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卑劣! 勇者パーティに追い出されたので盗賊ギルドで成り上がることにした!  作者: 久我拓人


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~卑劣! お肉屋さんへ行こう~

 身体が自由な状態で、ルビーの支配領である街へ向かうのは初めてだった。

 切り立った崖の上にある城から街へ向かって下り坂を歩いて行く。岩ばかりの山であり、植物の姿はそう多くない。

 不毛の大地かと言われればそうではない。

 遠くには森があるのが見えるし、ちらほらと岩山にも植物が生えている。人間領では見たこともない植物ばかりで、名前すら分からないが。恐らく、太陽の光が希薄でも育つ植物ばかりなのだろう。

 学園都市で植物を研究する生徒が、泣いて喜びそうな風景だ。


「ところでよ、サピエンチェ。そのルビーって名前はなんなんだ?」


 ルビーと並んで歩く戦士ヴェラが不躾に質問した。


「師匠さんが付けてくれた名前です。ルゥブルム・イノセンティア。ステキな名前でしょ?」

「それでルビーってわけか。で、師匠さんってことはエリスの弟子なのか?」

「弟子ではありません。ただの愛人です」

「マジか」

「マジですわ」


 ヴェラは呆れるように俺を見た。

 うん。

 俺を見ないで欲しい。


「前を見て歩け、ヴェラ。崖から突き落とすぞ」

「へいへい」


 ケラケラと笑うヴェラの背中に蹴りを入れてやりたいところだが……マジで崖から落ちるかもしれないのでやめておいた。


「しかし、エリスが『師匠』になるとはね。あの子はどれほどの強さなんだ?」


 勇者アウダの質問に俺は苦笑しつつ答える。


「パルヴァスはまだ経験が少ない。だから結論的には言えないが……才能で言えば俺より上だ。賢者と神官をパルひとりに任せられる程度には、俺は信頼しているよ」

「そうなのか。それは凄い」


 うむ、とアウダは満足そうにうなづいた。


「もともとパルをこっそり勇者パーティに合流させるつもりだったんだけどな。俺の習得してるスキルを仕込んで、戦闘経験を積ませたら、魔王領に連れてくるつもりだった。偶然を装っておまえらに合流させる魂胆だ。で、俺は後方からバックアップに徹するつもりだったんだが……人生、なにが起こるか分からんもんだな」

「確かに」


 勇者は自分の手を見る。

 見るからに若々しくなった手のひらを握り、拳を作ってみせた。


「まさか若返りの薬が存在するなんてな。これは……公表もできないだろう?」

「学園都市で密かに研究が進められている。作り方がちょっとヤバイんで、協力者を募ることもできない。まぁ、おかげで俺も命拾いしたんだが」


 ポーションを煮込む、とか勇者にとっても冒涜的で説明できない。

 逆に。

 それを喜々としてやってしまうミーニャ教授の恐ろしさよ。

 マジで神さまにケンカを売ってるつもりなんだろうなぁ。おぉ、こわいこわい。


「命拾い……魔王に出会った件か」


 俺はうなづき、アウダにその魔王の情報を伝える。


「全身を真っ黒な鎧で覆っていたんだが、身長は俺たちとそう変わらない。もちろん普通の鎧じゃないんだろうが、特徴的なのは兜のツノだな」

「ツノ?」

「オーガ種と違って、捻じれたようなツノが特徴的だったんだよ。あとはそれこそ漆黒の甲冑ってだけで、中は分からなかった。顔も見えなかったしな。中身は普通の人間だったかもしれないし、エルフの可能性もある。確実に分かったのは、声が男で雰囲気が絶望的に強そうだってくらいか」

「魔王は男か。そういえば無意識に男と思い込んでいたが、女性の可能性もあったな」


 思い込みは禁物だな、とアウダは反省するように頭をかいた。


「ルビーは魔王の顔を見たことないのか?」


 俺が聞いてみると、ルビーは前を歩きながら首を横に振った。


「残念ながらありませんわ。あの鎧こそが魔王さまの本体、という話があるくらいに誰も魔王さまの姿は知りません」

「魔王はいつもどこにいるんだ?」


 ヴェラの質問にルビーは、そうですわね、と前置きを入れて答えた。


「普段は魔王さまのお城にいらっしゃいます。いわゆる魔王城と呼んでいますが……用事があれば出掛けられます。基本的には魔王さまは人間が嫌いですので、街などには立ち寄られません。ひとりで過ごしていらっしゃることが多いです」

「自分の世話は自分でしてるってことか」

「そうですわね。側近がいるなどの話も聞いたことがありませんし、結婚なされているとか愛人がいるとか、そういう話も聞いたことがありません」

「孤独の身か」


 もしも魔王に愛する者がいるのなら、その妻か愛人なる存在を捕らえて人質にする手が使えるんだが……残念ながら上手くいきそうにない。


「おっと、街が近くなってきましたので皆さま、ご注意を。あまり派手に動き回らないでくださいまし」

「分かった」


 アウダの返事に合わせて、俺とヴェラもうなづく。

 城から続く岩山の坂道を降りると、すぐに街並みが広がっており、魔物種や人間種が普段通りの営みを続けていた。

 支配者であるルビーが街に入ってもそれは変わらず、みんなは仕事を続けている。かといってルビーの信望が無いかと言われればそうではなく、あくまで仕事が優先といった感じか。

