~卑劣! 危うく性癖を捻じ曲げられそうになる師匠~
「こ、ここ、こちらが物件です。あ、いえ、家です。あ、違います! ダジャレじゃないですので!」
商業ギルドから件の物件まで歩いてくる間にセーラスの緊張は再び上がってしまった。むしろ先ほど以上に緊張しているのではないだろうか。
う~む。
歩いてくる間にチラチラと後ろを振り返ってくるセーラスに対して、何も喋りかけなかったのが失敗だったか。
一応、俺もそれなりになにか話をしようとしたが……どうにも話題が思いつかなかった。パルがいれば同年代で話もあったかもしれないが、なにせ俺は彼女の一回りくらい年上なわけで。
セーラスと同じ年齢の時にこの街を旅立ったかと思うと感慨深いが、そんな話をしたところでおじさんの自分語りになるだけだ。
前途ある若者にして良い話ではない。
かといって無言で歩くのも気まずいのは気まずいわけで。
それはセーラスも同じだったのか、チラチラと振り返っては俺との話題を模索している様子。
何か旅人さんにふさわしい話題のチョイスをしなければ……!
という空気と態度と視線を感じていたのだが、無理に話しかけると余計に混乱すると思って何も言わなかったのが失敗だったらしい。
女の子って難しいなぁ。
特にセーラスは初めての客対応ともあって、極度の緊張状態。普通の女の子がレベル90という難易度だとしたら、今のセーラスはレベル99ぐらいか。
攻略不可能だ。
それに比べて、パルなんか秒でなついてきたような気がしないでもない……って、あれ? あいつ、最初はちょっと俺のことバカにしてたよな?
ロリコンだなんだって、俺を利用する気が満々だったのに。
いつの間に、こう、俺のことを好きって思ってくれるようになったんだ?
「ん~……?」
女の子って難しいな、やっぱり。
「ひ、ひぃ! なななな、なにか粗相でもしちゃいましたか、ワタシぃ!?」
「あぁ、いやいや、大丈夫。こっちの話だ」
思考があさっての方向へ行ってしまって、すっかりとセーラスのことを置いてけぼりにしてしまった。
「セーラス、少し落ち着きなさい。それでは逆に失礼ですよ」
「はハはハ、ハイ! ギルドマスター!」
新人研修ということで、付いてきてくれて良かった商業ギルドマスター・ムジック氏。
すぅ、はぁ、とセーラスが深呼吸している間に、俺は物件の外観を確認した。
家というには、少々違うな。
やはり元々が店だっただけに、普通の一般的な家とは違って、お店、というニュアンスがただよってくる。
具体的に言うと、なんか四角い。屋根がナナメではなく平になっているせいで、家らしさが消えていると言う感じか?
雨が屋根の上に溜まりそうだし、あまり良さそうには思えないが……なにか意図があったのかもしれない。看板が付いてたとか?
玄関というか、店の入口は一枚の扉。すっかり薄汚れている木の扉で、ガラスも付いていないので中の様子は見えない。
壁にはいくつか窓があり、視線が通る程度の判断では、一階にもいくつか部屋が別れている感じか。
二階は――さすがにこの場所からは視線が通らず、窓はあるが中は確認できなかった。
「しかし……」
俺は後ろを振り返った。
そこには黄金の鐘亭の裏庭がすぐ近く――というよりも隣接しているというか、面しているというか、一見すると『黄金の鐘亭の敷地内』に見えなくもない。
つまり、この物件。
黄金の鐘亭の倉庫と思われているのではないだろうか。
実際、俺はそう思っていた……
入口まで入ってくる通路というか、舗装されたレンガ敷きの道は古く、雑草が生えてしまっている。それが黄金の鐘亭の裏庭と相まってしまっており、尚更に倉庫感が生まれていた。
だって四角いもん。
どう見ても倉庫か物置だ。
俺は悪くない。
「そりゃ気付かないわけだ」
宿の廊下の窓から何度も見てるし、なんなら井戸があるので裏庭で洗濯もしていた。それでも、ここが別の建物と気付けなかったのは、黄金の鐘亭の立派さ、のせいかなぁ。
こんなにも大きな宿なんだから、二階建ての倉庫くらいあっていいよね、と思ってしまう。むしろ従業員の休憩場所とか、もしかしたらリンリー嬢一家がここに住んでるのでは、なんて思う人がいても不思議ではない。
まぁ、逆に言うと――
「誰も買わないっていうのも理解できる」
