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卑劣! 勇者パーティに追い出されたので盗賊ギルドで成り上がることにした!  作者: 久我拓人


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~卑劣! ようやく進めた大切な一歩~

 ルビーと腕を組んでの帰り道。

 夏の日差しは傾いていく太陽と共に弱くなり、段々と影の大きさが増えていく。昼間は小さかったはずの俺の影も、段々と身長を伸ばしていった。

 もうすぐ人間たちの時間は終わり。

 魔物たちの時間が始まる。

 そんな中を。

 人間である俺と。

 魔物であるルビーがいっしょに歩いているのは。

 めまいがしそうなほどに、間違っているような気がした。

 平和というよりも、理想だろう。

 人間種と魔物種が手を取り合って歩ける世界など。

 想像すらしていなかった。

 でも。

 それを――

 そんな世界を目指すかのように。

 あいつは。

 勇者は、いまも。

 魔王が支配する、精霊女王の加護すら届かない場所で。

 がんばっているんだから。


「……」


 だから俺も。

 がんばらないといけないな。


「どうしました、師匠さん」

「いや。なんでも……いや、なんでもあるな」


 俺は少しばかり肩をこわばらせながら、ぎこちなく肩をすくめた。

 そして口を開く。

 酷く、喉が乾いていく気がした。


「――申し訳ないが、ルビー。もう一度おまえの城に行きたい。それから、頼みがあるのだが……聞いてもらえるだろうか?」

「実家に?」


 どうしてもルビーは、あのお城を『実家』と表現するらしい。

 間違ってはいないのだが、どうにも違和感が凄い。まぁ、だからといって自分の住んでいた場所を『お城』と表現するのも、なんかちょっと妙な感じがするので難しいところ。

 王様とかどう表現してるんだろうか?

 なんて思ってみたけど。

 王様ってお城から一切外に出ないよな。それはそれで不健康な感じもするので、是非とも世の王様には他国に旅行にいって、見聞を広めてもらいたい。

 外交問題とか、凄いことになりそうだけど。

 ま、庶民の俺は知ったことではないか。


「べつにかまいませんし、なんならしばらく実家で過ごしてもらっても大丈夫ですわよ。といっても、あまり自由に動いてもらうことはできませんが」


 そうだよな。

 眷属化した状態ではルビーに付き従うことしかできない。思考は自由にできるとはいえ、その思考に引っ張られた結果が前回の顛末だ。

 それを考えれば、ルビーの眷属化はより強固なものになるはず。もしかしたら、思考することすら許されない状態になってしまうかもしれない。

 だが――


「あぁ、それでかまわない」

「わかりました。それで、どんな用事なのでしょう? ご両親に挨拶を、という話でしたら残念ながらわたしに両親はいませんわ」

「そうなのか?」


 はい、とルビーはうなづいた。


「もしかしたら、わたしにも父親と母親が普通にいたのかもしれません。でも記憶には残っていないのですから、いないも同然ですわよね」

「確かに。まぁ、俺も捨てられた身だ。気付いた時には親なんかいなかったから、両親がいないも同然だと思ってる。まぁ、それはいいのだが……吸血鬼ってどうやって生まれたんだ?」

「それも記憶にないんですのよね~。わたしの最初の記憶は地下で目覚めた時です。お城の地下室の中にあった棺桶の中で目が覚めました」

「つまり、最初からその体だったってことか」


 ルビーはうなづいた。

 魔物は、人の気配の無い闇から誕生する。

 そういう条件でいうと、ルビーは両親から生まれたわけではないような気もするが……棺桶の中で目覚めた、というのが少し引っかかるな。


「他の魔物種はどうなんだ?」

「人間といっしょですわ。えっちしたら生まれます」


 言い方ぁ!

