~卑劣! 夜営は冒険の醍醐味でもある~
エルフの森にて。
少しひらけた川のそば。
次々と簡易テントが張られ、夜営の準備が整っていく。
その中でも、特にお姫様であるヴェルス姫が泊まるであろうテントは地面がしっかりと均され、カーペットを敷いて、その上にテントが建てられていく。
なんとも豪勢な夜営だなぁ、とは思うものの、お城に比べたら質素なもの。わがままな貴族の娘なんかは不平と不満を言いそうだが、末っ子姫は楽しそうなのでなによりだ。
それと同時にメイドさん達が忙しく動きまわり、今晩の夕食の準備も始まっている。
「メイドがいるなんて、贅沢な夜営ですわね。これではキャンプの雰囲気が台無しですわ」
わがまま吸血鬼がわがままなことを言っている。
そういえばこの吸血鬼も貴族のお嬢様と言えばお嬢様か。
わがままを言ってもおかしくはない立場なんだろうけど、普段が普段なだけに説得力がない。
というか、わがままの内容がおかしい。
夜営が豪華だったら良いじゃないか。
だがしかし、ルビーの言い分も分からなくもない。
夜営は仲間で焚き火を囲み、簡易的な野菜スープを作って、硬い干し肉をかじる。そこにワインなどがあれば超贅沢。
静かな雰囲気の森の中で、闇に警戒しつつ睡眠を取る。見張りをしている者は焚き火のお世話をしつつ、森の静かな空気に耳をそばだてる。
恐ろしいながらも、油断もできない状況ながらも、そういう部分も楽しめるのが夜営というものだ。
まぁ、楽しめるのは一部の冒険者であって、命の危険の無い場所というのが大前提だけど。
こういう森の中で楽しんだ人間種は、それこそ命を落としたのではないだろうか。
結局。
吸血鬼のわがままでしかない。
「ねぇ~ぇ~、ルビーも手伝ってよぉ~」
手頃な石に座って文句を言うルビーに対して、せこせこ働いているパルが言った。今は石を積み上げて簡易的な『かまど』を作っているようだ。
河原で平たい石は多くある。それらを上手く積み上げて『凹』の形を作り、その上に網を置いて完成。あとは火を熾して網の上で食材を焼けば、バーベキューができる。
「適材適所ですわ、パル。わたしが手伝ってしまうとレンガを作り始めますわよ」
「食べられるのいつになるのさ、それ」
「来年ですわね」
ルビーのふざけた答えに、べぇ~、とパルは舌を出して石を運んでいった。
舌出してるの、かわいい。
俺もパルにべぇ~されたい。
「はいはい、師匠さんもウロウロしていないでここに座りなさいな」
「ダメなのか?」
「女の子ばかりの空間です。男性の視線を気にする方もいらっしゃいますので、できるだけ一定方向を見るようにしていた方がいいですわ」
なるほど。
一理ある。
しかし、危険がないかどうか見ていたのだが……
「そのあたりは護衛騎士の実力を信じた方が好感度があがりますわよ」
「騎士のお嬢さん達に好かれてもなぁ」
ルーランなら分からなくもないが、基本的には12歳以上でしょ?
興味無いなぁ。
「ダメ人間ですわね、師匠さん。いいえ、変態でしょうか」
「心を読まないでくれ」
ふふ、とルビーは笑う。
「見張りなら、わたしにお任せくださいませ」
「いいのか?」
「もちろんです。夜はわたしの時間ですから」
忘れがちになるが、ルビーが実力を発揮できるのは夜だ。今でこそ昼間でも能力を使っているが、当初は普通の人間種のようだったわけで。
マグの能力がアップしたのか、それともルビーの光耐性がアップしたのか。
どっちだろうか?
