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~可憐! なぜか怒られた話~

 ジックス街から出て街道を歩いていく。

 以前はまったく人通りが無かったけど、新しく舗装された道は綺麗で今では馬車も通るし、商人の人たちもいっぱい歩いていた。

 冒険者の姿も見かけるので、依頼でどこかに移動中なのかもしれない。

 そんな中に混じって、あたしとルビーも橋に出来た村へ向かって歩いていた。


「名前とか付いてないのでしょうか?」

「え?」

「橋の村、とか呼んでいますでしょ? 集落でもかまいませんが。せっかくですので、名前を付ければいいのに」


 呼びにくいですわ、とルビーは肩をすくめた。


「橋村でいいんじゃない?」

「そこはかとなくダサいですわ」

「じゃぁ、村橋」

「同じですわよ」

「ブリッジビレッジ」

「語呂が最悪ですわね」

「ワガママだな~。じゃぁルビーが決めてよ。領主だったんでしょ?」

「支配者と言ってくださいまし。そうですわね……」


 ルビーは腕を組んで、う~ん、と考えた。


「暴れ川を制した村ということで『治水村』というのはどうでしょう?」

「橋村とどっこいどっこいじゃん」

「どっこいどっこいはダサいって以前におっしゃられてませんでした!?」


 うん。

 どっこいどっこい、って何なんだろう?

 同じくらい、っていう意味のはずなんだけど、こう、ルビーが使うとそこはかとなくダサい感じに聞こえたのは間違いない。あたしが使ってもダサいのはダサいんだろうけど。


「じゃ、もう『どっこい村』でいっか」

「因果関係が空の彼方へ吹っ飛びましたわね。これほど酷い命名は初めてです……あなた、ぜったいに人の上に立ってはダメなタイプに人間ですわ」


 まるで自分は優秀な領主であるかのように振る舞うルビーが言った。

 まぁ、領地が滅んだり謀反を起こされたりしてなかったから、あたしよりはマシなんだろうけどさ。

 でも普通に考えたら――


「あたし、孤児だもん。貴族になんか成れないよぅ」

「あら、分かりませんわよ~。このまま師匠さんのギルド『ディスペクトゥス』が表立って活躍しますと、必ず貴族や王族が動きますわ。便利な小間使い程度と思われていたら良いですが、場合によっては重要な任務も含まれるものと予想できます。そうなると、必ず褒美の話が出てきますので、領地を与えられてしまう可能性がありますわ。単純に爵位を与えられることも考えらますしね」


 それって……師匠が貴族になるってこと?

 あたしがそう聞くと、ルビーはうなづいた。


「そうなると、第一夫人であるパルも貴族の仲間入りということになります」

「第一夫人……うへへ」


 そっち!?

