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~卑劣! 別の意味で勇者と兄弟になる話~

 追いかけっこは俺の勝ち。


「むぅ~」

「かわいくムクれてもダメ」


 俺はパルのふくらんだほっぺたを突っつく。ぷしゅー、としぼんでいくぷにぷにの頬をむにむにと指先でつかむと、パルは目を細めて、にへへ~、と喜んでくれた。

 かわいい。


「さて。俺は学園長を探して色々と報告するつもりだが。パルはどうする?」

「あ、それじゃぁサチのところに行ってもいいですか?」

「おう。どっちにしろ時間遡行薬のことでミーニャ教授にも話をしないといけないだろうし」


 分かりました~、と言ってパルはトコトコ走って行った。


「ふぅ~」


 危ないあぶない。

 これ以上パルと戯れていたら我慢できなくなっちゃうところだった……

 イエス・ロリー、ノー・タッチの原則は守らなくてはならない。

 なにせ。

 俺たちは勇者パーティとレイドを組むような盗賊ギルドなので。

 成人君主が求められるような勇者と手を組む相手がロリコンとか、絶対に許されないだろ。

 たとえ勇者本人が許して、命じたとしても、だ。

 いや、その事実に従って行動したともなると勇者が批判の対象になってしまうし。

 それでなくとも俺の存在なんて英雄譚から除外されるだろうからな。かろうじて歴史書のほうに名前が残る程度だろうか。

 ま、もともと名を馳せたいとか残したいなんて思ってないから別にいいけど。


「よし」


 気分を入れ替えるために軽く頬を叩いておく。

 とりあえず――報告をする相手である学園長を探さないと。

 まずは転移の腕輪の実験の際に使った地下への階段を降りてみるが……


「んん?」


 以前に訪れた時よりも地下空間が広がっていた。

 かなり急いで工事したのか、剥き出しの土壁に木が添えてあるだけのようだ。それでもドワーフの仕事だろうか、崩れる様子がひとつもないのが素晴らしい。

 このあたりの技術も学園都市で磨かれた物なんだろうか。

 つまり、世界最先端。

 残念ながら建築やらそういった技術には詳しくないので構造解析スキルは使えないが、少なくとも別の場所で見かけたような技術ではなさそうだ。

 なにより天井の低さがドワーフの仕事であることを示している。

 基本的には学園長もドワーフも身長が低いのでエルフ用には作られていないらしい。俺でも少しだけ頭を下げないとぶつけてしまいそうだ。

 そんな土壁の地下道を通って行くと扉があった。

 この場所はきっちりとした石壁で覆われているので、なにか大切な実験でもしているのかもしれない。

 中に人の気配は――


「誰かはいるみたいだが……?」


 果たしてそれは学園長かどうか。さすがに扉の外からは分からないので、俺は素直にノックをした。


「……ん?」


 しかし返事はない。

 眠っているわけではなさそうなのだが、もしかして研究に夢中で気付かなかったか?

 もう一度ノックしてみたが、やはり返事がなかったので俺は扉を開ける。

 もちろん罠の有無はチェックして、だ。

 幸いなことに鍵も罠も掛かっていなかったので扉は普通に開いた。音もなくスムーズに開いた扉をくぐると、中は予想を遥かに超えるレベルで広い。天井もそれなりに高く、腰が痛くなるのを気にしなくて良さそうだ。

 なにやら色々と複雑な物を作っているのか、部屋の中にはごちゃごちゃとあらゆる物が転がっている。

 試しにそのひとつを拾ってみると――


「宝石じゃねーか」


 結構な大きさの宝石が転がっていた。原石から掘り出したばかり、という状態で綺麗にカットされてはいないものの、これだけでも相当な価値がありそうだ。

 他にも用途不明な金属の板や、文字を象ったハンコのような物、中が空洞になっている大きな筒やホントに意味不明な形をした物、さらには材料すら不明な物まで。

 そのひとつですら何に使うのか分からない物が部屋の中に放置されるように転がっていて、それにプラスして走り書きがされたメモも床に散らばっていた。

 見上げれば天井に埋め込まれた魔光石が淡く光を放っている。それだけでは光量が足りないのか、ランタンのオレンジ色の明かりが一ヶ所だけ灯っていた。

 そこにいるのは真っ白な生き物。

 ハイ・エルフだった。


「いたいた。おーい、学園長」


 そう呼びかけても返事はない。

 相当な過集中状態だな。ここまで近づいても気付かないし、呼びかけても返事がない。

 俺は肩をすくめ、後ろから学園長を覗き込んだ。

 真っ白な髪からぴょこんと飛び出した長い耳。それがときおりピクピクと動いている。ぺたんと座り込んで何やら真剣に紙に書き込んでいるようだ。

 もちろん何を書き込んでいるのか一切意味不明。文字が読めないわけではないが、専門用語が羅列されてるみたいなもので理解がまったくできなかった。

 学園長が今座っている場所も、なんらかの装置の上のようで。丸い円のような仕切りがある。そこには管のような配管とも呼べる物と言っていいのか、何か色々と繋がっていて大きな箱みたいな物とつながっていた。

 どことなく魔具に似ている気がする。

 いや、むしろ大型の魔具と言ってもいいだろうか。


「ふむ。もしかしたら、あの半透明で会話ができるヤツか」


 名前は……なんだっけ?

