~卑劣! 邪気眼系ではない~
デレガーザの印象は『小柄な少年』だった。
残念ながら、青年というイメージは湧かない。成人を迎えてからもう2年は経っているだろうが、体型というか、小柄な体躯のせいで少年にしか見えない。
童顔?
違うな。
どうにも『子どもっぽい』という印象を受ける。
悪い言葉を使うならガキ。
そんな印象を受ける。
もっとも。
普通のガキならば、まだ良い。
ガキはガキでも、小生意気なガキという言葉がぴったり合うような、そんな少年がニヤニヤと笑うように告げる。
「女どもは置いていけよ。おっさんにはもったいないから、オレが遊んでやるよ」
粋がるようにデレガーザはパルたちを見る。
恥ずかし気もなく良く言えたものだ。
しかも全裸だし。
情緒というものがない。
はぁ~ぁ~。
これだから『ガキ』は風情がない。
お盛んな猿かよ。
と、思ってしまうが……残念ながら俺は童貞なので、何も言えない。
でも悔しくないんだからね!
ホントだよ?
「ふむ。デレガーザ殿、申し訳ないが彼我の関係は無に等しい。残念ながらその要望は聞けそうにないな」
「おっさんより、よっぽど気持ちよくしてやれるぜ。見ろよ、この娼婦の顔を」
デレガーザはヘトヘトになって倒れていた娼婦の頭を、髪の毛を引っ張り上げるようにして持ち上げた。
「うぐ、い、いたっ……痛い、です……!」
娼婦はそう訴えるが、デレガーザがやめるつもりはない。
「足腰立たなくなる、ってのを体験させてやるんだ。もうおっさんの体力じゃマネできんだろ」
ゲラゲラと笑うデレガーザくん。
あぁ、こりゃアレだね。
大人への不信感? みたいなのもあるね。
その要因を作っているのは『ママ』の原因でもあるんだろうなぁ。息子を溺愛するあまり、なにかと心配し、介入してくる。
しかもそのすべての介入は、子ども扱いしている、という意味を込められてのことだ。
それはもう、愛ではなく、侮辱とも言える領域なんだろう。
想像にたやすい。
一人前と認められないのであれば、それはもう反発するしかない。
ましてや子ども扱いだ。
大人の『真似事』をするのも納得できるし……こう、中途半端に荒れてしまうのも理解できるが……
「ふむ」
どうしたものか、と俺とセツナ殿は腕を組んだ。
もちろん、パルやシュユをこんな少年に任せられるわけもなく、大切な愛すべき弟子の初めてを奪われてたまるか、というのが大前提である。
しかし、だからといって当たり前のように断ったら『因縁』という形で残る。
残ってしまう。
残念ながら、こうして会話をしてしまった。
認識されてしまった。
目をつけられたのだ。
少なくとも、今後は狙ってくる可能性が高い。
「潰すか、旦那」
ナユタの意見には賛成したいところ。
しかし、それもまた余計なイザコザを生む可能性が高く……あまり推奨されないよなぁ……
下手をすれば、こいつの親が出てくるし。
貴族を敵にはまわしたくない。
う~む。
まさかこんな絶妙にしょうもない厄介事に発展するとは思わなかった。
「拙者の落ち度だな。判断が間違っていた。ここは甘んじて引き受けよう」
セツナはそう言ってデレガーザに向かって歩み出た。
「申し訳ないがこの者たちはダンジョン攻略に必要な仲間だ。デレガーザ殿に預けたいのはやまやまだが、今はその時間が惜しい。無論、あとから口説く分には拙者らは何も言わないので、自由にしてくれてかまわんよ」
「あ? なんだそりゃ」
「今すぐフラれるか、あとでフラれるか自由に選べ、と言っている。あたまの悪いガキでも、これくらい理解できるだろ」
「ぶっ殺――」
殴りかかるデレガーザの足をセツナは杖で払い、布団の上へ転がした。
そのままスコーンと小気味良い音がする。
杖を遠慮なく振り下ろしたようだ。
デレガーザはびくりと震えて気絶した。
全裸で倒れた姿は、マヌケ以外の何者でもないな。
「あ~ぁ~、やっちまったな旦那」
カカカと笑いながらナユタは娼婦を助け起こす。
随分と疲れ切った様子だったが……立ち上がると、それが嘘だったようにシャンとしている。
なるほど。
演技だったか。
娼婦も床に倒れるデレガーザを見て侮蔑の表情を浮かべる。
「演技も大変ですわね」
ルビーの言葉に娼婦は肩をすくめた。
「それも仕事なのよ。ご満足してもらえるのが、ウチらの仕事。本気と演技の区別もつかないお客様は、楽だけどね」
「ほどほどになさってくださいな」
ルビーはポーションを手渡す。
この地下街では超高級品になるわけだが……
いつでも補充できるんだ。問題はあるまい。
「ありがと。もらっておくわ」
娼婦は手早く服を着る。それを待って、俺たちはいっしょに宿を出た。
「次の仕事相手を探すわ。ありがと。良かったらお安くしておくけど、どうかしら? 商人さんも盗賊さんも、仮面の下はステキなんでしょ?」
そういって、娼婦は俺たちに投げキッスを送った。
「ふん!」
「させないでござる!」
不可視の投げキッスをパルとシュユが叩き落とした。
すごい!