 もう少しお子様に配慮した言い方をして欲しい。うん。ちょっと反応しちゃうので。うん。


「どうしました?」

「なんでもないです」

「うふふ」


 ちゃんと分かってるくせに、このエロ吸血鬼め。


「ま、まぁ、つまり、え~っと。ルビーも誰かから生まれた可能性は充分にあるってことか」

「そうですわね。もしかしたら人間種だったかもしれませんよ? 吸血鬼には仲間を増やすという伝説もありますから」

「そういや、そうだな。眷属化とは違うのか?」

「違うみたいです。残念ですがわたしにその能力は無いみたいで。普通にえっちして種族を増やそうとは思ってましたが……その、なかなかこれと決めた殿方が見つからなくて」


 今度はルビーが照れた。

 だからその言い方が悪いせいで、ちょっと恥ずかしい表現になるんだって。


「魔王サマはどうだったんだ?」

「え~、魔王さまはちょっと……」


 意外とイヤみたいだ。

 でも、生まれる子どもは吸血鬼と魔王の混血だろ?

 想像するに最強の種族となりそうなので、助かったとも言える。


「魔王さまって、あんまり血が美味しそうじゃないんですよね。なんかこう、苦そうなイメージです」

「分からなくもない」


 確かに、苦そうだ。というか、あの全身を覆っていた黒い鎧は『鎧』で良かったのだろうか?

 もしかしたらあれが皮膚という可能性もありそうな気がする。

 それを考えると、やっぱり苦そうだよな。鉄の味がしそうだ。いや、血液ってもともと鉄を舐めたような味か。あれ? やっぱちょっと分からん。


「もしも魔王さまが魅力的で、わたしに子どもができていれば。今ごろは魔王領の姫でしたでしょうから、ここでこうして師匠さんと歩くことはなかったと思われます。魔王さまの血液的な魅力が無くて良かったですわ~」


 うふふ、とルビーは気軽に笑った。

 ルビーの判断基準は血が中心になっているらしい。

 男は顔ではなく中身、という言葉を聞いたことがあるが……その中身の意味が血液のことを指しているのは、この世でルビーひとりだけ。

 退屈に殺されていたのは、そういうところで他者と話が合わないせいじゃないだろうか。

 そんなことを思った。


「なんにしても、健康的な生活をしていて良かったよ」

「ふふ。あぶらっぽい血も捨てがたいですわよ」


 俺は肩をすくめた。

 太った貴族の血を舐めるルビーの姿は、あまり想像したくないものだ。


「それで、師匠さん。わたしの実家にいって何をするんですの?」


 おっと。

 ここからが本番だ。

 俺は少しだけ息を吸って、吐いた。

 緊張する。

 もしかしたら、ここが――

 運命の分かれ道になるかもしれない。

 ルビーといっしょにこの先も進めるか。

 それとも、ここでお別れか。

 俺は伸びていく自分の影と、その隣を歩く吸血鬼の影を見下ろしながら言った。


「――これを」


 俺は時間遡行薬を取り出す。

 二本の瓶に分けられて、液体と粉の入った瓶を取り出して、ルビーに見せた。


「これをある人物に使いたい」

「……時間遡行薬ですわね」


 俺はハッキリとうなづく。

 魔王領にいて、時間遡行薬を使わないといけないような人物。

 そんなもの、ひとりしかいないだろう。


「師匠さんは誰かを若返らせたいのですわね……ハッ!」


 どうやらルビーは気付いたらしい。


「アンドロですわね。アンドロを幼女に戻して、その幼いサソリ部分を楽しみたいと!」

「ナニが!?」


 そんなロリコンを越えた特殊性癖、もう俺の手には負えないよ!

 アンドロさんには申し訳ないんだけど、あの下半身とかギッチギチにうごめくところで、何がナニを何でナニとして、どうやってヤるんですか、教えてください!