商売をするには最悪の位置なわけで。
こんなところで営業が出来る店など、この世に存在はしない。隠れてこっそり売るような物なんぞ、あまりよろしく無いものだからな。
富裕区に片足を突っ込んでいるような場所だし、なにより黄金の鐘亭の一部かと思われかねないので。下手な商売をすると、そのまま叩き潰されてしまうだろう。
「あれ、エラントさん」
俺が肩をすくめていると、宿からリンリー嬢が出てきた。どうやら洗濯をしに来たらしく、手に持ったカゴには、こんもりと積もった山のような洗濯物。
宿の看板娘というと華やかなものを想像するが、実際は肉体労働だよな。
汗水流して一生懸命に働く娘さまは美しい。
これで巨乳じゃなかったら、もっと美しいのに。
残念だ。
「なんですか?」
「なんでもない」
「ふーん。ところでこんなところで何やってるんです? のぞき?」
「俺をなんだと思ってるんだ、リンリー嬢は」
「嬢って言わないでください変態」
「変態って思われてたのか……」
いやまぁ、変態と言われれば変態なのは間違いない。通常の性癖からは逸脱した趣味というか性的思考なので、そう呼ばれるのも仕方がない。
……仕方がないけど。
やっぱり女の子に面と向かって言われると、ちょっと心が痛いなぁ……
「私のこと嬢って呼ぶからです」
「あ、はい……気を付けます」
よろしい、とリンリー嬢は胸を張った。ばるん、と揺れる巨乳の重さが心配になってくる。
「で、ホントに何をしてるんですか? かくれんぼ?」
「遊んでない。家を買おうと思ってな」
「え!? パルちゃんとルビーちゃん、出ていっちゃうの!?」
リンリー嬢は驚く顔で洗濯物の入ったカゴを落とした。
俺も出ていくことになるんだけどなぁ~。
「あんまり部屋を占拠してると迷惑かと思ってな」
「そんなこと無いですよ! あの部屋はずっと契約されたままなので、どっちにしろお客さんの入らない部屋だから……」
「でも、リンリーの仕事は増えるだろ?」
「う……」
実は部屋の掃除をちゃんとしてくれているリンリー。備え付けのお風呂まであるので、逆に言うとお掃除をしないと大変なことになってしまう。
使っていないのであれば、風呂は入れなくていいし、毎日の掃除ではなく、定期的に掃除する程度でいいはず。
逆に使う予定が無駄に入っていることで、リンリーの仕事は増えてしまっている。
「世話になっている分、申し訳無い気分になってくる。臨時収入もあったことだし、いっそのこと家を買うか~、と思ってな」
「私、迷惑なんて思ってないですよ~。ずっといてくれたらいいのに……」
「そうは言ってもなぁ」
リンリーがパルと仲良くしているのは分かっている。まぁ、別の街や国に引っ越すわけでもないので、会えなくなる訳じゃない。
遊ぼうと思えばいつだって会える距離にいるから問題ないと思うんだけどなぁ。
会いたいと思っても、なかなか会えない者だっているんだから。
距離的にも。
人間関係的にも。
「う~……あれ? じゃぁなんでこんな所にいるんですか?」
「あぁ。商業ギルドで家を探したら、ここが空いてる物件だと聞いてな。見に来たんだ」
「決めました、ここにしましょう」
リンリー嬢が即決してしまった。
「ありがとうございます!」
おまえは何を聞いていたんだ、セーラス。
「待て待て待て。まずは中を確かめてからだ」
「そうなんですか。あ、よろしければ奥様もごいっしょに中を確認されてはいかがでしょう?」
「奥様……」
俺はイヤな表情を隠しもせずにリンリー嬢を見た。
同じく、イヤな表情を隠しもしなかったリンリー嬢が俺を見る。
「間違ってもエラントさんと結婚なんかしません」
俺は力強くうなづいた。
「あれ!? 仲良さそうなので、つい」
つい、で結婚させられてはたまったものじゃない。
「黄金の鐘亭の従業員のリンリー・アウレウムです。エラントさんは宿泊してるお客様なので。あ、でもいっしょに中を見てもいいですか?」
俺は別にかまわないが、という視線をセーラスとムジック氏に送った。セーラスはそれを受けてムジック氏を見上げる。
「お客様が問題無いのでしたらかまいませんよ。なによりご近所付き合いは大切ですから」
「なるほど、確かに」
と、俺は肩をすくめておく。
「それではお二方、どうぞこちらへ」