 聞いたかどうかすらも忘れてしまったが、パルの部屋にサチのゴーストが現れたかと思って悲鳴をあげたやつ。あのメッセージを利用した会話装置が、もしかしたらこれなのかもしれない。

 想像以上に大がかりな装置なんだな……

 まぁ、それは別にいいんだけど。


「おーい、学園長。そろそろ気付いてくれ」


 学園長の作業を邪魔したいわけではないが、それでも用件は済ませてしまいたい。

 俺は彼女の前へとまわって、覗き込むようにして呼びかけた――のだが、学園長の着てるワンピースの胸元がゆるゆるで見えてしまいそうになったので、慌てて立ち上がり天井を見上げた。


「ふぅ~。ん……? うわぁ、いつの間に現れたんだ盗賊クン!?」

「いや、さっきからずっといたんだが? しかもノックもしたし、後ろから呼びかけもした」

「なんと!? そうなのか。すまないねぇ、夢中になってしまっていた。いやいや君たちのおかげで、私はもう楽しくてしょうがないよ。盗賊クンがもたらしてくれた理論というか、新しい発見というか、概念というか。まぁ、とにかく今は新しい物が作れるという喜びでいっぱいだ。人間種は間違いなく古代種に追いつける。いいや、追いついてみせるよ。神さまが慌てる姿をこの目でマジマジと見てやれる日がくるとは。待ち遠しかったよ、この時が。あっはっはっは。で、盗賊クンはどうして天井を見上げてるんだい? 残念ながらこの部屋の天井は透けていないので地上を歩く者のスカートの中は覗けないよ」


 相変わらず話が長い。

 というか――


「人を覗き魔みたいに言わないで欲しい。天井を見上げてるのは、その、学園長と俺の角度が悪い」


 角度?

 と、学園長は疑問の声をあげたが……人類の叡智と知識を詰め込んだ学園長はその言葉だけで気付いたらしい。


「今さらこの程度でウブだねぇ~、盗賊クン。誰も私のフラットな胸には興味がないよ。指摘したのは君が初めてだ」

「学園都市の生徒は枯れてる者しかいないのか?」

「欲求に割く時間がもったいない」

「食べろ、寝ろ、えっちしろ」

「最後のひとつ以外は受け入れる所存だ」


 ちゃんと食べて寝るつもりはあるらしい。あと、最後のひとつを否定してくれて、ちょっぴり安心した。


「でも盗賊クンとなら最後のひとつも実行しても良いと思っている。さぁ、今ならパルヴァスくんもルゥブルムくんもいない。チャンスだ!」

「どこにもチャンスなんてねーよ。というか、それ、誰にでも言ってるだろ」

「誰でも、ではない。きちんと異性にだけ言っているよ」


 それを『誰でも』というのだ。


「はぁ~。俺なんかそんな良い人間じゃないだろうに。もっと頭脳明晰な……それこそ賢者シャシール・アロガンティアのような者を選ぶべきだろう」


 俺の言葉にピクリと反応をしめす学園長。

 あえて名前を出したことで、いろいろと察してくれただろうか。


「ふふふ。卑下することはないよ、盗賊クン。君は勇者パーティの一員だ。つまり誇るべき人間種の救世主でもある。なにより凝り固まった学問的な常識が無いので私たちに新たな知識と経験を与えてくれる素晴らしい人間だ。ポーションを沸騰させるなんて、それこそ有り得ない発想だもの。もしも君と一夜を共にすれば、素晴らしい体験が待っていること間違いなしだ。恐らく、人間種は明日にでも月に旅立てるだろう」


 そんな無茶な話あるか。


「いや、ホントに行けるかもしれないよ。ご存じのとおり太陽はいわゆる神々の住まう地と考えられている。その御威光が眩しすぎて私たちの目では直視することができないくらいに輝いているのも納得できる話だ。なにより、太陽からの光によって植物は育つのだから、それはもう神々が集まっている証拠でもある。ふむ、次に大神ナーと話が出来た時には太陽から合図を送ってもらうことにしよう。なにより分かりやすい証明だ」


 どうやって太陽から地上まで届く合図を送るっていうんだよ……

 ナーさまも無茶ぶりされて大変だな……


「そんな神々と精霊女王は別々に暮らしている、と聞いたことがある。伝承だっただろうか、それともどこかの神官長の言葉だっただろうか。まぁ、誰の発言であろうとも変わりはしない。つまり、太陽と同じように空に浮かんでいる月だ。昼間を見守るのが神々の役目なら、夜を見守るのが精霊女王たちの役目。とも言い切れないか。君も見たことがあるだろ、昼間に浮かぶ頼りない月の姿を」


