~卑劣! わりとノンキにピクニック気分~
もう充分、というぐらいに滝を見物したあと。
しっかりと隊列を組み直してマトリチブス・ホックとメイドさん達は出発した。
もちろん、その中心地にはお姫様がいる。
ヴェルス姫には何があっても傷ひとつ付けないように。
その想いは素晴らしいのだが……
お姫様が装備している漆黒の影鎧はルビーが作り出したものであり、人間領で一番安全な鎧の中、といっても過言ではないだろう。
もっとも。
そんなことを言えるはずがないので、しっかりとお姫様をガードしつつ進むことになる。
「すぐに街道が見えているくるはずです。そこを横切って川沿いに進みましょう」
そう言うと、マトリチブス・ホックの皆さんが返事をしてくれる。
どうにも気恥ずかしい感じがするなぁ。
たぶん俺、リーダーとかそういうのに向いてない。
「師匠、まだ斥候はいらない?」
「まだ大丈夫だが……川からモンスターが出てこないとも限らん。油断するなよ」
「はいっ」
元気良く返事をするパルの頭を、よろしい、と撫でる。
しっかりと仕事をしてくれるので、パルに問題は見当たらない。
やはり余裕が出てくると油断してしまう感じかなぁ。
ひとまず、責任のある仕事を与えるとしっかりとやってくれるので一安心ではある。
川沿いのできるだけ平坦な場所を俺たちは進んで行った。街道や獣道と呼べる程度の道はないものの、荷車を移動できる程度には開けている。
大きな岩を避けたりしつつ、俺たちは川をさかのぼるように移動していった。
それなりの水量のある川なので落ちたら滝まで一気に流されてしまう。
落ちたら絶対に助からないので、ご安全に。
絶景を見て休息になったのかメイドさん達の足取りも軽い。
想定以上に進めるかもしれないが、そのあたりの判断はマルカさんに任せよう。
「街道が見えてきました」
前方から報告が入る。
ルーランの声だったかもしれない。
見えてきた街道とは、舗装されたものではなく、人や馬車が通って踏み固められたものだ。
雑草が生えてないただただ真っ直ぐな道が左右に永遠に続いている。近くに村や街がないので、通りかかる者は皆無に等しいのか、誰の姿も見当たらなかった。
まぁ、好都合ではある。
騎士集団がこんなところにいた、なんて噂話が広がると余計なことに成りかねない。
十中八九、エルフの森への用事だとは分かってもらえるだろうけど。
面倒事が起きない方が良いに決まっている。
街道が近づきにつれ、川に架けられた橋が見えてきた。
随分と昔に架けられたようで、くたびれて見える橋だが……朽ち果てる様子はない。また、川幅も昔から変わっていないみたいなので、まだまだ現役のようだ。
ジックス街のあの川は、やっぱり相当な河川なんだろうなぁ。
なんて思っている間に街道を通り過ぎる。
「このまま真っ直ぐ進むのですね。エルフの郷への道は無いのでしょうか?」
橋があるのに渡らない、というのがお姫様には奇妙に思えるようだ。
「残念ながら森に住むエルフは滅多に外に出ませんし、エルフの郷に用事のある人間も滅多にいません。ですので、道ができないのです」
人が野生の獣が歩くと、自然と道ができる。
だが、獣道すらできていないのがエルフの森だ。
「恥ずかしがり屋の種族なのです。きっと普段は全裸で過ごしているに違いありません」
「大真面目に嘘をつくのはやめてもらっていいか、ルビー」
深淵魔法だけでなく、別の意味でも謝罪しないといけなくなる。
「全裸だったら、恥ずかしがり屋じゃなくて、見せたがり屋なのにね」
「下品な冗談に乗らなくていいぞ、パル」
「はーい」
まったくウチのお嬢さん達は……
「お外で全裸。なんでしょう。ときめく響き」
「……分かる」
なんで共鳴してるんですかお姫様。
あと理解しないでください、神官。
そんなことを思いつつ、そろそろ近くなってきた森を見る。
鬱蒼と生い茂る暗い森。
段々と奥に見えていた巨大な樹が手前の樹によって隠れてきた。近づくと分かるのだが、手前の樹でさえもかなりの大きさだ。しっかりとした幹に冬だというのに緑の葉が生い茂っている。
エルフの年齢と同じか――もしくは、エルフより若いか。
なんにせよ、巨木だらけの森だった。
また、不思議なことに冬だというのにそこまで空気は冷たくない。砂漠国のように夏に関する神への信仰が篤いのかもしれない。
ガチガチと震えながら森の中を進むよりよっぽどマシだが、その代わりに野生動物が活発に動いているかもしれない。
なんにせよ、注意が必要なのは間違いなかった。
