~愚息! 僕と運命の少女は今夜結ばれる~
貴族会議が終わった後。
華やかなパーティが始まる。
「ふふん」
城に到着した僕はじいとメイドを引き連れて赤いカーペットの上を歩いた。
まるで僕のように未来ある素晴らしい人間のために用意された物だ。家に敷かれているカーペットっと遜色ない代物。お城を管理している者も、なかなか見どころはある。
もちろん王さまの財力があるからこそ、だろうけど。でもそのお金も僕たち貴族が支えているようなものだから、実質的には僕のおかげと考えてもいいよね。
「邪魔だな」
そんなカーペットの上にはたくさんの貴族たちがいて、足を止めて談笑している。もうすでに会議は終わった時間だというのに、まだ根回しとかをやっているらしい。
まったく。
大人っていうのは情けないヤツらばかりだ。
仕事とそれ以外を分けて考えないと『遊びのない人間』と思われてしまうのに。仕事仕事とつまらないことばっかり言っていると、本当につまらない人間になってしまう。
素晴らしい人間というのは、仕事ができるのと同時に余裕のあるところも見せるものだ。なにごとも慌てずに対処してみせるのが貴族らしい振る舞いでもあるわけで。
貴族とは、すなわち素晴らしい人間でなくてはならない。
そうではなく、せかせかと働いているのでは貴族ではなく商人と同じ。
いや、商人そのものだ。
貧乏人と同じように見られたのでは、まったくもって心外。僕は父上や兄さまたちのような、素晴らしい人間にならないといけない。
「ふふん」
大人たちの間を歩き、父上の姿を探す。
「ぼっちゃん。あちらに」
僕より先にじいが父上を見つけたので、そちらに移動した。
「父上」
「あぁ、ラディオス。無事に来られたか」
誰か知らない貴族と話していた父上は、僕の姿を見てそう言ってきた。
馬鹿にしないで欲しいなぁ、もう。
「父上、僕はもう子どもではありません。お城にくらい、ひとりで来られます」
「世話をかける」
父上は僕ではなく、じいを見て言った。
「いえいえ、滅相もありません。ぼっちゃんの世話をするのが私の喜びですから」
「うむ、頼む」
おいおい、ちょっと待て。
「父上。それでは僕ではなくじいが優れていることになります」
「はっはっは、冗談だ」
珍しく父上が笑って、僕の頭をグリグリと撫でた。
どうやら父上の機嫌はとても良いらしい。会議で思い通りの結果が出たのか、もしくはそれ以上の結果を得られたのか。
「やめてください、父上。僕はもう大人です」
そう。
今日、この日、この夜。
僕は『大人』になるのだ。
「ほう。なかなか立派な言葉ですなぁデファルス殿。ご子息が立派でうらやましい」
父上と話していた貴族が僕を見てそう言った。
そうだろうとも。
僕ほど素晴らしい志を持った貴族はいない。人の上に立つ者として、立派に生きているのだ。
逆を言えば。
僕の下に立つ者は、それらしい振る舞いをしてもらわないと困る。
ときどき、それを間違えるメイドがいるからな。しっかりとお仕置きをして、考えを改めさせるのには一苦労だ。
僕の貴重な時間を無駄にうばわないで欲しい。
最初から従順であれ、というものだ。
「なかなかに手を焼いているよ。ラディオス、私はまだ挨拶が済んでいないのでな。自由にしていてかまわん」
「分かりました」
つまらない挨拶に付き合いたくもないので、それはありがたい。
なにより、今のうちにいろいろと確認もしないといけないからな。
僕はそのまま城の中を見渡しながら歩きまわる。中にはきゃっきゃと走りまわる子どももいるが、そんなものには目もくれず探し回った。
僕が探しているのは女だ。
女といってもぶよぶよと醜く育った女ではない。
とても可愛い女の子だ。
年齢は僕と同じくらいか、ひとつ下か。綺麗で長い金髪で、蒼く大きな瞳。小さく線の細い痩せた体は、醜く太った貴族の娘には無い魅力だ。
そう。
表面ばかりをつくろった馬鹿な女たちとは違う。
あの娘は、恥ずかし気もなく歯磨きをしていた姿を僕に見せた。あんなにも可愛い顔をしているのに、それが泡だらけの口をしているっていうのに、それがボタボタと口を伝ってこぼれているというのに、ひとつも気にせず僕に見せた。
なんだこのマヌケな女は。
と、思った。
でも次の瞬間には、そんな感想は吹き飛ぶ。
吹き飛んでしまった。
まさに運命だ。
僕たちがそこで出会ったことこそ、運命としか考えられない。
可愛かった。
今まで見てきたどんなメイドよりも可愛かったし、今まで出会ってきたどんな貴族の娘よりも親しみがあった。
「初めまして。サティス・フィクトス・ジックスと申します」
そうやってスカートをつまみあげて挨拶した女はサティスと名乗った。
かわいい女には、かわいい名前が似合っている。
まさに、そういうことだった。
ジックス家には何の思い入れもないが、父上に連れてこられたのを幸運に思ったよ。ましてや家で寝ころんでいたりメイドで遊んでいては絶対に出会えなかった女だ。
いや。
もしかしたらこのパーティで出会ったかもしれない。
これは運命なのだから。
いずれ僕はサティスに間違いなく出会っている。そう言い切れるほどに、僕はあの子に惹かれたのだ。
運が良かった。
まさに幸運だ。
僕は神に愛されている。
なにせ、初めからあの子のマヌケな顔を見れたのだから。口を泡だらけにして、だらしなくよだれのように垂らしている姿は、後から見たらイヤだったもしれない。
