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~卑劣! 大きいことは良いことではない~

 ジックス街近くに転移して。

 街の中央広場近くにある黄金の鐘亭に帰ってきた頃にはすっかり夜になってしまった。


「ただいま、リンリーさん」

「あ、パルちゃん! ルビーちゃんもお帰りなさ~い」


 受付のカウンターでぼんやりと頬杖を付いていたリンリー嬢はパッと顔を輝かせる。

 それにしてもルビーを『ルビーちゃん』と呼ぶような仲になっているのはいいが、その正体を知ればビビるんだろうなぁ。

 なんて思うと、苦笑してしまう。


「あ、ごめんなさい。エラントさんもいましたね」


 苦笑したのを、俺への挨拶が無いせいだと思われたらしい。

 いやいや、俺の心はそんなに狭くないぞ。

 これだから巨乳一族は困る。

 さっきも頬杖を付いていたのではなく、重い胸をカウンターに乗せて休憩を取っていたのではないか。そう思った。

 肩がこるらしいし、大変だなぁ。まったく。


「リンリーさん、これおみやげ」

「わぁ、ありがとう……って、生魚? え? 腐って……あ、新鮮だ」

「なんか作って~」

「私が!?」


 それはホントにお土産って言って良いのか。それは分からないが、夕飯はリンリー嬢が作ってくれた魚料理を楽しむことになった。

 昼も焼き魚だったのだが……まぁいいか。

 美味しい物はいつ食べたって、何度食べたって美味しいのだから。


「ねぇねぇ、今度はずっといるんでしょ?」


 夕飯をいっしょのテーブルで食べながらリンリーはパルに聞く。

 やっぱり同年代というか、年下の少女という付き合いがどうしても希薄になってしまう街一番の宿屋の受付という仕事。

 リンリー嬢にしてみれば気軽に話ができるパルやルビーの存在は、嬉しいんだろうなぁ。


「え~っと? 師匠、どうなんですか?」

「いきなり忙しくなるとは思えないしな。大丈夫だろ」


 盗賊ギルドからの仕事はさておき、自分で立ち上げた『ディスペクトゥス』の噂がじんわりと広がるまでは、まだまだ時間がかかる。

 今回のような遠征は滅多にないような仕事ではあるので、しばらくはジックス街にいることが多くなるはずだ。


「やった」


 リンリー嬢は喜びのバンザイをする。

 両腕を高らかにあげたものだから、バルンバルンと胸が揺れた。

 なぜか周囲の客たちの視線がリンリー嬢から俺へと移る。なんで殺気が混じってるんだよ。せめて嫉妬にしろ、嫉妬に。

 あと、ぜんぜんまったくこれっぽっちも良い物だと思ってないからな、俺は!

 むしろパルとかルビーみたいな慎ましやかなほうが美しいだろ!

 なぁ、そう思うだろ貧乳を司る神よ!


「……」


 いらっしゃるのかどうか知らないけど。

 存在するとしたら今ごろ、


「『微』だ、貧しいわけではない!」


 と、お叱りを受けてそうだけど。


「ねぇねぇ、パルちゃん。どんな冒険をしてきたか教えてよ」

「いいよ~。えっとね、リンリーさんはレクタ・トゥルトゥルって知ってる?」

「あ~、アレよね。なんか固くて立派なヤツ」


 なぜか周囲の男たちが、ザワ、と反応した。


「そうそう、それそれ。亀? 亀っぽいやつ。それの大きいヤツがいたの」

「大きな亀か~。どれくらい?」

「こーんな。亀の頭の上に乗ったんだけど、めちゃくちゃ高くて! 街が全部見えちゃうくらいの!」

「お~、そんなおっきかったんだ。亀の頭」

「スベスベだったよ」

「触ったんだ、亀の頭!」

「うんうん。リンリーさんは亀の頭さわったことある?」

「無い無い無い。どんな感じ?」

「なんかちょっと怖い感じだったけど。でも触ってみたら意外と気持ちいいかも?」

「へ~」


 ……なんだろう。

 なんでそんなに亀の頭に喰いつくの、リンリー嬢?