「おぉ~、冒険が近づいてきましたね。楽しみです」
「ベルちゃんは怖くないの?」
「怖いです。ですけど、それ以上に楽しみです。エルフの郷に行けるのですから」
ヴェルス姫が楽しそうにパルと話している。
確かに、エルフの郷は誰もが一度は憧れる場所ではないだろうか。
なにせ美男美女のエルフだ。
そして長命種ということもあり、穏やかな生活を続けている。
伝え聞くエルフの郷はいろいろとあるが、まぁ基本的には優雅で美しい森の中。美味しい木の実や畑で取れた作物を食べ、森の中で獲れる獣を狩り、日がな一日ひなたぼっこをしているような生活。
お姫様にしてみれば、のんびりとした一日に違いない。
まぁ、それでなくとも絵本や小説なんかではそれなりに登場するエルフの郷だ。楽しみと思っても不思議ではあるまい。
そんな美少女たちの雑談を聞きつつ進んで行き、無事に森の手前までやってきた。
「森に入る前に休憩とする。食事の準備をしてくれ」
マルカさんの号令に、はーい、とマトリチブス・ホックだけではなくメイドさん達も返事をした。
そこからテキパキと場を整えていくメイドさん達。
こういう時は頼もしい。
地面にそれなりに豪華なカーペットが敷かれるのは、なんというか恐ろしい気分だけど。
「大丈夫です。中古を買いましたので」
そういう問題なんだろうか。
いや、まぁ、庶民の感覚で心配になっているだけで王族の感覚では大丈夫なんだろうけど。
「姫様どうぞお座りになってください。あ、鎧は脱がれますか?」
「兜だけにしておきましょう。こういう時に襲われたら大変ですものね。ね、師匠さま?」
「よくご存知で。ヴェルス姫には冒険者の才能があるようです」
「うふふ。ありがとうございます、師匠さま」
もちろんお世辞だけど。
それも分かって受け止めてくれるヴェルス姫は、やっぱり噂通りの『末っ子姫』だなぁ。
なんて思う。
「師匠、あたしはあたしは?」
「パルは冒険者ってより盗賊な気がするなぁ。いや、しかし、冒険者向けの性格ではあるが……う~む?」
「な、なんでそんな真剣に悩むんですか師匠!?」
「いやぁ、盗賊向けの仕事も冒険者の仕事も、どっちも向いているような向いていないような気がしてなぁ」
「えぇ!? じゃ、じゃぁあたし何に向いてるんですか?」
「お嫁さん」
「師匠のアホ!」
蹴られた。
冗談なのにぃ。
でもぜんぜん痛くないキック。
照れててカワイイ。
「何ですか今のやり取り! 師匠さま、私にも! 私にもやってくださいませ!」
「いえいえ、勘弁してくださいヴェルス姫。それ以上引っ付かれると困ります」
「そんな! どうしてですの!?」
「好きになってしまうから」
「師匠さま大好き!」
「そこはパルみたいに蹴るところですよ、ヴェルス姫!」
なんていう、楽しいやり取りをしていたらルーランが物凄い目でこちらを見ていた。
「ヴェルス姫。ルーランがこちらを見ています」
「あら。先頭の任務ご苦労さまですルーラン。よろしければ一緒に休憩しますか?」
「それはいっしょに寝るという意味でしょうか?」
「はい」
はいじゃないが?
「遠慮しないで座りなさいなルーラン。初任務でこんなところ大変でしょう」
「では、失礼します」
足甲とブーツを脱いで、なぜか靴下まで脱いでルーランはカーペットの上に乗る。しかし、思った以上にフカフカだったのに驚いたのか、ひょこひょこと足を動かしていた。
「何をマヌケなダンスを踊っていますの、たぬき娘」
「たぬ――!? 私はルーラン・ドホネツクですルゥブルム殿。変な名前で呼ぶのはやめてください」
「あら、意外と強情ですのね。分かりましたわ、ルーラン・たぬき・ドホネツク」
「それでは私がたぬきの貴族の分家になってしまいます」
「そっちを否定しますのね」
ルビーがルーランを気に入ってしまったようだ。
「ね、ね、ルビーちゃんもルーランのこと気に入りますよね」
「分かります。なんでしょう、この無表情感と言いますか、おもしれー女と言いますか。底知れぬ実力を感じます」
モテモテだな、ルーラン。
なんだろう。
支配者から好かれるオーラでも持っているんだろうか。
まぁ、それはともかく。
所在なさげにわちゃわちゃと足の指を動かしているのがカワイイ。もしかしたら、自分の足でカーペットが汚れるのを気にしているのかもしれないな。
「メイドさんメイドさん」
「はいはい、なんでしょうかエラントさま」
「足を拭く布をもらいたい」
「分かりました。こちらをどうぞ」
物資用の荷車から取り出した布をもらう。俺はそれを持って川へと近づいた。
