~姫様! 真の目的は救済ではない~
「任務終了しました!」
一通りの仕掛けを試し終えて、ルーランちゃんはビシッと挨拶をしてくださいました。
ただし、手にはパンが握られています。
さすがに口の中には残っていないようですが、さっきまでもふもふとパンを食べていました。
「くっ、ふふ、ふふふ」
ごめんなさい。
私、ルーランちゃん大好きです。
「はぁ~」
隣でマルカが盛大にため息を吐いていますので、ルーランちゃんがオロオロとし始めました。何か失敗したように思ったのでしょう。
「安心してください。何も問題ありませんわ」
「ハッ!」
「もう下がっていいぞ。持ち場に戻れ」
「分かりました。失礼します!」
ルーランちゃんは頭を下げて、家から出て行きました。その途中で、しっかりとパンを食べていくのを私は見逃しませんでしたよ。
「なんで今まで黙っていたんですかマルカ。ホントのホントに逸材ではありませんか」
「だから黙っていたのです。今の状態で姫様以外の王族に見せられませんよ」
マルカはあからさまに肩を落とす。
「失礼ですわ、マルカ。私のお兄さまやお姉さまがあの程度の不敬を許さないとでも?」
「いいえ、許されたとしても問題なのです。連帯責任という言葉をご存知ですか?」
「知っています。アレですよね、失敗した者を立たせたまま、他の者が全員で腕立て伏せをやるやつです」
責任をヒシヒシと感じてしまうやつで、夜中寝てる時に報復されてしまうらしい。
騎士小説で読みました。
そんないじめられっ子を主人公がかばい、やがてふたりは相棒同士になる。という物語です。
男同士の友情ですわね。
私の好みとしましては、いじめられっ子が女の子で、ふたりが恋愛関係になるという物語が良かったのですが……そうするとイジメの内容が絶対に性的なものになりますからね。騎士小説ではなくえっち小説になってしまいます。
……めっちゃ読みたいですわね、それ。
男性騎士の中に男性として育てられた騎士令嬢というのも悪くありません。正体を知った男性と結ばれる話はえっちでなくても面白そうです!
「ルーランちゃんをモデルにしてどうでしょうか」
「何の話です?」
「いえ、こちらの話です」
なんでもありませんわ、と首を横に振っておいた。
「まぁ、連帯責任がなくとも上司の責任はありますので。姫様のお兄さまは怒らないでしょうけど、お兄さまの近衛騎士が怒ってくるのは避けられません。ですので、私が罰を受けることになります」
呼び出しはイヤです、とマルカ。
ふむふむ。
「男性騎士の中にマルカひとり……何も起こらないはずがありませんわね」
「や、やめてください!」
何を想像したのでしょうか、マルカは真っ赤な顔をして走り去ってしまいました。
私、なんにも言ってないのですけど。
マルカもむっつりですわねぇ。
「職場放棄されてしまいましたわね。戦争時代でしたら、マルカは処刑されているところです」
あっはっは、と笑ったらセーラスちゃんにドン引きした顔で見られました。
「冗談です」
「は、はぁ……あ、あの、ところでこの家に問題は無かったでしょうか」
「はい、何も問題なく、注文通りです。理想がそのまま形になったとでも言いましょうか。あとは毛布を置いておけば完璧ですね」
その毛布もお城で使い古した物を持ってきました。新品を用意するお金はありませんが、捨ててしまう毛布を集めることぐらいはできましたからね。
そのまま盗まれてしまう可能性もありますが、そこは承知の上。都度、補充ができるようにしておきましょう。予備はたくさんあります。
あとは冬を越せるくらいの資金……パンとスープを用意し続けることができるかどうか。
そして、この冬だけの気まぐれで終わらせない方法をこれから模索する必要があります。
前途多難というよりも、暗中模索という感じでしょうか。
どうりで誰もやらない偽善というわけです。
「あ、あの、ヴェルス姫」
「なんでしょうか、セーラスちゃん」
どこか言いにくそうな感じで、セーラスちゃんはこちらを見ました。後ろに控えていたギルドマスターのムジークさまが片方の眉をあげる。
「その……大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫とは?」
「孤児を助けることです。いえ、悪いことだとは思っていません。むしろ良いことのはず、なんですけど……」
「そうですわね。偽善と割り切っていますし、私の幼さを利用した愚鈍で純粋な善意だと自覚しておりますが」
「そこまで卑下しなくとも」
「いいえ、それぐらい言わなくてはなりません。なにせ、私には悪意がありますから」
悪意、とセーラスちゃんはつぶやく。
「その悪意は、もしかして孤児を減らすことですか?」
まるで覚悟を決めるように。
セーラスちゃんは、ギュっと拳を握りしめるように言った。
「……誤解を恐れずに言うのなら、ハイ、と答えますわ。ですが、誤解を招きたくありませんので、詳しく聞きたいと思います。セーラスちゃんはどういう意味でその質問を?」
「この家で孤児たちは無事に冬を越せると思います」
小さな家の中を見渡すようにセーラスちゃんは顔を動かした。
今も準備が進み、メイドさん達が古くなった毛布を運び込んでいます。本当ならメイドの仕事ではないのですが、残念ながら私の私財はスッカラカンです。
人を雇えるようなお金がないので、メイドさんにやってもらうしかありません。
