~卑劣! プリンセス・マジック~
神官魔法は『神の奇跡』の代行。
神の力を借り、それを行使することを許されたものであり、悪事やいい加減なことに使っていると剥奪されてしまう。
もちろん人を助ける魔法が多いので、いい加減に使う、ということが難しいが。しかし、拷問などに使えることは事実。
痛めつけては回復し、毒を飲ませて死なない程度のところで解毒する。
などといったことに使える。
いや、これを『いい加減』と表現するのは間違いか。
悪事だな。
善行にだけ、厳格に使うべき、とまでは言わないが。
神官魔法は神の代行、ということを忘れてはならない。
ので。
お姫様がそれを使うにあたり、一抹の不安はあるものの――王族と神を掛け合わせれば、それはもう尊いものとなる。
「いきます」
ヴェルス姫は地面に座ったまま手を絡めるように組み、祈りの姿勢を取った。
その周囲に魔力による光のラインが走り、お姫様を取り囲む。白い魔力の光は、ほのかに青く感じられた。
ヴェルス姫を囲うように魔力のラインが引かれ、それは円形となり、聖印を記していく。まるで魔法陣の結界のように聖印が描かれ……それはゆっくりとした動きで描かれていった。
まだまだ慣れていない魔力の扱いが見て取れる。
しかし、無理もない。
なにせ初めての魔法だからな。
「……そのまま、そのまま。大丈夫、うまく制御できてる」
ヴェルス姫を補助するようにサチがヴェルス姫の後ろから言葉を送っている。そんな彼女の足元にも大神ナーの聖印が表れた。
「……マジカエポテンシエ・トランスレイショ」
静かに唱える魔法。
確か、魔力を譲渡するものだったか。
よくよく考えれば、ヴェルス姫は解毒魔法を使う魔力量が足りないはず。レベルでいうところの3ぐらいじゃなかったかなぁ。
階段をひとつ飛ばしにのぼるどころか二段も飛ばしたもの。
それを最初の一回目でいきなり使おうとするのだから、魔力切れ――マインドダウンしてしまう可能性は高い。
才能があっても、神の声を聞けたとしても。
こればっかりは、どうしようもない。
サチのサイスフォローと言えた。
さて。
そんな解毒魔法の向かう先は、もちろんルビー。
見るからに顔色が悪く、ぶるぶると冷や汗を浮かべている。
無理もない。
「ど、毒ですからね。し、ししし仕方ありませんものね」
必死に自分に言い訳するようにルビーが声をあげる。
周囲からしてみれば、やっぱりどこからか毒が体内に侵入して、体調が悪くなってきたように見えているかもしれない……
しかし。
俺とパルから見れば、神官魔法に恐れおののいているようにしか見えない。
なにせ吸血鬼だもんなぁ。
魔物種であり、神さまの敵であると認識されていたわけで。
事実、どうなるのか分からない。
回復魔法でダメージを受ける可能性は充分にある。完全回復魔法なんてものがあったとしたら、一撃で消滅させられるのではないか。
そう思うけれど。
残念ながら、完全回復魔法なんてものはない。
エクス・ポーションはあるけど、あれは最早神さまの奇跡を加工した何かだ。それを奇跡と呼び続けていいのか微妙ではある。
そんな回復魔法とは違い、いま吸血鬼を狙っているのは解毒魔法だ。
回復が反転し、ダメージとなるのなら……解毒が反転すれば、毒状態になるのだろうか?
それとも吸血鬼性が解除されてしまうとか?
俺とパルが眷属化されているが、それらが消失するとか?
