~可憐! 朝から冒険者~
朝。
正確には日の出前だから、もしかしたら夜かもしれない。
でも、朝は朝だ。
太陽が出てくる前に動き出す人がいて、あたしは目を覚ました。
夜中に師匠と会ってたこともあって、ちょっぴり寝不足な感じ。ちょっとだけ頭の中がぼ~っとするけど、すぐに晴れていく感じがした。
つまり、目が覚めた。
でも――
「くあ~」
ってあくびが出てしまった。
別に油断してるとか、そんなんじゃないんだけどなぁ。ついでに、ぐぐ~っと伸びをしたらサチも隣で目を覚ました。
「……おはよう」
そう言いながら眼鏡をかけた彼女を見て、あたしも挨拶した。
「おはよう、サチ。朝はどうするの? 男の子たちといっしょにごはん食べる?」
「……今までは別々だった。でも……パルヴァスがいるなら一緒でもいい」
「そうなの?」
サチがうなづいたので、パーティの男の子たちと朝ごはんを食べることにした。
「……でも、朝は早い者勝ちだから気を付けて」
「なにが?」
「トイレとか」
「あぁ~」
人数に対してトイレって確かに少ない。朝は確かに大変かも。
そのせいで太陽がまだ出てないのに起きる人がいるのか。
なるほどなるほど。
あと、どうしてルーキーしか冒険者ギルドにいないのか分かった!
毎朝、トイレ競争をしないといけないんだったら、普通の宿に移動するよね。もしくは自分たちで家を買ってパーティメンバーといっしょに暮らす方がいいかも。
家事とか自分たちでやらなきゃダメだけど、その方がなんていうか夢がある。
うん。
あたしが早起きして、師匠のごはんを作って、ベッドで寝てる師匠を起こしに行って、師匠といっしょに朝ごはんを食べる。
「ふひひ。師匠とふたり暮らし……」
ちょ、ちょっと憧れるなぁ。
なんちゃって。
「……行くよ、パルヴァス。トイレは後回しでもいい?」
「あ、うん。夜中に行ったし」
「……そうなの」
バタバタと慌ただしくなっていくギルドの中。階段を下りていくと、すでにルーキー達で活気であふれていた。
女の子より男の子の方が多いから、男の子がわちゃわちゃと盛り上がってる気がする。
「はやく! はやくしてくれ!」
主にトイレに並んでる人たちが。
「男の子は外でしたらいいのに」
「……パルヴァスはダメよ。ぜったいに外でしないで」
「え。あ、はい」
路地裏で生きてた時は普通に外でしてたけど……言わない方がいっか。
とりあえずトイレは後で行くとして食堂に移動した。
テーブルがいくつもあって、厨房と隔たりがほとんど無い食堂。その場で作ってる~って感じがするから、好き。
料理してるのはギルドで雇われてると思われるおばちゃん達。
さすがの熟練度って感じでテキパキと朝食の準備をしてくれている。
「パンのイイにおいがする~」
焼き立てのパンだ!
すっごい美味しそう!
目玉焼きにウィンナーとサラダも付いてて、コーンスープまである!
「わーい、凄く美味しそう!」
「あははは。お嬢ちゃんは初めて見る顔ね。たーんと頑張って食べて、バリバリ仕事してきな。一食300アイリスだよ」
銅貨300枚。
え~っと、ちょっと厚みのある100アイリス銅貨が三枚……と。
「はい、これでいい?」
「はいよ。あんたちっちゃいからウィンナーをオマケしてあげる。残したらダメよー」
「わーい! ありがとう!」
やった。
ちっちゃくて良かった!
お金は師匠にもらった分もあるし、しばらくは大丈夫っぽい。
でも、宿代と合わせても一日最低銀貨一枚ちょっとぐらいは必要かな。それ以上を仕事で稼がないと、冒険者は続けられない。
最低ラインが銀貨一枚って考えると、どんな仕事だろう?
でも、そんなギリギリの仕事ばっかり続けてたら一度の失敗でアウトになっちゃうし……
「……パルヴァス」
「あ、はーい」
サチに呼ばれて、あたしは慌てて移動する。考え事してたら立ち止まってた。
邪魔になるし、危ない危ない。
「おはよう、イークエス、ガイス、チューズ。いっしょに食べよっ!」
「……おはよう」
寝ぐせのついた三人にあたしとサチが挨拶すると、男の子たちはみるみる驚いた顔になった。
「お、おはよう……まさか、いや、いいか。ど、どうぞ座って」
イークエスが席をつめて、あたしは隣に座る。その隣にサチが座ったので、ちょっと狭いけど問題なさそう。
「いただきます。ふひひ、美味しそう。えへへ、ウィンナーおまけしてもらっちゃった」
「はは、良かったなパルヴァス」
「うんうん」
朝からごはんが食べられるなんて、とっても嬉しい!
しかも作り立てなんだもん!
