~卑劣! 黄金城地下ダンジョン7階・その2~ 1
天井降下の罠ではなく、床上昇の罠であり。
床が上昇することは、つまり、その真下にある地下7階層のフロアに関連する。
当然と言えば当然なのだが。
おと、黄金城のタンジョンでは、各階層が連動しているとは思えなかった。
なにせ――
6階層は普通の岩肌が見えているダンジョンであり、7階層は綺麗なタイルで覆われている。
まるで造りが違うわけで、その関連性が切り離されてしまっていた。
「これもひとつの罠か」
まさか6階層の罠が7階層に影響を及ぼすとは。
盲点ではないはずなのに、盲点になってしまっている。
いや、そもそもふたつの階層に影響を与える罠を作る技術はとんでもないはずだ。地上で二階建てを作るのとは意味が違うだろうし。
やはり古代の神々が残した遺物のひとつなんだろうな、とは思う。
もしかしたら『迷宮を司る神』なんていう存在もいるのかもしれない。
ナーさまに聞いてみたいところだ。
「さて、油断せぬようにな」
地下7階に降りて、真っ白なタイルを見つつセツナが声をかけた。
先へ進める状態となっているのかもしれないが、しかしモンスターが手を止めてくれるわけではない。
ましてや油断できる敵の強さでもないので、場合によっては引き返すことも考えておく必要がある。
よって。
ゆっくりじっくり着実に俺たちは床上昇の真下に当たるフロアを目指した。
「ふぅ」
またしても巨大ムカデがいたりして、それなりに肝は冷やしたが。
無事に件の部屋へと辿り着く。
「念のため、罠感知をしてもらえるか」
「もちろんだ。むしろ、罠が増えている可能性だってある」
大掛かりな罠が解除され、なにか進むためのヒントが得られるはず、と喜び勇んで扉を開けると――なんていうのは、誰だって考える罠のパターンだ。
むしろ油断したところを狙うのは罠の基本だろう。
卑怯で卑劣。
罠を仕掛ける者にとっては誉め言葉になってしまう。
さてさて。
俺とパル、そしてシュユの三人で、しっかりと罠感知をしておく。
「問題なさそうだ」
「ふむ。では、ルビー殿……」
「分かっておりますわ。毒を喰らわば酒まで、という言葉通りにわたしも食べて欲しいくらいですのに」
倭国の言葉がブームなんだろうか。
しかし――
「それを言うなら、皿まで、だ」
ナユタがツッコミを入れた。
毒を喰らわば皿まで。
「お皿は食べられないでしょうに」
「うん? 確かに。あれ?」
ナユタが混乱した。
「あれは皿まで舐め尽くすという意味だ。どうせ毒を食べたのならば、最後まで食べ尽くす。禁忌を破ったのであれば、徹底した最後までやり通す、という意味となる。毒を喰らうという意味の言葉ではないぞ」
「ふ~ん。つまり、わたしに手を出したのであれば最後まで愛してください、という意味ですわね師匠さん!」
「こっち見なくていいから、さっさと扉を開けてくれ」
「あぁん、もう! 師匠さんったら照れちゃって!」
と、言いながらルビーは遠慮なく容赦なく躊躇なくバーンと扉を開いた。
怖いものなしって強いですね。
逆に命が軽く見えてそうで怖い……いや、支配者らしい姿なんだろうけど。人間種が大好きで良かったよ、吸血鬼さま。
ルビーは扉を開いたが……何も起こる様子は無い。
部屋の外から中を覗いても、罠が発動しているような感じでもなかった。
俺たちは部屋の中に入ると――全員で中央にある柱を見た。
他の部屋とは違って。ナナメに筋が入っている柱。
その柱に上方向に何か仕掛けがあると思っていたが……まさかそのまま天井が上方向に動くとは。
柱がちょっとしたネジのように見える。