まぁ、どんな効果があったとしても死にはしないだろう。
大丈夫だ、と自信があるからこそ、ルビーは大人しくお姫様の解毒魔法を受けようとしてくれている。
めちゃくちゃ不安そうで顔色が悪くて冷や汗ダラダラだけど。
「ルビーって、変に優しいよね」
「変とはなんですか、変とは。愛です。わたし、人間種が大好きですので。そんな人間種が初めて魔法を使おうとしているのですよ? それもわたしのために。それを拒否するなんて、魔王さまが許してもわたしが許しませんわ」
神の奇跡を魔王が許すのか、許さないのか。良く考えれば、なんというか意味不明な説明となっている。
「本音は?」
「ベル姫の初めてを頂けるなんて、これを逃すなんてもったいないですわ!」
もっと変な理由だった。
愛の方がよっぽどマシな気がする。
この毒のような考え方、是非とも解毒魔法で消し去って欲しい。
「ふぅ、ふぅ、魔法いきます、ルビーちゃん」
「どこからでもよろしくてよー!」
覚悟完了、とルビーは両手を広げて瞳をギュっと閉じた。
そこを目掛けて、お姫様の魔法が発動する。
「アンティドトム!」
呪文のように魔法を唱えると、ルビーの足元にパ~っと光が宿る。ぐるぐると回転するように聖印が現れ、それがせり上がるようにしてルビーを包み込むと――一瞬だけ強く輝いてパッと消えた。
「……お、終わりました? だいじょうぶ? お、おぉ~、なんともありませんわ!」
どうやら解毒魔法は無事に発動し、吸血鬼の身体に何の影響も及ぼさなかったようだ。
不安から解消されてか、青かったルビーの表情が明るく晴れ渡る。
それを解毒成功と思ったのか、マトリチブス・ホックたちはワッと声をあげて喜び、メイドさん達は胸を撫でおろした。
「ふぅ、ふぅ、やりました。私にも神官魔法が使えました!」
わーい、とお姫様は両手をあげる。
「ありがとうございます、サチ! 魔力を貸していただき、無事に魔法を使うことができました」
「……良かった。フラフラしない? 立てる?」
サチに手を添えてもらってヴェルス姫は立ち上がる。
少々疲れているようだが、マインドダウンまではいっていないようだ。
足取りもしっかりしているので、問題ないだろう。
「……大丈夫そうだけど、一応魔力あげとくね」
そう言ってサチはもう一度マジカエポテンシエ・トランスレイショと唱えて、お姫様に魔力を譲渡した。
なんとなくだが、ヴェルス姫に自分の魔力をあげて喜んでいるような気がしないでもない。
自分の中に流れる魔力が相手の中で混ざり合っているのを喜ぶ。
やはりサチは……
「う~む」
「どうしたんですか、師匠?」
「いや、なんでもない」
「師匠もサチの魔力が欲しいとか?」
「いや、どちらかといえば、俺の魔力をパルに流し込みたい」
「師匠」
「なんだ?」
「言い方が気持ち悪い」
「ぐぅ!?」
立っていられないほどのダメージをくらったが、この程度で膝を付く俺ではない。
耐えた。
しかしギリギリだ。
はやく、はやく何かで回復しないと!
「もう、しょうがない師匠だなぁ~。んっ」
パルが手を差し出してくれる。
助かった!
俺は溺れた者が藁にもすがるような気持ちでパルの手を握った。小さくてカワイイ手で、子ども特有の温かさがある手をギュッと握る。
そのまま魔力を送り込みたかったが――残念ながらやっぱり魔力糸になるばっかりでパルの中には入れられなかった。
残念。
「ねぇねぇ、ルビーはこれできないの?」
メイドさん達に着替えのメイド服を着せてもらっているルビーにパルは聞く。装備も服も毒でぐしょぐしょに濡れていたので、綺麗に洗うまでは着れないだろう。貴重な水を消費するわけにもいかないし。
しかし、なんというか、さすが支配者さまだ。
服を着せてもらうことに抵抗が無いというか、当然という感じで受け入れているのがすごい。
「やりません」
「む。なんでさぁ」
ルビーはチラチラと周囲に視線を送る。
どうやらマズイことでもあるらしい。
それに気付いた俺とパルは、まばたきひとつで答えた。
「フンだ、ルビーのケチ。そのままメイドになっちゃえばいいんだ」