 ワザとなのか?

 もしかして、ワザと楽しんでるのか?

 周囲の男たちが、なぜかちょっと静かになった。

 どうやらふたりの会話に耳をそばだてているらしい。

 おいこら、そこ。前屈みになるんじゃない。関係ないからな。おまえらの想像してる亀の頭と巨大レクタはまったくもって比べ物にならんからな!


「人間種というものは、想像力豊かですわね」


 ルビーも嬉しそうだった。

 おまえも似たような想像してんじゃねーか、というツッコミを入れてしまったら敗北が決定するので、やめておく。

 まったくまったく。

 あぁ故郷の水は美味しいなぁ、と俺は水をがぶがぶと飲んだ。


「土産話がまだまだあるだろ。俺は先にギルドに報告してくるから、リンリー嬢と遊んでてくれ」

「嬢って言わないでください」


 そうだった。


「失礼。リンリーと遊んでてくれるか」

「はーい」

「分かりましたわ」


 とりあえず料理代金としてリンリー嬢に銀貨二枚を渡しておく。最初は断っていたが、三人で甘い物でも食べてくれ、と言うと受け取ってくれた。

 席を立つと、周囲の男からは『英断だ』という賛辞にも似た視線を送られてしまった。いや、べつにおまえらに配慮したわけではないのだが……

 というか、そんなにリンリー嬢が欲しいのなら、さっさと声をかけりゃいいのに。

 そう思いつつも食堂を出ると、受付カウンターに見慣れない男が座っていた。

 がっしりとした肉体に鋭い眼光。ともすれば冒険者にも見える男だが、それが受付カウンターというちょっと狭いところにいるアンバランスさが気になる。

 いつもはリンリー嬢の巨乳が置かれている場所に、男のガッシリとした両腕が置かれていた。


「お出かけでしょうか」

「あ、あぁ、はい。失礼ですが、あなたは?」

「こちらも失礼しました。この宿の主人を務めさせて頂いておりますローゥ・アウレウムです。直接会うのは初めてですね」


 見かけによらず丁寧に挨拶に少しばかり面食らいそうになる。

 商人としては当たり前のはずなんだが、どうにも冒険者然とした見た目なので、ギャップがあるなぁ。


「お世話になっています、エラントと申します。えっと、リンリー嬢のお父さん?」

「嬢?」

「いえ、なんでも」


 こほん、と俺は咳払いをしてごまかしておく。

 本人が嫌がっているのだが、どうにも最初に思ってしまった印象が残る。というか、まぁ、『嬢』っていう感じなので仕方がない。

 アレかなぁ~、宿の制服が悪いのかなぁ。

 可愛らしいデザインなのは確かなのだが、どうしも胸を強調するような感じになっている。もちろん普通の女性が着たら違和感は無いはずなのにな。


「娘が世話になっております。どうしても年頃の友人には恵まれなくて」

「いえ。こちらもパルヴァスとルゥブルムが仲良くさせてもらって助かっております。部屋も無料で使わせてもらっているようなものなので、ローゥさんにも感謝しております」


 俺は頭を下げた。


「いえいえ、とんでもない」


 と、ローゥさんも頭を下げる。

 見た目に反して、やはり紳士的な態度は違和感を覚えてしまうな……

 しかし、宿屋の主人にしては体は鍛えられているようだ。

 なるほど。

 リンリー嬢になかなか手が出せない若商人たちの気持ちも分からんでもない。彼女をゲットするためには、否応にもこのガッシリとした肉体を持つ眼光するどい男と対峙しなければならないのだ。下手をすれば、リンリー嬢に声をかける前に父親がやってくる可能性だって大いにある。