「あら、また違いましたか」

「ぜんぜん違うので、やめてほしい」

「降参ですわ。教えてください」

「諦めるの早いなぁ」


 だから魔王領を飽きて飛び出しちゃったりするんだよ、この吸血鬼。俺のこともそのうち飽きられそうで怖い。

 あ、でも美味しい物はいつまでたっても飽きないよな。

 サンドイッチ、未だに飽きないし。


「おまえの支配領にある人物が向かうように案内した」

「……その方は……いま、魔王領にいらっしゃるんですの? 師匠さんの知り合い?」

「あぁ。そうだ」


 短くハッキリと俺は答えた。


「それは、前に師匠さんにメッセージを送ってきた方と同一人物ですのね」

「そうだな」

「……その方は、師匠さんにとってはどういう御人なのでしょう?」

「俺にとって?」

「えぇ」


 そうだな、と俺は考える。

 考えるまでもない話だが、俺は考えるフリをした。

 そうじゃないと、少し恥ずかしい気がした。

 正直に真っ直ぐにいうには。

 どうにも照れくさい。


「この世で一番仲がいい幼馴染だな」

「……親友というやつですのね」

「悪友とも言うぞ」

「ふふ、茶化さなくても良いですわ。なるほど……となれば――」


 ルビーは空を見上げた。

 青かった空が、どんどんとオレンジ色に変わっていく。

 黄昏時。

 誰そ彼の刻。

 もしくは、逢魔ガ刻。


「なるほど……師匠さんがどうしてここまでお強いのか、理解できました」


 ルビーは――

 笑っていてくれた。

 答えに辿り着いても、俺を笑って見てくれる。


「その方は――今も人間種を救うために頑張っておられるのですね」


 だから。

 俺も笑って答える。

 こわばっていた肩を無理やりすくめて、俺は笑って答えた。


「仕方がないだろ。光の精霊女王ラビアンに見つかっちまったんだから」

「にっくきあんちくしょう、ですわね」


 ルビーが空を見上げたので、俺も空を見上げる。

 空は完全にオレンジ色に染まった。

 太陽が沈みかけていて、代わりに月が登り始めている。

 オレンジから、どんどんと瑠璃色へと染まり始めていた。

 この空のどこに天界があるのかは分からないけど、きっとどこかで精霊女王たちが俺たち人間種を見守ってくれてるはず。

 ルビーにとっては自身の弱点でもあるが。

 俺たちにとっては、なによりの加護なわけで。


「そうですか」

「それを聞いても、協力してくれるか?」

「当たり前です。わたしを誰だと思っているのですか?」

「知恵のサピエンチェ」

「違います」


 ルビーはぶんぶんと首を横に振った。


「ルゥブルム・イノセンティア。人呼んで『紅き清廉潔白』ですわよ、エラント」


 珍しく、ルビーは俺の名を呼び捨てにした。


「彼らはさまよう、という言葉でしたね。エラント。ちょっとした恨みが込められている様子ですが、今後はどうするつもりでしょう?」

「む。やけに知恵がまわるじゃないか、ルゥブルム・イノセンティア」

「これでも知恵のサピエンチェですので」


 俺は肩をすくめる。


「このままでいいよ。今さら本名なんぞ名乗れるか。いや、元より俺には本名なんてもんは無かったんだ。親がいないからな」

「あら偶然ですわね。わたしにも親がいないので真名が存在しませんの」


 いっしょですね、エラント。

 と、ルビーが俺にくっ付いてきた。


「おまえは変わった魔物だなぁ」

「良く言われますわ」

「じゃぁ、頼む。いっしょに勇者を支援してくれ」

「頼まれるまでもなく了解ですわ。パルには伝えてあるんですの?」

「まだだ。あいつを勇者のパーティに送り込むつもりだが、先に伝えると空回りしそうな雰囲気があるだろ。あと、ぜったいにイヤがられる」

「ふふ、そうですわね。では、こっそりと世界最強の盗賊に鍛えてあげることにしましょう」

「よろしく頼む」


 ふぅ、と俺は大きく息を吐いた。

 ひとつ、大きな荷物を降ろせた気がする。

 もちろん、まだまだ大量の荷物ばっかりなので何も油断はできないが。

 それでも。

 それでも、だ。

 遥か遠い道のりを進むための第一歩を。

 ようやく、進みだせた気がした。


「んふふ~」


 そんな俺とは逆で。

 ルビーはなんだか嬉しそうだった。


「ご機嫌だな、ルビー」

「師匠さんと共通の秘密ができました。これで一歩リードですわ」

「女の子って好きだよな、そういうの」

「これみよがしにパルの前で秘密の会話をしましょうね、エラント」

「前言撤回。共通の秘密が好きなんじゃなくて、パルへの嫌がらせができるのが嬉しいのか」

「うふふふふ」


 さすが人間種の敵。

 卑怯で卑劣で陰湿ぅ。

 まぁ、なにはともあれ。

 ルビーを、改めて仲間に引き入れることができた!

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