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~可憐! 女子トイレの訪問者~

 夜になった。

 サチといっしょに食堂でご飯を食べた後、部屋に戻って雑魚寝している。

 他の冒険者たちも床で寝ていた。布団とかベッドはないので、毛布を敷いたりして眠っている人が多い。

 武器とか防具とかの装備品の手入れを終わらせたまま、っていう感じでみんな眠っている。

 きっと明日の朝はそのまま装備していくのだろう。

 サチは自分の神官服を床に敷いて、その上で丸くなるようにして眠っていた。荷物とかぜんぜん持ってない彼女は、身軽な感じだ。


「……」


 あたしは脱いだら裸なので、そんなことができない。

 だから普通に床の上に寝ころんでる。


「……すぅ……すぅ」


 と、サチの寝息が聞こえてきた。

 他にも部屋の中に何人か女性冒険者がいて、寝息が聞こえている。

 みんな、本当に寝ちゃってるのかな?

 あたしはパチリと目を開けて身体を起こした。


「……」


 反応したのはひとりだけ。

 眠りが浅かったのか、それともあたしを警戒していたか。

 あたしは立ち上がって、うーん、と伸びをした。

 路地裏の路上で眠るよりよっぽど環境が良いので、この程度の硬い床は慣れっこだ。むしろ石畳に比べたら柔らかい気がする。

 なにより、安心して眠れるっていうのが大きいのかもしれない。

 だって、寝てる間に襲われたりしないし。

 路地裏で生活してた頃は、誰かが近寄ってきたら逃げないといけなかった。あたしはお金なんて持ってなかったし、細くて骨ばっかりで抱きたいとも思えない人間だったら、殺されてしまう可能性があった。

 だから、眠るときは特に気を付けてた。

 でも。

 この宿で眠っている時は、そんな心配がぜんぜん無いので。

 路地裏に比べたら安心できる空間だった。


「……」


 うーん。

 伸びをしただけだと怪しいので、ついでにおトイレに行ってこよう。

 あたしは立ち上がって、忍び足で移動する。ブーツのおかげで完全に音は消せているんだけど、動く気配までは完全に消せなかった。

 ので、さっき反応した人が警戒するようにあたしを見た。



「――……」


 おトイレ、という意味をこめて自分の股を両手で押さえて見せる。


「……」


 そんなあたしを見て、ちょっぴり苦笑した後に、どうぞ、と口パクで言ってくれた。

 良かった意思が通じた。

 よしよし。

 警戒されてるのを解けたかも。

 そのまま入口のドアをじっくりゆっくり開いて外へと出た。これも訓練のひとつ、と思えば本気でやれるし、なにより疲れてる人を起こしちゃうのは悪い気がするので。


「ふぅ」


 たっぷり時間を使ってドアを開け、同じくらいの時間を使って静かに閉めると、一応トイレに行っておいた。

 ギルドの中はすっかり暗くなっていて、宿の中以外に気配は無い。

 忍び足の訓練をしながら階段を下りてトイレに向かった。


「……ふぅ」


 トイレの中に気配は無し。

 女子トイレの中に入ると、個室がいくつかあった。手前がいいかな、奥がいいかな、なんて選んでいると――


「ここか、パル」

「――ひぃぃぃぃぃいいいぁああああああ……んぐッ!?」


 突然トイレの中で声をかけられて、あたしは驚きのあまり絶叫してしまった。で、そんな悲鳴を隠すように背後にまわられて口を抑えられる。

 こ、この素早くて適格な身のこなしは師匠に違いない!

 でもなんで!?

 なんでいきなりトイレにいるの!?

 というか、普通に怖かったです……それが師匠って分かったとしても怖いですよぅ。


「俺だ、俺。おまえの師匠だ」


 口を押えられたまま慌てた様子で師匠が、落ち着け、と言ってくる。

 はい。

 もう分かってます。


「いいか、手を離すぞ」


 うんうん、とあたしはうなづいた。


「ふはぁ……びっくりしました師匠。でも、ここ女子トイレです」

「いや、パルの気配がこっちに移動したからな。ここならより一層安全だと思ったのでこっちにした」

「もともとドコにいたんですか?」


 師匠は天井を指さした。

 二階?


