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~卑劣! エクスキューティ~

 ハーフリング専門店から逃げ出した俺は、大通りまで出てきてようやく息を吐いた。


「はぁ~……危なかった……」


 いや、何が危なかったのかさっぱりと分からないが、とにかくそう、危なかった気がしたのだ。

 うん。

 分かってる。

 ただの言い訳だ。

 うん。

 こんなんだから童貞だ、とゲラゲラエルフに笑われるんだろうけど。


「……いったん仕切り直しだな」


 蛇の道はヘビとも言うし、ハーフリング専門店で何か裏情報でも聞き出せるかと思ったが、仕方がない。

 なによりハーフリング達に裏情報があるわけない、と決めてかかる方が気分は楽だ。

 彼女たちを買ったはいいが、情報はゼロでした。

 という最悪のパターンが思い浮かんでしまう。


「なにせハーフリングだしなぁ……」


 気まぐれ種族がヤバイ情報を握っているか?

 そう聞かれれば誰だってノーと首を横に振る。加えて、ヤバイ情報はハーフリングに知られてしまったのなら、そのハーフリングは殺されているはずだ。

 口が堅いハーフリングもいる?

 それは魔王が人間側に寝返るくらいに有り得ない。人類の共通認識だし、当のハーフリングも口が堅い訳がない、と笑うだろう。

 そう考える方が現実的だ。


「こりゃ空振りだったな」


 いきなり正解を引き当てる運の良さ、みたいなものは期待できない。ここは地道に情報収集をするしかなさそうだ。


「はぁ」


 もう一度ため息をひとつ。

 これで仕切り直しだ。

 気分を切り替えて、俺は当初の目的通り色街を一周した。大通りに面している全ての店を確認し、その地形を頭の中に地図として作成しながら移動していく。

 さすがに裏口までは回れなかったが、一周したころには夕方という時間帯。

 そろそろ色街の一日が始まる時間となった。

 ポツポツと娼館の中に明かりが灯り、大窓のカーテンが開かれていく。寂しかった大通りにちらほらと人の姿が見え始めた。


「まずは基本情報からか」


 俺はチェックしていた盗賊ギルドが経営する店『エクスキューティ』に足を向ける。移動している最中に、色街がいよいよ本格的に動き始めた。

 普通の人々が一日の始まりを朝としているように。

 色街では夕方から一日が始まる。


「ふむ」


 一日の仕事を終えた冒険者たちの姿も見える。男女問わず見かけるのだが、やはり男の方が多い。それはまぁ仕方がないか。

 彼ら彼女らは娼館が目当てでもあるのだが、それに加えて飲み屋を探してることもある。娼館に交じって飲み屋があり、少しばかり露出の激しいウェイトレスがメニューを持って待ち構えている風景も色街ならではだ。

 しかし――

 娼婦は娼館の中だけで商売をしているのかと思ったのだが……


「旅人さん旅人さん。ウチと遊ばない?」


 と、胸元がキワドイのを通り越してアウトな領域に達した女性に声をかけられる。


「い、いや……約束があるので」

「そんなこと言わないでさ。オマケしてあげてもいいわよ」

「申し訳ない。また今度頼むよ」

「もう。旅立つ前にお願いね~」


 直接的に娼婦の方から声をかけられた。あまりしつこく追ってくることはなく、娼婦はすぐ別の男に声をかけている


「……」


 そういうのも有りなのか?

 普通は娼館の中で、え~っと、そういうことをするんじゃないのか?

 じゃないと、縄張り問題とか店同士の争いが勃発してしまう可能性が高まると思うんだが。


「どうなってるんだ?」


 ジックス街だけの特徴なんだろうか?

 それとも、どこの街でもこうなっているのか?


「こんなことなら戦士といっしょに遊んでおくんだった」


 色街で得られる情報は多いのだが、あまり勇者の行き先に影響する類の情報は得られないだろうと、収集先から外していた。

 ときどき戦士が遊びに行く程度だったし、なにより神官と賢者がにらみを利かせていたからなぁ。

 勇者がこっちに足を向けたことはない。かわいそうっちゃぁかわいそうな気がしないでもない。ずっと神官と賢者がにらみを利かせている生活は、あいつじゃないと耐えられないだろうな。


「ふむ……色街のルールか。そのあたりも含めて聞いてみるか」


 ひとまずエクスキューティに付いた。

 盗賊ギルドが管理する店ではあるが、娼館である限りは普通に商売を行っている。

 見るかぎりギルドが関わっているような雰囲気は無いので当たり前といえば当たり前なのだが、大窓から娼婦たちが俺に向かって手を振っていた。

 ほぼ下着という恰好。

 いや、下着の方がまだマシか。

 うっすーい生地のせいで、透けてるように見える。


「……」


 だがしかし、残念ながら俺の好みではないので何の問題もなかった。

 まるで誘惑される気がしない。

 はっはっはー。

 自分の性癖が有利に働くとは思ってもみなかったぜ!