そんなことできるんだ!
「あはははは! ごめんね、お嬢ちゃん達。じゃ、気をつけてね」
娼婦はそういうと素早く去って行った。
さすが地下街で生きているだけはある。
実力というより、胆力がすごい。
デレガーザにされたことなど、小指の先も気にしていないようだ。
まぁそれよりも、だ。
「さて、どうしたものか」
デレガーザにケンカを売ったことになるのは確実だ。
おぼっちゃんの『子守り』をしている者たちの視線はあるし――どうやら、その内のひとりが尾行してきている様子。
「わずらわしいのは、さっさと終わらせるべきと意見を述べさせて頂きますわ」
ルビーの言葉に賛成はするが――
「どう対処する?」
「殺してしまおうかと思ったのですが?」
「短絡的だなぁ」
別に博愛主義者ではないし、人間的にはあまりよろしくない類の性格をしているデレガーザだが……殺してしまってもオッケー、というほど悪事を働いているわけではない。
典型的な冒険者仕草と言えばそれまで。
基本的には、荒くれモノがなる職業だったりするからなぁ。
はてさて。
まぁ、目が覚めたあとに確実に敵対するだろうから、先に殺しておけば楽といえば楽だが。
なんというか、それではあまりにも十四歳がかわいそうな気がする。
「いっそ、味方に引き入れるというのはどうだろうか」
セツナの意見に俺たちは眉根を寄せた。
それはいくらなんでも不可能だろう。
「いや、ルビー殿の力があれば可能だ。眷属化、というのだったか」
なるほど、と俺とパルは納得した。
「ルビー、頼めるか?」
「もちろんですわ、と言いたいところですが。そんな都合の良い物ではありませんわよ? 精神支配ではなく傀儡化というのが正解ですので」
「敵対するな、というような命令は無理なのでござる?」
「無理でござるよ、シュユっち。お人形さんに心を宿すようなものです。それはもう神の領域ですわ。むしろ、神の猟奇とも言えるかもです」
神の猟奇。
まぁ、眷属化で自由に体が動かせない状態を『本物の人形』が味わったとしたら、それはもう猟奇的な話であり。
そんなことをする神の奇跡など、邪神以外の何者でもないよな。
「とりあえず眷属化はしておきますわ。あとで罠の実験にも使えるかもしれませんし。無駄にはならないでしょう」
失礼しま~す、とルビーはノンキに歩いて行った。
こちらを尾行していた者は――混乱しているようだな。
視線に注意していたはずなので、くちびるは読まれていないはず。もっとも、眷属化やら何やら、理解不能な話になっていたと思ので、問題はない。
そんな尾行対象の少女が、パーティから離れてひとり別行動を取る。
まったくもって意味不明な状況だ。
襲ってくれ、と言っているようなものでもあるし、これは罠ですよ、と言っているようなもの。
さぁ――
どうする、尾行者?
「あ、釣れた」
パルの言葉に俺はうなづく。
「どうやら、ルビーを追うことにしたようだ。正解だが、間違いだな」
「んえ? どっちですか、師匠」
「この状況では確実に罠だろ、ルビーの行動は。まぁでも、本来なら前衛の少女がひとりで行動するんだから、罠と分かっていても手早く処理をすれば良い。罠を仕掛けられる前にさっさと済ませてしまう、という考えは理解できる」
「でも、ルビーは強かったから間違いってことですか?」
「いや。ひとりで何かしようと思うのが間違いってことだ。この場合、尾行者の目的はあくまで俺たちの居場所を把握することにある。対象が分散した場合は、確実に陽動などが疑われるから、むしろ逃げることを推奨するな」
「む、難しいです師匠」
「余計な事するな、というのが分かりやすいか。当初の目的を忘れるな、とも言える」
「耳の痛い話だなぁ、それは」
セツナが苦笑した。
なぁなぁになったダンジョン攻略でナユタが怪我をしてしまったことを言っているのだろう。
もちろん、俺の耳も痛いので、セツナだけに苦笑させるわけにはいくまい。
「油断は禁物、過信も禁物。自分の実力をしっかりと把握しましょう。というわけだ」
俺はパルの頭を撫でてやる。
このダンジョン攻略を手伝っている目的は、パルの戦闘経験を積ませるため。
目的は現在進行形で進んでいる。
集団戦闘の経験は、勇者パーティに合流してからになるかと思ったが……セツナたちと共闘できたのは大きい。
このまま魔王領でも充分に戦えるほどの実力をつけてくれればいいが。
それは、まぁ、いきなりは無理か。
パルはまだまだ子どもであり、戦闘経験は一年にも満たないわけで。
そんなお子様が魔王領でも充分に渡り合える実力を付けてみろ。
天才じゃん?
