~卑劣! 黄金城地下ダンジョン2階~ 2
地下二階の地図を作りつつ探索をする。
そのついでにモンスターを倒す。
まだまだ余裕のある状況なので、それらをしっかりと確認しつつダンジョンの奥へと進んで行った。
ガスクラウド以外は一階と同じゴブリンやコボルトだったが、数が増えている。やはり数が多いとそれだけ危険が増すのは言うまでもなく――
「パル、しっかり牽制しろ」
「はい!」
投げナイフの投擲や、フロア内の環境や状況によっては、俺たちも前へ出て戦うことになった。
「おっとっと」
「すまん!」
前衛の隙間を縫ってコボルトがこちらへ抜けてこようとする。
それを阻止しようと俺は前へ出たのだが――ナユタの槍に当たりそうになったのを屈んで避けた。俺の頭上を通り越した槍はコボルトを薙ぎ、もう一体のコボルトを弾き飛ばした。
ひとりでの二体攻撃。
素晴らしい攻撃ではあるが、攻撃範囲が大きく広がるのでそれに巻き込まれそうになった形だった。
「大丈夫かい、エラント」
「問題ない」
まだまだお互いの息が合っていない証拠でもある。
特にナユタは武器が槍ということもあって、俺の戦闘経験には無いものだ。剣や斧との連携は初めての相手でも取れる自信はあったが、槍となると大きく違ってくる。
なにせ、突く、薙ぐ、叩く、の三つの攻撃に合わせて柄での攻撃も合わせると変幻自在とも言えた。
加えて、まだまだナユタとそこまで親しくなっていないので、呼吸を読むのもなかなか難しい。
もうちょっと経験と時間が必要だ。
「こいつで最後だ!」
ナユタの槍が、最後の一匹を倒す。
無事にモンスターを全滅させられたので、ふぅ、と息を吐いた。
「申し訳ないナユタ。邪魔をしてしまった」
「いいさ。数が多けりゃこんなこともある。ん~……そう考えるとあの子たちはなかなか上手く連携が取れてるみたいだな」
あの子たち……というのは、貴族ナライア・ルールシェフトに買われた新人冒険者たちのことだろう。
自分たちより数の多い相手に善戦し、しっかりと状況判断ができて、撤退も上手くやっていた。
「気になるのか?」
「まぁな~。一度見かけた程度なら気にならないけど、さすがに名前まで知ってしまうとな」
「難儀な性分をしているな。セツナとの関係もそれで?」
「いや、旦那とはちょっと違う」
へへへ、とナユタは笑った。
「あたいは旦那に助けてもらったんだ。こんな種族だろ? ちょっと厄介事に巻き込まれやすいってのは仕方がないと思ってたんだがな」
ドジを踏んじまった、とナユタは肩をすくめる。
「まぁ、そんな折に旦那に助けてもらって、ついでに用心棒として雇ってもらった。なにをする当てもない人生だったからね。誰かの役に立てるのなら悪くはない」
そう言ってナユタは笑う。
なんというか……彼女は天性の『イイ人』なのかもしれないなぁ。
もしもハーフ・ドラゴンという種族に生まれていなかったら――もしかしたら、彼女は誰かに利用されるだけの人生だったかもしれない。
いや。
そんなふうに考えてしまう俺こそが間違いなんだろうか。
難しいところ……と、思いたいな。
「ふぅ、ありましたわ。ねぇ、コボルトとゴブリンの金はもう無視してもいいのでは?」
お尻を突き出したポーズで地面にい這いつくばるルビーは、指先に見つけた金をケースに入れながらそう言った。
「パルとシュユが地図を描き終わるまでは探していいんじゃないか?」
急かしてしまうと地図の制度が落ちる可能性がある。
それを防ぐ意味でも、まだまだ地図製作に慣れていない間は時間をたっぷり取ったほうがいい。
「できました~」
「できたでござる」
ふたりの地図が描き終わると、次のフロアへと進む。
それを繰り返していくと、部屋の真ん中に丸い大きな柱がある部屋に辿り着いた。その他には何も無い部屋なのだが――だからこそ、あからさまに不自然に大きな柱に思える。
壁と同じく白い柱。
まさに『何かギミックがあるぞ』と言いたげな部屋だった。
「これは……動きそうだな」
柱には、横方向に切れ目というか、繋ぎ目らしきものが二か所ある。つまり、三つの丸い円柱が積み木のように積まれているような状態だ。
