~卑劣! 見習い商業ギルド職員・セーラス~
セーラスと呼ばれた少女は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「は、初めまして! 商業ギルド職員のしぇ、セーラス・ルクトリアと申します! し、新人ですがよろしくお願いしまし、す!」
第一印象の挨拶が大事、とは言うものの。
セーラスのそれは緊張が入り交じったせいで、なんというか、ちょっと舌がまわっていない。
噛む寸前というかギリギリアウトといった感じだった。
非常に幼い印象を与えるので商人としてはマイナスとなるが……ロリコンの俺にしてみれば合格だった。
いや、ぜったいに口にも態度にも出さないけど。
身長は、ルビーと同じくらいか少し低い程度。髪の毛のボリュームが大きいので、少し身長が高い印象を受ける。
年齢は『新人』というワードから十二歳と推測できた。だいたいの子が十二歳で働き始めるので、恐らくこの夏に誕生日を迎えたのだろう。
太く三つ編みにした髪が忙しなく小刻みに震えている。
俺の姿が敵や魔物に見えているといっても過言ではなさそうな状況だなぁ。
仕方がないので、俺はちらりと老人に視線を送った。
フォローをお願いします、という意味を込めておく。
「ふふ。セーラス、落ち着いてください。慌てなくてもお客様は逃げませんよ」
「は、はい……すぅ、はぁ……」
「申し訳ありませんね、お客様。私は商人ギルドのマスターを務めさせて頂いております、ムジック・サンドです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
老人はギルドマスターだったらしく、丁寧に頭を下げた。どこか高貴さのある振る舞いがあるので、もしかしたらムジックは貴族なのかもしれない。
もっとも。
商業ギルドは貴族との付き合いも多いだろうし、自然と立ち振る舞いは洗練されたものになっていくと聞いたことがある。貴族と付き合っても尚、雑な盗賊ギルドに比べたら、人間性の違いはアリアリと出るのかもしれない。
金を払っているウチは味方になってくれる、というのは両者の共通点なのだが……いかんせん、商業ギルドのほうが安心できてしまうのは、ひとえにゲラゲラエルフのせいとも言えた。
なにせ、ムジック氏もセーラスも業務に支障が出るほど笑わないだろうし。
当たり前なんだけどさ。
いや、そもそもウチの盗賊ギルドでダミーの受付があるのはルクスが笑ってしまってまともに対応できないからなんじゃないか?
そんな恐ろしい事実には行き当たりたくない。
ギルドマスターは何をやってるんだ、なにを。
「ではセーラス、お客様を案内して」
「ひゃい」
また噛んだな。
それを訂正することもなくセーラスは、こちらへどうぞ、と部屋を出て廊下を奥へ向かって歩いていった。
歩くたびに三つ編みが左右に揺れている。
盗賊としては身体の中心がブレる歩き方だと注意されるところだ。まぁ、セーラスは盗賊じゃないのでぜんぜん問題無いんだけどね。
しかし三つ編みも可愛いなぁ。
今度ルビーにやってもらうか。セーラスは緩く太く編み込んでいるが、ルビーには是非、細かくキュっと編み込んでもらいたい。
ぜったい似合うと思う。
うんうん。
パルも似合うと言えば似合うんだろうが……綺麗な金髪だと、ちょっと威力が落ちる気がする。恐らく、深い色の髪が三つ編みと相性がいいのだろう。
まぁ、完全に俺の好みではある。
うん。
パルはやっぱりポニーテールだな。
うん。
「ど、どうぞお入りくださいませ」
「ありがとう」
俺は少し頭をさげて部屋の中に入る。
どうやら応接室のようで、ソファが向かい合うように置かれていた。シンプルながらに綺麗な部屋なので、貴族が出入りするような印象を受ける。
その証明ではないが、部屋の隅には大きな彫像が飾られており、大きめの絵画も壁にかけられていた。どちらも裸の女性だった。
芸術品っていうのは、どうしてこうも女性の裸が多いんだろうなぁ。まぁ、それでいてちっともえっちな感じじゃないのが凄いんだが。
もちろん、俺にはその価値がさっぱりと分からないからこそ、えっちに見えないのかもしれない。見る人が見れば、めちゃくちゃエロい絵だったり彫像だったりするんだろうか。
それはそれで興味深い。
セーラスに案内された一人掛け用のソファに座ると、その対面にセーラスが座る。ムジック氏はソファの後ろに立ったままだ。
なるほど。
あくまでセーラスが担当するのであって、ムジック氏は補助をするだけ。見事に新人教育のお試しに利用されてしまったようだ。
まぁ、これで不利になるわけではないので問題ない。
せいぜいセーラスのために、喜んで彼女の『初めての人』となってみせよう。
「こ、今回はどのようなご用件でしょうか?」
「家を買いたいって言わなかったっけ?」
「そうでした!」
あわわわ、となるセーラスを俺とムジック氏は、落ち着いて落ち着いて、となだめた。
「えっと、つ、次は……え~っと、うぅ……」
「落ち着きなさいセーラス」
こそこそと後ろからムジック氏がセーラスの耳元でアドバイスしている。
ちょっとうがった味方をすれば、ムジック氏がセーラスの耳を攻めているようにも見えなくもない。いや、こんな風に見えてしまうのは俺の性癖が狂ってるからであって。
う~む。
自重しよう。
「そ、それではお客様、ご希望の条件や予算などを教えて頂けますでしょう、か?」
なんで最後、疑問形のニュアンスになったんだ?
