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~可憐! お風呂の中は無礼講~

 夕飯はさすがにベルちゃんと同席できなかったけど、家にめちゃくちゃ美味しいビーフシチューの差し入れがあったので、あたしはバンザイをした。


「んふふ~。お姫様と友達になってよかった」

「王族の価値はビーフシチューで上がってしまうのですね。わたしも何か配給しようかしら」

「ルビーの影人形は? お好きに殴っていいですよ、みたいな」

「いいアイデアですわ、パル。改善案としてパルの人形にして好き放題して良いことにしましょう」

「やめて!」


 そんな会話をしつつビーフシチューを食べた。

 ほろほろのお肉が美味しいし、濃い味のドロっとしたスープが中に入っている野菜や芋にしっかりと味を付けていて美味しい。特にブロッコリーってこんなに美味しくなるんだなぁ、とちょっと感動した。

 やっぱり王族が遠征したりすると料理人まで付いてきてくれるのかなぁ。

 黄金の鐘亭のごはんも美味しかったけど、どっちかっていうと安さ優先っていう感じの料理だし。

 今日のビーフシチューは高級品だった。

 ぜったい材料から違うので、きっとお城のコックさんが作ってくれたものだと思う。


「影人形……好き放題……ふむ……」


 さっきの会話に思うところがあったのか、師匠は何か悩んでる。


「どうしたんですか、師匠?」

「いや、もしかしたら新しい商売になるかもと……」

「影人形が?」

「うむ」


 殴り放題にしていいからお金を取るとか?

 それだったら、ぜひぜひルビー人形を殴り放題にして欲しいなぁ。なんて思ってたら、ベルちゃんが訪ねてきた。


「こんばんは、皆さま」

「こんばんわベルちゃん。ビーフシチュー、美味しかったよ!」

「ふふ、それは良かったです。ですが私が作ったわけではないので、あとで伝えておきますね」

「うんうん!」


 ベルちゃんの他にもマトリチブス・ホックの皆さんとかメイドさんも家に入ってきて、食器を片付けてくれる。用意してくれたのもメイドさんだったので、なんだかもう貴族になってしまったような気分だった。