って、どうしても思っちゃう。
これが当たり前なんだ、とは思うけど。孤児院に居た頃だって、食べてたはずだった。
でも。
それでも。
ちょっと前までのあたしは死にそうな顔をして生ゴミをあさってた。食べられそうならゴミでも食べてた。
だから、温かいスープとか焼き立てのパンが、とってもしあわせに感じられる。温かい物が食べられるのが、しあわせだって思えた。
牛乳だって、美味しい。
シャキシャキの野菜も美味しい。
とにかく、ごはんが普通に食べられるっていうしあわせを、すっごく感じる。
「パルヴァスは嬉しそうに食べるんだな」
「ん?」
あたしの前に座ってるチューズが言った。
「だって美味しいよ?」
「うむ。美味しいのはいいことだ」
ガイスの言葉に、あたしは何度もうなづきながらパンを食べた。
あたしの隣でサチは小さく口をあけて、食べてる。口の中も男の子に見せちゃダメなんだっけ。
口元を隠しながらだけど、それでも普通に食べてるのを見て、男の子たちはちょっぴり嬉しそうな表情を見せた。
みんな寝ぐせが付いてるけど。
ちょっと華やいだ感じ。
あんまり会話は多くなかったけど、パーティのみんなで朝ごはんを食べていった。
「よし。準備が終わったら受付前に集合な。今日もちゃんと仕事するぞ」
ガイスとチューズといっしょに、あたしは、おー! と返事をした。
サチはしなかったけど、それでも同意はしてるっぽい。
徐々に混んできた食堂を後にして、今度は人が少なくなったトイレにいく。
おしっこしてからサチといっしょに外に出て、男の人がいなくなってから外の井戸で顔を洗ったり髪の毛を整えたりした。
あたしはずっと聖骸布のリボンを付けてるから顔を洗っただけ。
サチも軽く撫でるだけぐらいで、そこまで整えてるって感じじゃなかった。
準備ができたら、サチといっしょに受付カウンターがある長椅子に集合した。
「よし、そろったな。いつも通り仕事を取ってくる。その間に各自装備点検。基本をないがしろにするヤツから死んでいく。いいな?」
「はーい」
さすがリーダーのイークエス。
師匠みたいなことを言うんだなぁ、って思いながらイークエスを見てると掲示板の前にスタンバイした。
同じく新人パーティのリーダーたちが掲示板の前に集合し始める。
たぶんだけど、イークエスは張り切ってた。
一番に掲示板の前に移動したし、集合も一番早かったっぽい。
でも――
「こんな時こそ、落ち着いて……」
「なにか言ったか、パルヴァス」
隣にいたガイスがあたしを覗き込む。身長が高くて大きなガイスは武器である斧をチェックしていたけど、あたしの言葉が聞こえたみたい。
「イークエスが張り切ってるみたいだから。落ち着かないと危ないよ。って思った」
「あぁ、確かに。今日はテンションが高いな。いつもは同じ仕事に不満があったみたいだけど、今日は違うみたいだ。パルヴァスはほとんど初対面なのに良く分かったな」
「えへへ。盗賊だから、人の観察も必要だって師匠が言ってたので」
「良い師匠だな。イークエスには俺から言っておくよ」
ありがとう、とガイス。
と、サチがあたしの髪をつかんだ。
首がカックンと上を向いてしまうのでやめて欲しい。
「……あなたも気を付けて」
「あたし?」
そう、とサチはうなづく。
「……今日が初めてでしょ? イークエスといっしょ。あなたも浮き足立ってるわ」
「う。そ、そうかな?」
ソワソワしちゃってる?
「へへ、そうだぜパルヴァス。食堂でもテンション高かったしな。まぁまぁ、どうせ見回りの仕事だ。まずは落ち着こうぜ」
チューズがポンポンとあたしの肩を叩く。
赤毛の男の子はいたずらっ子みたいに軽く笑ってみせた。
「分かった。すぅ~……はぁ~……うん。落ち着く。ありがとう、サチ」
「……うん」
「おいおい、オレへの礼は無いのかよ~」
「あはは。チューズもありがとう」
「お礼のチューは? ほっぺでいいぜ」
と、チューズがほっぺたをあたしに向けたところでイークエスが戻ってきた。そのついでのような感じでチューズの頭をガッシリと掴む。
「なにをやっているチューズ。乙女のキスは呪いを受けた時に取っておけ。今日も昨日と同じ仕事だ」
みんなと話してる間にイークエスが仕事を受注してきたみたい。
「どんな仕事?」
あたしは今日からなので、昨日と同じって言われても分からない。
「あぁ。パルヴァスは初めてだが、そこまで説明のいる仕事じゃない。単純で簡単で退屈な仕事だ」
「へ~。どんな仕事なの?」
「見回りだ。橋を架ける作業をしている場所を周回し、魔物がいたら退治、もしくは報告するだけ」
「なるほど」
「というわけで、パルヴァス。キミの盗賊としての能力に期待してる」
イークエスに頼むぞ、と肩を叩かれた。
だから、あたしは答える。
「もちろん!」
冒険者としてじゃなくて、師匠の弟子として。
あたしは頑張ろうって思った。