 と、ルビーは驚いてた。


「まぁとにかく、そういう成り上がりもありますので。領地に妙な名前を付けないでくださいね。領民が嫌がりますわよ」


 あぁ、そうだよね。

 どっこい領から来ましたパルヴァスです、って名乗るのは恥ずかしい気がする。

 もっとカッコいい名前を付けないといけないのか~。

 領主って難しい。


「その時にはルビーに任せるよ」

「わたしは愛人ですので、表には出れませんわ」

「なにそれズルい! あたしも愛人がいい!」

「残念ですわね、その枠はすでにわたしという素晴らしい人材で埋まっております。せいぜい公式のお嫁さんになるがいいですわ!」

「え~、ルビーばっかり楽してズルい~。愛人いいな~」


 おーっほっほっほ、と絵本に出てくる悪いお嬢様みたいな笑い方をしてるルビーをうらやましく見てたら、なんだか周囲の視線がズバズバとあたし達に刺さってた。


「?」


 敵意のこもった視線じゃなく、なんかちょっと好意の混ざったような視線は商人たちからなんだけど、あたしが見るとすぐに視線をそらされてしまう。

 まぁ、変な会話だったのが聞こえてきたせいかな。

 うるさい、って思われたのかも。


「ルビー、もう少し静かに――あれ?」


 隣にいたはずのルビーが消えていた。

 あたしに気付かれずに移動するとは、なかなかやるな! なんて思いつつ周囲を見渡すと、馬車に乗った商人さんに声をかけてた。


「パル~、乗せてくださるそうですわよ」


 どうやらナンパしてたみたい。


「歩くのも飽きましたし、さっさとどっこい村へ行きましょう」

「はーい」


 御者席に座る商人のおじさんにお礼を言って馬車に乗り込む。女の子ふたり軽いものよ、とおじさんは言ってたけど、実はあたし達って重いんだよね。

 ルビーはアンブレランスが大と小の二本になっちゃってめちゃくちゃ重いし、あたしはマグ『ポンデラーティ』の効果で加重されっぱなし。

 もうすっかり慣れちゃって、日常生活には影響が無くなってる感じだけど。でも、こういう時にモロに影響がでちゃう。


「あれ、重い……?」


 おじさんは馬の様子に首をかしげつつ、あたし達を振り返った。


「えへへ~」

「うふふ」


 ごまかすように笑っておくと、おじさんはやっぱり首を傾げつつ、おかしいな~、とつぶやきながら進んだ。

 ごめんね、お馬さん。

 と、心の中で謝っておく。

 そのまま馬車に揺られていくと、すぐに橋の近くにある村に到着した。乗せてもらったお礼として、馬車の中に積んであった荷物をお店の倉庫に降ろす作業を手伝う。

 袋に詰められているのは麦? 小麦?

 なんにしても重たいから大変だった。


「ありがとうお嬢ちゃん達。今日はいい日だなぁ」


 商人のおじさんが喜んでくれたので良しとしよう。


「ねぇねぇ、おじさん。あたし達、冒険者なんだけど。ここで依頼を受けられるみたいなこと聞いたんだけど、どこに行けばいいのか知ってる?」

「あぁ、それならあっちの広場にあるよ」


 おじさんの指差した方向には確かに広場がある。冒険者ギルドっぽい建物がないけど、簡易的な支部って言ってたから広場に設置してある感じかな。


「ありがと、おじさん」

「助かりましたわ、おじさま」


 む。

 おじさんはあたしよりルビーのほうが好みっぽい。なんか『おじさま』って呼ばれてデレデレしてる。

 今度からあたしもおじさまって呼んでみよう。

 そんなおじさまとお別れして、広場にいってみると――子ども達がわちゃわちゃと遊んでた。

 五歳くらいの子たちが木の枝で冒険者ごっこをしている。ちゃんと前衛と後衛に分かれているみたい。えらいえらい。

 そんな冒険者志望見習い達を横目に周囲をうかがう。


「あっ、アレかな」


 広場の一角に丸太で作った簡易的な椅子が三個くらい置いてあって、その前に板を立てかけただけの『掲示板』があった。

 そこに何枚か貼りだされている紙があり、依頼が残ってるっぽい。

 周囲に冒険者の姿が無いのはすでに依頼に出掛けた後だからか。それとも、もともと冒険者が少ないから?

 あたし達は掲示板に移動し、依頼内容を確かめた。


「こ、これは――!」


 掲示板に残された依頼を見て、あたしはびっくりする。


「雑用……ですわね」


 残ってる依頼は、どれも『おつかい』程度のものばかり。

 庭の草むしりとか、ジックス街への買い物とか。依頼料もめちゃくちゃ安い。なんと上級銅貨五枚。500アイリス。リンゴ5個買うのが精一杯の値段だった。


「子どものお使いですわね。どれを受けます、パル?」

「やるつもり!?」

「一番高い依頼は……これですわね。木材運び。新しく家を建てるのでしょうか」

「前向きね~、ルビー」


 気が付けば冒険者ごっこをしていた子ども達があたしとルビーを取り囲むようにして見ていた。キラキラとした瞳を向けられているのは……ちょっとした憧れ? みたいな感じ? そんな視線を向けられている。


「ねぇねぇ綺麗なお姉ちゃん」

「あら、世の美醜の判断ができる素晴らしい子どもがいましたわよパル。わたしこの子をお婿さんとして迎え入れたいと思います」


 ルビーが尻軽どころじゃない女になっちゃった。


「愛は平等にふりまくべきですわ。人類みな兄弟、と聞いたことがあります」

「それルビーが思ってるのとぜんぜん違う意味だからね!」


 なんだっけ?