俺、泣いちゃうよ?
「では、ルビー殿が戻ってきたら魔具の実地試験を始めるとしよう」
セツナは装備したマグに手を触れる。
黄金城地下七階は、空気の冷たさをかなり感じるほどだった。
それを和らげるために特別に作ってもらったマグ『カリドゥム・セルヴァ』の実戦テストだ。
「今のところ、寒さはあまり感じないな」
俺は一番の薄着であるシュユちゃんを見た。
ほぼ布一枚だし、何ならぱんつも履いてないので、一番寒そうな姿をしている。
シュユちゃんが寒くないのであれば、何も問題ないが――
「師匠がえっちな目でシュユちゃんを見てる」
「見てませんが?」
見てませんよ、見てませんとも。ちょっと布がうすくて、ちらっちらっと白くて細い太ももが見えてるなぁ~、と思っただけで。
えっちな目で見るわけないじゃないですかぁ、やだなぁ~、もう!
「ナユタさんのしっぽを見たほうがいいですよ師匠。えっちです」
「なるほど。天才か、パル」
「にひひひひ」
というわけで、弟子といっしょにナユタのしっぽを見た。
「あたいを巻き込むな、変態師弟!」
必殺のテイルスイングが俺の側頭部に襲いかかったので、なんとか避けたけど……いや、普通に危ないので冗談でもやめてほしい。
「ナユタ姐さまのしっぽはえっちじゃないでござる! 綺麗なんでござるよ!」
「いや、須臾もそんな援護はいらない……」
「そ、そうなんでござる?」
なんて会話をしていたらルビーが戻ってきた。
「わたしもそう思いますわ。で、なんの話をしていたんです?」
分かんないのに賛同するな。
とツッコミを入れたところでダンジョンへと向かう。
「尾行者が追ってきたと思うが、どうなった?」
ルビーに聞くと、うふふ、と笑いながら答えてくれた。
「暗がりに連れ込んであげました。かわいそうに、ひどく怯えていましたわね。やめてやめて、と泣き叫びそうになったので口をふさいで声が出せないようにしてから、ずぶずぶと遠慮なく入れてさしあげました」
「何を!?」
え、なに?
何をどこへ入れちゃったの!?
「牙を首に、ですわ。やだ~、師匠さんのド・ス・ケ・ベ」
「ドスケベなのはルビーじゃん」
「何を言いますのよ、パル。ドスケベはわたしではなくヴェルス姫ですわよ」
遠く離れた地で、一国の末っ子姫がひどい言われ方をしていた。
「眷属化には成功したのか」
「はい。眷属化しておきましたので、いつでも操れますわ。これで余計なことはできないと思います。どうしましょうか? 付いてこさせます?」
「迷宮内では余計な策略を巡らせることもできまい。街中で近くにいる間だけ操る、みたいなことはできないのか?」
「可能ですわ。では、そうしておきましょう」
ルビーはワザとらしく指をパチンと鳴らした。
もちろん、見た目に変化は起こっていないが……眷属にしたデレガーザたちに変化は起こっているのかもしれない。
「よろしい。では、地下七階を目指して出発する。装備点検を」
セツナの言葉にハイと返事をしてから、お互いの装備を点検する。
パルの装備に問題なし。
「ランドセルは大丈夫か?」
「はい。熱々のごはんも入ってます」
「いやそうじゃなくて、背負い心地というか、なんというか……」
動きを邪魔しないか聞きたかったのだが?
「あ、そっち」
「そっち以外の何があるんだよ」
「食べ物は大事ですっ」
まぁ、そうだけどさぁ。
「寒い寒い地下で暖かい食事が手早く食べられるのは有利なのではないだろうか」
「ですよねですよね、セツナさん!」
まぁ、そうなんだけどさぁ~!
「分かった分かった。問題ないな、パル」
「はいっ!」
「よろしい。盗賊組、問題なし」
「吸血鬼組も問題ないですわ」
ひとりで『組』を名乗る異常者は放っておいて、装備点検は終了。
「では参ろう」
「おー」
俺たちは元気よく地下七階へ向けて出発するのだった。




