~可憐! 仲良し調査隊、地下へ行く~
マトリチブスさんに案内されてお城の地下へ続く階段までやってきた。
どこかに隠される感じであるのかな~って思ってたら……
「堂々とある」
ひっそりとある訳でもなく、ましてや立ち入りが禁止されていることもなく。堂々と地下へ続く階段があった。
場所は裏庭に続く通路から少し外れた場所。お城の通路がだいたい四角の形をしていて、その四角からは少し離れた場所に地下への入口が開いていた。
想像してたのは、砦みたいな石の階段とか壁とかがあって、薄暗い空間だと思ってたんだけど。でも、ぜんぜん違った。お城の他の壁とか床みたいな感じで綺麗に造られている。
まぁ、お城の施設というかお城の一部なんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
なんかこう……期待外れ。
もっと、隠されたお城の秘密! っぽかったら面白かったのに。
「おどろおどろしいですわね」
「え?」
あたしにしてみたら綺麗なんだけどなぁ。ベルちゃんにしてみたら、ちょっぴり不穏な場所に見えるらしい。
「でもそれって偏見かも」
「どういうことです、サティスちゃん?」
「悪い人がいるからと言って、そこが悪い場所とは限らない。普通に武器庫とかあるんだから、そこで働いている人もいるし」
太陽の光が当たらないだけで悪人の巣窟と決められたら、盗賊はみんな大悪党になっちゃう。
ましてやルビーなんて、本物の悪い魔物……って、悪い魔物だった。
吸血鬼だった。
「……わたしとしたことが色眼鏡で見ていた、ということですか。これは失態」
ぺちゃん、とベルちゃんは自分のほっぺたを叩いた。
そんなに痛くなさそう。
でも、意識を入れ替えたっていうスイッチみたいなものだから、痛さは関係ない。
「あたしが師匠から教えてもらったのは逆なんだけどね。イイ人がいる場所だからといって安全とは限らない。常にフラットな視線と視点を保て。だって」
「なるほど。さすがサティスちゃんの師匠さまです。是非お会いしてお礼を言わねば」
「ベルちゃんは今日のパーティに出るの?」
「もちろん」
「師匠もパーティの場にいるはずだから、ぜったいに会えるよ。紹介して……あげ……う~ん?」
「ダメですの?」
「ダメな気がする。ほら、師匠って……」
「そうですわよね……サティスちゃんの『師匠』ですものね。でも、逆に会ってみたい……」
変な好奇心があるなぁ、ベルちゃん。
ちょっとルビーに似てる。
貴族ってそういうところあるよね。珍しい物が好きっていうか、退屈してるっていうか。
「う~ん。やっぱりダメ。師匠に紹介したくない」
「む。ですが交渉の権利は残されています。サティスちゃんの好きな物はなんでしょう?」
「お肉」
「分かりました。ちょっとお父さまにおこづかいをもらって、プレゼントしたいと思います」
「そこは自分で稼いだお金で買おうよ」
「……確かに!」
わたしはなんてダメな女なのでしょうか!
