~卑劣! 生命のミナモト~
地下五階にある街。
通称『地下街』。
その正式名称は『五番街』というらしいのだが、果たしてそれが本当なのかどうかは分からない。
もっとも――
それを確かめる術も無いし、確かめる意味も無い。
「……」
中央にある空き地での休憩中、座りながら俺は周囲を観察した。
店の数はそこそこある。地上とは違って目立つのは食べ物を扱う店だ。屋台もある。ただ、売っている者は地下ダンジョンの中だけに使える食材は日持ちするものばかり。
なんなら、保存食を売っている店もある。
新鮮な果実を売っている店もあるにはあるが……『保存』の魔法をかけた上でここまで運んできていることを思えば、とんでもない値段になっている気がするな。
そんな中で、意外にも飲み屋が少ないように感じた。
まぁ、こんなところで酒に酔っているようでは先が思いやられるというか、なんというか。それでもゼロではないので、酒と冒険者は切り離せないらしい。
酒を司る神リーベロ・チルクイレさまの人気と信仰は、どこへ行っても安泰だ。
「うわっ、あわわ」
シュユが慌てて目をそらしたのは――ほとんど裸同然の娼婦が歩いていたからか。
どうやら客を求めているらしい。
有翼種の女性でコウモリのような翼をしているが、ハッキリとは分からない。羽毛が無い種族も多種多様なので、近づかないと判断できないなぁ。
おっと。
目が合ったので、俺は首を横に振る。
機会があればよろしくね、というニュアンスの投げキッスが飛んできたが……ウチのかわいい弟子と吸血鬼がそれを叩き落した。
くすくすと娼婦は笑いながら去っていく。
他にも同じように客を求めている娼婦はあちこちにいて、分かりやすい姿をしていた。さすがに裸同然の娼婦は少ないけど。
もちろん男娼もいるけど、数は少なそうだ。もしかしたら引く手あまたで客を探してるヒマすら無いのかも……というのは、穿った目で見過ぎか。
そんな彼、もしくは彼女たちと共に入っていくのが宿。冒険者の宿みたいなのではなく、純粋に泊まれる場所という感じで、簡素な物から割と豪華そうな宿まで多種多様にある。
残念ながら二階建ての建物は無いけどね。
なにせ、ダンジョンの中。
天井までは、そこまで余裕がない。
安宿によっては、むしろ屋根が無いところもある。壁というか、板が仕切りで置いてあるだけで、上と下が隙間だらけ。
ダンジョン内では、それだけでもありがたいと思うか、それともボッタクリの宿と見るか。
評価はダンジョン内での経験で分かれそうだ。
言ってしまえば、ここは敵陣のど真ん中。
安堵できる空間が欲しくなるのは理解できるし、なんなら安全確保を他人に任せて充分な睡眠を取りたい。
娼婦と楽しみたい、というニュアンスもあるのかもしれないが。
そんな宿も、更にひどい場所となると――馬小屋同然のワラを敷いただけみたいなのもあった。
そんなところに誰が泊まるんだよ、とは思うが……需要はあるみたいで、丸見えの寝床に何人か寝てるのが見える。
豪胆な女戦士が馬小屋内で平気で寝てるのは、頼もしいのか、それとも――いや、う~ん……どう評価していいのか困る。
「ねぇねぇ師匠さん」
「ん? なんだ、ルビー」
「あの馬小屋でも娼婦を買えるのでしょうか?」
「……知らん。やってみたらどうだ?」
「確かにそうですわね。では!」
そう言って立ち上がったルビーは客が声をかけてくるのを待っている娼婦に声をかけに行った。
行ってしまった。
マジか……
「え、え、え? い、いいんでござるか?」
慌ててシュユちゃんが俺の腕をつかむ。
「いいわけないです。まぁ、冗談の類だと思うので見ておこう」
たぶん止めるともっとヒドイことになりそう。
「あらあら、嫉妬ですか師匠さん。うふふ、いいですわよ。初めてがそういうプレイでも」
とか言って、きっと俺が相手させられるんだ。
そんな気がする。
娼婦に声をかけるルビー。それなりに離れた場所なので声は聞こえないが――あからさまに拒否されていた。
そりゃそうだ……と、思いきや今度は男娼に声をかけている。
もしかしたら最初の娼婦は同性だからダメだったのかもしれない。
男娼ならオッケーなのか?