「お~、ホントに天井が高くなってる!」
パルの言葉通り、天井が高くなっているのが見て取れた。柱のナナメの筋は、それこそネジのように機能したのかもしれない。
体感的には二倍くらいだろうか。
真っ白なタイルで覆われた部屋が、より一層と広くなったように感じられた。
「しかし、天井が高くなったはいいが……」
高くなった分、ネジ柱に何かあるのか、と期待してたはいいが。
見たところ、何も無い。
だが、そんなはずはない。
変化があった以上、そこに意味があるはずだ。
「パル、シュユ、探すぞ」
「はい」
「了解でござる」
後は俺たちの仕事だ、というわけで。
罠を探す容量で俺たちは天井のタイルを一枚一枚チェックしていった。
それなりの距離がある上に、ずっと上を見上げていることになる。
「休憩をちゃんと取れよ。じゃないと眩暈を起こす」
首の後ろを圧迫されることにより、体調不良を起こしてしまう。
こういう場合には注意が必要だ。
「うへ~」
「骨の折れる調査でござる」
だが、あせってしまっては見逃してしまう物がある。
「ゆっくりでいいので、確実に頼む」
時間よりも成果が優先だ。
しかし――
「天井には何も無し、か」
残念ながら天井に何か仕掛けがありそうにはなかった。
「続けて、壁も頼む」
セツナの言葉にうなづく。
変化があったのは、むしろ天井よりも壁の方と言える。
二倍ほどに高くなった壁。
見えていなかった部分が多いので、こちらにも何か仕掛けられている可能性は充分にある。
しっかりと休憩を挟みつつ、三人でチェックしていった。
すると――
「あっ」
と、シュユが声をあげた。
「あったでござる!」
シュユが指をさしたのは、扉のある壁側の上方。
ここからではどのタイルが『それ』なのかは分からないので、俺とパルはシュユの隣に移動して見上げた。
たいまつとランタンの光を反射しているそれぞれのタイルの中で、1枚だけが反射の仕方が鈍い。
あのタイルに何かしらの仕掛けがある、ということか。
しかし――
「ジャンプでは届かないな」
かなり高い位置にあるタイルなので、普通にジャンプしただけでは届かない位置。
また、壁の中央付近にあるので、壁蹴りを駆使したとしても届かない。
ここは素直に、土台になるしかなさそうだ。
「セツナ」
「うむ」
俺とセツナは壁際に立つ。
「パル、俺たちの肩の上に立ってくれ」
「分かりました」
ひょいひょい、とパルは俺の体を登り、セツナと俺の肩に両足を乗せて、体を安定させる。
「須臾、頼んだ」
「分かりましたでござる」
「遠慮なく乗ってね、シュユちゃん」
「重かったらごめんでござるよ、パルちゃん」
シュユはするするとセツナの体を登り、そのままパルの体を登って肩に立った。
三段タワーの完成だ。
ホントはパルが一番上に立つのがいいんだろうけど。
もしもタイルが罠だった場合、ちょっと任せられないので。
経験の高そうなシュユにさせてもらった。
「落ちてきても受け止めてやるからな」
「ありがとでござる、姐さま」
ナユタは補助要員として待機。
で、ここまで大活躍の吸血鬼さまは――
「うふふ。下からの眺めって最高ですわね……丸見えですわ」
なんかめっちゃ羨ましいことを言ってる。
ちくしょう。
俺も上を見たいのはやまやまだけど、我慢してるって言うのに!
美少女ふたりを下から眺めるってなかなか無いレアな状況だぞ。特にシュユちゃんって、アレですものね。はいてないんですものね! 紙一枚が貼り付けてあるだけなんですよね。もうそれって見えてる状態と一緒と言っても過言じゃないし、過言であって欲しくて、もう、うひょー!