「それもいいですわね。これからは師匠さんではなく、ご主人さまと呼びましょうか。えぇ、主人のお世話をするのはメイドの仕事ですもの。まずは夜のベッドメイキングから始めましょうか。もちろん、わたしをメイキングしていただいてもオッケーですのよぉ!」
おーっほっほっほ、と笑うルビーだが、他のメイドさんから睨まれる。
「あれ? なにかダメでした?」
「メイキングされるなど、もってのほかです。メイドならば、自分でメイキングしてご主人さまに抱かれるべきです」
「あ、はい」
「ご主人さまの手をわずらわせることなく、ご主人さま好みのメイドにならないといけません。もちろん、足らぬことを是とするご主人さまならば、そうなるように自分でメイキングしておくのも必要です」
「わ、わかりました。勉強になります」
「メイドの道を舐めないでよね」
「はい、分かりまし――なんでパルが偉そうに言うんですの?」
「あたしもほんのちょっとだけメイドやったことあるもん」
マジでほんのちょっとだけじゃねーか。
という言葉は飲み込んでおいた。
周囲のメイドさん達も、うんうん、とうなづいているし。
なにより、お姫様に仕えているメイドさん達だ。超が付くほどのエリートであることは間違いない。
なによりなにより、こんなところまで文句も言わず付き合ってくれるメイドさん達を否定するのは忍びないよなぁ。
「よし、そろそろ出発しよう」
「はーい」
マルカさんの合図で隊列を組み直し、再び洞窟の中を進む。つづら折りの坂道は登り切っているので、出口まではもう少しだ。
そこからは多少の戦闘はあったものの、大したモンスターは出てこず。サーペントがボス的な存在だったのかもしれない。
前方に外の明かりが見えてきたので、マトリチブス・ホックの皆さんをはじめ、ホッと息を吐くお姫様ご一行。
少しだけ足早になっていくのを感じつつも、全員で無事に洞窟遺跡から出ることができた。
「ふぅ。お城の部屋の中を窮屈だと思っていたのですが、洞窟の中はもっと窮屈に感じるのですね。やっぱり太陽の光って偉大だと思いました」
そこそこ広い洞窟であっても、やはり暗いとなると狭い印象を受ける。
ヴェルス姫は大きく息を吸って、吐いた。冬の空に白く濁った息がのぼっていく。
遺跡ということもあり、洞窟の出口は地面の中へと続くような形となっていて、階段が崩れた形跡がある。そこをみんなで荷車を押してあがったので、休憩となった。
現在位置は崖の上。
背後には、大きく切り立った崖があり、そこを下から登ってきたかと思うと達成感がある。
崖の先には広大な谷底のような光景が広がっていて、滝の先に続いている一本の大きな河が見えるだけ。
雄大ではあるが、どこか荒廃したような景色にも見えた。遠くには岩山が見えるだけで、他には何もない寂しい風景。
しかし、それは各地を旅してきた俺の見方であって、お姫様たちには素晴らしい景色に見えたらしい。
「この地に遺跡があったのが分かりますね。ここなら毎日でも祈りに来たかもしれません」
なるほど。
そういう目的で作られた遺跡だったのかもしれない。
もっとも。
朽ち果てている、ということは利用者がいなくなったことを意味している。崖下に用事が無くなった、という意味では……何かが壊れたか、失われたか。なんにせよ使われなくなってしまったことには違いない。
もしかしたらこの先に街でもあったのかもな。もしくは、貴重な鉱物が取れる鉱山があったか。
なんて思いながら、雄大な景色を見た。
やはり、俺には荒廃してしまった何も無い風景にしか見えない。
色んな物を見てきた弊害とも言えるだろうか。
心が貧しくなったとは思いたくないものだ。
そんな自分に苦笑していると、マルカさんが質問してきた。
「エラント殿、エルフの森はどちらになりますか?」
「あぁ、それなら」
俺は雄大な景色の反対側を見る。
「あそこに大きな樹があるでしょう」
「ん? あれは山なのでは?」
そう思うのも無理はない。
「あれは1本の大樹です。学園都市に生えている樹と似たようなもので、あの根本にエルフたちが住んでいます」
大樹の下に広がるエルフの森。
目的地までは、まだまだ歩く必要があるのだ。




