表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/938

~卑劣! リンリー嬢も心配性~

 夜中にパルヴァスと会った後、俺は黄金の鐘亭に戻った。

 さすがに夜中までリンリーが働いている訳もなく、宿も入り口の扉が閉まっている。

 というわけで、日中に開けておいた窓から侵入し自分の部屋へ移動。そのまま風呂に入って適当に疲れを癒しつつ、すぐにベッドの中で眠りに落ちた。

 やはり、周囲の心配をなにひとつする必要の無い宿とはすばらしいものだ。

 もっとも――

 パルがいないベッドの上は広いのだが……ちょっとばかり寂しさを感じなくもない。


「ん……」


 夢の中で弟子の心配をしていると、気づいたら夜明けに近い時間になっていた。


「ふむ。体調に問題なし。装備品も同じく問題なし」


 身体の調子を確かめ、装備品もチェック。

 特に問題もないことを確かめた後、部屋から出て食堂へと向かう。


「あ、エラントさん。おはようございます」

「おはよう、リンリー」


 まだ夜が明けてない時間だというのに、すでに宿のエントランスにはリンリーがいた。どうやら掃除をしているらしい。

 これも看板娘の仕事なのだろうか。

 それはそれで大変だな。


「パルちゃんはまだ寝てるんですか?」

「いや。そろそろ起きてくるころだろう」


 冒険者の朝も早いから、起きてるかもしれない。

 寝坊してたら仲間が起こしてくれるだろうから、それほど心配はいらないな。


「あ、ひどい。先にひとりで食べに来るなんて。待ってあげてもいいじゃないですか」

「いや。あっちはあっちで食べてる頃だ」

「?」


 首をかしげる巨乳を適当にあしらいつつ、宿の食堂で手早く朝食を済ませた。お金を払うだけで食事ができるっていうのは、なんともありがたい気がすると改めて思う。

 勇者たちと共にいた時は、周囲の警戒をしながら朝食をとっていた。それが盗賊の役目だったし、なにより命がけだったわけで。

 野営での食事が一番の難易度だったと言える。なにせ食べてる間は注意力がおろそかになるし、調理の火や煙、においといった要素が魔物や野生動物を集めてしまう。

 盗賊として周囲の見張りはきっちりやっていたが……その分、後回しにされていたしなぁ。みんなが食べ終わってから、手早く食べていた。

 それを思うと、椅子に座ってゆっくり食べられるだけでも充分だ。


「ごちそうさまでした」


 と、食堂のおばちゃんにお礼を言って外へ出ようとするとリンリーに呼び止められた。


「エラントさん、ちょっとちょっと」

「なんだ?」

「パルちゃんはどこへ行ったんです? まさか追い出したとかじゃないでしょうね!」


 なぜ、早々とそんな結論になる。

 すでに怒った顔の看板娘。ちょっぴり前屈みになって俺の顔を覗き込んでいるために、巨乳の谷間が余計に目立つような気がしないでもない。

 そうやって今まで男を手籠めにしていたようだが残念だったな!

 俺にはまったく利かん!


「落ち着け」


 と、俺はリンリーの額にチョップした。

 もちろん最大限に手加減して。


「あいた」

「俺がパルを見捨てるような人間に見えるか?」

「見えます」

「えー」


 見えてしまうのか……

 そうか……


「だって、エラントさんって見るからに悪い人って恰好してるじゃないですか。ほら、そのマントみたいなスカーフっていうか、こう、口元を隠したら盗賊みたいになるでしょ? あと線が細いっていうんですか? ひょろひょろな感じがしてて、こう、あやしいです」

「ふむ」

「ふむ。じゃないですぅ! パルちゃんをどこへやったんですか?」


 ポカポカと殴り掛かってくるリンリーの攻撃を避ける。

 まぁ、当てるつもりもなかったので彼女のバランスは崩れないが、弾かれるように巨乳が動き回っている。

 そうやって男を誘惑していたんだろうが、そうはいくか。

 俺にその類のスキルは利かんのだ!


「落ち着けって言ってるだろ。仕事だ、仕事。パルは仕事に出てる」

「え? エラントさん、あ、あんなにお金持ちなのに……それなのに小さなパルちゃんに働かせて自分は悠々自適に宿屋生活を……?」

「……俺も働いてるが?」


 毎日出かけてたりしているのを何だと思ってるんだ、この巨乳。


「え? そ、そうなんですか?」

「というか、そもそもパルが孤児だって知ってるだろ。最初に彼女を見た時に迷惑そうな表情をしているのを覚えてるぞ。仮にだ。俺がパルをいいように使ったとしても、問題ないと思うが? パルを保護したのは俺だし、パルを助けたのも俺だ。仕事を与えて自分で稼げるようになったのは、むしろ喜ばしいことじゃないか」

