~可憐! 暗号の答えは後回しだったアレ~
しょうがないなぁ、もう一度言うよ。
と、学園長。
『ソウオウルリトルエクスアールアリチェアダイレクトロ・カウザムエテフェクトゥムセクエレコロムナルム・ヴィアクアイノネスト・パルジェニインフィニィトゥム、パラヴェだ』
それが扉とか壁とか階段に刻まれてた文字の暗号を解いた文章らしい。
ぜんぜん分かんない!
「なるほど」
ルビーはそれを聞いてうなづいた。
「分かったの、ルビー?」
「なんにも分かりませんわ」
「あははは、バーカ!」
「そこまで言われる筋合いは無くってよ!」
むきー、とルビーがあたしの舌を引っ張るので、あたしもルビーの口を広げるように両手の人差し指を突っ込んだ。
ルビーの口が、い~ってなって牙が見える。
ときどき牙がかゆいといか意味不明なことを言って硬い物をガジガジ噛んでる。
きっと吸血鬼じゃなくて、なんか変な動物が混じってるんだと思う。
だってアホだし。
そんなあたし達を微笑ましく見てた師匠は、学園長に話をうながす。
「それは旧き言葉なのか。なんにせよ、嫌がらせをするつもりがないんだったら共通語に翻訳を頼む」
『えー、暗号解読してやっと文章として成り立ったんだ。嫌がらせというのなら、その解読方法の説明をしないことだと私は思うね。では、さっくそのその解読方法を聞いておくれよ」
「却下だ」
セツナさんが堂々と却下した。
なんでー!? と学園長が驚いているのが面白い。
『甘んじて嫌がらせを受けようと言うのかい? ポイントは闇とそれぞれが刻まれた場所を意味する組み換えだったんだが……面白いよ? 今後、暗号を作る時にも参考になるよ? ダメかい? なんでもするよ!』
「ダメでござる」
すがるような甘えるような感じでセツナさんに近づいたので、シュユちゃんが却下した。
学園長、甘えるの下手だな~。
師匠に甘えたら良かったのに。後でもいいから話を聞いてくれたと思う。師匠ってば、優しいし。
『むぅ。仕方がない。しかし、気になるのなら是非とも遠慮なく私にたずねてくれたまえ。明日でもいいし、百年後でもいいからさ』
後から、のレベルがぜんぜん違った。
気が向いたらな、とみんなが返事を送ったところでようやくルビーが舌から指を離してくれた。あたしもルビーの口から指を引っこ抜く。
うへぇ~。ルビーのよだれが付いちゃってる。ホットパンツでゴシゴシとぬぐった。
ルビーの指にもあたしのよだれが付いててベトベト……って、舐めるなぁ!
「はい、なかよし」
「嫌がらせに見えるよぅ」
「気のせいですわ」
「む~」
ちらりと師匠を見ると満足そうにうなづいていた。
師匠もアホだ。と、思った。
なんてやり取りをしつつ、学園長の語る翻訳に耳をすませる。
『では改めて語ろう。暗号の内容は〝黄金の城より、太陽の登る方角・柱の因果を進み・存在しない道・無限の先へ進め、小さき者よ〟となる。また扉、壁、床に刻まれたことから、これらは三方向を意味していると思われる。それらは旧き言葉でイアーヌア、ムールス、パヴィメントムとなる。それを方角を意味する言葉ダイレクショネームに当てはめると、おのずと方角が見えてくるはずだ』
え? え? え?
とりあえず良く分かんなかったけど、とにかく暗号の内容を頭に入れておく。
黄金の城より、太陽の登る方角。
柱の因果を進み。
存在しない道。
無限の先へ進め、小さき者よ。
並び替えた結果、これが一番理解できる順番だ、と学園長は言う。
「とりあえず暗号についての内容は以上だ。役に立てたかな」
ふふふん、と学園長は得意そうに小さな胸を張った。
そんな学園長は無視して、あたしは紙に学園長が語った内容をすぐにメモして、みんなに見せる。
「ふむ。黄金の城は、黄金城だろう。太陽の昇る方角も分かる。しかし、柱の因果とは何だ?」
セツナさんが腕を組んで考える。
柱の因果か。
でもでもこれって――
「ダンジョンの外って意味だよね、これ」
あたしがそう言うと、確かに、と師匠はうなづいた。
「ドアノッカー付きの扉を開けるリドルとは思えんな。あの大穴の底で方角を調べると何かしらの意味があるのだろうか」
暗号の続きで学園長が何か語ってたし。
「倭国では、方角を12に分けて動物の名前を当てているでござる。それみたいに、柱の数が方角を示してるのでは?」
シュユちゃんの言葉に、おぉ~、とみんなで声をあげた。
ちょっと嬉しそうなシュユちゃん。
「でも9階層に柱なんて1本も無かったよな」
ナユタさんの言葉にシュユちゃんの表情がスンと戻る。
「柱と言えば……異常に柱の数が多い部屋とかあったよな。それが関係してるのか?」
師匠の疑問に、みんながう~んと首を傾げる。
柱に罠が仕掛けられていた部屋とか、確かにいっぱい柱があった。
特徴的な部屋だったら思い出せるけど……それ意外の普通の部屋だと、あたしでも柱の数が何本あったかなんて思い出せない……と、思う。頑張ればできるかも?