 同じ女の人とえっちした男同士を、なんとか兄弟って言うんだっけ? あたし記憶力はいいはずなんだけど、なんか記憶が曖昧だ。

 イヤな言葉だったから、覚えるのを拒絶しちゃったのかも?


「それで、どうしました?」


 ルビーは質問してきた男の子の頭を、ちょっと屈みながら撫でてあげてる。相変わらずの人間が大好きな吸血鬼。ルビーからしてみれば、師匠も子どもも同じ年齢に見えるのかもしれない。


「お姉ちゃんは冒険者なの?」

「えぇ、そうですわよ。ほら、証拠です」


 ルビーはプレートを子ども達に見せる。それを見て、男の子も女の子も瞳をキラキラと輝かせた。


「ねぇねぇ、これ武器? 盾? すげぇ、見たことない!」

「魔法使える? どんな魔物と戦ったの?」

「美人……綺麗……かわいい……わたしもなりたい……」


 などなど。

 ルビーはモテモテになったみたいで、子ども達に囲まれてしまった。

 困ったような嬉しいような、そんな表情を浮かべるルビー。まんざらでもなさそう。まんざらって何だっけ?


「あれ? おーい!」


 と、その時。

 遠くからこっちを呼ぶようなニュアンスの声が聞こえたので、あたしはそっちを見た。

 そこには冒険者のパーティが一組。

 なんかギンギラ銀のすっごい綺麗な鎧を着た綺麗な女の子がいる!?

 でも、声をあげたのは女の子じゃなくて……

 そんな銀鎧の後ろから――


「あっ!」

「パルヴァス、パルヴァスだろ!?」


 声をかけてきた男の子があたしの元へ手をあげながら走ってきた。


「チューズだ!」


 盗賊ギルドからの依頼で、冒険者ギルドに潜入していた時に仲間になってくれたパーティ。そのうちのひとり、魔法使いのチューズ・ベニフェクスだった。

 赤毛のちょっと勝気な感じの雰囲気は変わってないけど、装備がちょっと変わってた。

 それもそうか。

 以前の装備は全部奪われちゃったし。助けた時は全裸だったもんね。

 それを考えると、ここまで復活したって言えるかも。


「元気だったか、パルヴァス。また帰ってきたんだな~! 会えて嬉しいよ!」


 うはー、とチューズは笑いながらあたしの手を握ってきた。ぶんぶんぶん、と勢い良く揺らして喜びを表現してる。

 大げさだな~。学園都市まではそんな危険な旅って感じじゃないのに。


「サチは元気そうだったか? あいつ無口だから心配でさぁ。向こうでも元気でいればいいんだけど」

「心配する必要がないってくらいサチは元気だったよ。信仰してる神さまも大神になったし、神殿もできたし。今じゃサチが神殿長で神官長だもん」

「え、なにそれ怖い」


 ようやく冷静になったのかチューズが手を離した。


「ガイスは? いっしょのパーティじゃないの?」


 パーティの前衛をやってくれた戦士のガイス。

 ちょっとボーっとしてる感じのタイプだったけど、力が強くて斧を扱う立派な戦士だった。

 頼り甲斐のある~って感じのガイス・ベーラトゥはいっしょのパーティかな。


「いっしょだぜ。おーい、ガイス――げっ!?」


 チューズが振り返ってガイスを呼ぼうとしたけど……そんなガイスが来る前にギンギラ鎧の綺麗な女の子がこっちに向かって歩いてきた。


「ちょっとチューズ。勝手な行動は謹んでくださいます?」


 顔に掛かるサラサラで綺麗な金髪を、バサーっとかきあげながらその女の子はチューズを注意した。


「ごめんごめん。前の仲間がいたんでつい」

「つい、ではありませんわ。ごめんでもありません。申し訳ありません、でしょ?」

「おっと、そうだった。へへ。申し訳ありませんお嬢様」


 よろしい、と綺麗な女の子は満足するようにうなづいた。

 その後ろでは、黒いロングスカートのメイド服の上にポイントアーマーを着込んだような短い黒髪の女性が、うんうん、とうなづいている。

 まるで貴族のお嬢様とそのメイド……みたいな冒険者だった。いや、ギンギラ銀のお嬢様っぽい人は普通なんだけど、どちらかというと、メイドのほうが異常だ。

 なんでメイド服のまま鎧着てるん?