「……」


 と、心の中で自分に言い訳しながら娼館エクスキューティの扉を開いた。


「いらっしゃいませー!」


 黄色く元気な声と共に、女性が頭を下げる。彼女もまた薄い下着姿だ。真っ赤な色の下着は、それこそ男を誘惑する意外の目的を放棄しているようにも思える。

 女性はそれなりに巨乳であり、美人っていうより可愛らしいイメージだ。残念ながらリンリーという看板娘を知ってしまった今、そこそこの巨乳では驚かない。


「エクスキューティを選んでいただいてありがとうございます! 時間と心が許す限り、いっぱい遊んでいってくださいね」


 ぱちり、とウィンクする彼女の視線を受け止めつつ、俺は内部を素早く見渡した。

 まず左手が大きく広い空間になっており、大窓とつながっている。大窓の前にはたくさんの女性たちがいて、客引きを行っていた。

 外から気になった客は、あそこから遊び相手を選ぶのだろうか。

 システムが良く分からん。

 対して右手には受付のようなカウンターがあり、その奥にはテーブル席がいくつかあった。その先には扉が並んでおり、部屋なのか廊下なのかは分からない。

 奥には階段があり、二階部分には部屋が並んでいる。

 あそこで遊ぶのかもしれないが、女性従業員の数を見ると一階に並ぶ扉も遊ぶ部屋の可能性があるか。

 ふむ。

 内部の造りも良く分からん。


「まずはこちらで受付をしてくださーい」

「あぁ」


 女性に案内されたのは、やはり右手のカウンター。そこまで移動すると女性が、よろしくお願いします、と声をかけた。

 なんだ?

 と、思っていると柱がある影から男がひとり出てきた。

 がっしりと筋肉質の男だが……こいつも盗賊か。気配の絶ち方が素人ではない。雰囲気に飲まれていたせいで、認識できていなかった。

 不覚。

 まだまだ修行不足、修練不足、鍛錬不足。

 勇者が俺を見限ったのも仕方がない。

 しかし、わざわざ盗賊スキル『隠れる』を使っているとは……

 女性ばかりの空間と思わせるための配慮か、はたまた客を威圧させて逃がさないための作戦か。

 まぁ、どちらも俺には関係ないか。

 さっさと用件を済ませたい。


「お客さん、初めてですね。料金は前払いで頂きますが、よろしいでしょうか?」

「あぁ問題ない。それから酒をもらいたいのだが?」

「えぇ、構いませんよ。何を飲まれますか?」

「ノティッチアかフラントールがあればいいのだが」


 盗賊ギルドの符丁を言うと、わずかに男の眉が右側だけ上がった。

 どうやら通用したらしい。

 良かった良かった。

 このまま遊ばされたらどうなるかと思った。

 安心した。マジで安心した。


「はい、用意してまいります。少々お時間が必要ですので、お待ちして頂けますか?」


 分かった、と俺はうなづいた。


「では料金はこちらで」


 と、男はメニューのような物を見せる。

 え~と、なになに?

 基本コースが小級銀貨で三十枚……つまり、30アルジェンティか。やはり、それなりの値段はするんだなぁ。

 ほうほう。へぇ~、他にもいろいろあるんだ。

 出張コース? 銀貨五枚で家まで来てくれるの?

 特殊コース? 銀貨七枚!? え!? 外で!?

 なにこのお嫁さんコースって!? 値段書いてない! こわい! でも気になっちゃう! 

 聞いてみたいけど、今はそんなのに気を取られている場合じゃない。


「基本で」


 俺は中級銀貨三枚……10アルジェンティ銀貨を三枚取り出し、カウンターに置く。男はそれを確かめ、丁寧に銀貨を持ち上げると深々と頭を下げた。


「どうぞ旦那さま。お遊び、楽しんでくださいませ」

「はーい、案内しますね!」


 と、女性は俺の腕に自分の腕を絡ませる。思わず、ギョっとしそうになるが、何とか耐えた。 危ない。


「くふ」


 でもまぁ、すぐ隣にはバレるよなぁ。


「旦那さま、ウブウブですね」

「黙ってもらえれば嬉しい」

「はーい」


 と、こっそり会話しながら一階の奥の扉に入る。その先は通路になっていて、更にいくつかの扉があった。

 その内の一番手前の扉に案内されると――


「良かった。普通の部屋だ」

「ふふ。さすがにお仕事中の人とは遊びませんよぉ」


 まぁ確かに。

 これでベッドでもあったらどうしようかと思ったが、部屋の中には簡素な椅子とテーブルがあるだけ。

 どう考えても『遊ぶ』部屋ではない。


「ママを呼んできます。あ、本当にお酒とか飲みます?」

「いや、遠慮しておくよ。遊びたくなったら大変だ」

「わたしは大歓迎ですけど~」


 と、女性は投げキッス。

 俺はそれを身を屈めて避けるフリをした。


「ぶぅ。これでもナンバーワンなんですけどぉ!」

「そいつは悪かった。あとで触らせてくれ」

「ほんと?」

「ウソだ」


 俺の言葉に彼女は、べぇ、と舌を出して部屋から出て行った。


「はぁ。愛嬌があってたいへん恐ろしい」


 もしも俺が普通の性癖だったら――


「きっと惚れていた」


 危ない危ない。

 ロリコンで良かったなぁ。

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