~卑劣! 換金と鑑定~
ダンジョンを出ると、まだまだ日は高かった。
お昼には遅いけど夕方にはまだ早い、そんな時間帯だ。月の姿すら見当たらない。
「まずは換金だな」
「はい、ご主人さま」
シュユとパルはケースを取り出して、カラカラと音を鳴らせた。
まぁ、そこそこ集まってはいるが大した金額にはならないだろう。上級銀貨1枚というところか。
もう少し地下の深いところへ行けば、モンスターから手に入る金の大きさが明らかに大きくなっていくので、お金を稼ぐにはやっぱり奥へと向かわなければならない。
まったくもって人間性を利用されているというか、なんというか……
そんなことを考えつつ、黄金城近くにある換金所までやってきた。
「おぉ~、すごい熱」
「鍛冶研究室に匹敵しますわね。いえ、それ以上の熱気がありそうですわ」
換金所。
またの名を――いや、正式名称を『金加工所』と言うんだったか。
黄金城の内部で手に入れた金を集めて一旦ドロドロに溶かし『金の延べ棒』に加工する。いわゆるインゴットというやつだ。
その延べ棒から他の装飾品や金貨へと加工している加工所である。
皮膚がピリピリと熱を感じるほど外部に漏れだしていて、あまり長居はしたくない。
もしも中に入ったら全身が燃えてしまうんじゃないか、と思ってしまうくらいだ。平気な顔でいられるのは、種族特性で耐熱を持っているドワーフくらいなもの。
他の人間種では耐えられないと思われる。
そんな換金所の前では冒険者たちが列を成して換金してもらえる順番を待っている。その最後尾に並ぶと、まぁジロジロと見られるのは仕方がないとは言え、やっぱり居心地は悪い。
「仮面とニンジャとリザードマンかよ」
ぼそり、とそんな声が聞こえてきた。
「あん?」
ナユタを揶揄する言葉だけは酷いものであるので、彼女が反応してしまうのも無理はない。
「あたいのどこがリザードマンだって?」
「どっからどう見てもそうだろうが。それともギルマンって呼んでやろうか」
ゲラゲラと笑う冒険者の男。
その兜が、キンッ、と甲高い音を立てて空中へと跳ね飛ばされた。
神速とも言えるナユタの槍が兜を引っかけ、空中高くに舞い上げたのだ。恐ろしく正確にして無慈悲とも言える一撃。
実力の差を明確に示すには充分なものだ。
「あたいがギルマンなら、そっちはコボルトだな。ほら、抜けよ。相手してやるさ」
落ちてきた兜を槍でキャッチするナユタ。
穂先でそれをくるくると回しながら、冒険者へ返却するように飛ばした。
「チッ」
男は舌打ちして背中を向ける。
謝る器量はないようだが、彼我の実力差は分かるようだ。
周囲の冒険者も、それを見て一斉に黙り込む。
こういう連中は実力で黙らせるのが一番だが……それにしてはケンカを売ってきた男のレベルは低くないか?
いや、ケンカを売った相手に背中を向けるってどういうこと?
今この瞬間に後ろから刺されるかもしれないのに……
「おいこら」
そう思ったのはナユタも同じらしい。
「てめぇ、どういうつもりだ」
「な、なんだ、い、いてっ!?」
おしりを槍で軽く突っつくナユタ。
「てめぇ、どういうつもりだ。ああ?」
「な、なんだよ、悪かった! 謝るから、槍を引いてくれ」
「そうじゃねーよ! ケンカ売った相手に背中を向けるとはどういう了見だっつってんだよ! 殺されても文句いえねーぞ、てめぇ!」
「ひ、ひぃ!?」
一際殺気を込めて槍を構えるナユタ。
男はそれを見てガチャガチャと鎧を鳴らしながら逃げ出してしまった。随分とお粗末な鎧だな。ちゃんと仕立てたら、あそこまで音が鳴らないのに。
「……まったく。よくあれで生き残ってるな」
その意見には賛同するが……
「面倒見がいいんですのね、ナユたん」
ルビーがにこやかにそう言った。
俺もそう思う。
「ナユたん言うな!」
え~。
結構かわいいのになぁ。
ナユたん。
「ほらほら那由多。前が空きましたので詰めてください」
「へいへい。旦那は相変わらずだな、まったく」
商人モードのセツナに対して、まったく、という感想はアレだろうか。
ケンカを止めなかったこと、に対してのような気がする。
周囲を黙らせるという意味もあるだろうし、なんなら列が短くなってすぐに用事が済む。みたいなことを考えていそうで怖い。
盗賊をやっていると、できるだけ目立つ方法は避けるのだが……どうあがいても目立ってしまうナユタを連れているからこその方法なのかもしれない。
「そんなにリザードマンと言われるのが嫌でしたら、すっぽりと頭からローブでも着ていればいいですのに。しっぽも隠そうと思えば隠せるでしょ」
「それはそれで負けた気分になる」
「……難儀な性格をしていますわね、あなた」
「おまえに言われたくないなぁ」
結論。
どっちもどっち。
そうつぶやくとパルとシュユがくすくすと笑った。
やった!