なんて思っていたが、男娼にも拒否されたらしくトボトボと帰ってきた。
「ダメでした」
「そりゃそうだ」
いや、そりゃそうなのかどうか俺もよく知らないけど。
他人に丸見えの状態でそういうことするのは、まぁ特殊な趣味ではあることは確かなので。
ロリコン以上に他人に後ろ指をさされる性癖ではないだろうか。
あぁ、ロリコンで良かった。
これくらい普通ですよね?
うん。
普通普通。
「残念です。人類には『勇気』が足りませんわ。師匠さんもそう思うでしょう?」
これみよがしに勇気を強調され、勇者を想定されても俺は困る。
そういう意味での勇者じゃないんですけど?
ウチのアウダクスをバカにしないでくれますぅ?
「……」
というわけで無視をした。
「まぁ!」
ルビーは無視した俺に怒ったのか頬をふくらませる。そんなカワイイ顔をしてもダメです。アウダをバカにするのは許されません。
「ふん。師匠さんのバカ」
そう言ってルビーは俺の膝の上にどっかりと座った。
ケンカ相手の膝に座らないでくださいます?
「今のはルビーが悪い」
そう言ってパルも俺の膝の上に座った。
「難儀な状況だな、エラント」
ケラケラとナユタが笑う。
もう全部ルビーが悪い。
そういうことにしておこう。
「ん?」
そんなふうにイチャイチャしていると、空き地にフラフラと入ってくる者がいた。
見たところ騎士か、戦士か。
それなりに装備は整っているのだが、どうにも様子がおかしい。
武器や盾は持っておらず、荷物もない。
顔色が非常に悪く、青を通り越して土色をしており、今にも倒れてしまいそうな雰囲気があった。
「敗走か」
本人に傷は見当たらないが……どうみても満身創痍。
命からがら逃げてきたように思える。
そんな男が空き地にいる他パーティに声をかけていた。
「救援依頼か?」
「なんですかそれ?」
パルが聞いてきた。
「そのままの意味だ。ダンジョン内で動けなくなったので助けてくれ。金なら払う。ひとりで逃げてきたりした場合、他のパーティに助けてくれと依頼する行為だ」
「それ、発見できますの?」
ルビーの疑問もごもっとも。
このダンジョン内で人を探すのは非常に難しい……
だが――
「確率は低いが発見できる時もある。まぁ、その時に仲間が無事かどうかは状況によるけどな。遺体で発見されることも多いだろうし。なにより、そんな危機的状況におちいった者を助けに行く、なんてのは自分たちも渦中に飛び込むことを意味する。それが罠であれ、モンスターとの戦闘であれ、だ。なので、救援依頼を受ける者などほとんどいないよ」
なるほど、とルビーは嘆息した。
「でも、違うっぽいですよ?」
じ~っと観察を続けてたパルが言う。
「お水が欲しいみたい」
男は水筒らしき物を見せて、なにやら交渉していた。
なるほど、水切れか。
「ふむ。どうやら貴重な水を失ったらしいな」
セツナの言葉に俺はうなづいた。
ダンジョン内で飲み水は非常に貴重な物となる。水源などは見つかっていないので、どうしても地上から持ち込むことになるわけで。
水という物は重たい。
なので、単なる水も高額で売られているし……場合によってはその水も販売されないことが多々ある。
周囲の店で断られたのだろうか、それともお金そのものが無いのか。
男は懇願するように周囲のパーティに水を求め続けた。
「どうやら、ここはわたしの出番ですわね」
ルビーは荷物から自分の水筒を取り出す。
それ、金を集める時に床にぶちまけて無意味になった水ですよね? いや、綺麗な水なんだろうけど。
しかし、イメージは最悪な水だ。
できれば飲みたくない。
「す――ない……水を、分けて――えない、だろ――か……」
ついに男は俺たちの場所までやってきた。
カスれた男の声。口の中に水分が無いせいか、すこし滑舌も怪しい。ぎりぎり聞き取れる程度の言葉だった。
視線もうつろ。
まるで涙すらも枯れ果てたように見える。
思わず、干からびたミイラを連想してしまった。
「よろしくてよ」
ルビーが水筒を渡す。
男の目が見開かれ、ルビーから震える手で水筒を受け取ると――何かを振り切るようにくちびるを噛みしめた。
だが、そのくちびるから血がにじむことはなかった。
そんな力すらも残されていないらしい。
「すま――い……借り――く……」