石が多く、砂利のようになっている場所を見つけると、そこで布を濡らす。
「くぅ……冷たい」
川の水はかなり冷たかった。冬だから当たり前だけど、夏でも冷たそうな雰囲気はある。
落ちたら流されて溺れて死ぬ、というよりは冷たさに動けなくなって溺れて死にそうな感じだな。
何枚かの布を硬くしぼると、それを持ってカーペットへ戻った。
「これで足を拭いておいた方がいい。靴下が汗で冷たくなってくるだろうから」
布を美少女たちに配る。
「そうなのですか?」
「えぇ。この程度の寒さなら大丈夫とは思いますが、そのままにしておくと凍傷になるかもしれません」
雪の中を進んだりする場合は、それで足の指が腐り落ちる可能性もある。歩いているときは温かくて良いが、休憩をすると一気に汗で冷えてくるものだ。
「それは大変です。皆さん、遠慮なく拭いてくださいね」
というわけで美少女たちは足をふきふき。
う~む。
可愛らしい足が並んでいるのも良い。
「夏でしたら、みんなで水浴びができたのに。残念ですわね」
そう言ってチラチラとこちらを見るルビー。
「そうですね。それはとても楽しそうです。夏の日にはとても気持ちよいものだと思いますね」
ルビーの話に乗っかって、お姫様もこちらをチラチラと見た。
ドスケベ娘どもめ。
そんなの覗きたいに決まってるじゃないか。
たぶんマルカさんにぶち殺されるけど。いや、殺されるだけなら温情か。眼球だけ切り裂かれて森の中に放置されるかもしれん。
おそろしい。
「……ぜひ、夏にも来ましょう」
罠だ!
乗るなサチ!
「あたしもあたしも。ぜったいみんなで来ようね」
パルが無邪気に言った。
う~む。
俺、やっぱりパルが好きだわ。
そう改めて実感するのでした。
「見張りは交代でする。休める者はしっかりと休め」
マルカさんは先に周囲を警戒する役目を担うようで、歩き回っている。リーダーは大変だなぁ。
そう思っている間にもメイドさん達がテキパキと食事の準備をしてくれた。火も熾していて、簡素ながらスープも作られている。
意外と豪華な食事にありつけそうだ。
「師匠さまも座ってくださいな。それとも警戒が必要なんですか?」
「いえ、大丈夫そうですね」
初めての地へ遠征、それも準備期間が極めて短いもの。なにか不都合や問題が起こるのではないか、と思っていたが……そのような心配はいらないらしい。
やはり一流は一流ということか。
どのような状況であっても、自分の仕事はしっかりとこなす。
見習いたいものだ。
ブーツを脱いで靴下も脱ぎ足を拭く。それからカーペットの上に座ると、パルが四つん這いになって俺の隣に移動してきた。
自分の定位置を主張している、というよりも無意識にやった可能性が高い。かわいいヤツめ。
「では、私は反対側に」
「今回は譲りますわ、ベル姫。わたしはサチと仲良くします」
「……うん」
それでいいのか、サチよ。
そいつ吸血鬼だぞ。
とは思うが、俺が言えたセリフではない。
「ごはんできました。こぼさないように気をつけてくださーい」
メイドさんがお椀とパンを運んできてくれる。
お椀は野菜スープのようで、塩で味付けされたもののようだ。野菜は菜物で、そんなに茹でる必要のないもの。手早くできる野菜スープを口に運ぶと、しっかりと塩味を感じる味付けで、美味しい。
「温まります。普段の食事も美味しいですけど、見慣れない景色と広大な森の前で食べる食事も美味しいですね。大きな川があるのも魅力です」
「ベルちゃん、パンはスープに浸して柔らかくして食べると美味しいよ」
「あら、そんなことしていいのでしょうか」
お行儀悪くありませんか?
という感じでお姫様はメイドさん達を見まわすが、メイドさん達は両手で顔を覆った。
見ていません、ということらしい。
普通に食べるにしてはカッチカチのパンだからなぁ。保存が利くパンを大量に買うとなると、これしか無いので仕方がない。
それこそスープにでも浸さないと、なかなか食べにくい物ではある。
「ちょんちょん、と。――ん~! この食べ方も美味しいですね。あ、もしかしてコーンスープに浸したりしたらもっと美味しいのでは?」
あ、お姫様が余計なことを覚えてしまった。
「……ジャムとバターもいいよ」
「それもいいですが」
「……両方塗るの。バターを塗ったあとにジャムを塗るの」
「なにそれ、贅沢!?」
パルが衝撃を受けている。
両方塗るのか。
確かに贅沢だ。
「……美味しいのでおすすめ」
「今度やってみますわ。ありがとうございます、サチ」
まぁ、なんにせよ。
お姫様が楽しそうなのでなにより。