まぁ、いいけど。
「条件は、そうだな。最低でも三部屋ある家を希望するよ。そこまで多くは望まない。予算は金貨50枚程度で頼む」
「はい、分かりました。三部屋以上で……予算は金貨50枚程度……金貨50枚!?」
俺が言った条件を紙にメモしていったセーラスだが、予算をメモしたところで素っ頓狂な声をあげた。
後ろでムジック氏も驚いた表情を浮かべている。
「し、失礼ですがお客様」
「え~っと、もしかして金貨50枚では少なすぎました?」
家の相場なんてまったく知らない。
それでも、金貨50枚もあれば充分に足りると思ったのだが……
「逆です、逆! 多すぎます!」
「あ、そっち」
「はい。なにか商売でも始めるつもりですか、お客様。もしそうなら、ちゃんと許可を取ってくださいね。無許可営業は取り締まりの対象となっておりますので、見つかれば罰金ですよ!」
「あ、はい、分かりました。すいません」
……あれ?
なんで俺、怒られてるの?
「それでは資料を持ってきますので、少々待っててください」
「はい」
緊張していたのは気のせいだったかのように、セーラスは部屋から出ていくと足音をパタパタ立てながら小走りで廊下を駆けていった。
「……申し訳ありません、お客様。まさかあの娘にあんな一面があったとは」
そんなセーラスを見送った後、ムジック氏が丁寧に頭を下げた。
どうやら今まで緊張していたせいで隠れていた性格らしい。
「いえいえ、ギルドマスターが謝ることではないですよ。期待のルーキーじゃないですか」
「そう言って頂けると助かりますな」
ふたりで苦笑にも似た笑いをあげると、再びパタパタと足音が聞こえてきた。小走りで戻ってきているらしい。
「お、お待たしぇ、しました、お客様……先ほどはトンだ失礼を」
あらら。
どうやら資料を持ってくる間に緊張感が戻ってしまったらしい。
セーラスは再び噛みながらも、俺の前にふたつの紙束を置いた。
「え、えっと、こちらの資料が通常の家になります。場所はだいたい居住区なので、どれも予算内に収まるはずです。で、こっちは富裕区の資料になります。予算に余裕があるみたいなので、持ってきました。よ、よくよく考えれば高い家だからといって商売するとは限らないですよね。も、申し訳ありませんでした」
確かに、高いお金を出して買う建物と言えば、普通はお屋敷を想像するもんな。
真っ先にお店を想像するとは、さすが商人。考え方の根本が俺たちとは違うようだ。十二歳の新人でもそれは変わらないらしい。
いわゆる『商売根性』というやつなんだろうか。
まったくもって期待のルーキーというのは、当たらずとも遠からず、だな。
「ふむ」
手始めにお高い方の紙束を手に取って、内容を検めてみる。
なるほど、大きな屋敷が多い上に場所は富裕区の物ばかりだ。紙に載せられている内容は、建物の場所と間取り、予算、その他の補助的な情報などなどが載っている。
中には金貨50枚以上で、予算に収まらないような屋敷も載っていた。
もっとも、それらの屋敷は三人で住むには広すぎるし、管理が大変なのでメイドを雇わないといけない。
どう考えても庶民には向いてない建物だ。
「お」
「な、なにか良い物件がありましたか?」
思わず声をあげたのに対して、セーラスが身を乗り出して紙束を覗き込んできた。
おいおい、えらく距離が近いなぁ。
可愛いからいいけど。
スカスカの胸元に思わず視線が吸い込まれてしまうが、俺は鋼の意思とポーカーフェイスで乗り切った。
後ろで、あちゃー、という表情を浮かべているムジック氏に苦笑しつつ、俺は首を横に振る。
「いや、領主の屋敷の隣が空いてるんだな、と思っただけだ」
「あぁ~、そこですね。確か橋が失敗した時に出ていった王都に住まわれている貴族さまの御親戚だったとか……はっ! こ、これ言っちゃいけない情報でした!」
前の住民の情報か。
そりゃまぁ、言わないほうがいいだろうなぁ……
「俺の口はレクタ・トゥルトゥルの甲羅より固いので安心して欲しい」
「あ、ありがとうございますお客様。助かります。固いんですね。素晴らしいです」
「う、うん。固いよ」