どうせ『女』という生き物はパーティでは慎ましやかに、おしとやかを演じているに決まっている。それにコロっと騙されるのは、それこそマヌケというもの。
だが、それを分かっていても尚、こんな女だとは思わなかった、と言うことにもつながってしまうので、やはり貴族の娘なんかに興味は無かった。
オモチャにして良いメイドこそが、女として面白いと思っていたんだ。
でも。
サティスは違う。
サティスは、違ったんだ。
あんな姿を見せたというのに、取り繕うわけでもなく、ましてやそれが当たり前かのように振る舞って、挨拶をしなおした。
そう。
裏表が無い。
サティスには裏の顔なんてものはない。
あれが、素直なサティスの姿であり、そこにニセモノなんかがひとつも含まれていない。最高の状態の女だったんだ。
だから。
だから欲しいと思った。
サティスを、なんとしても自分の物にしたい。
僕の物にして、僕の物であるという印を付けたい。
サティスが生涯、死ぬまで僕の女だということを忘れらないようにしてあげたい。
「……いた」
見つけた。
サティスだ。
イヒト・ジックスと、その執事やメイドたちといっしょにいる。
「……なんて。なんて可愛いんだ」
思わずつぶやいてしまうほど、今日のサティスは可愛かった。
いや、もちろん前に見かけた時も、思わず逃げてしまったほどに可愛かった。めちゃくちゃ可愛くて、目を合わせるのも躊躇してしまうほどだった。
それに加えて、ダンスに誘われてしまったのだから、逃げてしまうのも許して欲しいというもの。照れるなというほうが無理な話だ。
サティスからのダンスのお誘い。
それはもう、僕に惚れてしまったのは間違いないわけで。
さすがの僕も照れてしまうというもの。
そんなダンスへの気合いが如実に見て取れる彼女のドレスは、とても美しくて……一級品を越えて特級品とも思えた。
まるで王族の姫が着るようなドレスであり、かなりお金がかかっている物と思われる。それほどに僕と出会うのが楽しみだということらしい。
まったく。
かわいいやつだ。
だったら僕もそれなりに対応しなければならない。
「……いや、ダメだ」
ダメだ。
ダメだダメだ、ダメだ、このままではダメだ。
見ろ!
周囲の愚かな子息たちを!
みんなサティスを狙っているかのようなケモノの目をしている! ジロジロとイヤらしい視線で可愛いサティスを見るんじゃない!
それは僕の物だ!
おまえらのような小物が触れてはいけない物だ!
ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!
サティスは僕の物であり、誰にも触れられることを許してはいけない!
「じい」
「……はい」
僕の後ろに控えるじいは、どこか遠慮するように返事をした。
「チッ」
返事はもっと的確に早くしてほしい。
「分かっているだろ。頼むぞ」
「ホントに実行なさるんですね、ぼっちゃん」
「当たり前だ」
サティスを僕の物にする。
それはもう決定しているし、サティスだってそれを望んでいる。僕の手によって大人になれることを、きっと望んでいるはずだ。
それは早ければ早いほうがいい。
みんながダンスなんていう児戯をしている間に。
僕とサティスは大人へと成るのだ。
そう。
今夜、僕とサティスは結ばれる。
徹底的に、彼女に僕を刻みつけてあげるんだ。
僕の愛の証を彼女にプレゼントしてやる。
これは、僕にとっても彼女にとっても、最高の――一生の思い出になるだろう。
「あ、プルクラだ。おーい」
サティスが誰かに合図をするように手をあげた。
あぁ、やっぱり彼女はイイ。
人目を気にせず、無邪気にふるまっている。他の女とは違う。自分を良く見せようと汚く浅ましく面の皮をぶあつくてしている女たちとはまるで違った。
ありのままを見せている。
「あぁ、そうか」
そんな必要はないからだ。
わざわざ取り繕う必要なんて、どこにもない。
なにせ、僕がいる。
僕がいるんだから、今さら他の男に媚を売る必要はないんだった。
そうかそうか、そういうことか。
「こほん。お嬢様方。声はひかえめに」
チッ。
サティスに仕える執事だろうか。余計なことを言ったせいで声が聞こえなくなったじゃないか。邪魔だな、あの男。
サティスに仕えているということは、僕よりサティスを知っているってことだ。気に入らない。サティスがきっちり僕の物になった記念に消えてもらおう。金をくれてやるのもイヤなので、痛い目にあってもらおうか。
それにしてもサティスと仲が良さそうなあの黒髪の娘も美人だな。だが、あっちはダメだ。サティスと違って大人のフリをしている。すでに他の女と同じで男たちに色目を使っているような女だ。面白くもなんともない。
まぁ、サティスがどうしてもって言うのなら、あの女もメイドとして扱ってもいいな。綺麗な顔をしているのは間違いないので、サティスといっしょにベッドの上で可愛がってやれば、さぞかし楽しく、気分も上がるに違いない。
「くくく。楽しみで仕方がない」
待ち遠しくて、すでに股間が反応していた。ま、服のおかげで何も見えないだろうから平気だけど、こんなになっているんだぞ、とサティスに教えたいくらいだ。
「待っててね、サティス。あぁ、君を他の男に見せたくないが……今は我慢だ」
早く。
早く始まらないかなぁ。
僕たちの特別なパーティが。
僕たちのステキな一夜が。
君を、ベッドの上でたっぷりと愛してあげる。
特別な夜になるのを。
楽しみにしにしているよ。