「わたしとしましては、馴染んできた、と表現できるかと」
「ふむ。馴染む……慣れてきたとは違うのか?」
「少し違うかと。マグの能力がアップした、性能が上がった、というのは考えにくいかと。それよりも、マグがわたしに合わせてくれるようになった、と感じられます。この技術の大元はパルのブーツと同じ『成長する武器』なのでしょう?」
「そういえばそうだな」
忘れがちになるが、いろいろな技術とアーティファクトを合わせて作られたのがマグだ。
当初は腕輪の大きさだったが、今では指輪程度の大きさにまで小型化されている。これは学園都市の技術が上がったとも言えるが、性能事態は同じはず。
それを考えれば、ルビーの言うとおり『馴染んできた』が正解なのかもしれない。
パルも加重状態のはずだが、もう平気で動き回ってるしな。
まぁ、それは馴染んだというよりも慣れたというべきかもしれないが。
だったら、また新しい負荷を考えた方が修行になるかもしれないな。
う~む。
しかし、だからといって腕輪や指輪を増やすのは投擲や行動に影響がある。
ブーツがオッケーなのだったら――
そのうち布をマグ化とかして服をマジックアイテムのように運用することができたりするんじゃないだろうか。
「いいですわね、それ。白い布に水の魔法を仕込んでおき、任意のタイミングで濡れ透けができる服。これは売れますわ!」
「誰に売れるんだ、誰に」
「娼婦とわたし」
「う、う~ん……」
否定できない。
しかし、マグの材料には宝石が必要なので恐ろしく高価な服になることは間違いないので。
おいそれと買える服ではないだろう。
夢のまた夢、と言える服だな。
そもそも布にマグ技術が盛り込める方法など、不可能な可能性もあるし。
「というか、ルビーなら今すぐ作れるのでは?」
お姫様が着てる漆黒の影鎧はルビーが作ったものだしな。
布もいけるんじゃないか?
真っ黒な服になるかもしれないが。
「はぁ~。ダメですわ、ぜんっぜんダメですわ。師匠さんには浪漫が足りません。それではダメなのです」
ルビーは肩をすくめて盛大にため息をもらしながら歩いて行ってしまった。
あれぇ~?
俺、なんかマズいこと言っちゃいました?
「乙女心は分からん」
いや、乙女心ではなくスケベ心かもしれないが。
「あらあら、ケンカですか師匠さま」
そんなルビーと入れ替わるようにヴェルス姫がやってきた。
「お隣、座ってもいいでしょうか?」
漆黒の影鎧を脱いで、簡易的なドレスを着ている。
どうやら着替えたらしい。
お姫様っていうのは大変だな。
生地が厚めのようで、革のコルセットを付けており、少し重そうな印象があった。部屋着のような類ではなく、しっかりとした夜営用なのかもしれない。
もっとも。
夜営用のドレスってなんだよ、と思わなくもないが。
「では、こちらにどうぞ」
ハンカチのようなオシャレな物は持っていないので、外套を脱いで折りたたみ、石の上に置く。これで多少は痛くないし冷たくないはず。
「まぁ! ありがとうございます、師匠さま」
俺の外套の上に遠慮なく座ってくれるお姫様。
良かった。
汚い、とか思われなくて。
「ズルイですわ、うらやましいですわー!」
遠くでルビーが叫んだ気がした。
気のせいだ。そうに決まっている。
「お姫様も大変ですね。このような森の中でそんな服を着ないといけないなんて」
「ふふ。仕方がありませんわ。だってお姫様なんですもの」
そういうもの、として受け入れているらしい。
まぁ、メイド服を着てアクセクと働いたり、騎士甲冑を着て警備をされても困るんだけど。
それを考えると、立派で綺麗な服を着て堂々と夜営地で休憩している姿、というのは重要なのかもしれない。
王族とは国の象徴でもある。
末っ子姫など、その最たるものではないだろうか。
だからこそ、立派な服を着ないといけない。
もっとも。
それを見る側としては、士気があがる。
私たちはお姫様に仕える者、として自覚できるというか、胸を張って働ける。そういうのを促しているのかもしれないなぁ。
「冒険小説などを読んでいると夜営のシーンがあるのですが、少し憧れていたのです。仲間と語らい、いっしょに食事をして、仲良くなる場面でもあるじゃないですか」