 頼りない月、という表現はいささか月に失礼じゃないのか。

 そう思ったが話が別の方向へズレてしまうので、俺は素直にうなづいた。

 基本的に月は夜の空に浮かんでいる物だが、ときどき太陽が出ている昼の間にも見かけることがある。その逆は、確かに無い。

 そこに何も疑問を持たなかったのだが……もしかしたら意味があるのかもしれない、と学園長は考えているのか。


「つまり、昼間に月を見かける時は、精霊女王が何らかの用事が地上にあるんじゃないかな。それは信者へのお告げであったり、勇者を見守る仕事であったり、盗賊クンを慰めてあげる時間であったり」

「なんで俺が慰められなきゃならんのだ」

「なら、私が代わりに慰めてやろう。ほら、こい。胸は無いが愛情はたっぷりだ」


 学園長は両手を広げる。

 ……物凄い魅力的な誘惑だった。

 だが、俺は我慢する。

 偉い。

 俺、偉い。


「チッ」


 いま舌打ちしたか、このハイ・エルフ。


「やはり脱がないとダメか」

「脱ぐな」


 ワンピースから肩を抜いたので、俺は素早く持ち上げた。


「ふむ。女性に触れるのが怖い、という問題ではないようだ。おめでとう盗賊クン。いま君は意気地なしという称号を消し去ったぞ」

「頭の中で俺を何と呼称しているんだ、おまえは」


 おもわず古代種をおまえ呼ばわりしてしまった。

 でもそれは学園長が悪い。

 俺は悪くない。


「プラクエリスちゃんだ」

「ちゃん付けはやめてくれ」

「では引き続き盗賊クンと呼ぼう。もしくはエラントくんがいいかな?」


 どっちでもいい、と俺は学園長の前に座った。


「で、勇者クンとはどうだった?」

「話が早いな」


 俺は苦笑しつつ肩をすくめた。

 もちろんだとも、と学園長も笑う。


「君があの賢者の名前を出すなんて何かあったに違いない。それも良い方向だ。そしてプラクエリスと呼んで、君はロクに反応を示さなかった。つまり、呼ばれ慣れたかのような状態だと分かる。むしろ焦ることもなかったので、きっとパルヴァスくんやルゥブルムくんにも名前が露見したんだろう。そういう状況を鑑みて、考えられることはひとつ。勇者クンと出会い、時間遡行薬を使った。今日はその報告だろ? 当たっているかな、盗賊クン?」


 当たっている、と俺はうなづいた。


「ふふ。私の推理力もなかなか錆びついていないようだ。褒めてくれ」

「はいはい」


 俺は学園長の頭を撫でてやる。


「ふむ……ホントに褒めてもらえるとは思わなかったよ」


 え~。


「こんなことなら、頭ではなく胸を撫でてくれと言っておくべきだったか」

「だったら絶対に褒めないな、俺は」

「酷い男だな、君は。女性がオッケーを出しているんだ。ここは素直に手を出すべきだろう。どうか私に恥をかかせないで欲しい」

「恥だらけの人生のくせに?」

「言ってくれたな盗賊クン。私よりも恥知らずなくせに」


 ……確かに。

 俺は反省するように顔を覆った。


「あっはっは。本当に可愛いなぁ君は。やはり君は魅力的だよ。お世辞ではなく、これは本音だ。なぁ、ホントのホントに子どもを作ってみないか? 君との子ならきっと可愛いだろうし、生涯に渡って愛せると自信を持って言える。発想も豊かだろうし、賢い子になることは間違いなしだ。ひとりだ。ひとりでいい。どうかな?」

「断る」

「そうか……残念だ。無理強いはできないものな……うぅ~む」


 いつもと違って本気だったようだ。

 学園長は腕を組んで考えている。


「俺なんかより勇者との間に子どもを作るほうがよっぽどイイだろうに」

「もちろんだ。しかし、私は君との間にも欲しい」


 ため息をつきつつ、俺は肩をすくめた。


「ま、気が向いたらな」

「ホント?」

「確率はゼロではない。とでも言っておけば、学園長は満足するだろ」

「もちろんだとも!」


 あっはっは、とハイ・エルフは満足そうに笑った。

 その無邪気な笑顔に少しばかり驚くけど、まぁ楽しそうなので指摘する必要はあるまい。

 最初からそんな顔をしてくれていれば。

 俺はすっかりと騙されていただろうに。

 まったくもって、恋愛が下手くそな人類最古の年長者さまだ。


「では早速報告してくれたまえ、盗賊クン」

「あぁ、分かった」


 俺は魔王領での出来事を。

 思い出しながら学園長に語るのだった。

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