俺がリンリー嬢としょうもない会話をしている間に、すっかりと落ち着いたセーラスが入口の鍵を開ける。商業ギルドで管理していた鍵らしい。
問題なく扉は開くが、長年閉まったままだったのか、すこしギギギという音を立てて扉が開いた。
「お~」
俺ではなくリンリー嬢が声をあげた。
扉を入ったすぐの場所は、広い空間になっている。
もちろん、何も無い。
小広い、という感じの四角い部屋で右側と奥に扉があるだけ。奥にカウンターがある程度で、あとは何も無かった。
店だった、というのは何となく分かるが……何の店だったのかは分からないな。
「リンリー。ここが何の店だったのか、知ってるか?」
「いえ、なんにも聞いたことがないです。あとでお父さんに聞いとこ~っと」
リンリーが知らないってことは、相当昔から空いてたってことか。
「え~っと、資料によりますとこちらが――」
セーラスが案内するように右側のドアへ向かう。
そこは両開きの扉になっており、セーラスは押し開こうとしたが動かない。どうやら引っ張るタイプだったようだ。
「び、びびったぁ、開かないかと思った……あ、こほん。こちらがキッチンになっております」
もともとキッチンだった場所、ということだが。意外と広いというか大きいというか、なんとも立派に作られている気がした。
長年の未使用ですっかりと埃と蜘蛛の巣にまみれているが、大きな窓もあって綺麗な空間であったことは間違いない。
「ふむ。もしかしたらレストランか料理屋だったのかもしれないな」
「うんうん、それっぽい」
リンリー嬢もうなづいてくれたので、たぶん間違ってはいないだろう。
「きちんと掃除したら、まだ使えそうだけど。エラントさんって料理できるんですか?」
「料理ってものは作れないな。せいぜい簡素なスープと干し肉を焼く程度しかできん」
「じゃぁ私の出番ですね!」
なんでリンリー嬢の出番なんだよ。
作りに来る気マンマンかよ。
「やっぱり夫婦なのでは?」
セーラスがそういってしまうのも無理はない。
「ち、違います! 私はパルちゃんとルビーちゃんと遊びたいだけです!」
「お子さんがいらっしゃるんですか?」
セーラスの純粋な視線が俺を貫いた。
どうしてその視線が痛かったのか、俺には良く分からなかったが、なぜか痛かった。
「いや、弟子だ。いまは冒険者をやってるよ」
ほんとは盗賊だけどな。
「おぉ~、冒険者ですか。だったら、尚更に家は必要ですよお客様」
「そうなのか?」
「はい。帰る場所がある、というのは精神的な負担がぜんぜん違います。どれだけ疲れて帰ってきても、自分の家が有るのと無いのとでは、まったく気分が違うものですから。あと生活費も違ってきますよ。ルーキーの間は大丈夫ですが、ベテランと認定されたら冒険者ギルドと提携している宿とか追い出されちゃいます。そこで出遅れてしまう冒険者が多いですから、家っていうのは大事です」
セーラスは途端にベラベラと話し出す。
調子が出てきた、というよりは冒険者に何か憧れでもある感じがした。
ふむ。
もしかしたら、冒険者になりたかったのかもしれないな。
だが、冒険者とは死と隣り合わせの仕事と言っても過言ではない。商人としての才能があるのなら、間違いなく商人になるほうが良い。
「セーラス、続きを案内してさしあげないといけませんよ」
「あ、そうでした。では、奥を案内しますね」
緊張感が良い意味で晴れたのか、それともようやく晴れたというべきか、再び晴れてくれたとも言えるのだが、とにかくセーラスは小広い部屋に戻ると、今度はカウンター奥の扉を開けた。
その先は廊下になっていて、真っ直ぐ向かった先は外へ通じる扉があった。いわゆる裏庭に通じている扉だろう。
廊下には二階へ続く階段があり、階段の下に物置らしき扉とその向かいにもうひとつ扉がある。
「階段の下は物置になっています。で、その向かいはおトイレです。え~っと、あまり見ないほうがいいかも?」
「これ、セーラス。ちゃんと確認してきなさい」
「う。す、すいません、見てきます!」
おっかなびっくりセーラスがトイレの扉を開ける。
「……セーフです、お客様!」
良かった。
なにがセーフでなにがアウトなのか分からないが、少女がセーフと言っているんだから、セーフだろう。うん。
「二階を案内しますね」
