~卑劣! 超弱い師匠~
実戦経験を経て。
パルとルビーは立派な貴族になりました。
「――なんて、上手い話があれば楽だったのにな」
用意された部屋の中で、ルーシュカさまによる歩き方の訓練を受けるパルを見ながら、俺はそうつぶやいた。
「う、うぅ~、ヒールが、ヒールがぁ……」
高貴なる歩き方、というよりは、しゃなりしゃなりと色気のある歩き方レッスン。という気がしないでもない。娼婦のそれに似た感じもあるが、まぁ貴族の娘は嫁の行き先で人生の全てが決まるといっても過言ではないので、歩き方ひとつも重要か。
それを放棄するとフリュールお嬢様のように冒険者の道へまっしぐら。
色気もひとつの武器なんだろう。
「ほらほら、フラついてるわよサティス。堂々と歩きなさい、堂々と。もっと胸を張って」
「張る胸なんて無いですぅ」
「いいわけしない、ぺったこんこ」
「ルーシュカさまがヒドイ!?」
どうにも足音を消すという盗賊としての歩き方が体に沁みついてしまっているようで、逆に踵が高くなった上に硬い素材のヒールがコツコツと音を立ててしまうのが、パルにとっては何ともイヤなようだ。
鈴を付けられて嫌がる猫のようだな。
「ちゃんと歩けてるのに。盗賊っていうのは難儀するのね」
ルーシュカさまが肩をすくめて苦笑した。
自分が立てる足音が気に入らないパルは、気が付いたらそろそろと歩き出してしまうようで。しかも、こそこそと背筋が曲がっていく。
なんというか、綺麗なドレスを着てこそこそと足音と気配を殺して歩く姿は滑稽を通り越して不気味だった。
新しいモンスターかおまえは、とツッコミたくなってくる。
パルは自分の立てる靴音に驚いてうしろを振り返ってしまい、ルーシュカさまに叱られていた。
「情けないですわね、サティス。いっそのことドレススカートをギリギリまで伸ばして、ブーツを履いていったらいかが?」
「最後の手段は、それにしましょうか」
トンデモ提案がルーシュカに受け入れられてしまって、逆にルビーが驚いていた。
本人的には否定されるつもりで言ったらしい。
「ルーシュカさまの懐の深さが恐ろしいですわ」
「失礼ね。これでも貴族です。お父さまの領民の声に耳を傾けるのは当然ですからね」
うそつけ、犯罪者め。
という言葉は飲み込んでおいた。
いや、マジでそんなこと言ったらホントに首が飛ぶかもしれないので。家を買ったばかりなので、ジックス街から逃げたくない。
「サティスはヒールに慣れること。プルクラはときどき顔が緩みますので、そこに注意すること。分かりましたか?」
「はい、ルーシュカお姉ちゃん」
「了解ですわ、お姉さま」
よろしい、とルーシュカは満足そうにうなづいた。もしかしたら妹が欲しかったのかもしれない。
ひとりは確実に妹と言える年齢なのだが……もうひとりは確実にルーシュカさまより年上なので、真実を知っている身としては煽られてるように見えなくもない。
知らぬが華、というやつだな。
うん。
そういえば妹で思い出したのだが――
「ルーシュカさまはご兄弟はいらっしゃらないんですか?」
イヒト領主の跡継ぎ問題。
本人に聞くタイミングを逃していたので、娘さまに聞いてみた。
「兄と弟がいるわ。お城で働いてるわよ」
へ~、そうだったんだ。
……兄は分からなくもないが、弟はアレだろ……ルーシュカさまの毒牙から逃がしたのかもしれない。
まったく。
イヒト領主は何も分かっていないな。
ロリコンであってもシスコンとは限らないわけで。小さな女の子が好きなことと、妹を女として見ることは、まったくこれっぽっちもイコールでつながらないのだ。
考えてみろ。
そいつは近親相姦であって、別の性的趣向だ。
同じにしてもらっては困る。
それといっしょで、いくらショタコンだからといって、実の弟に手を出すと思われると心外だよな。
きっとルーシュカさまも憤慨したに違いない。
もっとも。
そんな怒りをぶつける権利を、この娘さまは持っていないのでどうしようもないが。
まったくまったく。
これだからノー・タッチの原則を破った人間は困る。
「ルーシュカお姉ちゃん、兄弟がいたんだ。パーティで会えるかな」
「会えると思うけど忙しそうだから挨拶程度かも。こんな時じゃなかったら、ちゃんと紹介できたんだけど。ごめんなさいね」
まぁ、それは仕方がない。