と、ベルちゃんはマトリチブスさんに訴えた。
「そんなことはありませんよ、ベルさま。サティスさまと出会っていろいろと気づかされたということは、ベルさまの意識は『正しい』ということです」
なるほど。
間違っていることを自覚できないのならば。それはまさに手遅れともいうべきかもしれないけど。でもベルちゃんは自分で自分の間違いとか正しくない様を理解できているみたいなので、きっと良い子なんだと思う。
貴族のお嬢様だけど、こんなに話しやすいんだから。
あの小太りでキノコみたいな髪型をした男の子とはえらい違いだ。自己紹介もしないで逃げ出したし。
「お金を稼ぐ算段は思いつきませんが、今はサティスちゃんのお手伝いをすることができます。それで我慢しておきますわ」
ちょっぴり残念そう。
「でもいつか自分で稼いだお金でサティスちゃんにプレゼント贈り、見事に師匠さまとの面会を果たしたいと思います。覚悟なさいませ」
「二十年後だったらいいよ」
「手遅れですわ!」
がっくり、とベルちゃんは肩を落とした。
ノリがいいなぁ。
世界中の貴族がベルちゃんにみたいに話しやすかったらいいのに。
「とりあえず地下へ降りてみましょう」
そう言ってベルちゃんはあたしの手をぎゅっと握った。なんだかんだ言って、ちょっぴり怖いっぽい。
この様子じゃベルちゃんは絶対に冒険者になれないなぁ、なんて思いつつ。いっしょに階段を下りていった。
途中ですれ違う使用人があたし達を見てギョっとした後、慌てて頭を下げてた。まぁ、こんなところに貴族のお嬢様が来るわけもないので驚いたんだと思う。あたしだって、魔物の砦に貴族のお嬢様がふらりと現れたらめっちゃビビるし。
それこそレッサーデーモンを疑うよね。
地下への階段は一度折り返すような形になっていた。
踊り場から先は太陽の光が届かない暗い空間。そのため光源としてランタンの灯りと、ドワーフの国で見た『光る魔鉱石』が取りつけてあった。光を吸収して、石が淡く光るので補助的な感じに使われてるっぽい。
「まぁ! お城の地下にこんな所が広がっているなんて!」
地下に到着すると、おっかなびっくりだったベルちゃんの表情がパッと明るくなった。
なにせ人がたくさんいるので。
陰鬱としたものを想像してたのかもしれないけど、みんな仕事とかで忙しいらしく、使用人からメイドさん、それに加えて騎士の人たちや料理人、お城に用事のあった商人まで、多種多様でたくさんの人たちが働いていた。
接待する場所、というのはあくまで夜の話なのかもしれない。
昼間はいろいろと作業をしてる感じなのかな。いいにおいがしてくるし、もしかしたらお城の料理はここで作ったりもしてるのかも?
「おわ!?」
そんな中であたし達を見かけた人は一様に驚いて、慌てて頭を下げた。やっぱり貴族のお嬢様が来る場所ではないんだろうなぁ。
「邪魔するつもりはありません。作業を続けてくださいな」
「は、はい。どうぞお怪我のないように」
「ありがとうございます」
ベルちゃんは丁寧に答えて、それを受けた使用人さんはちょっと嬉しそうだった。
むぅ。
あたしもあれくらい堂々と言わないといけないのかな。
やっぱり貴族のマネって難しい。
「いろいろありますのね。もっと早く訪れれば良かった。なぜ秘密にしていたのです?」
「ここはベルさまが来るには危険でしたので」
「確かに危ない物もあるようですけど。でも、それくらいの分別は付きます。安全と過保護は違いますよ?」
「はい」
マトリチブスさんは返事をしたけど、なんとも納得していない様子。
やっぱりベルちゃんを守る立場からしてみれば、ちょっと雑多で慌ただしく働いている人たちの間に入るので、危険度は上だ。
でもまぁ、外の路地裏よりはよっぽどマシなので。
これくらいで大慌てしているんだったら、それこそ過保護っていう感じ。ベルちゃんがそう言うのも無理はないと思う。
「興味深い物ばかりです。ふむふむ、ここは何をしている場所ですか?」
「へ? うわぁ!? あ、危ないですよ!?」
ひょっこり仕切られた壁から覗くベルちゃん。ここはアレかな。武器の手入れをしているところで、とんてんかん、とハンマーが金属を叩く音が聞こえる。
そこには槍や剣が立てかけるように並べてあって、分解された剣の柄とかがあった。
でも熱い炎が燃えてる炉とかが無いから、あくまで簡易的な手入れだけをしているのかもしれない。
専属のドワーフさんが慌てて立ち上がると、ベルちゃんが入ってこないようにとガードした。
「もう。子どもではありませんよ、わたしは」
「で、ですが」
「見たところ道具の補修でしょうか。音がすごい!」
あの~、ベルちゃん。
すっかり目的を忘れていませんか~?