 どことなく師匠が居心地悪そうに椅子に座ったままなのがちょっと面白い。

 逆にルビーは慣れているので、なんかムカつく。


「ところでベル姫は何をしにいらしたのでしょうか? 夜遊びはお肌に悪いですわよ」

「承知の上で夜遊びに来ました。今回はルビーちゃんともお話をしたいのですが、協力をして頂けるでしょうか?」

「肌荒れを覚悟とは。乙女としてはおススメはしませんが、ルゥブルム・イノセンティアとしてはご推奨いたします。なんなりと申してくださいな、ヴェルス姫」

「ありがとうルビーちゃん」

「では、さっそく」


 ベルちゃんがチラリと視線を後方へ移すと、近衛騎士団がそそくさと移動する。どうぞこちらへ、と案内されるがままにあたし達は師匠の部屋へと移動した。


「なな、なんだなんだ? 何を始めるんだ?」


 もちろん師匠も自分の部屋なのでついて来るんだけど、何が始まるのか分かんないのでオロオロしちゃってる。


「女子会です」

「女子会!?」


 師匠が素っ頓狂な声をあげた。


「それだったらパルかルビーの部屋でいいのでは? むしろ俺は邪魔なんじゃないだろうか」

「いいえ、そんなことはありません師匠さま。今日の主役は師匠さまと言っても過言ではありませんもの」

「俺が?」


 はい、とベルちゃんはにこやかにうなづき、ベッドまで移動する。あたしはベルちゃんの隣に移動して座ると、ベルちゃんもちょっと恥ずかしそうに師匠のベッドに座った。


「ちょ、ちょっと本気で緊張しますね」

「あはは、ベルちゃん可愛い」

「からかわないでください、パルちゃん。殿方の部屋に入るのも初めてなのですから」

「ウブですのね。こういう美少女を師匠さんは好んでいるのでしょうけど」


 ルビーはにやにやと師匠を見つめた。

 その声に合わせてあたしとベルちゃんも師匠を見る。

 自分が普段使っているベッドに女の子が三人座っている。師匠からしてみれば、ちょっとしたご褒美みたいな光景のはず。

 ちょっぴり照れるように視線を動かすと、師匠はそっぽを向いてしまった。

 あはは、ベルちゃんも可愛いけど、師匠も可愛い。

 そんな師匠を見てベルちゃんもくすくすと笑う。


「あんまり大人をからかわないでくれ……というか、大勢に見られてる状態でこれはかなり恥ずかしいのだが?」


 もちろん窓の外には監視している人がいるし、なんなら部屋の中にも近衛騎士団の女性たちがいる。マルカさんも怖い顔で師匠を見てた。


「気にしないのがコツです。いないものとして普段通りに過ごすのが王族のコツですよ、師匠さま」

「そのコツは、俺にはひとつも必要としないものなんですが……」

「あら、分かりませんよ?」


 どういう意味だ、と師匠は首を傾げた。


「それは今日の女子会の本題に関わります。どうぞ師匠さまもお近くに」

「は、はぁ……」


 師匠は生返事をしつつ、椅子を持ってベッドの近くへ移動した。なぜか一歩近づくごとに師匠へ向かう視線の強さをビリビリと感じるのはどうしてだろう。マトリチブス・ホックの皆さんが怖い。

 そんな眼力に萎縮するように、師匠は背筋を丸めると椅子に頼り無さそうに座る。背もたれに体を預けず、いつでも動けるように右足は引いた状態のつま先立ちにして、師匠は椅子に座った。

 いつでも逃げられる準備は整っている――って感じ?


「本日の議題は、どうすればこっそりと抜け出して師匠さまに夜這いできるかどうか、です」

「なるほど」


 そう答えたのはルビー。

 師匠はその議題を聞いた瞬間、消えていた。


「えぇ!? 師匠どこ!?」

「消えましたわ! 師匠さま!?」

「後ろですよ、ふたりとも」


 さすが夜は吸血鬼の能力が戻っているルビー。師匠がどこへ移動したのか把握していた。慌てて振り向いたあたしとベルちゃん。

 師匠はベッドの陰に隠れるように座り込んでいた。


「……殺されるかと思った」


 師匠がそこまでビビってるんだから、相当な眼力だったのだろうか……マルカさん。剣の柄に手を添えてるし。たぶん殺気だけで師匠をビビらせたんだと思う。すごい。


「チッ」


 舌打ちしてる……

 たぶん斬ろうと思ったけど逃げられたんだ。

 師匠すごい。


「か、勘弁してくださいヴェルス姫。冗談にしては質が悪い」

「う~ん……そのようですわね。ごめんなさい、師匠さま。悪質過ぎました」


 ベルちゃんは素直に頭を下げた。

 王族が頭を下げるって貴族以上に凄いことなんだろうけど、ベルちゃんだと素直に受け入れれるのはどうしてなんだろう?

 人当たりの良さ?

 イイ子なんだなぁ~っていうのが分かるからかなぁ。

 ホッと胸を撫でおろす師匠は、椅子まで戻ると大きく息を吐いて座った。


「ここから先は冗談の延長としてお話します。単なる遊びというか、師匠さまの凄さを実感したいという本音でもあります。えっと、仮にですがそれは可能性でしょうか、師匠さま」

「誰にも見つからずにお姫様が抜け出して、俺の部屋まで来ること。ですか?」


 はい、とベルちゃんはうなづく。


「不可能ですね。まず条件が悪すぎますが……なによりも情報が足りていません」

「情報?」

「はい。ヴェルス姫の部屋には何人の騎士がいて、外には何人いるのか。屋根の上を監視している者の人数や、周囲を探索している者の人数を把握することも大事です。それらを把握した上で、次は交代のタイミングを掴む必要がある。人間は夜通し活動することもできるが、それでは明け方近くにもっとも集中力が落ちてしまう。襲撃の危険性がある時間にもっとも疲れている状態にするわけがない。なので普通に考えれば見張りは二度ほど交代しているはず」


 ベルちゃんはマルカさんに視線を送る。


「はい、その通りです」


 意外にも素直にマルカさんは答えた。


「つまり、その交代の時間をチャンスとするしかないわけで。そのチャンスを活かすためにも情報収集が必要です。つまり、初日に部屋を抜け出すのはほぼほぼ不可能」

「なるほど。ちょっとした思考実験ですね」


 しこうじっけん?


「なぁにそれ?」

「実際には行わず、頭の中でやってみることです。シミュレーション、と呼ばれることもありますよ」

「イメージトレーニングでもあるな」


 それなら分かる、とあたしはうなづいた。


「パルちゃんならどうします?」

「あたし? あたしなら……師匠にこっそりお手紙を渡して、来てもらう」

「天才的発想ですわ、パルちゃん。ただし、師匠さまは動いてくださいませんよ?」

「だよね」

「ルビーちゃんはどうでしょう?」

「わたしなら正面突破です。全員を倒してしまえばいいのでしょう?」

「バカの発想だ」

「なんですって、小娘」


 ムキー、とルビーはあたしの顔をつかんだ。なので、あたしもルビーの顔を両手で挟んでマヌケな顔にしてやる。

 あははは、くちびるがとんがってブサイクな顔ぉ!


