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~可憐! 神官の愛の形はそれぞれ違う~

 乗り合い馬車を降りた場所は学園都市の端っこのほう。

 そこからトコトコ歩いて行くと、目的地が見えてきた。

 大神ナーが祀られている『ナー神殿』。

 そこには誰も祈りを捧げに来ていないらしく、周囲には誰もいなかった。

 やっぱりどんな街でも中心部が一番にぎやかで、端っこのほうは静かな感じになってしまうのかも。ナー神殿が特別だから、という理由ではなさそうだよね。

 でも学園都市は海があるので、そっちのほうは別の意味でにぎやか。漁師さんもいるから、朝はとっても活気があった。


「いつか師匠と船に乗って、ふたりっきりで小さな島とかに行ってみたいかも……」


 小さな島で、人間はあたしと師匠だけ。

 あとは動物がいっぱいいるステキな島。

 誰にも邪魔されないで、師匠とふたりっきりで過ごせば――


「ふひひ。誰も見てないし、誰も邪魔してこないからってことで、師匠も油断してくれるかも」


 そうなったら、あたしはもう師匠の物だから。

 完全に師匠の物になるから。

 ずっとずっといっしょにいられるよね~。


「にひひ」


 なんてニヤニヤしながらナー神殿の硬く閉ざされた扉を開けた。


「ふあ!?」


 そんな声が神殿の中にコダマする。

 もちろんサチの声。

 で、サチが何をしていたのかというと……ナーさまの身体にまたがって抱き付いていた。


「やっほー、サチ。遊びに来たよ~」

「……やっほー」

「ねぇねぇ、聞いて! すっごい話があるの!」

「……え、えぇ。それはいいのだけれど、ちょっと待ってもらえる?」

「うん。あ、降りるの手伝おうか?」

「……大丈夫。慣れてるから」


 よいしょ、と言いながらサチは彫像のように飾られたナーさまから降りた。今日のナーさまの服はフリルがいっぱいの真っ白なドレスで、めちゃくちゃ可愛い。

 着替えさせてあげるのは大変だけど、サチが勝手にやってることなので別にいいのか。

 きっとナーさまの信者が増えたとしたら、これがお祈りのルールみたいになっていくんだろうなぁ~。もしかしたらオシャレを司る神さまだと思われちゃったりして。

 ナーさまが可愛いく見えるし、嬉しそうにも見えるので、これはこれで良いのかもしれない。


「……いまナーさまが、良くないっ! って言ってるけど。パルは何を思ったの?」

「サチに愛されてナーさまはいいな~って思った」

「……むぅ~。良くないってどういうこと?」


 サチがむくれて天界と交信してる。

 神官が唯一ひとり、という状況だからこそできる独占会話。他の神官さん達がうらやましがるような状況だ。

 勇者パーティの神官さんも、うらやましがるのかな?

 でも普通の神さまと精霊女王はちょっと違うっぽいので、そのあたりの感覚はもしかしたら違っているのかも?

 神官じゃなくても、あたしに時々だけど声をかけてくれるし。

 そのあたりどうなんですか?

 教えて、ラビアンさま!


「……」


 う~ん、ダメか。

 聞いてみたけど返事はなかった。

 やっぱり勇者さま達の応援でラビアンさまも忙しいから、そう簡単に声はかけてくれないのかも。あたしみたいな孤児でも、声をかけてくれるのは嬉しいけど。でも、まだまだほんの数回しか声を聞けてない。

 神官になったらもっともっと声を聞けるのかもしれない。

 それはそれで、なんかうらやましい気がした。

 毎日熱心にお祈りしちゃうのもうなづける。


「……ふぅ~」


 ケンカが終わったらしく、サチが息を吐いた。


「……パル」

「あ、はい」

「……誤解を招く言い方はしないで」

「あはは」


 ごめんなさい、とナーさまに謝っておいた。


「ところでサチ」

「……なぁに?」

「何をしてたの?」

「ふへぁ!?」


 サチが奇妙な声を出して逃げてしまった。

 そんなサチを追いかけて、魔力糸で捕まえる。

 まだまだぜんぜん上手くできないし、師匠すらマスターできていない捕縛スキル『蜘蛛』。

 スキルマスターになれば相手を一瞬で行動不能にして、絶対に抜け出せない結び方ができるらしいし、魔力糸も本物の蜘蛛の糸みたいにネバネバにできるっていう伝説もあるみたい。