キラキラした瞳で武器を見るのは、冒険者に憧れる少年の瞳と同じですよ~。今のあたし達は盗賊ですよ。紫の人の調査ですってば~。
「じ~~~」
という思いを込めながらベルちゃんを見つめた。
「ハッ!」
分かってくれたらしい。
「そうですわよね。わたしばっかり前に立ってはサティスちゃんが見えませんよね」
「違うよ!?」
「あれー?」
話しやすいのはいいけれど、思いっきりツッコミを入れてしまった。
あとでマトリチブスさんに怒られそう。
ちらりと後ろを向けばマトリチブスさんは厳格に立っているだけ。ベルちゃんを止めようともしていなかった。どういうつもりなんだろう?
「ふふ、分かっております。紫の人を探すんですよね。情報収集じょうほうしゅうしゅう」
なんかもうテンションがおかしくなってるよベルちゃん。
暗い場所に行くのを怖がってたくせに、初めて見る光景に舞い上がってるし。
ちょっと感情の制御ができていない感じ。
楽しそうだから別にいいけど。
「すみませんスミスさま」
「はい、なんでしょうかベルさま」
あれ?
ふたりは知り合いだったの?
「ここを紫の服を着た貴族が往来しているようですが、知ってますか?」
「あぁ、それなら見かけたことがありますね。確か、奥の部屋を利用しているらしいですが、それ以上は知りやせん……あ、いえ、知りませんね」
「なるほど。貴重な情報をありがとうございます。お仕事がんばってください」
ベルちゃんはドワーフさんの手をぎゅっと握った。
「うわ、ととと!? お、お手が汚れちまいますよ!?」
「何を言っているのです。この汚れは勲章ではありませんか。わたしもお手伝いしてみたいくらいですので、誇ってください」
「へ、へい! ありがとうございますベルさま!」
ドワーフさんは嬉しそうに頭を下げて作業に戻っていった。
「ベルちゃん、知り合いだったの?」
「いいえ、初対面ですわ」
「えぇ!? でもスミスさまって……」
「あぁ。スミスは『職人』を表す言葉です。金属加工をされてる方を主にスミスと呼びますので、そう呼んだだけですわ」
「な、なるほど……でもスミスさんはベルちゃんのこと知ってたよ?」
「ふふふ~。わたし、実は有名ですので。知らないのはサティスちゃんだけかもしれませんよ?」
「えぇ!?」
ほ、ほんとに!?
という感じでマトリチブスさんを見たら、神妙にうなづかれてしまった。
「ど、どどど、どうしよう!?」
あたし、めっちゃ失礼なことしてたり!?
「今さら遅いですわサティスちゃん。末永くお友達でいてもらいます」
「怒らない?」
「怒りません。何を怒ることがあるというのです。むしろわたしが間違ったことをしていたら、サティスちゃんが怒ってください。あと師匠さまを紹介してください」
「ダメ」
「そこはダメなんですか。残念です。わたしも弟子入りしてみたかったのに」
さすがにそれがダメな発言だったのか、マトリチブスさんが首を横に振りながら、ダメです、と頑なな感じで答えた。
「仕方ありません。今日のパーティでこっそりと師匠さまを特定します。見つければわたしの勝ちですよね?」
「何に勝ってるかまったく分かんないけど、とりあえずあたしは負けになるんだ」
「はい! 大人しく永遠の親友でいてください」
「え~……」
なにその結婚相手に使うみたいな表現。
「さぁ行きますわよ。紫の人まであと一歩です」
手を繋ぐ――じゃなくて、腕を組んでベルちゃんは歩き始めた。あたしはずるずると引っ張られる感じでついていく。
その後ろをマトリチブスさんが、なんだか眩しいものでも見る感じであたし達の後ろから付いてくるのでした。
止めなくていいんですか?
ちょっとお嬢様が悪い道に踏み入ってますよ~。あたし、責任とかまったく取れないので知らないですからね。
ほんとに!