 中央通りとも言える道を歩いて行くと、すれ違う人々はルビーに頭を下げてから移動をする。

 中にはルビーに積極的に話しかける者もいて、それなりの好感度の高さを思わせた。


「随分と慕われているんだね、サピエンチェは」

「はい。これでも頑張ってますので。皆さんが住みやすい街を作るのがわたしの仕事ですわ」


 嘘を付け、と言いたかったが……支配者さまに表だって抗議する訳にはいかないので黙っておいた。

 ヴェラは俺の表情から何かしら読み取ったらしく、苦笑している。

 ある程度街中を進んだところで、ルビーは足を止めた。


「ここから曲がった場所に、肉屋はあります。覚悟はよろしいか?」


 わざわざ一言忠告を入れてくれたらしい。

 俺たちは一度大きく息を吸い、吐いた。


「頼む」


 勇者の言葉にうなづいたルビーは再び歩き出し、角を曲がった。それに付いていくように俺たちも角を曲がると……いつもは横目でしか見れなかった肉屋を――真正面から見ることになった。

 そこは食材屋の並ぶ通りらしい。

 いくつかお店が立ち並んでいて、そのうちの一軒が肉屋だった。店には大きく看板が掲げられていて、共通語で『肉屋サポールス』と書かれている。

 読めてしまうのがなんとも不思議な気分だ。

 そんな肉屋の店頭には――頭が並んでいる。

 牛やブタに似た生物の頭に並び……青白い人間種の頭が並んでいた。それがなによりの証明とも言おうか……瞳を閉じた男の生首が、食材を自慢するかのように店頭に並んでいる。


「……」


 それを見て、戦士ヴェラの身体がびくりと震えた。一瞬だけ拳を作りかけるが、すぐにやめる。


「……」


 俺も同じ気持ちだ。

 許せない、という気持ちはわいてこない。怒りとも違う。だからといって、これを許容できるかと問われれば首を横に振りたい。

 だが、だからといって、いや、しかし……という、迷いだけが頭に浮かんできて、どうにも結論が出せないような印象だ。

 人間種にしてみれば――仲間を殺され、その首をさらされているように見える。魔物種にしてみれば、それは隣に並ぶ動物の肉と同じなのだ。

 もしも。

 もしも、だ。

 もしも共通語を話す牛やブタ、鳥などの獣が存在するのならば、人類種はそれらの肉を食べないのか?

 どんなに美味しい肉であろうとも、それらの生物を食べないという選択をするのか?

 仲良く話すことができる、美味しい友を食べないのか?


「……」


 そんな荒唐無稽なことを思ってしまった。

 だが、そんな質問の答えも出せないほどには、難しい問題のようにも思える。


「大丈夫でしょうか?」

「あぁ、問題ない」


 俺たちの前に立つ勇者は、よどみなくそう答えてうなづいている。

 真正面から、この問題に取り組むつもりか。

 まったくもって……おまえは勇者だよ。


「無理でしたらいつでも言ってくださいな。その程度のことで怒ったり無駄足を踏ませたなどと言いませんので」

「配慮してくれてありがとう。その時はよろしく頼む」

「えぇ」


 ルビーはうなづいてから再び歩みを進めた。

 今晩の食材を買いに来たであろう買い物客に混ざって歩いて行き、肉屋の前で立ち止まる。


「いらっしゃい、サピエンチェさま。今日はいい肉が入ってますよ!」


 店主がそう声をかける。

 恐ろしいのは……店主の種族がオーガ種でもなく、ましてやトロールでもミノタウルスでもないこと。

 ゴブリンだった。

 モンスターの中では、コボルトに次いで最弱と言われる種族。

 ゴブリン。

 小さな体躯を目いっぱいに動かして、今日の食材をルビーにアピールしている。いっちょまえに頭に巻いた布が、商売人というより職人という雰囲気をかもしだしていた。

 店頭から店の奥が見えるが、そこにはゴブリンだけでなくオーガ種の姿も見える。モンスターでは考えられないが、ゴブリンの下にオーガが付いていた。

 力だけが全てではない。

 そんな証明にも思えるが……やはり並んでいる人間種の頭が――獣耳種だろうか、犬のような耳がある男の顔が気になって、状況がよくつかめない。

 いま、羽をもがれているのは鳥なのだろうか?

 それとも有翼種の羽なんだろうか。

 思考が上手くできない。

 直視することを頭がためらっているようでもあった。


「申し訳ありません、店主。今日は話があって来ましたの。お時間を作っていただけます?」

「へ、へい。サピエンチェさまがおっしゃられるのならもちろんですが……な、なにか悪い話ですか?」


 ゴブリン店主はチラチラと俺たちを見る。

 只事ではない雰囲気を感じたようで、不安そうな表情だった。

 ……それもまたモンスターでは考えられないことだな。ゴブリンの不安そうな表情など見たことがないし、浮かべるとも思っていなかった。

 店主の顔を良く見れば端正な顔立ちというか、ゴブリンにも個性があることが分かる。

 闇から発生するモンスター種のゴブリンに、そんな違いがあったかどうか……ちょっと思い出せそうにはない。


「いいえ、悪い話ではありませんわ。世間話程度と思って頂ければ幸いです。少しだけお話を聞かせてもらえるかしら?」

「へぇ、もちろんです。どうぞ、裏口から入ってください」


 ゴブリン店主は慌てて血が付いたエプロンを脱ぎ、店は任せたと店員に声をかけて店の奥へ移動する。

 すぐさま店の裏からゴブリン店主が小走り出てきて、どうぞこちらへ、と案内された。狭い路地のような店横を通って、裏側へとまわる。

 そこにある扉から中へ入ると……従業員の休憩場所だろうか。テーブルと椅子がある部屋に通された。


「どうぞ、狭い場所ですが座ってください」


 ルビーは遠慮なく椅子に座る。

 俺たち人間種である三人は、ゴブリンに着席を丁寧にうながされる、という稀有な体験になんとも言えない感情を覚えつつ、勇者を中心にして椅子に座るのだった。

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