~卑劣! 黄金城地下ダンジョン1階~ 1
朝という時間であれば、自然と冒険者の数は多くなり。
いっしょに入口の大きな扉をくぐれば、中でもいっしょになってしまう。
「こういう場合はどうするんですか?」
パルの質問に俺は肩をすくめた。
「気にするのであれば、一階の通路でも一周すれば誰とも出会わなくなる」
幸いなことに地上一階であれば、早々とモンスターと出会うことはない。
充分に時間を取ることはできる。
「それ、確実に魔法的な作用がありますわよね」
ルビーの言葉に、俺は肩をすくめるのをやめなかった。
果たしてそれは『迷宮』の力なのか、それともまた別のアーティファクトの能力なのか。
答えを知っている物は誰もいない。
なにせ、まだ宝物庫に辿り着いた者はいないのだから。
そこになにがあり、なにが待っているのか。
果たして答えがあるのかどうかも、誰も知らない。
だからこそ迷宮を踏破しようという者は少なからずいる。
いや。
少ないけどね。
「どうする? 気になるのであれば時間を置くか」
「いや、このまま地下一階へ向かおう」
セツナの提案に俺はそう答えた。
分かった、とセツナはうなづき、まずはランタンとたいまつを用意する。
他のパーティも最初は光源の準備をしている者も多いので……入口付近というか、城でいうところのエントランスではそれなりの賑わいがあった。
中には他パーティに火種を分けてもらっている図々しいパーティもいる。
「フォンス・ルーチス」
魔法使いの光源魔法もしっかりと使われていた。光源魔法は初歩の初歩でもあるので、魔法使いであれば誰でも使えるレベル。
と言っても、魔力には限界があるので、そのあたりの見極めが重要だ。
ここで光源魔法に魔力を使ったがために、あと一発、攻撃魔法が使えなかった。なんてことに繋がると、死んでも死にきれないわけで。
まぁ、ウチの超偏重パーティには関係の無い話だけどな。
パーティが多く集まっている状況だとかなり明るい。
しかし、それもすぐにまばらになっていった。不思議と後から入ってくるパーティの数が少ないような気もする。
まったくもって奇妙な空間だ。
「光源良し。では進もう」
セツナとナユタはランタンを腰に吊るし、たいまつを俺が持つ。
多少は夜目が利く――というか、あえて夜目を使っていないルビーはいらないとして、あとはパルとシュユが地図を描くのでこの形となった。
「んふふ~」
「ピクニックじゃないぞ、パル」
「分かってますよぅ。でもちょっと楽しい」
「まぁ、分からなくもない」
今からダンジョンにもぐる、というワクワク感は女の子であっても感じるらしい。
適応力が高いというか、冒険者に向いてるなぁパルは。
そのまま他のパーティといっしょにエントランスを進み、次のフロアーで扉をくぐった。すると、早くも他の冒険者たちの姿が減ったように思える。
こうしていく内に、自分たちのパーティだけしかいなくなる。という具合だ。
それであれば、仲間の姿も見えなくなりそうなものだが……不思議とそうはならない。都合が良いのか悪いのか、絶妙に迷宮に誘われている感じでもあった。
「やはり人の魔力を吸収しているのでは?」
うへぇ、と顔をしかめつつルビーはつぶやいている。
「おまえさん、魔力が見えるのか?」
「何を言っていますの、ナユっち。あなた、風が見えたりします?」
「ときどき見えるぞ」
「……わ、わたしが悪かったです。え? さすがドラゴンの一族。え、え、風って見えますの?」
「葉っぱが揺れたり、草原で草が向こうから順々に倒れてくるだろ? 風の姿が見える瞬間だ」
「――ステキ! その考えはとてもステキですわナユタ……好き」
「ありがとう。でもあたいに抱き付くな」
「あ~ん、拒絶しないでくださいまし~」
噛み合っているような噛み合っていないような。
そんなルビーとナユタの会話を聞きつつ、フロアから次の扉をくぐると廊下に出る。更に少なくなったパーティといっしょにある程度まで進むと――
「隠し扉だ」
廊下のなんでもない場所にある隠し扉。そこを押し開けて、他パーティたちが次々に中へと入って行った。
昨日の内に隠し扉の場所は確認していたが、改めてセツナはランタンを掲げ、場所を示す。
「使いすぎてガバガバになった扉ですわよね」
「はいはい、そのネタはいいから」
嘆息するナユタが扉を押し開け、俺たちは中へと入る。
隠し扉の先はまた廊下になっていて、右方向へ続いていた。すっかりと他パーティの姿が見えなくなっている状態で廊下を進むと、すぐに扉があるのが見える。
「これだったら意図的に一周しなくても、すぐにパーティ単体になるんじゃないですか、師匠?」
「いや、そうでもない。逆に言うと意図的に他のパーティにくっ付いて行動することは可能だ」
「それって意味あるんですか?」
「いわゆる『楽をする』という行為だ。浅い階層で戦闘をしても儲けは少ないし、疲労するだけ。だったら戦闘を他パーティに任せて、自分たちだけ楽をする。そんな方法がある」
「ほへ~、なるほど」
「特に有名になったり強いパーティとして名が行き渡るようになると、そういうヤツらが増えてくるんだ。で、そんな後ろのヤツらが罠を発動させたりして大変なことになる。足手まといがゾロゾロと付いてくるんだ」
うへぇ~、とパルは顔をしかめた。
気持ちは分かる。
パーティメンバーが引っかかってしまった罠なら納得できるが、他パーティが発動した罠なんぞに引っかかりたくはない。
恨んでも恨み切れない状況だ。