お城で働いてるってことは、なかなか素養があるということ。むしろ修行中の意味に近い感じだろうか。いずれ領地に戻ってその手腕を振るうことになるだろう。
イヒト領主が引退して、代替わりした時には。
正式に挨拶にいこう。
「それじゃ私はメイドの教育に戻るわ。いい、サティス。今日はヒールで過ごすこと。分かった?」
「分かってるよぅ、お姉ちゃん」
「ふふ。文句言わないの」
ルーシュカさまはパルの頭をぽんぽんと撫でてからルビーへと向き直る。
何か言葉で伝えようとしたが――
「あなたは優しくしても効果は無さそうね」
「良く分かってらっしゃいますわ、ルーシュカお姉さま。ですが、撫でられる分にはやぶさかではありません。さぁ、存分に!」
「はいはい」
パルとは違って、ルビーの頭はゾンザイに撫でてから部屋を出ていった。
ふぅ、と俺は息を吐く。
「師匠さんは、ほんと分かりやすいですわね」
そんな俺を見て、ルビーはくすくすと笑った。
「む」
ルビーにそう言われると、なんとなくムカっとする。なにせ、この吸血鬼も相当分かりやすいので。
「師匠ってルーシュカお姉ちゃんが苦手なの?」
「いや、苦手じゃない」
むしろ同族として気持ちが痛いほど分かる。
痛いほど分かるがゆえに、それを我慢できなかった女として見てしまうのだ。
「慣れ合うのはいいし、仲良くなることは悪いことじゃない。だが、貴族さまを相手にしている、ってことを忘れないようにな。友達付き合いをするのはいいが、俺たちの命など簡単にひっくり返すことができる相手だ」
嘘には、ほんの少しの真実を混ぜればいい。
まさかショタコンとの付き合い方を考えあぐねている、とは言えまい。
「ルーシュカお姉ちゃんは、そんなヒドイ人に見えませんけど?」
「そうだな」
イヒト領主も、改心した後のルーシュカさまも。
模範的な貴族というか、平民に良くしてくれる領主一族ではある。
逆に言うと、いまどき圧制を強いる貴族など珍しい部類だ。基本的には良き振る舞いをしていないと税金を納めてくれないわけで。
持ちつ持たれつの関係に、自分を偉い血筋だと勘違いした貴族など、とうの昔に没落したから滅んでいるだろうさ。
「ま、心構えの問題だ。むしろ、貴族側に立つわけだから気を付けろよ。甘いと思われたら、一気に侵攻してくるぞ貴族は」
「そうなんですか?」
「ルビーを見ろ」
俺は親指でのほほんと優雅にヒールで片足立ちをしている吸血鬼を指差した。
さすがにドレス衣装にマグを普通に装備すると目立ち過ぎているので、今は足に装備している。足をあげたところで、スカートがこぼれるようにサラサラとめくれて、まるで奴隷の名残のようにマグが見えたのは……なんというか、ちょっとドキドキしてしまった。
「人たらしだろ、この支配者さまは」
気が付けば、いつの間にか仲良しになっている。
なぜか心を許してしまう。
魅力的というわけでもなく、口がそこまで上手いわけでもない。なぜかするっと懐に入ってきて、気が付けば友達になっているような。
そんなフレンドリーな吸血鬼さま。
まさに『人たらし』、というわけだ。
「気を付けろよパル。おまえは護衛だが、おまえ自身が狙われる可能性だってあるんだからな」
「ほえ!? あ、あたしを、ですか」
もちろんだとも、と俺とルビーはうなづいた。
「あの領主さまがパルを貴族に仕立て上げた理由が分かりますわ。あなた、良い盾になりそうですもの。ルーシュカお姉さまより、よっぽど狙われますわよ」
「えぇ!?」
貴族たちのパーティ。
そこに奥様や娘さまが参加するとなれば……やはり品定めは必ず行われるはずだ。場合によっては傲慢な貴族による無理やりな一手、もあるだろう。
今回、イヒト領主は注目されている貴族でもある。
なにせ暴れ川の治水に成功し、大きな橋を架けることができた。それによって王都との流通が盛んになり、今後、ますます街は発展していくだろう。
分断されて辺境だった土地が一気に一等地に生まれ変わったのだ。
お近づきになりたい貴族は多いはず。なんならルーシュカさまへの婚姻を取りつけ、親族になろうと目論む貴族がひとりやふたりでは済まないレベルで現れるはず。
だが、ルーシュカさまはそこそこ年齢が上なので、自分のところのまだ結婚していない子どもにあてがうには年齢差がありすぎる。しかも引きこもりで滅多に外に出てこなかったといういわく付き。
そんなところにまだまだ若くて美しい少女がジックス家に連なる者と分かったらどうだ?