「屋根の上だ」

「あう。気づきませんでした」

「ま、パルに気づかれるようでは俺も引退だろうな」


 問題ない、と師匠は笑う。


「で、状況はどうだ?」

「はい。冒険者のパーティに入れてもらえました」


 やるな、と師匠は頭を撫でてくれた。

 えへへ~。

 嬉しい~。


「パーティ構成は?」

「騎士、戦士、神官、魔法使いです。盗賊を探してたらしく、受付のお姉さんがあたしを紹介したみたいでした」

「なるほど」


 師匠は、ふむ、と口元に手を当てた。


「それを考えると……受付さんは犯人では無さそうか」

「え、どういう意味です?」

「わざわざ孤立しないようにパルをパーティに紹介した訳だ。もし受付さんが今回の事件に関わっているのなら、孤立させていた方が仕事がしやすいだろ」

「あぁ。なるほど~、そうですね。普通に優しそうな人でしたよ」

「怪しい点は無かった、と」


 はい、とあたしはうなづいた。


「あ、怪しいと言えばですね。パーティの神官の女の子がちょっと変です」

「変?」

「あたしをじ~っと見たり、男の子に肌を見せちゃいけないって言ったり。さっきお風呂とごはんも一緒だったんですけど、男の人を極端に避けてる感じがしました」

「ふむ」

「その子は戒律だって言ってたんですけど……そんな神さまっていうか神殿があるんですか?」

「戒律だと?」


 師匠も怪訝な顔をしてあたしに聞き返してきた。

 あたしはうなづく。


「どこの神殿か、みたいなことは何となく雰囲気的に聞けなくて……」


 触れてほしくなさそうなので、なんとなく聞けないままだ。


「ふむ。事情があるのか、それとも普通に怪しいのか。いや、怪しすぎて逆にハズレな気がしないでもない。まぁ俺の方で一応調べてみるが、せっかくだ。その辺は突っつかないで泳がせておけ。そいつが犯人だったら好都合だしな」

「ど、どうしてです?」

「完全にパルが狙われているからだ」

「……あっ」


 そっか。

 サチが犯人だったら、あたしを狙っているとしか思えないもんね。


「とりあえず仲良くしとけ。基本的には疑わなくていい。初対面の人見知り……もしくは本当に変な少女だ、という感覚でいてくれ。なにより犯人と決定したわけじゃないしな。本当にそんな戒律があるかもしれん」

「わ、分かりました。普通に良い人っぽいので」


 うん、となぜか師匠は頭を撫でてくれた。

 あたし、いまは何もしてなかったけど?


「えっと……師匠は何か分かりました?」

「厄介なことが分かった。それを報告しに来た感じだな」

「やっかいですか」


 あぁ、と師匠はうなづいて、盗賊ギルドが管理する娼館エクスキューティっていう店で得た情報をあたしに話してくれた。


「遠くの国で見つかった……ゆ、誘拐ってヤツですか?」

「それにしては遠すぎるんだよな。近くの街とか王都って言うのなら誘拐として理解できるが。国を出たりするほどの遠方へ、拘束した人間を移動できると思うか?」

「無理ですよね……門とかでバレちゃう」


 村とかなら大丈夫そうだけど、ジックス街だって街に入る時は門兵っていうのかな。監視してる人のチェックを受けないと入れない。

 そんなに大したチェックじゃないけど、それでも誘拐した人を連れて入れるとは思えなかった。

 きっと王都なんか、もっともっと無理だと思う。


「そういう訳で、この依頼……ただの詐欺とか誘拐とかではない何かがあるのが確定した。それこそ未知なる転移魔法で飛ばされた可能性だってあるからな」

「サ、サチにそんなこと出来るんでしょうか?」

「新人と偽ってると……その子は神官だったか。未知の神が使う魔法って線があるかもしれないが……いや、決めつけで疑うのは危険だ。そのサチっていう子ばかりに注意を向けてると間違っていた場合に足をすくわれるぞ」

「あ、はい。気を付けます」

「考え方を逆にしろ。全てを疑え。パーティメンバーだろうが依頼主だろうが、受付のお姉さんだろうが、だ。そして、おまえは全ての者に好かれろ。媚を売れ。美少女なのを活かせ」

「え、え~……」


 好かれるって、媚を売るってどうしたらいいのか良く分かんない……

 な、仲良くなれってことかな?

 友達みたいな感じ?

 うーん、わかんない。


「大丈夫だ。自然に生きてりゃ好かれる。ララ・スペークラみたいなもんだ。あいつは何もしてないのにパルにべた惚れだっただろ?」

「は、はぁ……分かりました。頑張りま――」

「ッ――!」


 誰か来る!

 あたしと師匠は慌てて個室の中に入った。

 で、びっくりしたのはここから。

 師匠は個室の角っこに両手足を突っ張らせ、宙に浮いたように身体を固定した。

 下から見て足元を見せないためなのかもしれないけど……女子トイレの壁に張り付く変質者にしか見えなかった。

 うん。

 どんなにカッコいい師匠でも、やっぱり女子トイレに侵入するのだけはダメなんだと思う。

 うん。

 カッコ悪い。


「うぅ~、むにゅむにゅ」


 聞こえてきた声は、寝ぼけたもの。きっと普通にトイレに来ただけの冒険者女子だ。

 パタンと個室に入る音がして、隣から衣擦れの音が聞こえてきた。


「……」

「……」


 なんとなく、あたしは師匠の耳の穴に自分の指を突っ込んだ。

 聞いて欲しくないし、聞かれたくないと思って。

 しばらくして、冒険者女子は出て行った。


「……ありがとうパル」

「え~っと、はい」

「……」

「……」


 なんか、気まずい……


「じゃ、じゃぁ俺はそろそろ行くよ。あしたから冒険者を頑張ってくれ」

「は、はい。師匠も頑張ってください」


 あぁ、と師匠はうなづいてわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。ちょっぴり照れ隠しみたいなのも混ざってると思う。

 師匠はそのまま女子トイレの窓から出て行った。


「……うん」


 やっぱり、どんなにカッコいい人でも。

 女子トイレに侵入したり出たりするところはカッコ悪い。

 と、思ってしまった。

 ごめんなさい、師匠~……

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