~卑劣! 王族を楽しませるウィットに富んだトークスキル~
夜営と食事の準備が整った。
パルが積極的に手伝っていたのは食事の準備であり、もしかしたらお腹がすいていたのではないか、と思う。
もしくは、自分で獲ったイノシシを早く食べたかったか。
どちらにしろ食い意地の張った弟子だ。
「そこがカワイイ」
うんうん、と俺は後方で腕を組み、ひとりうなづく。
夕飯は質素な保存食になる予定だったが、イノシシが取れたので網焼きパーティになった。
吊るされたイノシシは、すっかり見慣れた肉となり、部位に切り分けられている。こうなってしまうとメイドさんも平気なのか、平気で扱っているようだ。
いくつかのグループに別れて、わいわいと食事会が始まった。お肉の焼ける良いにおいが周囲にただよっている。
ついでに食べられる野草なんかも採取して焼いているグループもあった。
さすがお姫様の近衛騎士たちだ。
そういった知識もあるらしい。
お城での護衛が任務だというのに、野営にも備えられているのは素晴らしい。
「城が落とされた時、逃げる必要があります。その際に野営をしなければならない事態もあるでしょう。保存食を持って逃げられる保障などありません。そういった非常時に備えたものです」
マルカさんに教えてもらった。
というか、新人たるルーランへの説明を兼ねていたようだが、騎士一族のくせに普通に適応しているルーランがおかしいのかもしれない。
「ほら、食べるのが新人の仕事だ。お肉いっぱい食べなさい」
「あいあとごはいはふ、へんはい」
「口に入れたまま喋らない」
「ごっくん。すいませんでした。お肉がいっぱい食べられて私はしあわせです」
「安いしあわせねぇ。もっと幸福になりなさい、ルーラン。ほらほら、食べて食べて。こげちゃうとイノシシに申しわないから」
「はい、しあわせになります」
ズレた返事というか、愛された新人の姿というか。
まぁ、見ていて面白いのでいいんだけど。教育するとなると、本音としてはちょっと大変かもしれない。
「うへへへへ、見て見てサチ。お肉サンド」
さてウチの愛すべき弟子は――というと、サンドイッチの逆バージョンを作っていた。パンに肉を挟むのではなく、肉にパンを挟んでいる。
バカだった。
「……手が油でベタベタじゃないの」
なにやってるのよ、と呆れた顔でサチは苦笑している。
パルの指を拭いてやるのかと思ったら、パルの指についた油を自分の口に入れて舐めとった。
なにそれうらやましい!
天才か!?
と、思った。
「ありがと、サチ。でもまだ途中だから意味ないかも」
「……また舐めるから大丈夫」
「そっか。ありがと」
ウチの弟子がやっぱりバカだった。
いや、どうなんだろう?
ワザと許しているのかもしれない。
いや、それはそれでどうなんだ……?
う~ん。
女の子って分からん。
ちなみにルビーは先に警護として見回っているので、意見を聞いてみることができなかった。まぁ、聞いたら答えてくれるだろうけど。
恐らく、
「なんにも考えてませんわ。バカですから」
みたいな答えが返ってくるに違いない。
それでいつものように仲良くケンカが始まるんだろうなぁ、と予想できる。
「エラントさん、準備できましたよ。どうぞこちらへ」
メイドさんに呼ばれて移動すると、ヴェルス姫の隣に俺の席が作られていた。
と言っても、木箱を利用した簡易的な椅子とテーブルだ。そこにテーブルクロスを敷いて、お皿とグラスが乗せてある。
もちろんカーペットの上なので、簡素ながら豪華にも見えた。
どんな時でも気品を保たないといけない王族の悲しいところではあるが……俺も付き合わないといけないらしい。
「さすがに姫様に立ち食いをさせるわけにはいきません」
メイドさん達が張り切っている。
見様によっては、大自然の中で小川を風景にした風光明媚な食事と言える。こういうのを高尚というのだろうか。
凡庸なる盗賊には分からないものだ。
数々のパーティに出席した――というか、させられた勇者ならば理解できるのかもしれない。
もっとも。
理解できるけど、楽しんでいるかと問われれば首を横に振るだろうけど。
あいつの場合、パルといっしょにゲラゲラ笑いながら肉サンドに野菜を挟むはずだ。いや、野菜で肉サンドを挟んで、食べやすくするだろうか。