 もしかして、なんか物凄いマジックアイテムだったりするのかな?

 コンバット・メイドスーツっていう防具があるって聞いたことがあるんだけど、もしかしたらそれなのかも。

 ほへ~、とメイドさんが気になるものの、ガイスがそんなメイドさんの後ろから顔を覗かせたので、あたしはガイスの前まで移動した。


「ガイス、元気だった?」

「あ、うん。パルヴァスも元気そうでなにより……あの、えっと……」

「どうしたの?」

「いや、その……うしろ……」


 ガイスが申し訳なさそうにあたしの後ろを示す。

 まぁ、気配で分かるんだけど、なにか心配事でもあるの? と、あたしは後ろを振り向いた。

 もちろんそこには綺麗な銀鎧の女の子がいて、なぜかその後ろに移動した黒髪メイドが控えるように立っている。

 やっぱり気になるなぁ、メイドさん。


「あなた!」


 そんなメイドさんに注目していると、ビシィ、と指を突き付けられた。

 銀鎧の女の子は、眉を縦にしそうな勢いで怒ってる。

 せっかく綺麗な顔に綺麗な金髪なんだから、にこにこしてればいいのに。


「このわたくしを無視するとはイイ度胸ですわ!」

「あ、ごめんなさい。チューズとガイスに会えたので嬉しくって」

「す、素直に謝りますのね」

「え?」


 謝ったらダメだったの?

 思わずあたしはチューズとガイスを見るけど、ふたりとも苦笑してた。どうやら、ちょっと面倒くさい感じの女の子っぽい。

 というか、もしかしてチューズもガイスも『仲間運』みたいなのが無いのかも?

 サチはサチで変な子だったし、あたしは冒険者のオトリみたいな感じのニセモノだったし、リーダーだったイークエスは大犯罪者だったわけで。

 パーティ内のマトモな冒険者は、実はチューズとガイスのふたりだけだったなんて。

 逆の意味で当たりを引いてるような感じ。

 そんな『運の悪さ』は今回も発揮してるみたいで、金髪お嬢様とメイドさんといっしょにパーティを組んでるっぽい。


「殊勝な心掛けね庶民」

「首相……偉い人だっけ? あたし孤児だよ」

「意味が違います! 殊勝です殊勝!」

「え、えっとシュショーです。ありがとうございます」


 なぜかお嬢様がキーとハンカチを噛み切りそうな声をあげた。


「とんだ田舎者ですわね。よろしい。そういうものとして扱います」

「は、はぁ。ありがとうございます」

「褒めてません! 名前を名乗ることを許しますわ。自己紹介なさい」

「あ、はい。分かりました」


 えっとえっと。

 ここはアレだ。

 相手は本物のお嬢様っぽいから、ちゃんとした挨拶と自己紹介をしないといけない。

 よし!

 あたしは少し下がって足を開き、中腰になって右手の手のひらを差し出すようにした。


「遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。わたくし、生まれも育ちもパーロナ国はジックス領です。カケダシの身もちまして姓名の儀、一々高声に発します仁義、失礼さんです。どこで産まれどこの産湯を使ったかはついぞ知りやせんが、姓は無し、名はパルヴァス。人呼んで盗賊のパルと発します。西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地のおあにいさん、おあねえさんに御厄介かけがちなる若造でござんす。以後見苦しき面体お見知りおかれまして、向後万端きょうこうばんたん引き立って、よろしくお頼み申します」


 前にセツナさんがやってたのを思い出して、ちょっとアレンジしてみた。

 うんうん。

 これってちゃんとしたっていうか義の倭の国の正式な自己紹介っぽい。本物の仁義を切るっていう感じのやつ。

 あとはお嬢様が返してくれたら成功――


「長い!」

「えー!?」

「自己紹介は短く簡潔に!」

「あ、はい」


 あれれ~?

 なぜか怒られちゃった。

 あはん。

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