「ごめんなさい、お給料も増やせないのにこんなお願いをしてしまって」
「楽しい仕事ですよ。いつもと違うことは刺激になって良いです」
と、メイドさん達はにこやかに答えてくださいました。
ありがたい話です。
「ですけど――」
セーラスちゃんはそこで一旦言葉を貯めてから、口を開きました。
「その後は、大丈夫なんでしょうか?」
「後というと……春の話ですか?」
はい、とセーラスちゃん。後ろでムジークさまも少しだけうなづきました。どうやら、ふたりで何か話し合いがあったようですね。
春の話と聞いて、私はふたりが何を言いたいのか分かりました。
つまり――
「甘やかしていいのか、という問題ですね」
「そこまでは言いませんが……ですが、そういうことです。冬だけ面倒を見ておいて、春になればまた路地裏に戻る、というのは、少し、なんというか……」
「かわいそう」
私の言葉に肯定はせずとも同意するように、セーラスちゃんはうなづきました。
その考えは分かります。
理解できます。
ですので――私は澄ました顔で答えました。
「では、やめてしまいましょうか。甘い汁をすすった貴族が腐敗するのはよくある話です。根本的に甘い汁を断たねば貴族が腐敗するのは止められません。もちろん、王族だって腐ります。そうなる前に止める必要がありますわね」
「……え、えっと」
「やめてしまいましょう。冬に甘やかされた孤児たちが春にも家とパンとスープをよこせ、と言い寄ってくる前に。根本を断つには、それが一番ですからね。でもそうすると、冬にたくさんの孤児たちが凍えて死んでしまいますね。ですが、仕方がありません。春に食事と寝床が無くなるのは、かわいそう、ですから。先にかわいそうな目に合ってもらいましょう」
私の言葉にセーラスちゃんは、ぐぅ、とノドを詰まらせたような声を出しました。
意地悪な言い方でしたが。
これが私の真意です。
「……ヴェルス姫の悪意とは、そういうことですか?」
「正直に申しますと違います。私の悪意とは、もっと個人的なことですわ。言ったではないですか、偽善だと。事前に申し上げたはずですわ」
「うぅ」
「セーラスちゃんは納得いかないようですけど、言いたいことは分かります。ですが、春になって文句を言い始めた孤児には、言ってやればいいのです」
「なんて言えばいいのですか?」
「甘えんな」
「え、えぇ!?」
「というか、そうならないための仕掛けではありませんか。高いお金を出したのは、そんな愚かな孤児を作らないためです。もちろん上手くいくとは限らないし、大失敗する可能性はあります。あぁ、分かりました。春になれば、この家を潰してしまいましょう。で、仕掛けだけ持って別の国で続けるのはどうでしょうか? 北方には、春になっても寒い国はたくさんあります。そちらに回すのも悪くない手ですわね」
解決です、と私は胸を張りました。
「……分かりました。そうですね……自分が孤児ではないことを、親に感謝します……」
「う~ん。そんなにダメですか、私の慈善事業。もしかして、相当に余計なことでした?」
私は王族であり、裕福な暮らしをしています。
孤児という存在をイヤでも認識したのは、パルちゃんのおかげでした。パルちゃんという友達ができたからこそ、孤児……この場合は孤児院で生きる子ども達ではなく、路地裏で生きる子どもを助けたいと思いました。
もちろん、それは上から目線の偽善です。
しかも王都ではなく、パルちゃんが生きたジックス街でやるのですから、相当に片寄りのある自分勝手なものです。
本来なら王都でやるべきことであり。
ジックス街でやる意味は、間違いなく違和感があります。
ですが。
そこに私の恣意的な思いがあり。
悪意があるのですから。
仕方ないですよね。
それらのことは隠しているのですが、マトリチブス・ホックにはバレていますし、国王たるお父さまにも情報は筒抜けでしょう。
ですけど、許可は出ました。貴族の方々から寄付を募ってパーティを開きましたが、そこでも反対意見は出ませんでした。
しかし、それらはすべて裕福な暮らしをしている王族と貴族、そして騎士の意見です。富める者は貧しき者に施しをしないといけない、という根本的な理念があります。それらに従ったものでしょう。
しかし。
いわゆる平民の意見はひとつもありません。
今ここで初めて、私は平民たる商業ギルドの人間に文句を言われているのです。
もしかしたらすべてが間違っていたのかもしれない。
そう思って、私は聞きました。
「……」
果たして私の質問に、セーラスちゃんは答えませんでした。
いえ。
答えられない、というのが本当のところでしょうか。
ですので、そんなセーラスちゃんに代わって、ムジークさまが答えてくださいました。
「だからこその『偽善』なのでしょう。それを承知の上でやられるのでしたら、問題ありません。無自覚ならば、それこそセーラスの言葉を聞かせる必要があったかもしれませんが」
「いえ、貴重な意見ですわ。ありがとうございます、セーラス・ルクトリア。あなたに感謝を」
私は静かに頭を下げる。
「い、いえ、そんな、お姫様に頭を下げられるなんて、えっと……」
「それこそ気にしないでください。王族の頭なんて軽いものですわ。ほら、戦争時代だと良く狙われたでしょう? 首が戦果の証ですので」
「姫様、それは冗談の質があまりにも悪いです」
いつの間にか戻ってきていたマルカに怒られました。王族でもしっかり怒られてしまうのを平民に見せるのは良くないと思いますぅ!