そう答えて男はフラフラとどこかへ向かった。
「飲まないんですのね。追いかけても?」
「俺も行く」
少し気になったので、俺は立ち上がる。それはセツナも同じだったみたいで、結局は全員で移動することになった。
フラフラと歩く男は街の中心から離れていくように歩いていく。方角的には四階から下りてきた階段の反対側。
つまり、奥へ向かう方向だ。
そちらに地下六階への階段があるのだろうか。
冒険へ向かうような雰囲気のパーティもちらほらと見かける。が、戻ってきた雰囲気のパーティはあまり見かけない。
このあたりまで来てしまうと、どうしても滞在費が高くなり、金稼ぎの効率が悪くなってしまうのかもしないな。
つまり、本気で攻略しているパーティか、資金に余裕のある実力試しに来た者たちか。
何にしても、ピリピリとした雰囲気を感じる。
男を追って歩いて行くと地下六階への階段があった。何にもない場所に小さく切り取られたかのように開いている四角い穴。
ひとりがようやく通れるくらいの小さい穴だ。
地下六階への階段だった。
この広大で真っ暗なフロアで、中途半端な位置にある小さな階段を見つけるのは……苦労しただろうなぁ。
地図を描きようもないし。
エグいフロアだ。
そんな階段の近くで倒れているパーティがいた。一様に傷はないが、意識が朦朧としている雰囲気を感じる。
そんな彼らに男は近づき、抱きかかえるように起こすと、その口の中にルビーからもらった水筒を近づけた。
「水だ……水だぞ……!」
男は泣いてる。
でも、涙は出ていない。
極限状態で、どうしてこの男は動けているのか。
もはや、根性という言葉では言い表せないような気がした。
「――美しいですわ」
そんな彼らを見て、ルビーは両手を胸の前で組み合わせてつぶやいた。
瞳をキラキラとさせていて、本当に美しいモノを見ている、という雰囲気がある。
バカにしているわけではなく、本当にそう思っているのだろう。
人間種が大好きな吸血鬼。
変わり者の魔物種がいたものだ。
「ぜんぜん足りませんわね」
パチンと指を鳴らすルビー。どうやら魔導書を起動させたらしい。周囲の水分を集めるようにして、大きな水の塊が顕現した。
そんな水球を従えて、ルビーはパーティに近づく。
「どうぞこちらもお使いになってくださいな」
「い、いいのか……」
「誰の物でもない水を集めただけです。無料ですわ」
男はあせるように水球の中に水筒を突っ込み、水を確保すると仲間たちに飲ませていく。
そして最後に、自分の顔を水球の中に入れるようにして水を飲んだ。
「――はぁっ! くっ」
呼吸を忘れるようにして水を飲んでいた男だが、ようやく忘れていた息をする。
ぜぇぜぇと息を整えると、再び水の中に頭を突っ込んだ。
「よっぽどだな」
こうなっては仲間のケアもできまい。
俺は倒れている彼のパーティメンバーに近づき様子をうかがう。全員、まさに干からびているような状態だ。
くちびるはカサカサで、肌はザラザラ。
普通に考えて、こんな状態になる前にダンジョンを引き返すだろうが……引き際を見誤ったとしても、こうはならないだろう。
「何があったんだ?」
セツナの質問に喉がようやく潤った男は答える。
「罠だ……罠を踏んじまった……」
俺は思わず倒れているメンバーの中で盗賊らしき装備の男を見た。
……やっちまったな。
これから後悔に押し潰されるだろうが、がんばってくれ。
「水を全部失ってしまう罠だ。一瞬で喉が乾いてフラフラになった。運が良かった。帰りに魔物に遭遇しないで……死んでしまうかと思った……」
なるほど。
魔術的な作用で手持ちの水と、体の中の水分がある程度消失する罠か。
エグい罠だ。
いっそのこと即死トラップのほうが良心的とも思える。
「それは何階での話だ?」
「七階だ」
地下七階……それじゃぁ、もしかして――
「あんた達、もしかしてトップを走っているのか?」
「あ、あぁ……一応、そう自負している。それも終わりかけたが」
自嘲するように男は笑った。
そうか。
どうりでカラカラの状態でも動けたわけだ。
恐らく、この黄金迷宮で一番強いパーティ。
攻略組のトップ。
「あんた達が『ドラゴンズフューリー』か」
「あぁ」
男はうなづいた。
「命の恩人に名前が知られてるとは……光栄だな……」
男は力無く笑ったのだった。