階段はさすがに古めかしくギシギシと音が鳴ってしまうが、逆に言うと侵入者の存在が気付きやすくなるので、むしろありがたい。
全員で二階へあがると、階段を登ったところはちょっとした広い空間になっており、その先にまっすぐ廊下が伸びていて、最奥は裏庭を見下ろす窓がある。
その廊下には四つの扉があった。
「二階には四部屋あります。え~っと、資料によりますとどの部屋も同じ大きさですね。まずは手前の部屋から見ていきましょう」
セーラスが扉を開けて中を見る。次いで俺たちも中を見たが……埃だらけになっているので、ちょっと立ち入る気にはなれそうにないな。
部屋の中には何も残されていなかった。
まぁ、そこそこの大きさで狭くもないし、だからといって広いとも言えない。つまり、ちょうどいいぐらいの大きさだ。
他の部屋も同じ大きさらしいので、ひとり一部屋と考えれば問題ないだろう。向かいの部屋を確認してみたところ、やはり埃まみれではあるが、同じ造りの部屋だった。
あとふたつもまったく同じ部屋……だろうか。
「いいえ違います」
セーラスが首を横に振った。
彼女は指を上に向ける。
「屋根上です」
「ん?」
俺とリンリー嬢は首を傾げて上を見た。
「ご案内しますね」
廊下を奥へ進んだ左の部屋を開けて、セーラスは口を抑えながら中へと入る。
その部屋は他の三部屋と違って、階段があった。
もちろん、外観から見た時に分かっているとおり、この建物には二階までしかない。階段を登ってセーラスが頭突きをするようにして重い天井の扉を開くと――
「ぷはぁ!」
そこから太陽の光が差し込んできた。
つまり、外。
それも屋根の上へと登れるらしい。
俺とリンリー嬢も埃まみれの部屋を息を止めつつ階段を登って、屋根上へと出た。
「お~、いつも見てたところだ」
黄金の鐘亭の二階からは見えていたようだ。
そう考えると、宿の天井は相当に高いらしい。豪華絢爛さの表れは天井の高さとも比例するようだ。
そんな屋根上だが、溝らしきものがあり、建物内に続くような穴もあった。もっとも、そこには落ち葉などのゴミが溜まっていて、詰まっていたが。
「それはトイレに繋がっておりますね。紐を引っ張れば屋内の、一階と二階の間にある貯水槽に貯められた雨水が流れて、トイレを綺麗にしてくれるシステムです。一度、掃除しないといけないでしょうが」
「なるほど」
水洗トイレか。
雨水を利用するので、日照りが続くとダメだろうけど。あと定期的な落ち葉などの掃除が必要になるが。
そういう用途で真四角の建物になったのか。
屋根がナナメだと掃除しにくいだろうし。
「以上、こんな感じになります。他に何かご質問があれば、なんでも聞いてください」
「ふむ……いや、特に無いな。多少の修繕は必要だろうけど、そんなにヒドイ壊れ方をしているような場所もないし」
「決まりですね、ここにしましょう!」
リンリー嬢が即決しようとする。
「待て待て。家を買うんだぞ、そんな簡単に決められるか」
「え~、ここにしましょうよエラントさん。ここだったら、いつだってパルちゃんとルビーちゃんと遊べます。それに!」
ビシぃ、とリンリー嬢は俺に指を突き付けた。
「ウチのお風呂と食堂、井戸も使っていいですよ」
「む」
それは。
それはとてつもない好条件ではある……
「更に更に、ここだったら私もお掃除を手伝っちゃいます!」
「むむ」
それは。
それはとてもありがたい申し出……
「いいでしょ、エラントさん。ここにしましょうよ~、お願いします、おねがいおねがい~」
リンリー嬢が俺の腕を取る。
ええい、近づくな巨乳め!
そうやって自分の可愛さを武器にして、自分の肉体の価値を当然のものとして男の身体に押し当てることで、自分の主張を押し通そうとしてくるから巨乳はやわらか――ちがう、巨乳は嫌いだ!
ええい、やめろ!
俺に巨乳の良さを理解させるな!
「分かった! 分かった分かったから離れてくれ! そこまで好条件がそろってしまったら断るほうがもったいない!」
「わ、やった! ありがとうエラントさん!」
尚更リンリー嬢が抱き着いてきてしまった。
やわらか!?
なにこれ、すげぇ……
パルとルビーって硬かったんだなぁ……
う~ん。
でも俺、やっぱ硬いほうが好きだわ。
うん。




