~可憐! 熟練の冒険者レベル1~
師匠は商業ギルドに行くので、あたしはルビーといっしょに商業ギルドへ行くことにした。
こっちを選んだのは、商業ギルドへ行っても師匠の役にはぜんぜん立てないから。
あと、経験をいっぱい積んで、はやく強くなったほうが師匠の役に立てるから。
「頑張ろうね、ルビー」
「気合い入ってますわね、パル。いっそのこと冒険者ギルドを乗っ取り、わたし達のレベルをマックスまであげましょうか」
「やめてください」
「あら、残念」
そんな冗談を言いつつ、ルビーといっしょに冒険者ギルドに入った瞬間――
みんなの視線がいっせいにあたし達に向いた。
ルーキー冒険者たちがピリピリした空気で冒険の準備をしていて、なんだか気が立ってる感じ? もしかしたら難しい大規模依頼があったのかもしれない。
ちょっぴり緊張感というか殺気みたいなものが込められた視線が一気に集中したので、思わず、ひう、と声を出して驚きそうになるけど、なんとか我慢しておく。
こんなところで表情を崩してしまったら盗賊失格になっちゃうので。
ポーカーフェイスとマイペースは保ちましょう。
「あら」
そんなあたしに対して、ルビーは注目されたことが嬉しそうだった。
相変わらずの人間好き。
ふふん、と上機嫌でギルドの中を歩いていく。
「うお、なんだあの可愛い子たち」「おまえ知ってるか?」「あの盗賊の子は前に見たことあるな」「おい、見たこと無い武器を持ってるぜ」「かわいい」「レベルはいくつだ?」「盗賊と戦士か?」「ウチに誘えないかな」「ガキだな」「付き合いたい」「おまえ誘ってこいよ」「黒髪と金髪か」「あと八年で完璧になるな」
などなど。
ピリピリした雰囲気のルーキーに混じって、そこそこ余裕のあるベテランの冒険者からの視線も含まれていた。
すでに依頼を受けた後らしく、掲示板はすっからかんになっちゃってる。あんまり良い依頼は残ってそうにないけど、とりあえず受付に行ってみよう。
「ルビー、こっち」
「はいはい」
ルビーは学園都市で冒険者の登録をしたので、そのままだと依頼とか受けられないかもしれない。ので、受付さんに聞いてみる。
「すいませーん」
「はいはい、なんでしょう」
受付のお姉さんがにこやかに受付カウンターに小走りでやってくる。なんか奥で作業してたので、ちょっと申し訳ない気分。
やっぱり朝は忙しいんだな~。
「あたし達、学園都市で冒険者やってたんですけど。こっちでも依頼を受けたりできますか?」
「はい、大丈夫ですよ。冒険者の証のプレートを預かってもよろしいですか?」
あたしとルビーはお姉さんにプレートを渡した。それを受け取ると、少々お待ちください、と言って奥の扉の向こうへと入って行く。
「なにをしてるんだろうね?」
「魔力的な感じがありましたから、登録作業でもされているのでは?」
「へ?」
「あら、分かりませんでした?」
うんうん、とあたしはうなづく。
「ほんのわずかですが、プレートに魔力のような物を感じます。きっと、なにか秘密があるんですわ」
ほへ~、そうなんだ。
って思ってる間にお姉さんが戻ってきた。
「無事に確認できました。依頼は掲示板に貼りだしてありますので、受けたい物を持ってきてくださいね。と言っても、もうあたな達で受けられるような依頼は残ってないと思うけど……」
お姉さんは苦笑しつつプレートを返してくれた。
あたしは改めてプレートを確認するけど……ん~、魔力的な物は分からない。触ってみてもこすってみても、においを嗅いでもみたけど、やっぱり分からなかった。
「どうしました?」
「あ、いえ、ルビーが魔力を感じるって――」
「――」
お姉さんはくちびるに人差し指を当てた。
黙ってろ、という合図だ。
おおう、なんか気付いちゃいけない秘密に気付いちゃった感じ?
こくこく、とあたしはうなづいてルビーを見る。
「了解ですわ」
と、ルビーは困ったような笑顔でうなづいた。
どんな秘密があるのか分かんないけど、あんまり言わないほうがいいみたい。魔法使いの人たちが気付いてないっぽいけど、ルビーが気付けるってことは……ちょっと危ない技術なのかもしれないなぁ。
魔物的な。
分かんないけど。
「さぁ、パルパル行きますわよ。冒険がわたし達を待っていますわ」
「テンション高いなぁ、ルゥブルム・イノセンティア」
「いや、そこはルビルビと呼んでくださらないと」
「言いにくいから、イノイノでいい?」
「イノシシっぽくて嫌」
わがままだなぁ、なんて思いつつふたりで依頼が貼りだされてる掲示板を見に行く。案の定、依頼はほとんど残ってなくて、ベテラン用の遠征依頼がチラホラ残ってるだけ。中には数日間そのまま張り出されっぱなしっていう感じの依頼まであった。
「これ、面白そうですわね」
「どれ?」
ルビーが良さそうと指をさした依頼を見てみる。
依頼内容は『山の中で最近見つかった洞窟内から唸り声が聞こえてくるので調査して欲しい』という単純なもの。
でも、その後に付いている補助項目に『洞窟の場所は村から歩いて三日ほどの山奥』ということが書いてあるし、なにより単純な調査依頼なので報酬が中級銀貨5枚っていう安さ。
「帰ってくるまで六日も必要になっちゃうよ。その村がどこにあるのかも知らないし。無理、やだ。日帰りじゃないと師匠しんぱいしちゃうもん」
「朝帰りぐらいなら許してもらえますわよ。夜通し走れば一日で行けるのでは?」
そんなことができるの、吸血鬼だけなんですけどぉ!
