~卑劣! たとえ魔王であっても傷ついちゃうセリフ~
アンブラ・プレントを倒した俺たちは、倒木や動物の死骸が散らばるフィールドを探索した。
強敵を倒した後だというのに、どうにも気分が乗らないが……
「やらないことには目的達成と言えないからなぁ」
アンブラ・プレントの本体を無傷で捕獲できれば良かったのだが、どう考えても不可能。
今も時折ツタは反応するように動いているし、射出された棘は自動的に地面の中へ埋まりつつあるし、なにより切断された本体も動こうとしている。
まったくもって恐ろしい植物だ。
逆に魔王城の前に植えつけてやって魔王サマを強制的に籠城させるっていう手に使えるんじゃないかとも思うが……この程度では足止めにもならないんだろうなぁ。
なにより全身を覆う真っ黒な鎧にアンブラ・プレントの棘が刺さるとも思えない。
「なにより、魔王には毒も効かないだろうし……おっ」
腐りかけた動物の死骸の陰に、初々しい緑色を発見した。
死んだ動物には申し訳ないが、足で蹴るように退かすと植物の葉であることを確認。
双葉で、分厚い葉をしている。
可愛らしい芽とも言えるが、ここから成長して凶悪な植物に育っていくことを思えば、どうにも憎々しさを感じる。
若い芽を摘む、とはこういう事を言っているんだなぁ、とシミジミと思ってしまった。
「可愛さ余って憎さ百倍、とかいう言葉もあったよな」
パルには似合わないがアンブラ・プレントの幼芽にはピッタリな言葉だと思う。
「アウダ、あったぞ」
「うん。僕も見つけた」
どうやら発芽した物がいくつかあるらしい。幸いなことに幼芽は自分で動くことはできないようで、逃げることはなかった。
若い内は根っこが生えていて動けない感じか。
動物の死骸がたくさん転がっているのは、本体のためではなく、若芽のための養分なのかもしれない。
ナイフで周囲の土ごと掘り起こすと適当な革袋に詰めるようにして採取する。
「ほんとに大丈夫か? いつか事故が起こりそうだ」
人間種であろうと魔物種であろうと、管理できる強さではなかった。何度か試みがあるらしいが、ことごとく失敗している理由も分かるというもの。
「成功することをラビアンさまに祈ろう」
「植物を司る神さまのほうがいいんじゃないか?」
俺の進言にアウダは少し考えた後、そうだな、と笑った。
「おーい、こっちもできたぜ」
ヴェラには切断したアンブラ・プレント本体を持って帰るためにロープで縛ってもらっていた。
なにせ棘だらけの本体。持って帰ろうにも手が出せない状態なので、ロープを結んで引っ張るしかない。
「よくこんな物を食べようと思ったな」
いったい最初にアンブラ・プレントを食べようとしたヤツは、何を考えてこんな危険な植物に手を出したんだろうか?
他に食べる物が無かったとしても、アンブラ・プレントには手を出すとは考えにくい。不思議なものだ。
「いや、でも美味そうだぜこれ」
アンブラ・プレント切断面を見せるヴェラ。
そこに見えたのは、どう考えても肉にしか見えない断面だった。真っ赤ではなく薄い桃色の肉で、白い筋がいくつか見える。
これだけ見せられて、逆に植物と答えるほうが難しいような断面だった。
「確かに輪切りにして焼きたくなってくるな、これ」
「おぉ~、弾力もあるな。美味しそう」
ツンツン、と触るアウダ。
さすがに血は出てこないものの、水分らしきものがじゅわっとこぼれ出た。肉汁に見えなくもないが、焼いてない状態なのでちょっと気持ち悪い。
なんにしても芽と本体が手に入ったので依頼達成だ。
さっさと街へと帰ろう。
「いや、待ってくれエリス」
「なんだ?」
勇者に待ったをかけられた。
「このまま真っ直ぐ肉屋へ行くと迷惑がかかる」
ん?
なにか今後に関わる贔屓というか、そういうことか?