「では、今日のところはこれで解散とします。時間を作って頂き、ありがとうございました」
「い、いえ! さしでがましくも、色々と申し上げてしまって、えと、申し訳ありませんでした」
「それでは、失礼します」
セーラスちゃんとムジークさまをしっかり送るようにマトリチブス・ホックの者に伝え、私は大きく息を吐きました。
「ふぅ……なんとかなりそうですわね」
「お疲れでしょうか、姫様。休憩場所として宿も取っておりますので、そちらへ移動しましょう」
「はい。ところで、あれの準備はできていますか?」
「命令をされていますので準備しましたが……ホントに実行されるのです?」
「ふふふふ。私には悪意があるのです」
肩をすくめる護衛騎士。
そんな彼女たちと一緒に近くの宿へと移動すると――私はさっそく着替えました。
「じゃじゃーん、暗黒騎士です」
漆黒の影鎧を装備して、お姫様らしさをゼロにしました。
うふふ。
これで、ヴェルス姫は宿で休憩中としておけば、自由に動けます。素晴らしい。私のニセモノを宿に残しておきたかったのですが、残念ながら同じ年齢の金髪で紅い瞳の少女が見つかりませんでした。今後の課題です。
ですが、超高性能な漆黒の影鎧があればそんなに心配もいりません。これがあるからこそ、お父さまも自由を許してくださった気もしますし。
師匠さまは何て素晴らしい装備を私にくれたのでしょうか。
愛があってこそ、ですわ。
というわけで、マルカといっしょにお出かけです。
「あ、ルーランも一緒に行きますか」
宿を出たところで宿の護衛についているルーランを見つけました。ひとりだけちっちゃいので良く分かりますわね。
「んん? どちらさまでしょうか。私は護衛の仕事ですので、持ち場を離れる訳にはいきません。冒険者の方でしたら、大人しく冒険でもしていてください」
「もう! 私ですよ、私! ヴェルスです」
兜のバイザーを開けて目を見せました。
見えるでしょ、この紅い瞳が。
末っ子姫の綺麗な瞳ですわよ~。
「むむ。姫の名を騙るとは不敬な!」
「お、やりますか。どこからでもかかってきなさい、ルーランちゃん!」
「宣戦布告と捉えました。いざ尋常に勝負――」
「しなくてよろしい!」
スパコーン、とガントレットで叩かれました。なんでルーランじゃなくて私を叩くんでうsか、マルカ!?
でもでも、ぜんぜん痛くないのが漆黒の影鎧の素晴らしいところです。
「はぁ~……ほら、行くぞルーラン・ドホネツク。特殊状況による護衛訓練だと思え」
「え、いや、しかし、持ち場が……」
「上司命令だ。ついてこい」
「ハッ!」
「よろしくね、ルーラン」
「はい、よろしくお願いします……で、ホントに姫様なのですか?」
「なんで信じてないの!?」
ルーランとは、一度いっしょにお風呂に入って、体の隅々まで覚えてもらう必要がありそうです。
というか、それぐらいやっておかないとダメな子な気がしてきました。
う~む。
面白さとアレと紙一重な気がしてきましたわね。
「頑張りましょう、ルーランちゃん」
「はい!」
この子、何にも分かってないのに返事してますわね。紙一重になってしまう原因が分かったような気がします。
教育するの、めちゃくちゃ難しそうですね。
頑張ってください、マルカ。
あなたにドホネツク家の命運が任されておりますわよ!