「う……確かに、そうですね……で、でも、その、なんとなく」


 リンリーは納得しつつも、納得できないような表情で俺を見た。

 どことなく、子犬を思わせる表情。

 そうやって幾多の男をたぶらかせてきたようだが……ようだが……

 まぁ、その表情に勝てる男はいないか……


「大丈夫だ。俺はパルが嫌がることはさせてない。安心してくれ。ちゃんと責任を持って面倒を見ると決めたんだ。ほったらかしたりしないよ」


 そう告げると、リンリーの表情が明るくなる。

 はいはい。

 そうやって何人もの男……は、もういいか。


「あ、はい! ですよね~。パルちゃん可愛いし、エラントさんが極悪人でも、そんな酷いことしませんよね~」


 まぁ、俺は極悪人ではないが、悪人ではあるので何とも言えない。


「あぁそうだな。というわけで、ちょっとパルの様子を見てくる」

「はい?」

「いや、心配だしな。今日が初日なんだよ。ちょっとこっそり確認してくる」

「は、はぁ」


 いってらっしゃいませ、とリンリーは頭を下げた。

 危ない危ない。

 あれ以上リンリーと親しく話してると、他の客からにらまれてしまう。そんなつもりは欠片もないので、早々と退散することにしよう。


「いってくるよ」


 と、俺は軽く答えて宿を出た。

 さてさて、時間はちょうど夜明けといったところか。一日の始まりともあって、普通の人々が起きだしている時間帯だ。

 そんな中を一足先に歩いていき、昨晩に侵入していた冒険者ギルドにたどりつく。

 路地から見ていてもいいのだが……日が出てる内は目立つ可能性があるので屋根の方が良さそうだ。

 手早く壁を蹴り、屋根に手をかけて体を持ち上げる。

 できるだけ音を殺して屋根の上を歩いて、冒険者ギルドまで移動した。

 冒険者の朝は早い。

 特にルーキーは尚のこと早い。

 依頼が張り出される順番としては、ルーキー用の依頼が一番早いこともあって、行動はどうしても早朝からになってしまう。

 少々の情報収集で手に入れたのは、河川の橋工事における護衛巡回と魔物撃退がルーキーの主な任務となっているらしい。

 大多数のルーキー達がその依頼を受けているようで、おそらくパルたちのパーティもそれに加わるだろう。と、思われる。

 ま、言ってしまえば街周辺の魔物退治とそう変わらない依頼だ。

 逆に考えると、魔物が現れたとしてもゴブリンやコボルト程度。運が悪くてゴブリンシャーマンがいるくらいかな。

 よっぽど運が悪くても死にはしない難易度、だろう。


「おっ」


 と、そんなことを考えながら屋根の上で座っていると、ぞろぞろと冒険者たちが出てきた。

 どいつもこいつもピカピカの装備品。

 間違いなくルーキーたちだ。

 ついでにパルの姿も発見した。


「ふむふむ」


 まぁ、らしくなってるじゃないか。

 冒険者のルーキー達に交じって移動している姿は、それこそ違和感がない。うまく溶け込めているし、仲間との関係も良好なようだ。


「あれが神官か」


 パルの横にくっ付くようにして歩く神官を確認する。

 今日の第一目標はクリア、といったところか。

 大人しそうな黒髪の少女で、眼鏡をしている。神官服は……ニセモノではなさそうだな。きちんとした法衣だ。

 遠目での確認なので『みやぶる』も使えないが……神官なのは間違いない。


「信仰してるのが邪神の類じゃなきゃいいが」


 戒律を調べてみないと分からないか。

 もっとも、肌を見せてはいけない、という戒律が嘘の場合はどうしようもないが。


「よし」


 ルーキー達が街の外へ行くのを見送った俺は、屋根から飛び降りる。


「さて、まずは……」


 何から手をつけようか、とも思ったが。

 うーむ。

 やっぱり気になってしまう。


「パルは外に出ても大丈夫だろうか。まぁ、ララといっしょに外に出た時もあったし、問題ないよな」


 と、俺は自分に言い聞かせた。

 言い聞かせたのだが……

 困ったことに、俺の足は俺の言うことを聞かなかった!

 なんたることだ。

 ちょっとした混乱状態におちいった気分だ。

 ……嘘だけど。

 気づけば街の外郭を覆う壁にぶらさがって、街の外を歩く集団を見つけていた。

 うん。

 パルは大丈夫そうだ。

 仲良くお話してるみたいだし、問題ないな。


「う」


 パルの視線が……

 や、やるなぁ我が弟子よ。まさか視線だけで答えて見せるとは、なかなかの盗賊っぷり。師匠としては嬉しいです。

 だが、見ているのがバレてしまったようだ。

 さっきは気づかれなかったけど、聖骸布でも使ったのか。


「うぅむ」


 ま、これだけ確認できればいいか。

 俺はほんの少しだけ手をあげてパルに合図すると、壁の内側へ飛び降りる。


「ふぅ」


 さて。


「もういいだろう、俺の足」


 ポンポンと膝を叩いておいて。

 俺は、情報収集をするべく移動を開始するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