「においだよ、エリス。僕たちの体には、いま腐臭が沁みついている」
「あぁ……」
周囲を思わず見渡してしまったが、においが目に見えているわけではない。
この場所に長く居たせいで、すっかりと鼻が麻痺してしまっているが、本来なら吐きそうなほどの濃い腐臭がただよっている。
そんな中で戦闘し、探索したり歩いたり作業したりで、そりゃもう俺たちの体というか服や装備には腐臭が沁みついてしまっていた。
こんな状態で街中を歩くというか食材屋に立ち寄るわけにはいかない。
なにより肉屋から腐臭がただよっているなんて、最悪の状況だろう。
迷惑にしかならない。
「一度城に帰ってお風呂に入って洗濯をしよう」
「まかさ吸血鬼の城で、そんな生活感満載なことになるとはなぁ」
戦士ヴェラですら肩をすくめてしまう、なんとも言えない気分。
本来、敵地のど真ん中であるはずなのに、そこで風呂と洗濯をするとは。魔王城で昼寝を楽しむようなマヌケさを感じてしまうな。
依頼主に迷惑をかけるわけにもいかないので、その案を採用し。
俺たちは、ひとまずルビーの城まで戻ることにした。
もちろん街中はアンブラ・プレントを引きずっていくことになるので、あまり目立たないように端っこを遠回りしていく。
腐臭をただよわせた怪しい人間種、みたいな噂になったら困るし、ルビーにも迷惑だろう。
なにより、魔物種全員が『勇者』という存在を無視してくれるとは限らないわけで。
ここまで魔王サマによって『自由』が与えられているんだ。
逆に言えば、サピエンチェ領はそれなりの監視がされていると考えても不思議ではない。
魔王直属の四天王を監視する者――が、いないとも限らないしな。
もっとも。
そんなヤツがいるのなら、とっくにルビーの裏切りは露見しているだろうし、俺たちの存在もバレてるし、勇者パーティが滞在していることも魔王には伝わっているはず。
魔王からの攻撃らしき物がひとつもないので、一応は大丈夫と思うが。
それでも用心するに越したことはない。
はず。
なんて考えつつも、特に怪しい視線もなかったので、普通に城まで辿り着いた。時折、ビクッとアンブラ・プレントが動いた意外には特に事件が起こることもなく、安心あんしん。
「無事に帰ってきたが……城に入った途端、襲われるってことはないか?」
ヴェラが心配そうに城を見上げた。
気持ちは分からなくもない。俺だって、ルビーがいない状態で出掛けて、帰ってくるのは始めてだ。
「大丈夫だろう」
そんな俺たちの心配なぞ、どこ吹く風、と言わんばかりに勇者は平気で城へ向かって歩いて行った。
それは勇気ではなく蛮勇だぞ、と言いたい気分だったが。
まぁ付いていくしかない。
「ほら、大丈夫だ」
俺とヴェラの心配は杞憂だったらしく、城へ近づいても襲われることはなかった。入口に鎮座するガーゴイルがちらりと俺たちを見てくるが、どうぞ、とでも言わんばかりに無視してくれる。
撫でたら怒るんだろうなぁ、と思いつつガーゴイルを通り過ぎて城の中へと入った。
さてさて。
帰ってきたはいいものの、やはり俺たちには腐臭が沁みついている。この状態で歩き回るのは城の中でも迷惑に違いない。
お風呂に入りたいという事を果たして誰にどうやって伝えるべきか。
それを考えていると――
「きゃー! 勇者さまが帰ってきたわ! こ、こんな状態! 見せられない!」
「す、すぐにアンティドトムの魔法を使います!」
「酔っ払ってるくらいで何を大げさな……」
「吸血鬼は黙ってて!」
「パルヴァス、時間稼ぎしてきて!」
「え、え、え、え、あたし!?」
なんていう上階からどったんばったんとした騒ぎが聞こえてきて、ポーン、と投げ出されるようにパルが出てきた。
「あわわわわ」
そんなパルと目が合うと、どこかへ逃げようとしたが――踏みとどまるようにして、俺たちを見た。
「あ、あの、改めましてパルヴァスです! 勇者サマ! あと戦士サマも! し、師匠にお世話になっています!」
パルは頭を下げた。
まぁ、二階にいるので頭を下げたせいで見えなくなったのはご愛敬といったところか。
「よろしく、パルヴァス。エリスには良くしてもらっているかい?」
「は、はい!」
「はっはっは、イイ子じゃねーかエリス。うらやましいなぁ、おい!」
ヴェラに思いっきり肘を突かれた。
おまえ、それ鎧での一撃になるんだからな! 痛いっての!
「照れるな照れるな、お師匠さんよぉ」
「うるせー!」
なんてやりとりをしていると、くすくすとパルは笑った。
どうやら、時間を置いたことによって気持ちの整理はついたようだな。
良かった良かった。
「パル。俺たち風呂に入りたいんだが……ルビーに許可をもらえるか聞いてくれないか」
「え、あたしも入るんですか!? あ、あの、師匠とふたりならいいんですけど……勇者サマと戦士サマもいるんだと、ちょっとぉ……」
「誰もそんなこと言ってない」
「じゃ、じゃぁルビーが皆さんのお世話を!?」
「それも言ってねぇ!」
もうちょっと大人しくなるかと思ったら、ぜんぜん落ち着いてないじゃないか。
「冗談です。でも、お背中くらい流しますよ? ホントに」
そう言ってパルが二階から降りてこようとするのを俺だけでなく勇者と戦士も遠慮した。
「いやいや、ルビーに聞いてくれればいいから」
「どうしたんですか?」
「いいから、いいから」
「おう、そうだぜパルヴァス。オレたちに気にせずに、なぁ?」
うんうん、と俺たちは笑う。
「ん~? なんか怪しい……!」
じろ~っと二階から見下ろしてくるパル。
「分かった! 新しい可愛い子を見つけたからお風呂でえっちなことするつもりだ!」
「「「ぜんぜん違う!」」」
三人の声が重なった。
珍しい。
って、そうじゃないそうじゃない。
「じゃぁ、なんですか……? ん~、分かんないので行きます! とう!」
こいつ!
俺が受け止めてくれることを前程に二階から飛び降りやがった!?
「後悔するぞ!」
「えへへ、後悔なんてしま――うわっ、くさっ!? おえー、くっさ!」
パルを見事に受け止めてやったが。
その後に思いっきり顔をしかめて、おえー、とえずきやがった。
「だから言ったのに……」
パルを降ろしてやると、そそくさと俺たちから距離を取って、鼻をつまんでブンブンと手を振っている。
「あんな可愛い子に臭いって言われるとショックだな」
「分かってはいたけど、心にグサッと刺さる……」
「ほらみろ、パル。おまえのせいで勇者と戦士が落ち込んだぞ」
「あはははは、ごめんなさい」
ちなみに俺の心にもダメージがあった。
そのうち、パルからおじさん臭いって言われたらどうしよう……
恐怖でしかない……
衛生面ではしっかりと気を付けようと思いました。