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~卑劣! 劣化ともうひとつ~

「なるほど。時間遡行という唯一の効果ではなく、まるで新品のよう……古い傷すらも残らずに綺麗になっていたわけだね」


 ミーニャ教授に時間遡行薬を使用した勇者たちの感想や俺から見た印象を伝えた。

 もしも『時間』を戻すだけ、という効果ならば過去に受けた傷などはそのまま残ってしまうはずだ。だが、勇者たちの肌はまるで生まれたばかりという印象を受けた。


「君の状況と少し違うように思えるな」

「俺か」


 確かに俺は若返った。

 ただし、勇者たちが10年ほど若返ったのに対して、俺の若返ったであろう年齢はたったの2年。

 即席で作られた物であったし、効果は弱かったと考えられる。確かに体力や見た目は少しだけ若返っているが、肌が『生まれ変わったような』と表現するには足りてない。

 もっとも。

 おっさんになってしまえば肌が2年若返ろうとも、その変化なんてほとんど分からないが。


「しかし、勇者たちの肌は見違えた。そう言い切れるんだね?」


 俺は迷うことなくうなづく。

 それは断言してもいい。

 確実に若返っていた。


「賢者サンと神官サンが喜んでたよ~。肌が水を弾くって」


 パルが追加の情報をくれた。

 確かに若い子の肌って水が弾くんだよなぁ。なんていうか、水捌けが良い、と表現するべきか。

 つるん、と肌の上を水の弾が流れていく。

 パルといっしょにお風呂に入った時に見た。

 あれって凄いよね。

 賢者と神官が喜ぶのも無理はない。


「わたしも水を弾きますわよ。むしろ水を一切寄せ付けないことすらできます!」

「何と張り合ってるのよ、年増吸血鬼」

「黙りなさい小娘。若さ勝負で勝てるのも今のうちですからね」


 なんだとう、とパルとルビーが顔を突き合わせてにらみあっている。で、ルビーがキスしようとしたのをパルが両手でほっぺたを押さえて防いだ。

 成長しているなぁ、我が愛すべき弟子は。


「……キスなら私にすればいいのに」


 ぼそりとサチが何かを言った気がするが、聞こえないフリをしておいた。

 ダメな方向に成長してしまったんじゃないだろうか、この神官サマは。

 大神ナーさま。

 もう少し頑張って!


「……?」


 何かナーさまから言葉があったのか、サチは上を見上げながらきょろきょろとしている。

 内容は怖いので聞かないでおこう。


「……エラントちゃんと勇者ちゃん達で効果が違った。その違いはどこから……? 時間経過? 保存の時間が長かったからか? いや、それだと最近の保存の意味が正反対となる……ではなんだ? 製作環境……?」


 美少女たちがわっちゃわっちゃと騒いでいる中、ミーニャ教授はムムムと唸りつつも思考を巡らせている。

 邪魔してはいけないので俺はエクス・ポーションを製作している作業場を見学した。

 ランドセルの中に保存されている他にもポーション瓶はいくつかある。きっちりラベルが貼られていて、普通のポーションから第一段階、第二段階、と分けられていた。

 実際に製作している道具は鍋だ。火を起こす厨房にも似た場所で、現在もぐつぐつとポーションが茹だっている。

 場所が場所だけに薄暗い中で赤い炎だけが煌々と光り、鍋の中身を沸騰させている様は、なんというか不気味だ。

 そこまで信神深い俺ではないが、それでも何となく思うところはある。なにせ、このポーションという回復薬には数えきれないほど助けられてきた。

 まさしく『神の奇跡』なわけで。

 それを普通の鍋で沸騰させている様子はどうにも冒涜的というべきか、なんというか。せめてこの鍋がそれらしい専用の道具であれば多少は違って見えるのかもしれない。

 料理風景に見えるからアレなんだろうか。

 下手をすればお鍋の錆びまで混入してるのでは――


「ん?」


 少々気になることを思いついてしまった。


「なぁ、ミーニャ教授。ちょっと聞いていいか?」

「なんだい、エラントちゃん」


 堂々とちゃん付けされてしまうと、なんとも言えない気分になるのだが……このあたり、やっぱりハーフリングの特徴なんだろうか?

 どことなく、イタズラ好きというか、他人をバカにして楽しむ種族の片鱗というか。

 いや、指摘すると物凄く不快な気分にさせてしまうだろうし、なにより一層と怒りが神に向かいそうなので黙っておこう。

 それはともかく――


「俺が時間遡行薬を使った時に使用した鍋はどれだ?」

「あぁ、それならもう無いよ。小さい物だったし、かなり使用感があったからね。料理研究会の物だったかな。クララスちゃんに聞けば分かるかも。それがどうかしたのかい?」

「なるほど。つまり、不純物が混ざる可能性は多いにあったわけだな。もちろん綺麗に洗ってはあると思うが」

「不純物? ――なるほど!」


 ミーニャ教授は慌てて鍋の中を見る。

 透明なポーションがぐつぐつと煮えていて、泡がポコポコと発生している。目に見えるような不純物……つまり、ゴミが入っているようには見えない。

 だがしかし、それは目に見えていないだけで多少は混入しているはずだ。

 俺は周囲を見る。

 日常的に、どうしても埃というものは空気の中に混じっているものだ。それが鍋の中に入っていない、という保障はどこにもない。

 試しに置いてあったランタンを持ち上げ、その近くの空間を見てみる。

 光に照らされて、空中を舞う埃や塵が浮かび上がった。


「こういった細かい埃や砂が、僅かでも白い粉に混じっていくんじゃないのか? それに加えて鍋の金属とか、焦げた部分とか、そういうのも」

「確かにそれは否定できない。もちろん気を付けているし、そうならないように保存はしている。だが、それでゼロになったかと言われれば答えは否だ。むしろ人間の力でそれをゼロにするなんて不可能だ。神の奇跡でも使わない限り!」