「はい」
……なんだこの会話。
まぁ、いいや。
とりあえず、資料を読み進めていく。やはり大きな屋敷が多いので、それらを適当に読み飛ばしていくとお屋敷から空き店舗の情報になった。
普通の家よりは高めの家、ということで潰れてしまったり移転したお店も載っているのだろう。
これらの場所は富裕区だけではなく、ジックス街の各地に点在していた。
店をやるつもりもないので、それらも適当に読み進めていったのだが――
「ん?」
良く見知った場所にある空き店舗情報を発見した。
「どうしました?」
「いや、この物件なのだが」
俺は紙束をセーラスに見せる。またしても覗き込まれては大変だ。胸元が気になってしまうので。
店としてはこじんまりとしたタイプで、恐らく小さな雑貨屋か食堂であったかのような見取り図が書いてある。
問題はそこではなく、場所だ。
それは中央広場の近くを示しているのだが、いま俺たちが住んでいる宿『黄金の鐘亭』が中央広場前にある。
言ってしまえば、そこは人々が集まる人気の場所であり、需要はかなり大きいはず。それにも関わらず空き物件になっている建物となれば、気になってしまう。
加えて。
そんな空き店舗があれば絶対に見ているはずなのだが……どうにも記憶に無い。
気になったので、セーラスに聞いてみた。
「こんなところ、あったか?」
「これですか? え~っと……?」
セーラスは場所を示す情報を見て、う~ん、と目をつぶって天井を見上げるように顔をあげた。なぜか右手の人差し指を立てている。
独特のポーズで記憶を探るんだなぁ、という思いと共に、場所の情報を暗記しているのか、という驚きもあった。
ただのギルド職員というわけではなく、もしかすると物件専用の職員なのかもしれない。
なんにしても凄いな。
ルーキーといえども専門家。
素人には決して敵わない領域だ。
「あ、思い出しました。ここはちょっと不利な状況でして、商売に向いてないんです。だからいつまでも空き物件になっているんですよ」
商売に不向き?
「俺はいま、黄金の鐘亭ってところに世話になっているんだが。こんな場所があったように思えないんだが……」
「そうなんですね。でも見ていないのは仕方がないです」
「どういうことだ?」
「黄金の鐘亭の真後ろにある建物なんですよ。黄金の鐘亭って大きな建物ですから、その影に隠れちゃって。お客さんがまったく来ないっていうことで場所はいいのに誰も買わない物件になってしまってます。そのかわり安いですよ」
値段は……金貨5枚。
つまり、5ペクニア。
確かに同規模の他の物件の値段は金貨10枚から20枚前後。それと比べたら遥かに安い物件とも言えるが……普通の家と比べたら値段は高い。
やっぱり商人が自分の店を持つのは憧れというのも分かる。
本来なら、金貨10枚どころか、5枚も支払うなんて厳しいもんな。
冒険者だと一発逆転で手に入れられる金額ではあるが、商人にとっては一発逆転もない。地道に稼いでいては到底達成できない金額とも言えた。
もっとも。
それは、こんな大きな街であって。村や集落で店を始める分にはもっと格安でいけるはずだ。
なんなら自分で空いてる土地に建てれば土地代は無料だし。
どちらを選ぶかは、難しいところだ。
「なるほどね」
と、俺は紙束を見下ろす。
「気になりますか?」
「へ? あ、あぁ。気にならないといえば嘘になるな」
なにより盗賊たる俺が気にも留めてなった建物、というのが気になるところだ。逃走経路や敵が襲撃してくるのを見越して周囲の確認はしていたはずなのになぁ……
俺の判断が甘かったのか、それとも特殊な状況なのか。
その答え合わせはしておきたいところ。
「良ければ見に行ってみますか?」
「あぁ、そういうのもアリなのか」
「もちろんです。実際に見に行って判断しないとダメですよ。適当に契約して後悔しても遅いのですから」
「じゃぁ、とりあえず見に行ってみるよ」
「分かりました、案内しますね!」
いつの間にやら緊張がほぐれていたセーラスはすっくと立ち上がる。
その後ろで、ムジック氏はにこにことルーキーの活躍を見送るのだった。