「だから、地上一階をワザと一周するのは重要だったりするぞ」
「あたし達もそのうち?」
「さぁ、どうだろうな」
嫌でも悪目立ちする格好をしているので、早々と必要となりそうだが……
いかんせん、こっちには転移の腕輪がある。
なんなら冒険者の宿から直接ダンジョンの中へ移動することも可能となる。
まぁ、本当にそれをやるのは相当後の話になりそうだけど。
ともかく、まずはダンジョン攻略に慣れないといけない。
廊下の先にある扉を開けると、そこはこじんまりとしたひとつの部屋。まるで牢屋のような鉄格子があり、そこにあったと思われる扉はすでに壊されている。
「これがダンジョンの本当の入口というわけですわね」
鉄格子の向こう側にあるのは地下への階段。
何の装飾もなく、シンプルに四角い穴だけが空いてるような感じで、この先に宝物庫があるようにはとても見えない。
あえてこんなふうに殺風景にしたのだろう。
王族が宝物庫を隠したかったのかが良く分かる。
すっかりと周囲から他パーティの気配が消えてしまっているのを確認しつつ、俺たちは地下へと続く階段を下りていった。
「え、あれぇ~?」
階段を降りてすぐにパルは疑問の声をあげる。
それもそのはず。
地下のダンジョンは思った以上に――
「おっきい!」
天井が高く、横幅も広い。地下ダンジョンと聞けば、もっと窮屈で閉鎖的な空間を想像してしまうが――そんなイメージを払拭するが如く、といった光景だ。
「思った以上に綺麗なんですのね」
ルビーは足元をブーツでコツコツ叩いている。
綺麗に舗装された床であり、タイルのように石が敷き詰められていた。ブロック風の真四角の石が並び、それが綺麗に整列している。
他にも、四方の隅には柱が立っており、それらはきっちりと白い色を保っていて、ここが嫌でも『お城の地下』であることを思い出させてくれた。
黄金城地下ダンジョン。
そこは遺跡でも洞窟でもない、特別な場所であると分からせてくる風景でもある。
「ねぇねぇ、シュユちゃん。あたし達が来る前はどれくらい進んだの?」
「あんまりでござるよ~」
シュユが取り出した地図は俺たちが合流する前に製作していたもので、地下一階だけ。階段を降りてきて右方向は埋まっている感じだった。
「こっちにゃ階段は無かったぜ」
つまり、ハズレを引いてしまったらしい。5フロア分の探索と地図製作をしたものの、引き返すことになったのだろう。
そういえば――
「確か……ここに隠し部屋があったはず」
以前に勇者たちと訪れた時のことを思い出した。
ハズレ方向の一番最奥に隠し扉があり、その先にもうひとつ部屋があった。
地下1階の地図が完成した時に勇者が、
「ここに部屋がありそう」
というただの勘で行ってみたら本当に隠し部屋があったので驚いた思い出がある。
「まぁ、だからといってその隠し部屋には何も無かったけど」
昔はそこにも何かしら仕掛けか何かがあったのだろうが、今となっては空っぽの部屋。あまり人が立ち寄らないこともあるので、恐らくモンスターが湧いていることだろう。
「ふむ。じゃぁ行ってみるか」
「いいのかセツナ。無駄な行為だぞ」
「なに。そこまであせって攻略しても良い結果にはならんだろう。地図を全て完成させていくくらいの気持ちでいたほうが慣れるという意味でも良い」
まぁ、それもそうか。
「では案内を頼む須臾。パル殿は地図製作の練習と思ってくれ」
「「はーい」」
ふたりの美少女の返事を聞き、俺たちはダンジョンでの第一歩を踏み出した。
階段を降りた先を右側へと向かう。
「まぁ、いるよな」
最初の扉を越えた先にいたのはコボルトが二匹。特に問題なくセツナとナユタが一撃で倒し、小さな金を回収。
扉はひとつだけなので、そのまま進んで行くと次の部屋は長細い部屋だった。
ここにはモンスターはいないので、そのまま一本道になっている先へと進み、扉をくぐる。
「次は――なんですの、あれ? 大きなネズミですわね」
「カピバラだ」
「ふ~ん。良く見たらカワイイ顔をしていますわね」
「一応モンスターだぞ」
「倒すのが惜しいですわね。連れて帰っても?」
「却下だ」
というやり取りをしつつ、大型ネズミのモンスターを倒した。カピバラも金の大きさは非常に小さいので、倒した位置を正確に覚えておかないと、後で苦労する。
「ふぅ」
パルが地図を描いている内に無事回収。
そのまま次のフロアに行き、ゴブリンを倒すと宝箱があった。罠を難なく解除すると、中に入っていたのは、同じくらいに小さな金。
「ありがたみが消えそうですわね。早くもっと奥へと進みたいです」
「ルビー殿はせっかちだな」
「セック――」
「言ってない!」
あのセツナ殿すら、ルビーにかかるとこういう事になってしまうのはちょっと面白い。
イケメンの雰囲気が壊れるのは、良いものだ。
うんうん。
ちょっとシュユちゃんが不満そうなのも、とても良い。
うんうん。
「ここが隠し扉のある部屋……でござる?」
シュユの言葉に俺はうなづく。
「確か、奥の――こっち側の壁だったはず」
「叩いていけば分かるのか?」
あぁ、とセツナの言葉に答えて、俺たちは適当に壁を叩いていった。
「おっ」
ナユタが叩いた壁の音が軽くなった。
「ここだな」
そのままナユタは壁を破りそうな勢いで蹴ると、隠し扉は開く。
「おっと。敵のおでましだぜ」
中で待っていたのは――骨。
「アンデッドコボルトだ」
小型のスケルトンが、カタカタと骨を鳴らしながら斬りかかって来るのだった。