セツナが真ん中の部分に触れると、ほんの少しだけ動く。
「これは一種の『仕掛け』というやつか」
セツナの視線に俺はうなづく。
もっとも――
「すでに攻略されているけど」
地下二階にある謎の柱。
実はこれ、地下三階へ降りる階段のためのギミックでもある。
「回してみると分かるんだが、色が付いてるだろ」
「ふむ」
セツナが力を込めて柱を回すと、白の柱の中に一部分だけ赤色で塗られている場所が見て取れた。
更に回していくと緑、青という色が確認できる。
三つの色が三角形の頂点のような関係で白い柱に塗られていた。
「ふ~む……赤、青、緑の色がまわる……光? いやダメだ、さっぱり分からない」
「シュユはバカなので、分かりません」
「あたいも阿呆だからな。分かる気がしない」
倭国組は早々に白旗をあげた。
セツナはともかく、シュユとナユタはもうちょっと考えるフリをしてもいいと思う。
「師匠、あたしも分かりません。アホでした」
「わたしは分かりました。つまりアレですよね、アレ。そう、アレですのよ、アレ」
この中で一番の愚か者が吸血鬼だと決定したところで俺は、あせるな、とみんなに声をかける。
「これだけでは解けないギミックだ。実は階段のある部屋と連動してるんだ。単純な仕掛けで、その部屋にある柱の色に向きを合わせるだけでいい」
何も知らない初見では、わざわざこの部屋まで引き返さないといけないギミック。
非常にめんどくさい仕掛けだ。
「なんだ、そんな話か」
「わたしは初めから分かっていましたわ。アレですものね」
「はいはい。力仕事なので罰としてルビーが回しなさい」
「め、命令してもらえるのですか、師匠さん」
なんで嬉しそうなんだよ……
「どちらの向きに合わせれば良いのでしょう?」
「パル、シュユ、地図を見せてくれ」
はーい、と返事をする美少女たちの地図を見る。いま入ってきた扉の位置と、以前に勇者たちと来た時に見た地図を思い出しながら記憶を辿り……
「こっちの壁に赤色が向かうように動かしてくれ」
「分かりました」
ルビーに柱を回してもらう。
確か、この向きであっていたはずだ。
赤色に注目すれば分かりやすかったのを覚えている。以前に来た時に、地上とを何度か往復したので、自然と柱の向きを覚えてしまっていた。
不思議なことに、柱のギミックは毎回リセットされている。
この柱もまた、迷宮が自然と動かしている可能性もあるが……さっきのセツナみたいに初めて来た者が適当に動かしてしまった後、とも考えられるわけで。
まぁ、そんなことを言ってしまうと移動中にも動かされてるはずだろ、ということになる。
このギミックを知らない物が動かしてしまう危険性が多いに跳ね上がるので、永遠と攻略できないことになってしまうのだが。
微妙ではあるが、これもまた『迷宮』の仕業、と考えたほうがシックリとくる。
まったくもって考えれば考えるほど意味不明な感じでもあるが。
もしかしたら、俺たちはまったく別の迷宮を攻略しているのかもしれないな。それこそ、深淵世界を通って別の世界の迷宮と繋がったりしているのかも?
転移を頻繁に使用するからこそ得られた感覚というか、感情というか。
機会があるのなら、これも学園長に報告してやると喜ぶかもしれない。
「これでよし、と」
パンパン、と汚れてもいない手を叩いて仕事が終わったとアピールするルビー。
「んふ」
「はいはい、よくできました」
あからさまに頭をアピールしながら近づいてきたので、頭を撫でてやった。
「これであと百年は戦えますわね」
「安上がり過ぎるだろ、それは」
「何を言います。師匠さんが素晴らしすぎるだけですわ」
褒められているのか、バカにされているのか。
規模が大き過ぎてちょっと分からない。
「では進もう」
柱の色を律儀に描き加えるシュユを見て、慌ててマネをするパルを待ってから、俺たちは先の扉を開いて進む。
すると――
「ゲコ」
げこ?
なんか鳴き声が聞こえた……かと思ったら巨大な舌が体当たりのごとく伸びてきた!
