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卑劣! 勇者パーティに追い出されたので盗賊ギルドで成り上がることにした!  作者: 久我拓人


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~卑劣! 時代の変化にしがみつきたい~

 ルビーといっしょにナー神殿まで戻ってくると、パルとサチはナーさまの影人形の前でお菓子を食べていた。


「あ、おかえりなさい師匠。あと、ルビーも」

「……おかえりなさい」


 わたしはついでですの!? と、ルビーはさっそくパルにつっかかっている。

 ちょっとした告白の後なのに、ルビーの態度に変化は無かった。ちょっとは違和感が出てしまうことも覚悟したが、杞憂のようだな。


「ルビーは師匠のおまけみたいなものだし」

「言ってくださいますわね、小娘。わたしが本気になれば師匠さんに肩を揉んでもらうことすら可能だというのに。あ~、夜のマッサージが楽しみですわ~ん」

「な、なにそれ!? あ、あたしだっていっぱい揉んでもらえるもん!」

「あ~ら、そのちんちくりんの身体のどこを揉んでくださると言うのでしょう。ちょっと大人のわたしに教えて頂けますぅ?」

「うるせぇババァ!」

「直接的ぃ!?」


 いや、まぁ、ジャレあってるんでいいと思うけど。なんかルビーが負けてない? だいじょうぶ?

 まぁ、パルとのやり取りを楽しんでいるようなのでなによりだ。


「ただいま。ところでサチ、ボロボロとクッキーが床に落ちてるけど、いいのか?」


 偽装とは言え神殿は神殿。

 本来なら飲食とかも禁止じゃないのかなぁ。

 しかも御神体というか、神さまの前でノンキにクッキーとかを食べてぼろぼろと欠片を落としているなんて、言語道断だと思うけど。


「……あとで掃除します」


 掃除した後じゃなかったっけ?

 まぁ、サチがいいのならそれでいいんだけどさ。

 この場合はナーさまが許してるんだろうか。

 なんにしても、寛大な心を持った神さまと言えるかもしれない。


「んぅ?」


 そんな風に俺が苦笑していると、パルがいぶかしげにこっちを見てきた。


「師匠」

「なんだ?」

「ルビーとなにかありました?」


 おっと。

 俺とルビーに起こった、ほんのわずかな変化に気付いたのだろうか。

 パルは、むむむ、と俺とルビーの顔を見比べている。

 はっはー。

 なかなかやるじゃないか、愛すべき弟子よ!

 いやいや、懸念材料のひとつであるルビーへの協力を得られたこと、そして俺が勇者パーティのひとりだったことを告白できたのは、小さくとも大きな前進だ。

 なにもかも解決したわけではないのでそんなにも心が踊ったりしているわけではないが、それでも安堵したのは確か。

 それでも、だ。

 ギャンブラースキル『ポーカーフェイス』とまではいかないまでも、そこそこ表情は隠せていたはず。ルビーも、いつもとそこまでは変わっていない。

 だが、パルは俺のわずかな表情のゆるみを読み切ったようだ。

 なかなかどうして、我が愛すべき弟子は順調に成長をしているらしい。


「良く分かったな」

「だって、あれ」


 パルはルビーを指差す。

 そこには――


「んふふ~」


 自分のほっぺたをおさえて、体をくねくねと揺らす吸血鬼がいた。

 さっきまでパルと口喧嘩していたはずなのだが……悦にひたる、とでも言いたげな表情に赤くなっているほっぺた。

 なんというか全身で喜びというか悦びのようなものを表現している。

 そう。

 愚かにもこの吸血鬼。

 表現をしている!

 これで何もありません、と言うほうがおかしい。

 バカなんじゃねーの!?

 というか、ワザとですよねルビーさん!?