「では、存在しない道とは隠し扉や隠し通路を意味しているのかもしれませんわね」
「確かに。あの広大な大穴の底はルビー殿が調べただけで、堅実な探索はまだしてなかったな。もしかしたら、見落としがあったのかもしれぬ」
「つまり、あのドアノッカーの扉はダミーってことか。してやられたな、そりゃ」
師匠が顔をしかめた。
「じゃぁ、次の……無限の先へ進め、小さき者よ、って何を意味してるんだろ?」
隠し通路が無限に続く?
でも、無限の先なんて無いよね。
みんなで、う~ん、と首を傾げる。
「学園長。無限の先って何?」
そう聞いてみたけど、学園長は困ったような笑顔を浮かべた。
『無限の先も有限の先も、私は存在しないと思う。1から10までしか存在しない世界において、11を示されたところで意味はない。存在しないのだからね。無限に黄金が湧き出る壺を意味してるんじゃないのかい? もしくは無限に続く回廊……例えばだけど、円状になっている廊下とかかな』
そういうこと?
「では、小さき者よ、というのは?」
そう師匠が聞くと学園長は肩をすくめた。
『そのままの意味では、単純に妖精を示すのではないか、と思う。妖精には数々の伝説があるだろう? フェアリーサークルやチェンジリングといった妖精種の話は多い。しかし、妖精という存在に無限に進め、というのは酷な話だね。彼らはイタズラ好きだ。こちらの話を聞いて真っ直ぐに進むと約束しても、きっと横道に反れるだろう。知らず知らず、君たちを連れてね』
それは……なんとなく怖い。
まっすぐ進まないと落ちちゃう地下9階の最初の部屋みたいなことなのかな。でも、妖精に騙されると落ちちゃう。そういう警告ってこと?
でも、まっすぐ進んだ後に刻まれていたよね。
う~ん?
「ちょっといいか」
あたし達が悩んでいるとナユタさんが手をあげた。
「どうした、那由多」
「おトイレでしたら、遠慮なく行ってきてくださいまし」
ちげぇよ! とナユタさんはルビーをにらむ。にらまれてルビーはにっこりと笑った。
ほんと、ルビーはナユタさんが好きなんだな~って思う。
「この文章が示してるの、日出ずる区にある不思議なダンジョンじゃないのかい?」
ナユタさんの言葉にあたしは、あっ、と声をあげた。
「そういえば忘れてた」
なんで忘れてたんだろう……って思ったけど、もともと不思議な感じで記憶に作用してるっぽかったから、そのせいかもしれない。
いや、単純に忘れてたっていうだけかもしれないけど。
後回しにしているウチに、すっかり意識の外にいっちゃってた。
「地下ダンジョンに夢中になりすぎていたな」
セツナさんも苦々しい表情をしてる。
「上手く進み続けたところで召喚士に苦労させられたでござるから、仕方がないでござるよ、ご主人さま」
シュユちゃんがセツナさんをなぐさめるように声をかけて、ちょんちょんと肩を触ってる。
あたしもあたしも。
あたしも師匠をなぐさめるために、師匠さわる!
「師匠おぼえてました?」
「いや、すっかり忘れてしまっていた。はぁ~」
落ち込んでる落ち込んでる。
じゃぁ、あたしの出番だね!
