あ~ん、怒らないでくださいまし。約束通り、師匠さんの上で寝ますわ」
ルビーは起き上がると、俺の上に覆いかぶさるようにして抱き付いてきた。本来ならそれなりに重さを感じるはずだが、羽しか乗っていないようなわずかな重みしか感じない。布団よりも軽い感触だ。
影の中に入っているような状態なんだろうか。
不思議な感じがする。
「では、おやすみなさいませ」
「はいはい」
これ以上なにかされるわけではなかったので、素直にやりたいようにさせておく。
というか、ルビーを退けようにも両腕はパルとヴェルス姫に掴まれているので、どうしようもない。
「はぁ~」
仕方がない。
諦めて意識を夢の世界へ飛ばすことにしよう。
なんかとんでもない夢を見そうな気がするが……その場合はすべてルビーのせいにすればいい。
うん。
というわけで、朝までぐっすり眠り――次に目が覚めたのは夜明け前だった。
「師匠さま、師匠さま」
「ん?」
どうやらお姫様が起きたらしい。静かな声で耳元で呼んでくる。
「おはようございます、ヴェルス姫」
「はい。あ、今だけベルと呼んでいただけませんか?」
「はぁ……分かりました。おはようございます、ベル」
「おはようございます、旦那さま」
ちゅ、とほっぺにキスをされた。
「ナイショですよ」
「誰にも話せるわけがありませんよ、姫……」
「ベルって呼んでくださいってば~」
お姫様はちょっぴり頬をふくらませながら起き上がる。
「で、どうしてルビーちゃんが師匠さまの上に乗ってるんですか?」
「両隣がふさがっているからですわ」
もちろんルビーは起きていた。
たぶん、さっきほっぺにキスされたの見られてる。
「ズルイ」
「では交代しましょう。わたしだって師匠さんの腕に抱き付きたいです。ベル姫だってズルイんですのよ」
「そっか。そうですね。他人をうらやむばかりで、自分をかえりみないのは愚かなことです。反省ですね」
「分かればよろしい。どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
ルビーが起き上がり、入れ替わりにお姫様が俺の上に乗ってくる。
うぐ、と息が漏れる。
ルビーに比べたら軽いはずなんだけど、重い。
だが、まかりまちがっても『重い』なんていう単語を口にするわけにはいかないので全力で飲み込んでおいた。
「では、わたしは腕に。こうやって抱き付いて、師匠さんの手を太ももに挟みまして寝ましょう」
「わ、わ、わ、ルビーちゃんそんな」
「ふふ。お姫様にこんなことができるかしら?」
「む、むむむ、無理です。私には、まだ早い……」
「待っていますので追いついてくださいね」
「努力します」
ちなみに俺は心を殺した。
今なら勇者も殺せるほどの修羅と化している。
俺の心は死んだ。
「ん~、おはよう師匠」
「おはようパル」
俺の心は弟子の挨拶によって蘇った。
「サチもおはよう」
「……おはようございます。ふあ~ぁ……もう少し眠っていていい? パルの隣で眠りたい」
「ダメだよぅ。ベルちゃんも起き――なんで師匠の上?」
「見晴らしがいいので、ついつい登ってしまいました」
「ふ~ん。じゃ、あたしも登る~」
「きゃ~!」
パルが俺の上に乗ってきた。というか、ヴェルス姫に抱き付いて行った感じ。
ちょっとサチが不満そう。
俺をにらんでも、何も解決しないぞ。
というか、パルは俺がもらうのでおまえにはやらん。友達付き合いをしてください。あとナーさまがいるでしょうに。ウチのパルを取られてしまったら、俺は泣いてしまうぞ。
「姫様、朝です。準備をしましょう」
テントを覗き込みながらメイドさんが告げた。
「はーい。仕方がありません、ここまでのようです。パルちゃん、行きましょう」
「冷たい水で顔洗うのイヤだなぁ」
「お湯の準備があるはずです。それで洗いましょう」
「お~、さすがお姫様の朝の支度だ」
「サチちゃんとルビーちゃんも一緒にどうぞ」
「……はい」
「仕方ありませんわね」
というわけで、きゃっきゃと美少女たちはテントを出て行った。
「ようやく解放された」
はぁ~、と一息ついて起き上がる。
……体がバッキバキでガッチガチだった。
「もちろん下半身もバッキバ――」
「いわせねーよ!?」
影を使って余計なことを言うルビー。
思わず叫んでしまったのだった。
護衛騎士の女の子に物凄く怪訝な顔をされた。
「なんでもないです」
そんな目で見ないで。
まぁ、なんにせよ。
「疲れたぁ……」
無事に超危険な野営を乗り切ることができたのだった。
勇者よ。
我慢できた俺を褒めてくれ……!
俺、めちゃくちゃ頑張ってるよ!