「師匠~ぉ~、ルビーになにしたんですか~?」


 弟子に詰問される師匠、という構図は、世間一般においてなかなか見られるものではない。


「いやぁ、その……」

「むむむ」


 ずずずずず、とパルは近づいてきて俺の顔を覗き込むようにして顔を近づけた。

 うわぁ可愛い。

 相変わらずの美少女っぷり。

 好き。

 ってなってしまうので、俺は視線をそらすしかない。


「あ、やっぱりヤマしいことがあるんだ!」


 もちろん違うけど。

 でもパルと近距離で視線を合わせ続ける度量というか勇気は、今の俺にはまだ無い。


「師匠、師匠~。なにやったんですか、師匠~。こっち見てください」

「ハイ……」

「じ~~~~」


 有無を言わさぬ迫力だ。

 美少女だけに威力が高いなぁ。

 これはスキルとして使えるかもしれない。


「正直に言ってください、師匠。何があったんですか?」

「いや、べつに大したことでは……」

「ウソだっ!」


 はい。

 嘘です。

 嘘にはほんの少し真実を混ぜればいい。とパルに教えてきたものの、ひとつも嘘を混ぜることができませんでした。


「……パル、あっちに聞いたほうが早いと思う」


 サチはルビーを指差した。


「なるほど。ルビー!」

「いやーん」

「いやんじゃなーい! 吐け、師匠となにをしたのか吐けー!」

「大したことない、とエラント……おっと、師匠さんも言っているじゃないですか~」

「なまえー!」


 ルビーはワザとらしく俺の名前を呼んだ。

 アレか。

 親密になったことアピールか。

 いやぁ、アレですね。なんとなく賢者と神官が勇者を取り合ってるときにやってたマウントの取り合いを思い出してしまいますね……

 あぁ~、勇者ってこういう気分だったのか。

 好きな相手なら嬉しいかもしれないけど、そうでもない相手に争われたところで、なんとも言えない気分だったに違いない。

 勇者よ。

 助けてあげられなくて、ごめんね。


「あら、待ってくださいパル。師匠さんのテンションが下がってますわ」

「あれ!? 師匠を取り合ってるのに、なんで?」


 おい。

 アレか。

 パルとルビーの共謀か。

 ワザと取り合ってハーレム的な演出をしようとしたんですか。

 女って怖いわ~。

 少女でも怖いわ~。

 でも好き。


「あ~ん、許してくださいまし師匠さん」

「ルビーが言い出しっぺです。うんうん」


 大丈夫だ、と俺は苦笑した。


「ケンカが嫌いなだけだ。仲良くしてくれ、ふたりとも。まぁ~、アレだ、正直に言うとルビーとキスをした。それでルビーが舞い上がってるんだよ」


 嘘にはほんの少し真実を混ぜればいい。


「あ、ズルい。師匠、あたしもあたしも~」

「サチとしていてくれ」

「……ウェルカム」


 サチは両手を広げていつでもオーケーな体勢をとった。

 すげぇ。

 強い。


「むぅ~、師匠には後でしてもらうもーん!」


 というわけで、パルはサチと抱きしめ合っていた。ちょっと見ててドキドキしてしまったので、あとでじっくり思い出したいと思う。うん。

 さて――

 転移の腕輪のチャージはもう完了している。

 ミーニャ教授に挨拶もしたいので、俺は隠し階段を降りた。


「やぁ、エラントちゃん」

「ちゃん付けはやめてくれ」


 相変わらずぐつぐつとポーションを煮ている鍋の前で、ミーニャ教授は楽しそうに話しかけてきた。

 エクス・ポーションの開発状況はあまり進んでいないっていうのに、彼女が楽しそうでなにより、という感じだな。


「時間遡行薬についてはどうなんだ?」

「そっちも変わらないね。エクス・ポーションが完成したら、あるいは。逆に言うと、時間遡行薬の効果をかなり希釈した物がエクス・ポーションと言えるかもしれない」

「なるほど」


 エクス・ポーションを完全回復薬とするならば。

 怪我をする前の状態に戻す……まぁ、つまり半日ほど肉体の状況が若返れば怪我をする前に確実に戻れるはずだ。

 時間遡行薬を先に作るほうがエクス・ポーションの完成に近づくかもしれない。

 もっとも。

 今の時間遡行薬ではとてもじゃないが簡単に実験を続けられないので、なかなか研究は進まないのだろう。

 せめて気軽に実験できる対象がいれば……


「魔物で実験するっていうのはどうだ?」


 俺は思いついたままの言葉を口にしたが。


「それは……」


 ミーニャ教授と顔を合わせてから、俺たちは首を横に振った。


「そうだな……」


 コボルトかゴブリンを捕らえて実験するには、危険が伴う。なにより、表立って出来ない実験というか開発方法というか製造方法ではあるので、護衛を雇うわけにもいかず、ミーニャ教授があぶない。