美少女ふたりに笑ってもらえた!
なんて喜んでいるうちに順番はまわってきて、俺たちの番になった。
「よう、ケースを出しな。それともお嬢ちゃんたちが換金されていくかい?」
「ケース出すよぅ」
ガハハと笑うドワーフにパルとシュユがケースを渡すと、ドワーフはその中身を天秤の上に開ける。
こぼれ落ちる心配が無いのが残念だ。
天秤の反対側に基準となる重りを乗せて、一発で並行にしてみせたドワーフ。目利きはいつだって最高峰だな、彼らは。
「ほらよ。次はお嬢ちゃんの頭くらいの金を持ってきてくれよ」
そりゃ無茶な話だ。
なんて思いつつ、パルが受け取ったのは上級銀貨1枚と中級銀貨5枚。
まぁまぁ、悪くはない結果なんじゃないだろうか。
なにせ、ロクなモンスターを倒してないのでね。
「むぅ、これっぽっち? じゃぁ次はあたしの身長くらいに大きな金を持ってくるね」
「ガハハハハ! 期待してるぜ。ほらよ、次。なんだ坊主、相変わらず小せぇな!」
ドワーフは忙しそうなので俺たちはすぐにその場から離れる。後ろの少年が文句を言いつつもケースを出していた。
「あたし達より多い……」
「ほれほれ。ひがむな、妬むな。他人と比べると死が近づく」
うらやましそうに見ているパルの背中を押す。
どうしても気になるのが他人の手の中だ。
自分の持っている物と比べて、その大きさや価値を比べてしまう。
その結果、無茶な冒険をしたり、あせったりしてしまってロクな目に合うことはない。
換金所は言わば毒の沼地のようなもの。
それに耐えられなかったものから死んでいく。
「次は鑑定所か。そちらはまだ場所を把握していないな。エラント殿は知っているのか?」
「あぁ。案内しよう」
次は俺が先頭になって歩く。
自然と隣にパルとルビーが移動してくるので、盗賊組とサムライ組で前後が入れ替わったような感じとなった。
鑑定所……というか、そこは知識神の神殿なので神殿区にある。
神官魔法が使える彼らは、いわゆる冒険者たちの救済に当たっている。まぁ、その半分はお金儲けになってしまっているんだけど……
怪我を治療するのには神官が使う回復魔法が必要不可欠だ。
もちろん、冒険者パーティにひとりは神官がいる、というのはほぼ常識と言えるくらいに当たり前になっているのだが……そんな神官が傷ついたり倒れてしまった場合、いったい誰が助けてくれるのか。
答えは簡単。
そんな時に利用するのが神殿であり、お金を払って回復魔法や治療をしてもらえる。
もちろん、レベルが低くて毒治療ができない場合も利用したりするので、それなりの神殿が立ち並んでおり、いつだって冒険者たちで溢れている。
もっとも。
冒険者の宿や飲食店とは違って、少々悲惨な空気が漂っているが。
「もうちょっとだ、我慢しろよ!」
今も俺たちを追い抜くように走っていく青年の背中にはぐったりとしている女の子。顔面は蒼白であり、恐らく毒を受けたのだろう。
あの様子だと間に合いそうでなによりだ。
中には、すでに死んでいるというのに一生懸命に仲間を運んでいる姿を見かけてしまう時がある。
神殿の前で泣き崩れている少年の姿など、あまり見たくない。
そんな彼らの心を救うのも神殿の仕事でもあるので。
一概に金儲けに来ている、とは言えないのかもしれないな。
「ここだ」
知識神シュレント・カンラ。
その神を祀る神殿には、換金所よりも少ないが冒険者の姿が多かった。
彼ら知識神を信仰する神官に与えられるユニーク魔法が『アエスティマテオネ』。
つまり『鑑定』の魔法が使えるのだ。
神官魔法はほとんどの神さまで共通しているのだが、知識神のように特別な魔法を授ける場合もある。
それが固有神官魔法やらユニーク魔法などと呼ばれている。
独特すぎる効果が多いため、あまり冒険者に重宝されるものではないので聞き馴染みのない魔法ではある。
まぁ、最初から使わせてもらえる訳ではないし、それなりの信仰心が試されたりするそうなので、誰でも使えるわけではないが。
そういえば大神ナーさまはユニーク魔法を使わせてくれたりするのだろうか?