う~む。
それを考えると、勇者とパルは仲良くなれそうな気がする。
でもなんかちょっとモヤモヤするので、勇者にはルビーをぶつけよう。
いや、なんもしなくても勇者には賢者と神官がいるので大丈夫か。
安心あんしん。
「ここまでせずとも、大丈夫ですのに。私だって立食パーティとか参加したことあるんですけどね」
木箱の上にちょこんと座ってるお姫様が頬に手を当てながら言った。
首を少し傾けて、はぁ、とため息をついている。
絵になる可愛らしさ。
ドワーフの芸術家たるララ・スペークラが見たら我慢できなくてすぐにでも紙に筆を走らせそうな姿だった。
「申し訳ありません。お付き合いください、師匠さま」
「分かりました」
肩をすくめ、苦笑してから木箱に座る。
「本日は外での食事ということで、お皿を一度に出してしまうことを許してください」
「えぇ、分かりました。どうぞ」
「ありがとうございます」
そんなやり取りをしてから、メイドさんは木箱のテーブルの上にお皿を乗せていく。前菜のサラダとメインディッシュのイノシシ肉。臭みを取るためにハーブも添えられている。あとは保存食のパンと野菜スープ。飲み物はぶどうジュースっぽい。
綺麗に盛りつけられているが、メニューの内容は他の人たちと同じ。
お姫様と言えども、ここは平等らしい。
「ひとり贔屓されても申し訳なさで食事がノドを通りませんから」
「そんなものですか?」
「そんなものです」
すまし顔のお姫様。
パーロナ国の末っ子姫は親しみやすい、という理由がこんなところにもあるのかもしれない。
「師匠さまに嫁入りすれば、そんなことを言ってられませんからね」
訂正。
パーロナ国の末っ子姫は親しみヤス過ぎる。
易いのではなく、安い。
価値が安くなってしまうので、是非ともやめてもらいたい。
いや、お姫様の『価値』とかそういうのはマジで不敬なので言葉には出せないが。
「いただきます」
きちんとイノシシの魂に祈りを捧げてからお姫様はイノシシ肉をナイフとフォークで切り分けて口に運ぶ。
もっちもっちと咀嚼して、ごっくんと飲み込んだ。
「さすが野生ですね。独特の風味です。お父さまとお母さまに食べていただきたい味です」
「遠まわしにすごい嫌味ですね……」
「うふふ。ナイショにしておいてください。じゃないと師匠さまといっしょに牢屋に入れられてしまいます」
「そんな親なら、いっしょに脱獄して逃げましょう。お任せくださいお姫様」
「ふふ。さすが盗賊ですね、師匠さま。ではお任せします。ひとつだけドレスを持って逃げたいのですが、よろしいでしょうか?」
「大切なドレスのようですね。努力しましょう。どんなドレスなんですか?」
「ウェディングドレスです」
「なら、俺は指輪を用意しておかないと」
あはは、とヴェルス姫は笑った。
良かった良かった、王族を楽しませられるトークスキルなんて俺は持ってないからなぁ。
ヴェルス姫が気に入ってくれたみたいで助かる。
「ごちそうさまです。楽しい食事でした。師匠さまといっしょなら、どんな場所でどんな食事でも美味しく頂けそうです。あ、でもパルちゃんには申し訳ないかしら」
どこでどんな食事でも、という言葉は。
孤児にとっては嫌味にしか聞こえないかもしれない。
「そうですね。人によっては不快になる可能性がありますが、パルなら笑ってると思います」
「パルちゃんに出会えて良かったです。もちろん師匠さまと出会えたことでもありますが、孤児という存在を改めて考えることができました。偽善ではありますが、助けられる子ども達がいるのなら、助けたいと思います」
ホントに偽善ですね、とお姫様は苦笑した。
「俺が背負えたのはパルひとりです。他人の命を背負うのは重いですから。ヴェルス姫は背負うことなく命を救っているのです。偽善程度が丁度いい」
「そう言ってもらえると助かりますが……ついでに私の人生も背負いませんか?」
「背負えるのはひとりって言ったじゃないですか」
「小さい女の子は軽いです。パルちゃんと私くらい師匠さまなら平気へっちゃらですよ」
え~……
「あと、ルビーちゃんは背負わないんですか?」
……そういえばルビーって俺にとって表向きの理由って何なんだ?