って言いたかったのを我慢した。
あたし偉い。
「仕方ありませんわね。適当に歩いて魔物でも襲いましょうか」
「言い方」
「襲われる前に襲え、ですわ」
それはそうなんだけど……魔物種からしたら、人間種ってそう見えてるのかなぁ。でも、向こうもこっちを襲ってくるので、おあいこってことにしておこう。
「申し訳ありません」
ルビーは受付のお姉さんに声をかけた。また奥からパタパタと小走りでカウンターまで来るお姉さん。なんかやっぱり申し訳ない気分。
用事は一回で終わらせるべきだった。
「ちょっとこのあたりに何かを飛ばしてくるような魔物はいませんでしょうか?」
「何か……飛ばす……?」
「えぇ、直接じゃなくて間接的に攻撃してくる相手と戦いたいんですの。ゴブリン・アーチャーしか発生しない洞窟とか知りませんか?」
「そんな面白い洞窟があれば真っ先に教えていますね」
でしょうね、とあたしは後ろでうなづいた。
「う~ん、森の方へ行ってみれば何かしらの魔物は発生していると思いますよ。飛ばしてくるかどうかは分かりませんが」
「そうですか」
「あぁ、よろしければ橋へ行ってみるといいかもしれませんよ」
橋?
と、あたしとルビーは声をそろえてお姉さんに聞き返した。
「新しくできた橋に村ができてるじゃないですか。あちらでも簡易的なギルド支部がありますので、そこでも依頼を受け付けております。あくまで村限定の依頼になるかと思いますが」
お~、そうなんだ。
「どうしますパル、行ってみますか?」
「うん、行こう行こう」
なんかそっちのほうが楽しそうだし。
「ありがとうお姉さん」
「貴重な情報、嬉しく思いますわ」
ひとまずお礼を言って、あたし達はギルドを出た。
それにしても――
「めっちゃ見られてたね」
「わたしの美しさに見惚れていたのでしょう」
「ひとりも声をかけられなかったのに?」
ちなみにあたしの時は~、と初めて冒険者ギルドに行った時のことをルビーに話した。
まぁ、声をかけてきたヤツって犯罪者だったんだけどね。
だから騎士の男の子ってなんか嫌い~。
ルシェードさんは、大丈夫だったけど。
騎士団に所属してたら安心なのかな~。
「つまり、あなたは安っぽくて声をかけやすいタイプだと」
「イヤな言い方だなぁ~。じゃぁルビーは高いってことかよぅ」
「はい。これでも実家は高いところにありますので」
値段じゃなくて高度!?
「高嶺の花、というやつです」
「そういう意味だっけ? ルビーなんて高値の鼻でいいよ、鼻で」
あたしは自分の鼻をポンポンと人差し指で押した。
「鼻を削ぎ落して売れと」
「なにそれ怖い」
「ふふ。あ、知ってます? 鼻の先を触ってみて、骨がふたつに分かれてる女の子は処女じゃないそうですわよ」
「そうなの?」
あたしは鼻の先の指で触ってみる。くにくにと動かしてみるけど、骨が分かれてるって感じじゃなかった。
「ホントだ。ルビーは?」
「分かれていませんわ。正真正銘の処女ですもの」
「ほへ~。これ、誰が言ってたの?」
「アンドロですわ」
「下半身がサソリの人が……人? ん~、なんかこう、説得力が無い」
「え、そうですか? アンドロは優秀ですわよ」
「分かるけどぉ……なんていったらいいのか分かんないけど、納得がいかない」
アンドロさんって処女なの?
というか、そもそもアンドロさんの上半身って、人間種と同じって考えていいの?
骨とかちょっと違ってそうなんだけど?
「言いたいことは分かりますが。あの子も見た目で苦労してますので、あんまり言わないであげてくださいね。なんにしても鼻を売るのはやめましょう。わたし、ブサイクにはなりたくありませんもの」
「あたしも」
「では、美少女同士でまいりましょう」
「お~」
「自分を美少女だなんて、随分とおごりましたわね、パル!」
「急にはしご外さないでくださいます!?」
なんて。
どうでもいいことを話しながら。
あたしとルビーは橋の村を目指すのだった。