 残念ながらあたしの魔力糸も師匠の魔力糸もサラサラでネバネバにはならなかった。

 才能がいるのか、それとも魔力が高くないといけないのか。

 難しい。

 でも、冗談で逃げるサチくらいならあたしにだって捕まえられる。


「ふっふっふ。盗賊からは逃げられない」

「……あーん」


 あたしに捕まってサチは嬉しそうだった。

 うん。

 楽しい~。


「あはは、もうサチってば逃げないでよ~」

「……うふふ。ごめんなさい、恥ずかしくって」

「恥ずかしいことしてたの?」

「……パルもやってみる? ナーさまにまたがって抱き付くと、こう、しあわせ~って気持ちがあふれてくるの」

「それはサチだけなのでは?」

「……おススメよ」

「あ、はい」


 力強く断言されてしまっては否定するのもちょっと怖い。

 あたしはナーさまの神官じゃないのでやらないけど。というか、もともとルビーが作った影人形だから、あんまり抱き付きたくないっていうのもある。

 いつか、ルビーがぜったいイタズラしてくると思うし。

 あの吸血鬼、実は後先なんて何にも考えてないあんぽんたんだし。


「……それで、すっごい話って?」

「あ、うんうん。あのね、師匠って勇者パーティの盗賊だった!」

「……へ~。え? ホントに?」


 一瞬普通に受け入れたサチが面白くて、あたしはケラケラと笑った。


「あたし達、さっきまで魔王領にいてさ。勇者サマとか戦士サマ、あと賢者サマと神官サマにも会って来たよ。師匠の計画で勇者パーティのみんなに時間遡行薬を使ったんだ~」


 というわけで、サチにいろいろと話した。

 もちろん師匠には許可をもらっている。

 サチにはお世話になっているし、なんならナーさまはその事実を知っていた可能性もあるので、話しておいたほうがいいのかも、となった。

 とりあえずナーさまにも聞いてみたんだけど――


「……ナーさまも知らなかったって」

「え、そうなんだ!?」


 てっきり知ってて黙っててもらったのかと思ったけど。

 そうじゃないんだ。


「……昔から大神だったら知ってたかもしれない。小神には、それほど情報が来ない。……だって」

「神さまも大変だね」

「……そうみたい」


 ナーさまイジメられてたみたいだし。

 神さまの世界も大変なのは知ってたけど、やっぱり大神と小神ではぜんぜん状況が違うんだなぁ。

 大神になろうと思ってもなれる感じじゃなさそうだし、小神の状態がいつまでもいつまでも永遠に続くのだから、あたしは人間で良かった。神さまだったら、孤児じゃなかったかもしれないけど、あたしなんていつまで経っても小神だろうな~。

 それに。

 あたしがもしも神さまだったら師匠とも出会えなかった。

 神さまが人間に恋なんてしちゃいけないだろうから。

 あたしは、あたしが人間で良かったって思う。


「……それで光の精霊女王が……ってナーさまが何かぶつぶつ言ってる」

「ナーさま、ラビアンさまと知り合いなの?」

「……そうじゃないっぽい?」


 なんだか良く分からないけど、ナーさまとラビアンさまには何かしらの関係があったみたいで、それについてナーさまは深く考え込んだみたい。

 自由に話ができるといっても、やっぱり不便。

 もっと気楽に顔を見て話が出来ると――


「あっ」

「……どうしたのパル?」

「ほらほら、サチ。前にあたしの部屋にゴーストで現れたでしょ」

「……幽霊になった覚えはないけど、メッセージの応用のヤツよね」


 それそれ、とあたしはうなづく。


「あれでナーさまと会話できないかな?」


 知っている人にメッセージとか姿を送れるんだったら、神さまにも届くかもしれない。

 そうしたら、もっともっと自由に話せるんじゃないかな。

 一歩的な感じでもなく。


「……えっと。わ、分かんない」


 まぁ、そりゃそっか。

 試してないのにできるかどうかなんて分かるわけない。何事もやってみない限りには、どうなるのか分からないわけで。

 それを考えると、師匠ってば勇気ある~。

 転移の腕輪の実験なんて、ホント良くできるよね。あたしだったら怖くて出来なかったかも。

 さすが勇者パーティ。

 勇気ある~ぅ。


「……今度、学園長に聞いてみる。もしもアレでナーさまと会話できたら、すごいかも」

「アレって、こっちからだと話しかけた人の姿も見えるんだよね。風景とかも見えた?」

「……うん。その人の近くだけ見えた感じ。……天界も見られるのかな」

「もしも見れたら凄いよね」


 どんな所なんだろう?