決めてなかったな。
え~っと……
「ルビーは勝手に付いてきたんで、背負ってるつもりはありません」
「そのとおりですわ。むしろわたしが師匠さんをおんぶに抱っこしてるつもりです」
突然背後に現れた吸血鬼。
俺の気配察知を見事に突破するのはやめてくれ。
あと、マジでおんぶに抱っこしてもらってる可能性もあるので、あんまり真実をこっそり告げるのがやめてほしい。
バレた時に恥ずかしいので。
「そうなのですか、ルビーちゃん」
「はい。わたしが師匠さんに一目惚れをしてしまったのです。忘れもしませんわ、あの出会いを。師匠さんったら、わたしのことをサキュバスと間違えたくらいに魅力的だとおっしゃられました」
それは誉め言葉になるのか?
というか、だから真実をこっそり告げるのはやめてほしい、と心の中で訴えたばかりだが?
いや、まぁ、聞こえてないので仕方ないけど。
「まぁ! ルビーちゃんはサキュバスだったのですね」
「はい。夜中にこっそりえっちなことをしちゃう魔物ですわ。夢の中だろうと現実だろうと、師匠さんのベッドの中にお邪魔しちゃいます」
「是非ともその技をご教授願いたいところ」
「高いですわよ。たかが一国の末っ子姫に払えるでしょうか」
「むむむ。足りなければ、なにを差し出せばいいのでしょう? 私が払えるものでしたら、なんでも言ってください」
「では、ベル姫の初めてをいただき――あ、え、ちょっと護衛騎士の皆さま、離してくださいま、あーれー!?」
不穏な冗談を言ったがためにルビーはマトリチブス・ホックたちに連れていかれた。
森の中で説教タイムが始まるのかもしれない。
「助けてくださいまし~、師匠さーん!」
「すまん、諦めてくれ」
そんな~、と森の中にルビーの悲鳴がコダマした。
メイドさん達を合わせ、近衛騎士たちがクスクスと笑う。
雰囲気は良好だな。
さてさて、食事も終了し、就寝となった。
全員が寝るわけにもいかないので、見張りとなってくれる騎士たちが交代で周囲に立っていてくれる。落ち着いて眠れる状況ではないが、森の中では贅沢な話だ。これほど安全に眠れる状態は破格ではある。
「師匠さま、こっちこっち」
「師っ匠~ししょう~、いっしょに寝よ。師匠は真ん中ね」
「……私はパルの隣でいいので」
美少女たちの簡易テントにお誘いされてしまった。
「俺が入ったら死刑となる空間なのでは?」
マルカさんに聞いてみる。
「殺します」
ですよね~。
「あ~ん、良いではないですかマルカ! テントといってもスカスカで丸見えです。それに寒いのですから、みんなでくっ付いて眠るべきです。あぁ~、寒い寒い。風邪をひいたらマルカのせいですよね、これ」
「ぐ……くぅ……わ、かりま、した……エラント、手を出せ」
苦渋の決断をしたようだ。
「はい。大人しく縛られます」
「理解が早くて助かる」
というわけで、マルカさんに腕と足を縛られた。
その間にこっそりと聞いてみる。
「どうして許可を?」
「……国王や他の者の目が届かないのは確かです。少しでも姫様のしあわせが叶うのでしたら、それを望むのは愚かなことでしょうか」
「微妙なところだと俺は思いますけど……」
「貴殿を信頼する」
そう言いながらマルカさんは俺を蹴った。
信頼している者にする行為じゃないなぁ、もう!
というわけで、俺は簡易テントの中に倒れる。下に柔らかい布でも敷いてあるらしく、倒れてもそこまで痛くなかったので助かった。
「師匠さまといっしょに眠れるなんて夢のようです! いえ、今から夢の世界へ行くのでしたね。なんだかもったいないです」
「眠らないと、明日がキツイですよヴェルス姫」
「今夜はベルと呼んでくださいな。いえ、今夜は眠らせないよベル、と言ってください」
「だってさ、パル」
俺はパルにパスした。
「今夜は眠らせないよ~、ベルちゃん!」
「パルちゃんじゃないですよ~、もう!」
きゃはははは! と無邪気に笑う美少女たち。
内容が内容だけに、まったくもって無邪気じゃないんだが。
「……ナーさまへ届きますように」
サチはのんきに、天界の大神へ祈りを捧げているのだった。