 なにより、魔物という存在が俺たち人間種とそう変わらないことを知ってしまった今。

 耳が頭についているか、羽が生えているか、角が生えているのかどうか。

 それだけの差でしかないわけで。

 魔物とモンスターの違いはあれど、堂々と非人道的な実験をするにはためらわれた。


「なに、この世には死んだほうがマシっていう連中はわんさかいる。そいつらが消えたほうが世の中のためさ」

「それもどうかと思うけど。まぁ、ただ殺されるだけでは許されないようなヤツはいるからなぁ」


 たとえば、俺の愛すべき弟子を人形サイズにして自分の物にしようとした騎士の少年、とか。

 何人も冒険者ルーキーたちの命を奪っておいて、楽に死ねるほうがマシというもの。

 それなりの末路が待っていないと、世の中の天秤が不公平になってしまう。

 善いことをした者には良い結果が。

 悪いことをした者には、悪い結末が。

 そうではないと、あいつも――勇者として世界を救おうとしてくれている者が、なにひとつ救われなくなってしまう。

 そんな世界はごめんだ。


「ま、実験対象に困ったら連絡するよ。その時には生きのいい魔物をお願いする」

「分かった。安全に使えるエクス・ポーションが完成する日を楽しみにしてる」

「任せておきたまえ。ふっふっふ、今から神たちが私の偉業にあいそ笑いを浮かべる日を楽しみにしているよ」


 相変わらずミーニャ教授は神にうらみを持ってるんだなぁ。

 まぁ、仕方がないのかもしれないが。

 一度向いてしまった憎しみなんてものは、相手が死んだりしない限り早々と解消されるものでもない。

 神に向いた怒りなど、生きている間には絶対解消されることはないだろう。

 憎しみが反転して神秘学を研究してしまうほどのミーニャ教授だ。

 きっと、彼女は死ぬまで楽しそうに神を冒涜し続けるだろう。邪神崇拝に走らなかっただけマシかな。


「それじゃ俺たちは帰るよ」

「分かった。また会える日を楽しみにしているよ、エラントちゃん」

「ちゃん付けはやめてくれ」


 苦笑しつつ、そう声をかけて俺は隠し階段を登って神殿内へと戻る。

 どうせまだサチと抱き合ったりしてるんだろうなぁ~、なんて思いつつも階段から顔を出せば、なぜかパルとサチだけでなく、そこにルビーも加わっていた。

 なんでそうなってるんだ?