「そうですね。確かにそういうものはあります」
「師匠さまは夜営でどんなことを語らいましたの?」
「俺ですか?」
聞かせてください、とヴェルス姫は両手を合わせて少しだけ首を傾げる。
にっこりと笑うお姫様の姿を焚き火の明かりが彩った。
日が落ちてきて、周囲で熾した焚き火のオレンジの炎が目立ってきた。お姫様の綺麗な金髪と赤い瞳がキラキラと輝いている。
やはり本物のお姫様は違うなぁ。
「いろいろとありましたが……とりとめの無いものですよ。明日の計画や、今日の反省、残りの食料の相談などなど」
まだ神官や賢者が仲間になる前は、勇者と戦士と夜営の時に語らったものだ。
「そんなものなのですか?」
「う~ん、あとは~……次の村や街についたらやりたい事とかですかね」
主に戦士が娼館に行きたいと語っていた。
あと、どの程度の大きさから巨乳と呼んでいいのか、と勇者と議論していた気がする。
ちなみに俺の意見としては、気持ち悪い、と思った先からすべて巨乳だ。
慎ましやかで美しい胸こと至高で究極である。
もちろん。
そんな話をお姫様に聞かせられるわけがないので、黙ってる。
「ふふ、そうなのですね。師匠さまは冒険者のような経験をされていた、と。良い仲間がいらっしゃったのでしょうか」
にっこりと笑うお姫様。
はてさて……どこまで俺の話をパーロナ王から聞いているのやら。
「まぁ、旅人は偽装ですから。俺は単なる卑劣で卑怯な盗賊です」
「なにをおっしゃるのです。ステキでカッコイイ盗賊ですよ」
う~ん。
吊り橋効果がまだ続いているらしい。
いつになったら吊り橋を渡り切ってくれるのだろうか。
「俺なんかを褒めても、いいことなんてありませんよ?」
「ありますよぅ。だって師匠さま、私が褒めると照れた顔をしてくれるではないですか。そのお顔を見るだけでも価値があります」
「おっさんですよ、俺は」
俺は顎に手を添える。少し生えてきてる無精ひげがジョリと音を立てた。
時間遡行薬で少し若返ったとは言え、おっさんはおっさん。十年ほど若返ったのであれば、まだお姫様と並べたかもしれないが――それでも俺は単なる盗賊であり、勇者パーティから追放されるような人間関係しか結べないダメな大人だ。
お姫様の隣に立つような人間ではない。
「少し触ってもいいですか」
ヴェルス姫が俺の顔に手を伸ばす。
ヒゲを触りたいらしい。
「綺麗な指が汚れますよ」
「花壇だって綺麗な花を咲かせるには土をいじらないといけません。師匠さまの顔を触れば、美しい花が咲くかもしれませんよ」
無茶苦茶な理屈だが。
断るほど強引な話ではない。
ので。
俺は顔を差し出した。
顔を差し出した、というと打ち取った敵の首をお姫様に捧げるみたいな表現になるな。
なんて思いつつも、目を閉じてお姫様の好きにしてもらう。
「おひげがジョリジョリですね」
「王様もそうなのでは?」
「お父さまはいつも綺麗にしてしまっていますから、あまり無精ひげを触るチャンスがありません。お兄さまも同じです。貴重な経験です」
体質などで、あまりひげが生えない人もいるからなぁ。
逆にドワーフはみんな髭が濃ゆいというか、剛毛なので、そっちを触るのがおススメかもしれない。
「はい、師匠さま、そのままそのまま」
「ん?」
「目を閉じたままにしていてください。いいですか、動かないでくださいね。これは王族の命令です。違反すれば牢屋行きですからね。では……ん~~~」
「お断りします」
お姫様の気配が近づいたので、俺は目を開けて顔を後ろへ下げた。
どうやら俺にキスをしようとしていたらしい。
後ろで慌てて護衛騎士の人が止めようとして足を滑らせて転んでいる。よっぽど焦ったようだ。
「良かったですね、ルーリア。河原の石は足が取られやすいことが分かったみたいで」
「ひめさまぁ~、冗談でもほどほどにしてください~」
倒れた姿で泣き言を言う護衛騎士。ルーリアさんという名前らしい。そんなルーリアさんを見て、同じく姫様の護衛をしていたふたりの騎士もコロコロと笑っている。
やっぱりアレだなぁ。
夜営って、楽しい。
そう思える光景だった。




