~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その1~ 3
罠解除した石棺の中身を、愛すべき弟子といっしょに覗き込む。
「剣だ!」
「それとこれは……金貨か」
石棺の中には剣が一本と、金貨が入れられていた。
パルが剣を取り出そうと身を乗り出すが……身長が足りてない。このままではひっくり返って、頭から石棺の中に落ちそうなので、抱っこしてあげる。
腋を抱えるようにして――う~む、ちっこい。かわいい。好き。
「うぇへへ~、師匠くすぐったい」
「我慢しろ」
「だって~、ふへへへ」
「頭から落ちて死ぬこともある。そんなマヌケな死に方をしては、盗賊の恥だからな」
「はーい」
と、返事をしつつパルは剣を持ち上げた。
「ぐお、重い……!」
大きな剣で、いわゆる『大剣』や『両手剣』というカテゴリーに位置する物だろう。
特徴的なのは鍔もグリップ部分も、すべて同じ金属で作れており、繋ぎ目のような部分が見当たらない。
ひとつの大きな金属を剣の形に鋳造したのか、それとも削りだしたのか。そんな大雑把な感じの剣だった。
頑強さに重点を置いたようなにも思え、あまり刃の鋭さは見て取れない。切断するよりも、叩き切る、というコンセプトの剣だろうか。
その重さゆえに攻撃力は高そうだ。
「こんなの振れないです、よ!」
パルが剣を振ってみるが、途中で止めることはできず石棺のフチをガンッと叩いてしまう。
到底、盗賊に扱える代物ではないな。
並みの戦士ですら取り扱いに難儀しそうだ。
「うひぃ。ねぇねぇ、ナユタさん。これ、使える?」
「どれ、ちょっと貸してみてくれ」
ナユタは剣を受け取ると、その重さに驚いたような表情を見せた。
しかし、両手でしっかりと握り、二度、三度と素振りをしてみせる。
「う~ん……ダメだな、これ」
「そうなんですか?」
「重くて使いにくい。ゴミとまでは言わないが、失敗作じゃないかねぇ」
本業の戦士がそう言うのだから、そうなんだろう。
もっとも――
「わたしなら使えましてよ」
吸血鬼なら、重さは関係ないだろうけど。
試しに振ってみろ、とばかりにナユタがルビーに手渡す。ルビーは片手で受け取ると、これみよがしに片手のままブンブンと振り回した。
「おーっほっほっほ! 脆弱な人間共よ、我の力に恐れおののくがいい!」
「悪い吸血鬼ごっこでござるな」
「似合わなーい」
ケラケラと笑うシュユとパル。
「いえ、これでも本業なんですけど……」
本業とは、何だ?
吸血鬼を職業みたいに言わないでください。
種族でしょうに。
「こっちの金貨は……流通している物と違うな」
剣の他に、石棺に入っていた金貨を拾い上げて、表と裏を確認する。現在、流通している金貨とは違って、見たこともない柄だった。
柄?
デザイン、というべきか。
綺麗な真円で、複雑にも植物の葉がデザインされている。葉脈まで描かれているようで、技術力の高さを思わせた。
偽造防止で、複雑なデザインにしてあるのだろう。
もしかしたら、神代に流通していた金貨なのかもしれない。
「しかし、相当な儲けだなこれ」
この金貨1枚でも、恐らく1ペクニアと同等の価値があるはず。溶かして再利用すれば、モンスターが落とす金と変わらないのだ。
剣を取り囲むようにして入っていた金貨を回収して、次に進むことにした。
とりあえず、重い荷物は吸血鬼行きだな。
「すまん、持っていてくれ」
「よろこんで」
「荷物持ち。くひひ」
パルがルビーを馬鹿にしたように笑うが……それは間違いだ。
「荷物持ちも立派な仕事だぞ。というか、普段はシュユがやっていることだ」
「ハッ! そうでした。シュユちゃん、ごめんなさい」
「いいでござるよ。シュユのは見えなくしてるでござるからなぁ。忘れられているということは、それだけシュユが完璧に偽装できているということでござる」
むふん、と満足そうにシュユは胸を張った。薄い布ごしにちょっとお胸が主張した。最高だった。
「ちょっと、パル。わたしには謝ってくれないんですの?」
「ごめん」
「許す」
相変わらず人間種に優しい吸血鬼さまで助かる。
なんて思いつつ、次のフロアへと進んだ。
「何も無し、か」
モンスターも宝箱も無し。ハズレ、と表現していいのか分からないが、8階まで進むと、むしろ当たりとも思える。
「ドラゴンズ・フューリーと別れた部屋でござる」
「今度はどっちに進む?」
ふたりの美少女が描いた地図を覗きこむ。
前回、俺たちが進んだ方は、まだ行き止まりがあったわけではない。
ということで――
「こっちだな」
満場一致で、前回と同じ方向に進むことになった。
よし、と何故かセツナが満足そうにうなづいている。
みんなと意見が合ったことが嬉しいらしい。難儀な運をしているものだ。