 女の子っていうのは良く分からん。


「そろそろジックス街に帰るが、ミーニャ教授に挨拶はいいか?」

「あ、してきます~」

「ではわたしも」


 俺と入れ替わるようにパルとルビーが階段を下りていった。


「……あの」

「ん? なんだ、サチ」


 俺はナーさまの影人形の前まで移動する。まだクッキーのかけらがボロボロと落ちたままだったので、俺はしゃがんでそれらを拾い集めた。


「……また来てくれますか?」

「あぁ、ヒマがあったら来るようにする。ポーションが気になるし。あぁ、それでいうとナーさまにもお世話になっているんだよな」


 俺はナーさまの像に向かって頭を下げた。

 正式な祈りの方法は無邪気に笑うことだけど、今の俺にはもうそんな笑い方は不可能だと思うので。せめて敬意を示すように頭はさげておきたい。


「……ナーさまが、そんな打算的な祈りはいらない、って言ってます」

「厄介な神さまだなぁ、もう」


 素直に祈られてください、ナーさま。


「いっしょに来なくていいか、サチ?」

「……はい。私はナーさまの神官ですから。……ここが一番、ナーさまにとっても、私にとっても良い場所です」


 そうだよな。

 そうなってしまうよな。


「じゃ、転移の腕輪が何個か完成したら、そのうちのひとつをサチにプレゼントするよ。そうすれば自由にパルと遊べるだろうし」

「……ふふ。遊んでていいんですか?」

「ちょっとくらい遊んでてもいいだろう。なに、世界はそう簡単に滅びたりしないさ」


 いまのところ魔王は人間領をこれ以上攻めてきてはいない。

 だからこそ安定しているし、だからこそ人間種は普通に生活できているのだが。

 しかし、その安寧がいつまでも続くとは限らない。

 事実、魔物はいつだって闇の中から発生し、今もどこかの村や集落が襲われて冒険者たちが剣を振るっているはず。

 その結果がどうなっているのかは、その冒険者次第。

 少なくとも、野生動物と同じくらいの被害は出ているだろう。


「なにかあれば連絡してくれ。パルの友人のためだ。いつだって助けに来るよ」


 俺はそう言って、サチの頭を撫でた。

 サチは男に触られるのがイヤだろうけど、素直に受け入れてくれる程度には信頼してもらっているようだ。


「師匠~、挨拶してきました」

「あぁ、分かった。なにかサチに言っておくこととか無いか?」

「あとはお別れのキスだけです」


 それ、今回もやるんだ。

 まぁ前回は、ちょっとしばらく会えなくなるようなイメージでお別れしたもんな。でも、意外と早く会うことになったので、なんかこう、普通の挨拶程度の行為になってしまったのかも?

 まぁ、サチにしてみれば役得か~。


「……じゃ、はい」

「ん~」


 ちゅ、とパルとサチは楽しそうにキスをした。


「ではわたしも」

「……はい」

 ルビーとサチは、ちょっぴり濃厚なキスをした。


 うわぁ、いいな~。


「師匠ししょう」

「なんだ?」

「あとでこっそりしましょうね」

「お、おう」


 楽しみだなぁ。

 ……楽しみだなぁ!


「よし、帰ろう。いやぁ、忙しい忙しい」

「師匠ししょ~ぉ、余韻。余韻が台無しです」

「難しい言葉を知ってるな、パル」

「えへへ。あ、そうじゃなくって。ロマンチックは大事ですよぅ、師匠」

「ロマンチックは俺も大好物だ。甘くておいしいもんな」

「食べ物じゃないですよぅ。って、あたしがツッコミを入れてる!?」


 たまにはいいだろ、と俺はパルの頭を撫でてやる。


「ダメです」

「どうして?」

「女の子は入れられるほう――」

「言わせねーよ!?」


 結局、俺がツッコむことになってるじゃん!?


「ふひひひ」


 パルが楽しそうでなによりだけどさ。


「ん~、ちゅ。はい、お別れのキスはここまでにしておきましょう」

「……ふへぁ」


 いやいや、パルとアホな会話をしている間にサチがヘロヘロになってしまった。どんな濃厚なキスをしたんだルビーさんは!?


「ルビー」

「なんですか、師匠さん」

「加減をしてやってくれ……」

「つい夢中になってしまいましたので」

「あ、はい」


 まぁいいか。サチも嬉しそうだし。

 なんだろう。

 キスってもっと、こう、重要っていうか、そう簡単にできるもんじゃないっていうか。

 そういう感じがしてたんだけど。

 もしかして時代が変わってしまったのだろうか。

 今はもっと気軽にキスをする時代になってしまったんだろうか?

 肉体は若返っても、魂はおじさんってことなのかなぁ、俺。

 う~ん。


「じゃね~、サチ。またね~」

「またお会いできる日を楽しみにしていますわ~」


 なにはともあれ。

 ちょっとした報告を兼ねた学園都市への寄り道を終えて。

 俺たちはジックス街へ転移したのだった。

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