出自は少し怪しいが、イケるイケる!
と、阿呆な貴族が寄ってくる可能性は多いにある。いや、むしろ人間種の未来をおもんぱかるのなら、そんなアホ貴族がいないことを願いたい。
「あ、あたしには師匠がいるので無理です!」
「そんな断り方、できると思ってるのか」
俺は嬉しさ半分、呆れ半分でパルの顔を両手で挟んだ。むにぃ~、と顔がつぶれてくちびるが鳥のくちばしのように飛び出した。
キスしてやろうか、可愛いなぁ、もう!
「あぶぶぶぶぶ」
「はぁ。というわけで、今日も修行だ訓練だ。頑張ろう、パル」
「うへぇ」
「うへぇ、じゃありません。ツールボックスは装備しているな」
はい、とパルはドレスのスカートを持ち上げる。
ちゃんとドロワーズをはいているので、安心して見ていられるけど、やっぱりちょっとドキドキするので鋼の心で無心になった。
よし。
太ももに装備したツールボックス。
そこから違和感なく針を取り出すのは――不可能だ。これはどれだけ熟練の盗賊であっても、物理的に無理というもの。
なので、あくまでツールボックスは緊急用。スカートを破ってでも使用するための物であって、装備したままで違和感なく動けるかどうかの訓練でもある。
「よろしい。では針を装備してみよう」
「はい、師匠」
パルに針を手渡す。
それを一本一本、丁寧にドレスに仕込んでいった。柄に合わせたり、縫い目に合わせたりして、うまく隠しながら針を仕込んでいく。
「誰かとすれ違う時に注意しろよ。引っかかってしまうからな。逆にそれを利用して相手の気を引くこともできる」
「どういうことですか?」
例えば、と俺は自分のズボンに分かりやすいように針を仕込んで、ルビーに向かって歩く。
ドレスの裾とスカートが少し触れるようにしてワザとスカートを引っかけた。ルビーからしてみれば何か違和感があったはず。そうなれば自然と俺に振り返ったり、スカートを確認するために視線が下を向く。
本来であれば盗賊スキル『影縫い』で行うのだが、それの簡易版みたいなものだ。
「あれ?」
で、そのタイミングを使って俺はルビーの死角に入った。
盗賊スキル『影走り』。
ルビーから見れば俺が消えたように見えただろう。真後ろにいるのに少しの間は気付かれない。
なので――
「あいたっ」
ルビーの首筋にちくりと針を刺した。
もちろん毒も何も使用していないので、意味はないが。
「こうやって暗殺できる」
「おぉ~」
ぱちぱちぱち、とパルは手を叩いた。
ルビーが簡単に暗殺されたのが面白かったらしい。まぁ、この程度で吸血鬼を暗殺できるのなら魔王も簡単に殺せるんだろうけどなぁ。
「今はここまでの技術はいらないので、引っかからないように注意して歩く練習をしよう」
「はーい」
「ルビー、障害物となってくれ」
「了解ですわ。でも、その前に」
ルビーは俺に近づいてきて、がぶっ、と俺の指を噛んだ。
「あいたー!?」
「仕返しです。乙女の柔肌に針を刺すとは何事ですか、師匠さん。刺すんなら針じゃなくて、夜のベッドの中で師匠さんの立派なおち――」
「言わせねーよ!?」
このエロ吸血鬼が!
「あはははは!」
そこの金髪美少女も下品なネタで笑わない!
まったくぅ。
どこが貴族の娘なんだか。
おまえらなど好色な貴族に拉致られて、いろいろやられてしまうがいい!
「やーん、怒らないくださいまし師匠さん」
「あーん、許して師匠~」
両サイドからパルとルビーがすがりついてきた。
「――許す」
俺。
超弱い。