 ミーニャ教授は机の上に置かれていた『第一段階』と共通語で書かれたラベルが貼ってある瓶を手に取る。

 恐らく、ポーションを煮て残った粉がこれなんだろう。

 塩の作り方と同じで、この粉をポーションに混ぜて第二、第三と濃ゆい粉を作っていく。その最終段階まで来たものが、いまのところ『時間遡行薬』となっている。


「サチ! これに魔法を使ってくれ」


 ミーニャ教授が差し出した瓶をサチは受け取る。


「……いいですけど、何の魔法ですか?」

「もちろん『浄化』の魔法だ」


 服や装備品についた腐臭を消したり。

 泥水を飲めるようにしたり。

 物を綺麗にする魔法『ミィノース』。

 冒険者には必須とも呼べる魔法であり、神官が回復魔法だけでなく重宝される理由でもある。


「……分かりました」


 サチは両手で支えるようにして瓶を持ち、ふぅ、と息を吐いて魔力を集中させた。

 足元に大神ナーの聖印が展開される。

 その魔力が立ち昇るようにしてサチの神官服をはためかせたのは、魔力の強さではなく神威の強さからか。

 勇者パーティの神官、ウィンレィ・インシディオシスに勝るとも劣らないほどの神威を見せて、サチが魔法を行使する。


「……ミィノース」


 静かにささやくように呪文をつぶやき、魔力の光が瓶を覆った。

 その結果は――


「おおおおお!?」


 みんなして瓶の中を覗き込み、同じような声をあげた。


「透明になった!」


 白い粉が、白くなくなった。

 透明な粉が出来上がったのだ!


「すごい!」


 確かに粉という物の存在があるのが分かる。まるで液体で満たされたかのようになっているが、それが確かに粉状の物だと分かった。


「なんだこれ……?」


 ガラスを粉々したところでこんな風にはならないし、氷を砕いたって同じだ。どうしても白くなってしまう。

 だが、瓶の中にある粉は、確実に透明と言えた。

 わずかに輪郭が見える程度で、中身は透けているのか。それとも重なることによって見えているのか、どうにも理解できないような物だ。

 だがしかし、そこに粉がある。透明な粉がある、というのは分かる。

 これは本能でそこに『有る』と理解しているんだろうか?

 それとも神の奇跡がもたらした物だから、『知覚』しているのだろうか?


「これは……新しい発見だな……はは、ははははは、ははははははは!」


 あ、やべぇ。

 ミーニャ教授が壊れたように笑いだした。


「これって成功ですの?」

「あははははは! いや、まだだ! まだ完成には遠い。だが、恐らく成功に近づいた。そうか。保存のランドセルで少し効果が出たのは、不純物が混ざることがなくなったからか。ほんのわずかでも瓶から何かが溶けだしていたのかもしれない。綺麗に洗ったつもりだったが、その水ですら不純物となっていた可能性もある。はは、ははははは、はははははははは!」


 なるほど。

 そうだな、水は綺麗な物と思っているけど。実際には水にも色々と混じっていると言えるもんな。それこそ魔法でも使わない限り。神の奇跡でも無い限り、完全完璧に綺麗な状態なんて有り得ないもんな。

 なぜか瓶を持ったままスキップを始めるミーニャ教授。

 笑いながらなので、かなり不気味だ。

 ホントに壊れてしまったのかもしれない。


「大丈夫か、アレ」

「問題ありませんわ。女の子にもスキップしたい時だってありますもの」

「男の子には無いが?」

「ないんですの!?」


 いや、そんなところを驚かれても困るのだが?


「……大丈夫。いつものこと」

「あ、そう」


 まぁ、普段からいっしょに過ごしてるサチが大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのだろう。


「早速実験を――いや、道具を綺麗にするのが先か!? どうしようサチ! 私もミィノースの魔法を覚えたほうがいいのだろうか!?」

「……落ち着いてミーニャ教授。あなたは神官じゃないから」

「そうだった! ちくしょう! あぁ、そうだ。この素晴らしいアイデアをくれたエラントちゃんにお礼をしないと! なにが欲しい? なんでもあげる! 私の出せる全ての物を君に贈るよ!」


 ミーニャ教授がきらっきらした瞳で俺を見てきた。

 やはりハーフリングの血がそうさせているのだろうか。この純粋無垢な瞳は赤ちゃんのそれとよく似ている気がする。


「いや、いいよ。死にかけたところを助けてもらったんだ。まだまだ返せない恩ばかりがミーニャ教授にはあるからね」

「そうかい? そう言わずにもらっておくれよ。あぁ、そういえば君はロリコンだったよな。良かったら時間遡行薬で10歳くらいになっておこうか! そうだな、それがいい!」

「いや、遠慮する。大丈夫ですから。ホント、マジで」


 魅力的な提案すぎて危ない。

 思わず食いついてしまうところだった。


「むぅ~。師匠の浮気者ぉ」

「あいた!?」


 パルに蹴られた。

 今度はちゃんと甘んじで受けておいたけど……やっぱり成長するブーツ、防具じゃなくて武器じゃね?

 めっちゃ痛いんですけど!?

 というか、俺は悪くない。

 悪くない……よね?

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