「大丈夫ですよ、ししょ――」
「もう情けないですわね、師匠さん。ほら、わたしがなぐさめてあげますわ。具体的にベッドの中で」
あたしと師匠の間にルビーが割り込んでくる。
ん~~~、とくちびるを尖らせて迫るルビー。
「いらん」
ルビーの顔を鷲掴みにするように、師匠はルビーの接近を防いだ。ジタバタとわざとらしく暴れるルビーの隙間を縫って、あたしは師匠に抱き付く。
「師匠はあたしがなぐさめます。うへへ」
「……はぁ~。ありがとう」
頭を撫でてもらった。
にへへ。
『ふむふむ。君たちの思考を楽しませてもらったよ。ナユタくん、できれば君が不思議なダンジョンに考えを行きついた理由を教えてくれないかな』
「いや、単純に黄金城の外でタンジョンに関係するものがそれしか無かったからだ。存在しない道っていうのと、小さいのしか入れなかったのでな」
もしかしたらナユタさん。
小さい子しか入れなかった不思議なダンジョンのことを気にしていたのかもしれない。
『なるほど。挑戦できる者より、挑戦できなかった者の方が心残りがある。ということか。つまりこれは、やらずに後悔するよりやって後悔する方がいい、ということの証明かもしれないね』
そうかもな、とナユタさんは苦笑した。
「柱の因果とはどういう事なんでしょう? なにが不思議なダンジョンを意味しているんでしょうか?」
『ふむふむ。答えが不思議なダンジョンだった場合、それを逆算した私の推測でしかないが、柱の因果とは黄金城地下ダンジョン、それぞれの階層に置ける柱の数を意味しているのではないだろうか。例えばだが、地下1階で一番多く柱が立っていた部屋の本数が3としよう。つまり1・3となる。それを城下街にあてはめ、1区画をまっすぐ進み3つの角を通り過ぎる、という具合かな。そこに先ほど言った扉や床や壁の因果と組み合わせ進む方角を決める』
もっといろいろと考えられるが、詳しくは現地に行ってみないと分からないな。
学園長はそう言って肩をすくめた。
「それを考えると、太陽の昇る方角とはそのままの意味ではなく、『日出ずる』区画を示しているんじゃないのか」
「確かにそうかもしれんな」
師匠の言葉にセツナさんがうなづいた。
なんにせよ、不思議なダンジョンへの入り方を暗号が示してるっぽい。
「しかし、そうなると……不思議なダンジョンで何を求められているんだ?」
「なんでしょうね。あのエルフが言っていたのは魔法の鍵だったでしょうか。今となっては、それも信用できませんが」
不思議のダンジョンに囚われてるって話をしたけど、そもそもあのエルフさん自体がおかしな感じだった。
体部分が鏡になったりしてて、どう考えても普通じゃない。不思議なダンジョンのギミックになっている感じかな。
「不思議のダンジョンを踏破して、そこにある物が必要なのではござらぬか」
「単純に考えるとそうなるね」
「では、サクっとクリアしてしまいましょう。行きますわよ、パルさんシュっさん」
「出産みたいで嫌でござる」
「ワガママですわね。ではパルっちとシュユっち。参りますわよ」
勢い勇んで立ち上がるルビーは無視して。
あたしはもうひとつ聞きたかったことを学園長に聞いた。
「ねぇねぇ、学園長。アフェルテ・スペクルトゥム・ヴォビスコムってどういう意味?」
ドアノッカーの扉で聞こえてきた声。
その意味も気になる。
「覚えていたのか、パル殿。素晴らしい」
「えへへ~」
セツナさんに褒められた。嬉しい。
けど、ちょっとシュユちゃんにジト~っと見られてる。
取らないよぅ!
『オステンデ・ミィヒ・スペクルトゥム……ふむ。単純に共通語に翻訳すると〝鏡を示してください〟となるね』
それだー! と、あたしとルビーとシュユちゃんは声をあげた。
「不思議のダンジョンのエルフの鏡かな」
「そうなりますわね。踏破すると、あのエルフが手に入るのでしょうか。でも外には連れ出せませんでしたわよね」
「踏破できれば、連れ出せるんじゃないでござろうか。もしくは、それこそ魔法の鍵かもしれないでござる」
なんにせよ、不思議なダンジョンをクリアしないと、あの扉の先へ進めないことが分かった。
「では改めまして」
ルビーがあたしとシュユちゃんの手を取る。
「行きますわよ、パっち、シュっち」
「普通に呼んでよ。パっちって何か嫌だ」
「わたしのことはルっちと呼んでください」
「分かったよ、ルゥブルム」
「了解でござる、るぅぶるむ殿」
「他人行儀!」
うがー、と怒ったルビーが追いかけられてあたしとシュユちゃんはキャッキャと笑いながら部屋の中を逃げた。
「頼むぞ、ルビー。パルのこと、よろしく頼む」
「拙者からもお願いする。須臾のことは頼んだ」
あたし達を追いかける足を止めて、ルビーは微笑んだ。
「おまかせください。ふたりには指一本入れさせませんわ」
入れるってなによ、入れるって!
「「頼む」」
なんで師匠とセツナさんもマジな感じでお願いしてるんですかぁ!
もう!