「くっ」
「我慢するんだ、エラント殿。気持ちは分かる。拙者も、いま必死に己と戦っている最中だ。負ければ終わる。拙者は勝ちたい! 勝ってこの先も須臾と共に生きていたい!」
「あ、あぁ、分かっている。だが、しかし……ぐぅ!」
「落ち着け! 敵は己の内にいる。それに打ち勝ってこそ、我が覇道を歩めるというもの!」
「そ、そうだった。ありがとうセツナ。おまえが隣に立っていてくれたことを、これほど嬉しいと思ったことはない!」
「うむ!」
俺たちは素晴らしい友情を確かめ合った。
こんなにも俺のことを分かってくれる人がいる。
それだけで何と救われた気分になることか。
あぁ。
もう何も怖くな――
「アホなこと言ってないで、ちゃんと立ってろロリコンども」
「「あ、はい」」
ナユタさんに怒られました。
「女の子ふたりの人生を支えるなんて、師匠さんにとってはまったく問題ありませんわよね」
「まぁ、実際にこの程度の重さ、どうということはない」
ルビーの言葉に、うむ、とふたりでうなづいた。
盗賊なのでそこまで力が強いわけではないけど、支える程度ならできる。
なによりセツナと重さを分散してるからな。
余裕よゆう。
これぞ男の仕事ってものよ。
「今なら那由多も支えてみせよう。どうだ、乗るか?」
「あぁ、任せておけ。しっかりと支えてみせようじゃないか。なに、照れる必要はない」
「そうだぞ那由多。さぁ、飛び込んでこい!」
「はいはい、素晴らしい殿方で助かるよ。上のふたりが笑っちゃって仕事できないので、黙ってもらっていいですかい?」
「「あ、はい」」
やっぱりナユタんに怒られた。
調子に乗ってすいませんでした。
というわけで、しばらく黙ってシュユの作業を見守……るというよりは、土台になっているので静かに支えて待った。
「お~、開いたでござる」
シュユが声をあげた。
開いた?
扉が開いたという意味なのだろうか?
「あら、ホントね」
ルビーが上を見上げながら言ったので、扉ではなく『タイルが開いた』という意味だろうか。
「タイルが開いている状態でござる。中には……なんでござるか? ヒモ?」
ヒモ?
「状況を説明してくれ、須臾」
「はい、ご主人さま。タイルの大きさで奥行きのある小さな穴のようになっていて、その先にヒモのような物が見えるでござるが……う~ん、暗くて、見通せないでござる」
ランタンを手渡そうか、とセツナが声をかけたが――
「待った。パル、シャイン・ダガーをシュユに」
「あ、はい。これ使って、シュユちゃん」
「かたじけないでござる」
光属性のシャイン・ダガーは悪い言い方をすると、無駄に光る。
こういう小さな穴の場合、ランタンやたいまつは入れられない。その点、シャイン・ダガーなら細くて小さいので、手といっしょに奥まで入れられるので安全だ。
「うわ」
中を見たであろうシュユが、なんかとんでもない物を見てしまったような声を出した。
「危なかったでござる。刃が落ちてくる罠があった……」
なるほど。
手首を切り落とすギロチンか。
ランタンや不明瞭な明かりでは見えないような仕組みになっていたに違いない。
「解除できそうか?」
「はい、大丈夫でござる。よっ……と」
カタン、と音が鳴った。
解除というよりも、安全に作動させた感じか。
「あとは……問題さなそうでござる。ヒモを引っ張るでござるよ」
「分かった。気をつけろ、須臾。みんなも警戒していてくれ」
了解、と答えておく。
この体勢では身構えることもできないので、なにが起こっても大丈夫なように心構えだけはしておいた。
「せーのっ」
シュユがヒモを引っ張った。
一瞬の静寂が訪れるが……遠くで何か大きな音が響くのが分かった。
ただ、それ以上は何も起こることはない。
「ふぅ」
一息。
大きく息を吐き出すと、シュユはパルの上から飛び降りた。
「よっ、と」
「ありがとでござる、姐さま」
ナユタが無事にシュユを受け止めた。
「では、パルがわたしが」
「いらない」
次いで、パルは普通に飛び降りた。両腕を広げたルビーが不満そうにしている。
「成功か」
肩をぐるんと回しつつセツナが言う。
俺も、肩の調子を確かめるように回した。
ふむふむ。
問題なし。
「重かったですか、師匠?」
「なに、軽い軽い。あとルビーとナユタが乗っても問題なかったぞ」
「え~……あたしだけじゃ満足できません?」
「なにそれ卑怯」
ウチの愛すべき弟子がとんでもなく可愛いセリフを言ってきたんですけど?
なに?
なんなの!?
好き!
ちょっとここで添い遂げてもいいですか!?