「うわぁ!?」
慌てて全員で回避すると、陣形はバラバラ。
しっちゃかめっちゃかになってしまった状態で、それでも、と敵を確認する。
「ジャイアントトード1匹!」
そこにいたのは、巨大なカエル。
緑色でぬらぬらとした体表を持つカエルのようなモンスターであり、攻撃方法は舌。主に沼地や池に出現するモンスターではあるのだが、ジっと静かに獲物が来るのを待ちかまえているタイプであり、舌で絡みつき相手を沼に引きずり込むモンスターでもある。
ダンジョンで遭遇した場合、多少は戦いやすいが――
それでもジッと待ちかまえられているので、扉を開く前には気付けない、というのが強みというか厄介なところ。
思い切り不意打ちを受けてしまった。
「くっ!」
前衛が立て直す前に牽制にとナイフを投擲する。パルも同じくナイフを投擲しているが、ジャイアントトードの表皮は分厚いのか、ナイフは刺されどダメージはそう多くない。
「そー、れっ」
そんな中でいち早く動いたのがルビー。
アンブレランスを容赦なく巨大カエルへと叩き落した。
まるで床をぶち抜いて中に沈める勢いの一撃。
「ぐえっ」
まるでカエルが潰れる音――というそのままの音を立ててジャイアントトードは倒れた。
たったの一撃で倒してしまったところをみるに……ルビーはそれなりに本気で攻撃したようだ。ありがたい。
ルビーのサービスだと思っておこう。
「はぁ~。油断していたか」
「い、今のは仕方がないでござるご主人さま」
そうか、とセツナが俺を見るので、申し訳ない、と肩をすくめておく。
「気付ければ良かったのだが……俺もまだまだ訓練が足りんらしい」
「2階層でこれか。これは相当に気合いを入れなければ最下層の宝物庫には辿り着けんようだな」
敵は弱くとも不意打ちをくらえばこんなことになってしまう。
特に遠距離攻撃を持っている相手には注意しないといけないな。
「ねぇねぇ、師匠。もしもゴブリンアーチャーが6体ほど不意打ちしてきたらどうすればいいんですか?」
「そんなもの決まってる」
戦闘の基本だ。
「逃げるんだよ」
「なるほど」
弟子の納得を得られたところで、地図を製作し次へと進む。ジャイアントトードの金はしっかりとルビーが回収したので問題なし。
今度は不意打ちを受けないようにしっかりと確認して――まぁ、それも限界があるのだが――次の扉を開いた。
はい、クリーピングコイン!
その数は6体!
やったね!
お金稼ぎ成功!
というわけで、裏目的のようなものをしっかりとクリアしつつ地図を作製していき、ついに件の部屋へとやってきた。
「ここか」
今まで四角形の部屋ばかりであったが、ここにきて円形の部屋となる。
その部屋にはいくつもの柱が立っており、目立つような原色の赤や緑、青、黄色、はたまた黒や白まで、ぐるりと部屋の形に沿うようにして並んでいた。
そんな部屋の壁際には四角く切り取られたように開いている部分があり、その先に地下三階へと降りる階段がある。
「あの回転する柱が間違っていれば、これが閉じられてるって仕掛けか。なるほどな~」
ナユタの言うとおりだ。
もしも回転柱の色がズレていたら、ここの隠し扉は開いていない。
そのヒントとなるのが、この円形の部屋に並ぶ柱の色であり、方角でもある。
「パルパル、ちょっと地図を見せてくださいまし」
「いいよ~」
ルビーがパルの地図を覗き込む。
この円形の部屋は、さっきの大きな柱のある部屋と隣り合っている。残念ながら扉は無いので繋がっていないが。
「隠し扉とかありませんの?」
「そんな情報は無かったな。まだ見つかってないだけかもしれないぞ」
もっとも――
「すでに二階など探索しつくされてるからな。そんな情報が無いということは、存在しない可能性が高い」
むぅ、と言いつつもルビーは赤い柱がある付近をペタペタと触る。過去、何人もの盗賊たちが探してきた隠し扉だろうが、無い物は無い。
「無ければ作ればいいんですわ」
あ、最終手段にでやがった。
「吸血鬼ぱーんちっ!」
ルビーが壁を思いっきり殴る……!
が、しかし――
「ビクともしませんわね」
なぜかルビーが殴ったほうの手を後ろに隠す。
たぶんだけど……やばい方向に曲がったんじゃないかな……
「吸血鬼の力をもってしてもダメか」
それもまた迷宮の力か、とも思うのだが……
「今のわたしは迷宮に入る前に太陽の光を浴びていますからね。かなりのパワーダウン状態だと思ってくださいまし」
……そういえば、そうだったか。
ちょっと忘れがちになってしまうなぁ。
なまじ、死なないだけに。
それはともかく――
「今日の目的も無事に達成できたな」
地下3階への階段を確認。
加えて、確認していない扉はなく、全てのフロアが完全に埋まっていると言える状態だ。
目標達成。
というわけで――
「では、帰ろう」
「やっぱり面倒な作業ですわね、これ。地下5階に街が無ければ、今ごろ廃れていますわよ、こんなダンジョン」
早くもルビーの悪いクセが見え始めたので。
俺たちは苦笑しつつ、ダンジョンから脱出するのだった。
ちなみに、帰りには再びクリーピングコインと遭遇したのでラッキー。
明日はちょっと余裕があるかもしれない。
今晩、調子に乗って豪遊しない限り、だが。
まぁ豪遊する予定もないけどね。
娼館なんかに行かないし。
俺もセツナ殿も。
むしろ宿でパルとルビーといっしょにいるほうがよっぽど――
「どうしたんですか、師匠? めっちゃ楽しそうな顔してますよ」
「なんでもない」
「そっとしておいてあげなさいな、パル。あれはスケベなことを考えてる顔ですわ」
「違いますよ?」
違いますよ?