「こらこら。お姫様を挟んでなにやってんだ、おまえら」

「ふふ、仲良しでうらやましいです。師匠さまも是非、私の顔をもてあそんでくださいまし」

「その言い方やめてくださいます?」

「では私のこと全てを」

「無理です」

「師匠さまの意気地なし。ですので、こうやって相談に来ているわけですが」

「どういうことでしょうか?」

「師匠さまが抱いてくださいませんので、私が抱きます」


 ベルちゃんは立ち上がった。

 ので、あたし達は離れるしかない。


「私の物になってください、師匠さま。あなたの全てを受け入れ、あなたの全てを愛します。抱いてくれなくてかまいません。だって、わたしが師匠さまを抱くのですから。そこに責任もいりませんし、そこに憂いを感じる必要もありません。王族の悪い趣味と思って頂いてもいいです。でも師匠さまにはなんの不自由もさせません。王族の威信にかけて、あなたのしあわせを保護いたします」


 ベルちゃんは師匠に向かって手を伸ばした。

 それはきっと――とても魅力的なお誘いのはず。

 普通の人だったら、考えるまでもなくその手を取ってしまうほどの話。

 でも。

 師匠は――


「断る」


 考える暇もなくヴェルス・パーロナの誘いを断った。


「ふふ」


 そして、断られてもベルちゃんは笑う。


「だからこそ好きなのです、師匠さま」

「ありがとう、お姫様。俺も嫌いではないですよ、ベル姫のこと」

「もしも私が王族でなれければ?」

「……さぁ、どうだろう」


 師匠はあたしにちらりと視線を向けてから、ごまかすように肩をすくめた。

 あう。

 それって、あたしが一番ってこと……ですよね……?

 ちょっとほっぺたが緩んじゃう。


「むぅ、残念です。パルちゃんルビーちゃん」

「ひゃい!?」


 いきなり名前を呼ばれてあたしはびっくりして立ち上がった。


「ふふ、どうしましたパルちゃん。良ければいっしょにお風呂に入りませんか? 背中を流しっこしましょう」

「是非、お供いたしますわ」

「あ、うんうん。あたしもお風呂入る~。師匠もいっしょにどうですか」

「遠慮しておくよ」

「あら、残念ですわ~。今なら美少女が三人で師匠さんの体をスミからスミまで丁寧に洗ってさしあげられますのに。この機会を逃すと二度と不可能ですわよ?」

「ぐ……くぅ……!」


 師匠が!

 師匠が苦しんでる!


「や、やめておく……!」

「「「あ~ん、残念」」」


 なぜか三人の声がそろったので、余計に師匠が苦しんでしまった。


「仕方がありませんね。師匠さまの代わりにマルカを洗ってあげましょう」

「へ? ひ、姫様!?」

「遠慮しないでください。普段から良くしてくださるお礼です。他にも背中を流して欲しい人がいるのなら遠慮なくおっしゃってください。さぁ、行きますよパルちゃんルビーちゃん」

「はーい」

「了解ですわ~」


 というわけで、後悔するように苦しむ師匠を部屋に残して、あたし達はみんなでお風呂に入ったのでした。


「最初はマルカからです。さぁ、行きますよ~」

「ほ、ホントにやるんですか? わ、私の体などに姫様が触れるなど……ひゃうん!?」

「あら、いい声で鳴くんですのね。これは洗い応えがありそうですわ」

「ルゥブルムさま!?」

「うふふふふふふ」

「ルビーちゃんも攻めですね」

「いえいえ、わたしは万能タイプ。人間種が大好きなだけです。突っ込むのも突っ込まれるのも好きですわ。もっとも、経験はゼロですが」

「じゃぁ、私のことも?」

「もちろん大好きです。触れても良いでしょうか?」

「ま、まままま、待て待て待てルゥブルム殿!」

「はい、待ちますわマルカ。あぁそうでした、今はあなたの番でしたわよね。では、遠慮なくその大きな胸を洗ってあげますわーん!」

「え、ちょ、ま、まってー!? はみゅん!?」


 なんだかんだ言ってルビーが一番楽しんでない!?


「あはははは! あはははははははは!」


 ベルちゃんがめっちゃ楽しそうに笑ってるので別にいいけど。


「次はパルちゃんですよ~」

「はーい」


 そんな風に、かわりばんこに体を洗ってもらったんだけど……

 泡でもみくちゃにされながら洗ってもらうって、なんか凄かった。

 良かった、師匠がいなくて。

 たぶん、師匠だったら耐えられなかったと思う。

 マジで。

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