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~騎士! 一目惚れナイト~

 ヘトヘトに疲れた。

 足の裏は痛くて、身体はギシギシと音が鳴りそうなくらいに筋肉痛。関節も動かすたびにガリガリとすり減りそうな気分だ。

 身体は満身創痍。

 だというのに。

 装備している剣と盾には傷ひとつ付いてないし、汚れもひとつもない。


「はぁ……」


 つまり、誰とも戦っていない証拠だった。

 ピッカピカに輝く盾は、冒険者としては情けない気分になってしまう。

 まぁ、でも、しかし――

 何にもしていないのに、ここまで疲れるとは……

 冒険者っていう仕事は、基本中の基本である体力勝負みたいなところがあるんだな、と文字通り骨の髄まで分からせられたって感じだ。


「ほら、リーダー。仕事だぞ」

「へいへい」


 仲間にそう言われ、オレは素直にうなづく。

 パーティメンバーたちは我先にと長椅子に座り込んで装備を解除した。

 はっきり言ってうらやましい。

 ほんの数分の差でしか無いが、オレも早く鎧を脱ぎたかった。

 特に足!

 朝から今の今まで歩きっぱなしだった足は、すでに限界だ。もう足の裏が痛いのは歩きすぎなのかどうかも分からん。

 それでなくとも、ここ数日間の疲労が蓄積しているので、ヤバイ。重い金属のガードが付いたブーツを脱いで裸足でペタペタと歩きたい!


「ただいま帰りましたぁ。報告します」


 そんな気分をグッと我慢して、冒険者ギルドの受付でそう嘆くように声をかけた。


「はいはい、お帰りなさい」


 いつも通り作業をしていたのだろう、受付のお姉さんが奥から小走りでやってきた。

 オレより年上のお姉さんは、にっこりと笑って出迎えてくれる。

 まぁ、そんなお姉さんの笑顔を独り占めできると考えると、報告も苦ではない……のかもしれない……と、自分に言い聞かせたい。


「お疲れ様でした。え~っと、みなさま無事みたいですね。なによりです」

「無事も何も、今日もまた何も無かったですから」


 と、俺は足元しか汚れていない鎧を見せた。


「いいじゃないですか。歩き回っているだけでお金がもらえるんですから」


 お姉さんはそう言うが……オレとしては魔物と戦ってこその冒険者という気分だ。

 ルーキーたる我がパーティがここ最近請け負っている仕事。

 それは新しく架けることになった橋の周辺を巡回し、魔物を発見した際には討伐、もしくは報告するという簡単で単純な仕事だ。

 依頼主は、なんとジックス街の領主さま!

 領主からの依頼なのだから間違いなく良案件っていうやつだ。

 しかもウロウロしてるだけで結構な報酬がもらえる。ルーキーにとってはかなりおいしい仕事でもあるのだが……


「オレは戦って報酬をもらいたいんだけどなぁ」

「まぁまぁ。でも、冒険の辛さは分かったんじゃないですか?」

「う……」


 確かにお姉さんの言うとおりだった。

 もちろん、彼女の視線は俺の後方で四肢を投げ打つように休んでるパーティメンバーに向けられている。

 俺もさっさと脛当てを外し、ブーツと靴下を脱いで、ギッチギチに固まった足に開放感を味わせてやりたい!

 風呂に入って、熱いお湯につけて、親指と人差し指の間をくわっと広げて、ビリビリに疲れ切った足の裏を念入りにマッサージしてやりたい!

 もうすぐだ!

 もうすぐ最高の開放感が待っている!


「鎧の重さ、装備の重さ。それを持って移動する大変さ。しっかりと味わえて良かったですね。もしも遠征前にこの辛さを知らなかったら、大変なことになってますから」


 と、お風呂に入る段取りを頭の中で整えていると、お姉さんが冒険の大変さを講義してくれる。

 ちゃんと聞かないといけないアドバイスだ。


「た、確かに……」


 お姉さんの言うことは、ごもっとも、な話だ。

 今はまだ装備品だけの重さだが、遠くの村や街に行く場合や野宿の予定がある場合だと、武器と防具に加えて簡易テントや食料品、基本的な冒険者セットを持ち歩かないといけない。

