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~可憐! 無口な神官は良くしゃべる~

 髪の毛って、実は人間にとってすっごい弱点なのでは!?

 と、感じるぐらいに引っ張られて痛かった。しかも後ろ向きになって歩かないといけなかったので階段が物凄い怖い。

 それでもサチにぐいぐいと引っ張られていくので、あたしは頑張って階段を登るしかない。

 けど!

 怖いものは怖いし痛いのであたしは声をあげた。


「サチ、痛い痛いよー。サチちゃん、あいたたたた、サ、サチさまぁ!」


 あたしは懇願するように神官少女の名前を呼ぶ。


「……」


 返事してくれない!

 うぅ……付いていくしかないみたい。

 階段を登って、その先にある部屋――ここが宿になっているのかな? そこへ向かっている感じ。

 扉を開けた気配がして、その中に入ったところで、ようやくサチは手を離してくれた。


「痛かったぁ……」


 師匠に頭を撫でてもらうのは好きだけど、髪を引っ張られるのは嫌い。

 こんなことなら髪の毛を切っておけば良かった、なんて思ったけど……それは師匠が否定した。


「長い方が使い道がある。できればそのままにしておけ」


 って、師匠は言ってたけど……


「使い道ってこういうことぉ?」


 落とし穴に落ちそうになった時に掴んでくれるとか?

 死ぬよりマシだけど、きっとめちゃくちゃ痛い。

 ぜったいに落とし穴には落ちないように気を付けよう。って思った。


「それで、サチはどうしてあたしを引っ張ったの?」

「……サマはどうしたの?」

「サマ?」

「そう。サチさま」


 サチは自分を指差しながらそう言った。

 え~っと、つまり……


「サチさまって呼べ、と」

「……」


 サチさまは無言でうなづいた。


「あ、はい。よろしくお願いしますサチさま」

「……冗談よ」

「えぇ~……」


 冗談だったの!?

 神官なのに!?

 すっごく真面目そうな顔してるのに!

 というか、無表情で冗談とか言わないでほしい。ぜんっぜん分かんない。

 表情を読むのも盗賊の能力だ、って師匠が言ってたけど……いきなり最上級に難しい相手でしたよ師匠! 無理です! あたしには無理ですぅ!

 と。

 そんな感じであたしが驚いていると、サチは手を伸ばしてきた。

 なんだろう? って思ったら、またあたしの髪の毛を掴まれてしまった。油断していた。というか予想もしてなかった。

 この人、神官よりも盗賊とかの方が似合ってそう!


「待って待って! あいたたた! 歩きますし、付いていきますから引っ張らないで、サチさま!」

「……ホント?」

「あたし盗賊だけど、嘘は言いません!」


 そ、と短くサチは言って離してくれた。

 うぅ。痛い。

 何か盗賊に恨みでもあるのかもしれない。


「……ここ、私の定位置。いつもここで寝てるの」


 そう言って、彼女は神官服を脱いで床に広げた。下着だけの状態になって、ふぅ、と息をついて座る。

 あたしはその隣に座った。

 布団とかベッドとか、そういうのは無いみたい。本当にただの広い空間っていうだけの部屋だ。区分けも仕切りもない。ただ四角いだけで窓が一枚あるだけの宿に見えない宿だった。

 他にも新人冒険者の女の子が何人かいて、あたし達のやり取りを見てる。

 みんな下着姿になってて、どこかぐったりと疲れて寝ころんでいた。

 疲労困憊?

 余計なことに首を突っ込む余裕なんて無さそうな感じ。

 やっぱり冒険者って疲れるんだなぁ……


「それで。どうしてサチは、急にあたしを連れてきたの……?」

「……チューズとお風呂に入るつもりだったから」

「うん。だって、魔法を教えてくれるって」

「だから止めた」

「魔法がダメってこと?」

「……」


 なぜかにらまれた。

 怖い。

 神官って確か、神官魔法を使えるはず。

 大きい意味、広い意味では、神官も魔法使いのはずだ。

 魔法使いが増えるのが嫌なのかな。それとも、神官魔法を普及させたいとか?

 もしくは、本当に――


「盗賊が嫌いとか?」

「……」


 また、にらまれた。

 でもさっきとはちょっと種類が違うっぽい。

 師匠には、人の表情も観察するようにって言われている意味がようやく分かった気がする。

 めちゃくちゃ難易度の高い人がいきなり相手だけど。

 リンリーさんとか、まだわかりやすい。

 ルクスさんは、ちょっと難しい。

 そんな感じだったのに、サチは最上級に難しいと思う。きっと師匠だって読み取れないレベルじゃないかなぁ。

 でも頑張らないと。

 相手が何を考え、どう思っているのか。何かを隠しているのか、嘘をついているのか。

 それらを読み取れるようになるのも、盗賊にとって必要な技術だ。

 って、師匠が言ってた。

 たぶんだけど、サチは怒っていない。

 でも、なんかあたしのことは嫌い。

 そんな感じかな?