こう、相手を無垢にしてしまう……とか?
――そんなのあったら無敵だな。
魔王サマも無垢にしてしまえば、勝てちゃうもんな。
なにより少女をより純真無垢にできてしまうので、この世にロリコンが増えてしまう。
素晴らしい……
いやいや、違うちがう。
「こんにちは。鑑定のご依頼ですか?」
知識神殿に入ると女性の神官がにこやかに話しかけてきた。大きな眼鏡をしていて、人懐っこそうな笑顔。そばかすがあるが、それが逆に彼女の魅力にも見えた。
どうやら獣耳種らしく頭には尖った耳が生えており、しっぽはふさふさに揺れていた。
犬タイプのようで、人懐っこそうな印象が納得できる。
口を開けば犬歯がありそうだ。
いや、間違いなく有る。
そう確信できた。
「これです」
パルが渡した茶色の瓶を受け取る知識犬耳少女神官。肩書が長いので名前を知りたいところだ。
「はい。それでは鑑定にお金を頂きますが、追加料金が発生する可能性もありますのでよろしいでしょうか?」
「どういうこと?」
俺以外の全員が首を傾げた。
「おっと、初めてのお越しですね。では説明します」
犬耳神官は、お任せを、という感じでにっこり笑って説明を開始した。
「鑑定魔法には魔力を消費します。魔法なので当たり前、と思われるかもしれませんが鑑定する物によって魔力の消費量が変化するという、非常に変わった魔法です。簡単な物でしたらそこまで消費しないのですが、例えばマジックアイテムなんかですと、魔力がゼロになり、しばらくは神官の魔力が回復しない状態が続く……なんてことも起こってしまうくらいです。ですので、その消費に合わせて金額が変わります」
「なるほど。人がひとり使い物にならなくなっては仕事が滞る。妥当なお金の払い方だな」
セツナの言葉に犬耳神官は、うんうん、と嬉しそうにうなづいた。
「ねぇねぇ神官さん」
「なんでしょう、盗賊のお嬢さん」
「もしも神官さんが嘘をついて、めっちゃ魔力消費した~、とかならないの?」
「安心してください」
犬耳神官は自信満々にうなづく。
「そんなことをすると、知識神さまより魔法を剥奪されます。神さまはいつだって私たちの振る舞いを見てらっしゃいますので」
そっか~、とパルは納得した。
「もうひとつ質問いいかしら」
「はい、え~っと黒いお嬢さん」
「これでも戦士ですの。騎士役も務めますが」
「勉強になります!」
さすが知識神の神官。
知らないことを知れる喜びは嬉しいらしい。
「もしもお金が足りなかった場合はどうなりますの?」
「一時的に預かることになっております。お金を稼いできて払えるのならば良いですが、手放すということもできます。その際は、神殿の物になりますのでお気を付けください」
「神殿の物になったのはどうするでござる?」
「売ります。良ければ知識神殿が運営するショップにも足を運んでみてくださいね、ニンジャのお嬢さん」
「了解でござる」
疑問は全て解決した。
というわけで、鑑定するかどうかに了解とうなづき、犬耳神官に鑑定してもらう。
「アエスティマテオネ」
犬耳神官が瓶を持ち、鑑定魔法を起動させる。
ほのかに瓶が魔力の光を放ち、すぐにそれが消失した。
「分かりました」
「はやっ!」
もっとじっくりと時間が掛かるのかと思ってたパルが思わず叫ぶ。気持ちは分からなくもないし、早いということは期待できない、ということでもある。
つまり、マジックアイテムなどといった特別な効果のあるアイテムは鑑定に時間が必要となってくるので、こうも早いとまったくもって期待できないわけだ。
「ふふ。これは毒です」
「毒……?」
「はい、毒です。間違っても飲まないようしてください。鑑定料は10アルジェンティです」
中級銀貨1枚を支払う。
ちなみに最低価格であり、単なる石を鑑定してもらったとしても中級銀貨1枚である。
価値なし。
残念!