 今よりも遥かに重い荷物を背負って歩き通すのかと思うと……


「まだまだルーキーか」


 と、肩を落とすしかなかった。


「ですね」


 そう言って笑ってくれるお姉さんの笑顔で癒されるしかない。


「それでは全員の無事と依頼の完了を確認しましたので、報酬を取ってきますね。いつも通り、全員で等分づつでいいのですよね」

「はい、それでお願いします」


 本当ならどんな仕事でどんな事をしたのか報告する必要があるのだが、残念ながら歩き回っただけ。特に報告をする必要もなく報酬をもらっておしまいだ。

 でも疲れている今はそれがありがたい。

 オレも早く座りたいし、風呂に――


「ん?」


 と、カウンターの先。

 正確には、カウンター区画の向こう側というか、二階へと続く階段の手前の憩いのテーブル席がある。

 そこに見慣れない金髪の女の子がいた。

 確か、あそこには誰でも読める魔物辞典とかが閲覧できる場所だったはず。背中を向けているので分からないけど、おそらく本を読んでいると思う。

 小さな女の子だし、ルーキーかな。

 でも、朝に集まった時にあんな綺麗な金髪の子は見かけたことがない。


「お待たせしました。どうぞ」

「あ、はい。ところで、あの子は?」

「ん? あぁ、さっき冒険者になったばかりの子ですよ。良かったら、彼女はパーティは組んでいないので、お誘いしてみてはどうですか?」

「……誘えってこと?」

「ほら。盗賊の仲間が欲しいって言ってたじゃないですか」

「ということは――」


 あの子は、盗賊職か!


「ありがとう、お姉さん!」


 オレはさっそく女の子の元へ向かった。

 近づいて分かったのは、その子はめちゃくちゃ小さくて華奢な感じ。後ろから見ると金髪が長くて、背中の全てを隠してしまっていた。

 綺麗な金髪に真っ黒なリボンでポニーテールみたいにしてある。適当に結んだ感じだけど、それでも長い髪が静かにちょっとだけ揺れていた。

 後ろから分かる情報はそれだけだ。


「あの――」


 だから、声をかけた。


「ん?」


 短く、そう声を漏らすように。

 その子は――女の子はこっちを向いた。


「――ぁ……」


 美少女だった。

 綺麗で長い金髪に栄えるような蒼い瞳。

 それが大きく感じられて、とても……いや、めちゃくちゃ可愛い!

 細い身体に小さな肩。

 オレの指が余裕で親指と人差し指がくっ付けて掴めそうな腕。

 そして、とてもじゃないけど冒険者に見えない綺麗な肌!

 ホットパンツから見える太ももは白くて、オレが強く握ってしまえば太ももでさえ折れそうな気がした。

 でも、かわいい!

 めちゃくちゃかわいい!

 え?

 なんで?

 なんでこんなかわいい子が冒険者なんてやろうとしてるの!?


「えっと……なんですか?」

「あぁ、えっと、なんだ、え~っと、き、キミは冒険者?」

「あ、はい! 新しく冒険者になりました、パルヴァスです」


 彼女はちょこんと頭をさげた。

 そんな仕草もかわいい……!

 でも――パルヴァス?


「パルヴァス(小さい)って?」

「あ、えっと、えへへ。名前です」


 名前か!

 名前の通り小さい子だ!

 というか、笑った顔も超かわいい!

 なんだこれ!

 いいのか!?

 オレなんかがパーティに誘ってもいいのか!?


「あ、と、えと。オレもルーキーなんだが、良かったらウチのパーティに加わらないか? ちょうど盗賊が欲しかったんだ。あ、受付のお姉さ――受付から紹介してもらったんだ。他にパーティに入る予定がないんだったら、是非ともウチに入って欲しい……んだけど……?」

「ホントですか!」


 いきあたりばったりなオレのお誘いだけど。

 でも、パルヴァスは蒼い瞳をキラキラとさせて立ち上がった。


「入ります入ります! 入れてください!」


 といって、パルヴァスはオレの手をにぎった。

 小さい。

 やわらかい。

 すごい。

 めっちゃ女の子だ……


「だ、ダメですか? やっぱりダメ?」

「いやいやいあいあ、いあ。いや。だだ、だいじょうぶ! ぜひ! ぜひ入って!」

「はい! やったー!」


 パルヴァスは両手をあげて喜んだ。

 う。

 やばい。

 なんか、仕草とか、そういうのが、こう、すべて、全部、うん、全部がかわいい。

 やばい。

 好き。


「よろしくお願いしますね!」

「こ、ここ、こちらこそ、よろしきゅ――よろしく。えと、じゃぁ仲間に紹介するね」

「はい!」


 にっこにこ、とパルヴァスは笑顔を向けてくる。

 あぁ。

 その笑顔は、たまらなくかわいくて。

 足が痛いのなんかどっかに忘れてしまうほどに。

 オレは胸の奥がキュッと引き締まるような感覚をおぼえるのだった。

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