 天界っていうくらいだから、天国っていう感じのイメージだけど。

 でも、思った以上に優しい世界じゃないっていうか、ちょっと厳しい面もあるけど。

 それでも、誰も見たことない世界を見れるっていうのは凄いことだよね。

 学園長なんて、めちゃくちゃ喜びそう。

 逆にミーニャ教授は、めちゃくちゃ嫌な顔をしそうな気がする。神さまが大嫌いだし。


「ナーさまは何か言ってる?」

「……う~ん。あ、切れちゃった」

「忙しいっぽい?」

「……そうなのかも」


 仕方がないね、とサチといっしょに肩をすくめた。

 その後、サチとふたりで乗り合い馬車で移動し、お菓子のドーナツを買い込んで神殿へ戻ってきた。


「……ここのドーナツ好き」

「ホントだ、すっごい美味しい~」


 ドーナツを食べながら、あたしは勇者パーティのことを話した。どんな風な人たちで、どんなことをしてて、どんなことを思ったのか。

 それをサチに語った。


「……神官サンも賢者サンもイイ人だったんだ」

「師匠のことは嫌ってたけど。でも、最後には仲直りできたっぽい」

「……エラントさんは、パーティに再合流しなかったのね」

「うん。あたしのために、って言ってたけど。でもやっぱり師匠は神官サンと賢者サンが苦手なのかも」

「……年上の女性が苦手ってことかな」

「あっ、そうかも。んふふ~、だったらあたしは大丈夫だよね」

「……そうね。でも、年上だとしても私はパルのことが好きよ」

「あたしもサチが好き~。初めての仲間で大切なお友達だもん」

「……嬉しい」


 えへへ、とふたりで笑い合っていっしょにドーナツを食べた。

 美味しかったです。

 で、そんな楽しい時間もすぐに終わりを告げた。


「サチはいましてー?」


 遠慮なく神殿の扉がバーンと開いたかと思うとルビーが入ってきた。なんか背中にめっちゃ大きくなったアンブレランスを背負ってる。ちょっとカッコいいのが悔しい。

 でも、神殿のおごそかな雰囲気がぶっ壊れた瞬間だった。

 ナーさまに天罰を落としてもらいたい。

 ウンと痛いヤツを!


「……いらっしゃいルビー」

「ごきげんよう、サチ。相変わらず神官をしていますのね。飽きたらいつでもわたしの城にいらっしゃいな」

「……遠慮します」

「あら、残念」


 ルビーは肩をすくめた。


「テンション高いね、ルビー。というか、ナーさまの身体はルビーが作ったヤツなんだから、いるかどうか確認できるでしょ?」


 わざわざ目玉だけを作って覗き見とか最近はしてたけど。でも眷属召喚の肉体があるんだから、普通にそれを通して様子を見れるはず。

 まぁ、夜中にこのナーさま人形の目が開いていたらびっくりして叫んじゃう自信はある。

 どう考えても恐怖だ。

 怖い。

 普通の人にとっては、神の奇跡として崇められるかもしれないけど。でも、その正体は吸血鬼のイタズラ。最悪だ~。


「それがですね」


 ルビーはなにやら、クイクイ、と手を動かしてみせる。

 なにをやっているんだろう、と思いつつ後ろのナーさまを見るけど……動く様子はなかった。


「これこのとおり。大神ナーが一度でも宿ったからなのか、それとも切り離してあまりにも時間が経過したからか、完全にわたしの制御から離れていますわ」

「どういうこと?」

「つまり、独立した、と言えます。もちろん消そうと思えば消せますが。あまりにも距離を取っていた上に監視することも動かすこともしていませんでしたので、その動かし方を忘れてしまった感じでしょうか。遠くに離れた自分の手を想像してください」


 あたしとサチは自分の手を見た。

 もちろん、それは普通に自分にくっ付いている手なので、動かし方を忘れるわけがない。でも、これが遠くに離れていて、もうひとつある自分の手だったとしたら?

 そんなイメージ?


「想像しにくければ、しっぽでもかまいませんわ。しばらく動かしていなかったら、その動かし方を忘れてしまった。そんな感じです」

「分かるような」

「……分からないような?」


 サチを顔を合わせて、いっしょに首をかしげた。


「なんにしても、この影人形は完全にサチの物となっています。もう何をしようともわたしにバレることがありませんので、好きになさってください」

「……本当?」

「神に誓って」


 吸血鬼が神さまに誓っちゃった。


「もしも嘘でしたら、わたしを好きに使ってくださってもかまいませんわ。娼婦になって金を稼いで来い、とおっしゃるならそうしましょう。死ねというのなら死にますし、無残に死ねというのならゴブリン程度に殺されてみせます」


 どうやってゴブリンが吸血鬼を殺すのか教えて欲しいところではあるけれど。

 それぐらいには本当ってことだろう。


「……分かった。ありがとうルビー」

「どういたしまして」


 そんな感じで話していたら師匠もやってきた。

 全員がそろったということで、改めて挨拶をして、神殿の扉を施錠する。

 ここから先は誰にもバレるわけにはいかないこと。

 秘密の部屋で、ミーニャ教授にご挨拶しなきゃ。

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