 勇気を持て若者よ。

 普通にしてれば、いいお父さんだよこの人。

 たぶん。


「では、少し出かけてきます」

「気を付けていってらっしゃいませ」

「あ~、その前に……少し質問してもいいですか?」

「はい?」

「その体はどうやって維持してるんです? 冒険者でもやっておられるとか?」


 ちょっと気になるので聞いてみた。

 今まで一度も会ってないしなぁ。もしかしたら冒険者だったり? 戦士っぽい肉体なのは確かだし。


「いえ、ただの裏方ですよ。薪割りや荷物運び、日々の掃除や洗濯、食材を大量に運んでの料理をしていれば自然とこうなります」

「なるほど」


 嘘は無さそうだ。

 街一番の宿ともなると、そういった仕事が多そうではあるし、あまり従業員を雇っている感じではないので、自然と忙しくもなるか。

 やけにリンリーと共に『嬢』を気にするので、裏稼業でもあるかと思ったが違うようだ。


「つまらない質問をして申し訳ない。ではいってきます」

「はい、いってらっしゃいませ」


 鋭い眼光が、少しだけ柔和になった気がした。

 娘に近づく悪い虫だと思われていないようで安心だ。あの大きなふたつの果実は、良い虫も悪い虫も大量に誘引するだろうからなぁ。

 おぉ、いやだいやだ。

 俺は身震いするように体を震わせてから宿の外へ出る。

 さすがに夜ともなると中央広場に人の姿はなくなる。今の時間ににぎわっているのは、それこそ冒険者ギルドの近くか、飲み屋、色街だろう。

 そんな飲み屋に関連する店、酒問屋『酒の踊り子』に入ると、いつものように筋肉男が店じまいの準備をしていた。


「珍しい酒が欲しいんだが?」

「おっと申し訳ない、エラントさん。そろそろ店じまいなんだ」

「あぁ、そりゃ残念だ。試飲だけでもさせて欲しいのだが?」

「しょうがないな。常連のよしみってやつでオーケーですよ。で、何が飲みたいんです?」

「ノティッチアかフラントールがいいな」

「それなら奥にありますので、どうぞ」

「ありがとう」


 久しぶりに符合を合わせて、俺は店の奥へと進む。

 テーブルの下にある隠し階段に身を滑り込ませ、地下への階段を下りていった。そのまま地下室までおりてくると、真正面のカウンターは無視して、幻の壁をすり抜ける。


「くわ~ぁ~」


 本物の盗賊ギルドの受付カウンターで。

 ネコのようなあくびをするルクス・ヴィリディがいた。


「相変わらず不健康そうだな」


 全身に紋様のようにいれた刺青は顔面まで及んでいるが、そんな刺青には関係ないはずの目の下がクマになっていた。

 どこぞのハイ・エルフもそうなのだが。

 種族的に美しいはずなんだけどなぁ、エルフって。

 どうして最近出会うエルフは、こうも不健康そうなヤツばっかりなんだろう?

 やっぱりエルフの森に住む者だけが通常のエルフであって、外に出てきたヤツは漏れなく変人の類なのかもしれん。


「んあ……お早いお帰りだな、エラント」


 目じりに浮かんだ涙をぬぐいつつ、ルクスは言う。

 充分に時間をあけて、尚且つ学園都市に寄り道までしたのだが……やっぱり少々早いという印象か。

 もっとも。

 巨大レクタの情報を手に入れる、という仕事だけだったはずなのに、退治までして。それどころか遺跡探索までしてきたので、時間の感覚はちょっと狂ってしまっている。

 まぁ、ルクスの対応的には違和感ない程度のズレで良かった。


「情報収集ごくろう、と言いたいところだが……」


 ハン、とルクスは鼻を鳴らす。


「誰も退治してこい、なんて仕事を依頼していないが?」


 どうやらすでに巨大レクタを討伐した情報がいきわたっているらしい。

 さすが盗賊ギルドだ。


「まぁ、成り行きで」


 俺の返答に対してルクスは肩をすくめた。


「詳細な報告を頼む」

「分かった」


 俺も肩をすくめつつ、ルクスに今回の仕事の結果を詳細報告するのだった。

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