「……男とお風呂に入るなんて許せない」

「え?」

「みだりに男に肌を見せてはいけない。裸なんて、もってのほか」

「は、はぁ……え? そうなの?」


 サチは何度もうなづいた。


「もしかして、それって戒律っていうやつ? ゲッシュっていうヤツだったっけ……」


 孤児院にいる時、神官となる教えみたいなのを聞いたことがある。

 それは、神様が定めたルールみたいなもの。

 例えば――

 光の精霊女王ラビアンさまの戒律は、確か『ほどこし』だった。富める者は貧しき者に手を差し伸べなければならない。っていう意味だったと思う。

 だから、光の神殿は孤児院をやっている。他にも、路地裏で生きる人の為に炊き出しをやっていたりした。あたしは近づかなかったけど。

 もしかしたら、サチの信仰する神様が禁止しているのかも。


「……戒律とゲッシュは違う。ゲッシュは誓い。神さまに誓うと新しい魔法を授けてくださる。その代わり、誓いを破ると二度と神官魔法が使えなくなる」

「ほへ~。じゃぁ、サチはゲッシュ? 戒律?」

「――ゲッシュ」


 なんだろう。

 たぶん、サチは嘘をついた。

 確信は持てないけど、たぶんゲッシュっていうのは嘘だと思う。なにか隠してるというか、誤魔化した感じがした。

 男に肌を見せてはいけない。

 そんなルールを持った神さまがいるんだとしたら……きっと女神さまのはず。男嫌いの神さまなのかな?


「……そうなんだ。でも、それってサチの誓いだからあたしは関係ないよ――」


 と、言ったところであたしは素早く飛びのいた。


「……逃げないで」

「また髪の毛引っ張ろうとしたもん。逃げるよ」

「……ごめんなさい。もう引っ張らない」

「分かった」


 あたしがサチの横に座りなおすと、彼女は髪の毛を触った。ちょっと掴んだりいじったりするだけで、引っ張ることはなかった。


「あなたから……パルヴァスから神さまのにおいがするの。だから、つい」

「神さまのにおい?」


 えぇ、とサチはうなづいた。


「だから、チューズなんかに肌を見せちゃいけないと思って。もったいない」

「う、う~ん、良く分かんない。じゃぁ、サチが神官魔法教えてよ。あたし、光のラビアンさまの声を聞いたことがあるよ」

「え、ほんと?」


 うんうん、とあたしはうなづいた。

 師匠といっしょに神殿に行ったとき、確かに声が聞こえた。

 たった一言だけだったけど。

 ラビアンさまの声を聞いたのは本当だ。


「……じゃぁ、いっしょにお風呂に入りましょ。そこで教えてあげる。まずは身を清めないといけないわ」


 なんだか急にサチの表情が明るくなった。普通の女の子みたいに見える。いや、最初から普通の女の子なんだけど、なんか雰囲気が違う気がした。


「そうなんだ」

「……こっちよ」


 と、サチはいそいそと神官服を着ると、あたしの手をにぎって案内してくれる。サチは、キュっと強く手を握ってきた。

 う~ん。

 変な人だなぁ~って思う。

 でも。

 なんとなく、サチが『ゲッシュ』だと嘘をついたのが気になった。

 どうして嘘をつく必要があったのか。

 彼女が何の神さまを信仰しているのか……その名前を出してくれない。聞いてもいいけど、なんとなく都合が悪そうだからやめておいた。

 それから、魔法使いのことも気になる。

 チューズとあたしが話すことに何か問題があるのかどうか。サチにとって都合が悪いような、そんな雰囲気を感じる。

 でも。

 今の彼女は普通に見えるし……

 それとも、本当にゲッシュなのかも……?


「う~ん」


 いろいろと難しいし、良く分かんない。

 サチを信用していいのか、疑うべきなのか、判断ができない。


「師匠に相談したい……」

「え? なに?」

「なんでもないよ!」


 とりあえず、サチと仲良くなってみたら本当のことが分かるかもしれない。

 なにより新人冒険者として活動する限りは、みんなと仲良くならないと死んじゃう可能性だって普通にある。

 だから今は余計なことを考えず、ふつうに頑張ろう!

 と、あたしは心に決めたのだった。

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