いつもどおり、罠感知と気配感知。
珍しく気配感知に引っかかった。
――いる。
少なくとも足音がひとり分、する。
俺は指を一本立てて、合図を送った。
こくん、と背後でうなづく気配を確認してから、カウントダウン。指を全て折りたたんだゼロのタイミングで扉を蹴破った。
突撃する前衛、後を追う後衛。
そして、
「うげぇ!」
と、そろいもそろってイヤな表情と声をあげる女性陣。パルやルビーだけでなく、シュユとナユタまでもが、同じような声をあげている。
それもそもはず。
このフロアにいたのは、ミノタウルスだった。
「ぶもおおおおおおおおおお!」
雄叫びのように声をあげるミノタウルス。
筋骨隆々のオーガのような巨躯に、牛のような頭が付いているモンスターだ。肌の色は茶色で、それこそ牛っぽい。
魔物辞典には良く斧を持った姿で描かれることが多いのだが、目の前に現れた巨体も、その剛腕にふさわしい巨大な斧を持っていた。
凶悪にも突き出した顎が、割れるように開く。そこから落ちるヨダレは餌を前にしておあづけを喰らっている犬のようだ。
餌を前にして喜んでいる――わけではない。
ミノタウルスが見ているのは女だ。
そう。
ミノタウルスが殊更に女の子たちに嫌われている理由がそこにある。
別名『強姦牛』。
腰布で隠れてはいるが、その下半身にはご立派なモノが付いており、人間種相手にその別名通りのことを行うので有名だ。
ミノタウルス退治には、絶対に女性冒険者に依頼してはいけない。
その理由は、犯されるからではない。
万が一にも女性冒険者が敗北し、ミノタウルスに捕まってしまった場合。
増えてしまうのだ。
ミノタウルスが。
産まされるのである。
ミノタウルスに。
女性からしてみれば、それはとても恐ろしいことに違いない。男の俺から想像してみても、おぞましい。自分の腹からミノタウルスの赤ちゃんが出てくるのだ。
想像すらしたくもない。
というわけで、女性陣が酷い声をあげるのも仕方がないこと。
加えて。
ミノタウルスが涎を垂らして俺の大事な大事なパルとルビーを見ていることが、とてつもなく許せない。
ので。
「おおおおおおおおおおお!」
「はああああああああああ!」
最初から全力全開で斬りかかったら、セツナ殿も同時に突撃してきた。
考えることは同じらしい。
「そらよ!」
「死んじゃえ!」
「つぶす!」
ついでにナユタもパルもシュユも突撃してきた。
「あ、あれ? わたしの出番は?」
なんか後ろで出遅れたルビーの声が聞こえたけど、とりあえずミノタウルスを倒してからでいいですか? いいですね、はい。
ぶおん、と振り払うような斧の横薙ぎ。
倭国組は後ろへ下がって避けたが、俺は屈んで避け、パルはジャンプして避ける。
「おりゃ!」
「うりゃ!」
俺は足を切るようにしてミノの背後に回る。がっくりと膝を付いたミノの顔をパルが切り裂いた。
「ぶもああああああ!?」
女の子がいっぱいで侮っていたな、こっちを。
残念だったな。
ウチの女性陣は強いぞ。
盗賊名物バックスタブを思いっきり決め、のけぞったところを倭国組が切り裂いていく。
「トドメはお任せを」
えーい、といつものあんまり気合いの入っていない声と共に、ルビーがアンブレランスをミノタウルスの頭に叩き落として絶命させた。
「もうちょっとイヤらしい視線を受けていたかったのに。残念ですわ」
消えていくミノを見ながら、ルビーさんが変態なこと言ってる。
「そんな趣味があったの、ルビー?」
「ウチの領地にもいますからね、ミノちゃん。元気なお子さんがたくさんいて、どの家庭も温かい笑い声が聞こえるんですのよ」
へ~、そうなんだ。
モンスターじゃなくて、魔物種にもミノタウルスっているんだ。
「それって、人間種は大丈夫なのかい? そ、そのぉ、産まされてたりは……」
ナユタが恐る恐る聞いた。
「しませんしません。ちゃんと同じ種族の女性と結婚されてます。無理やり人間種に生ませるなんて酷い行為は、ウチの領地では禁止です」
バツマークを両手で作るルビー。
「その言い方だと、アンタん所の領地以外ではやってるって聞こえるんだが……」
「他の領地のことは知りませんわ。もしかしたらアスオ君とアビィのところは放置している可能性がありそうです。ストルは明確に禁止していると思いますわ。彼は人間種の女性が大好きですので」
う~む。
どうにも、あの『牧場』を思い出してしまうな。
加えて、ルビー以外の領地では、あまり人間種の待遇はよろしくなさそうだ。いや、そもそも魔王領でまともな扱いをされている方が異常ではあるので。
間違っているのはルビーなのだが……
「はぁ」
俺はひとつ息を吐く。
さてさて、今ごろ勇者パーティは何をしているのだろうか。
無事に、アスオ君こと『乱暴のアスオエィロー』を倒せていることを願うばかりだ。




