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~卑劣! 一緒に帰って、友達に噂とかされると恥ずかしいし~

 俺は金貨の詰まった革袋の重さを確かめた後、ベルトに引っかけるようにして吊るしておいた。

 こんなところに引っかけるだけでは落としてしまう危険性もあるが、冒険中でもない限り大丈夫だろう。

 なにより――

 落としてしまったり、スリに盗まれるようでは俺の力量もそこまでという話。

 ケチな泥棒に身をやつしてるような盗賊に負けたとあれば、それはもう引退を考えるレベルであり、いくら肉体が若返ろうが衰えた証明でもある。

 引きこもっていたほうがよっぽど世の中のためになるというものだ。


「ふぅ」


 学園長を中央樹まで送っていく際に、アルマイネさまの宝物庫から宝石を手に入れた話になり、ちょうど宝石商のサーゲッシュ・メルカトラ氏が学園都市に来ていることを教えてもらった。

 そいつは僥倖、と俺はメルカトラ氏の宿泊している宿を訪ねた。


「まさか二つ目が手に入るなんて!」


 メルカトラ氏は喜ぶというよりも興奮するような勢いで宝石を買い取ってもらえたのだが……学園都市に宝石の加工時に出た欠片や粉を売ってしまったお金をそのまま俺に渡したような気がする。

 大丈夫なのだろうか……

 その、予定とか、計画とか……?


「なぁに、気にせんでください。ひとつだけならコレクションですが、ふたつあるのなら、それは商売に変わります」


 なるほど、商人らしい考えだ。

 趣味で集めている宝石であっても、商売となれば簡単に感情をスイッチできてしまう。

 冒険者の中には武器にこだわるあまりに命を落とす物も多いと聞く。特に貴重なマジックアイテムの武器を手に入れてしまったら、そうなるのも無理はない。

 武器を捨てれば命が助かる場面で、武器を拾いに行って命を落としたのでは本末転倒だ。

 貴重で、高価で、なおかつ強い武器。

 それを平気で見捨てることができる者が、一流の冒険者になれるのかもしれない。


「そういう意味では、あいつは一流だったのかなぁ~」


 勇者の剣、なんていう分かりやすい伝説の武器でもあればいいのだが。残念ながら伝説や伝承でさえも残っておらず、この世に存在しない『武器』を手に入れるのは不可能だ。

 それこそ勇者が魔王を倒した時に持っている武器が『勇者の剣』として語り継がれていくのだろう。

 だからこそ、あいつは今まで生きてこれたのか。

 それとも実力だったのか。

 答えは、神のみぞ……いや、神さまだって分からないことなんだろうな。


「ん?」


 とりとめのないことを考えながら歩いていると、前を歩く人物が特徴的なことに気付いた。

 大きくて重そうな、巨大な丸い『傘』をさしながら歩いている後ろ姿。

 思わず雨でも降っているのかと見上げてみるが、もちろんそんな気配は無い。もうすぐ夕方だという時間帯だが、空はまだまだ青く、夏らしい巨大な雲の姿が遠くに見えていた。

 あの雲の下は夕立だろうか。

 それを見越して傘をさしている……わけではないよな。


「ルビー」

「あら?」


 巨大で重そうな傘をさしている人物など、世界広しとは言えひとりしかいない。

 真夏の日差しを平気で浴びている吸血鬼は、俺の呼びかけににっこりとしながら振り返った。


「師匠さんではありませんか。偶然ですわね。これも愛の成せる運命力でしょうか」

「お、おう……」


 まぁ、昼夜を問わず人で賑わっている学園都市で偶然に出会えることなど、運命と言っても過言ではないのは確かだが。

 面と向かって言われれば、どうにも否定してくなってくるな。

 それは運命ではなく、ホントに偶然だぞ、と。


「その傘は……ラークスの新しい試作品か」

「えぇ、そのとおりです」


 前回よりも大型となったアンブレランス。前のとは違って分厚くなっており、ますます重そうだ。

 今回のそれは、花のように咲く、という表現では言い表せない形状をしていた。


「なるほど。ランスというと丸い形にとらわれてしまうが、新しいのは角ばっているのか」


 ルビーがアンブレランスを折りたたんでみせると、それは星型のように角ばった形になった。

 これならば殴打による衝撃にも耐えらえるかもしれないな。


「師匠さんは褒めるのですね」

「ん? ルビーは違うのか?」


 くすくすと吸血鬼は笑った。


「もともとのコンセプトは『弾く』だったのです。防御や耐久性を追及するあまり、それを忘れていたようですわ。だったら盾を作ったほうが早いですのに」

「あぁ~、確かに」


 言われてみればそうだ。

 可変するギミックにこだわるのはいいが、この形状になった当初の予定は、相手の攻撃を弾き反らすこと。

 防御するという目的は、少々アンブレランスのコンセプトから外れてしまっている。


「耐久性をあげると、盾になってしまうのはどうしようもないな」


 タワーシールドのような巨大なラウンドシールド。グリップが長いだけのアンバランスで意味不明で取り扱いが難しい武器ではない防具ができあがってしまう。

 失敗するのはいいが、その失敗の仕方はよろしくない。

 せめて普通に『使い物にならない武器』という結果のほうがよっぽどマシだ。

 う~む。

 弾くというコンセプトで、かつ、耐久性をあげて、しかも攻撃もできてしまう武器。

 これは恐ろしく難題だなぁ。


「ふふ。男の子って好きですわよね」

「ん?」

「僕の考えた最強の武器っていうのが。師匠さんは何かアイデアはありませんの?」

「最強の武器か」


 えぇ、とルビーは楽しそうに俺にアンブレランスを渡してきた。それをガションガションと開いたり閉じたりさせながら考えてみるが……


「対象を倒すには当てる必要がある。もしも当てることなく相手を倒せる武器があるのなら、それが最強の武器だろうな」

「リドルみたいな武器ですわね。なんですの、それ」

「さぁ? そんなものがあればいいが、そんなもの誰も作れないだろ」


 あえて言うとすれば、それは――


「お金か」

「お金? いわゆる『投擲スキル』のことでしょうか?」


 金のインゴットを投げつけるとか?

 と、ルビーは首を傾げる。

 それはそれで、あらゆる意味で強いが――


「違う違う。まぁ、人間相手にしか効かないだろうけどさ。大抵の相手はお金を出してみせると問題が解決したりするんだ。あまり良い方法じゃないけど」

「貴族的な武器、というわけですね」


 理解してくれたらしく、ルビーは肩をすくめて嘆息した。

 貴族さまというか支配者でもあった吸血鬼にしてみれば、面白くない答えだったらしい。

 ルビーは背中のホルダーに収納していたもう一本のアンブレランスを引き抜き、開いてみせた。

 小さなアンブレランスは、丸い形であり小型化してみただけの試作品のような感じか。骨組みも弱々しいので、あまり長くはもたなそうだ。


「師匠さん師匠さん。使いこなすのが難しい武器というのは、どうなのでしょう?」

「う~ん。そもそも素人でも剣は振れるが、切れるかどうかは別問題だ。もちろん当たればいいが、ただ当てただけで切れるものではない」


 剣を棒と同じだと思っているのなら、それは間違いだ。

 もちろん剣によっても、製作者によっても違うと思うが。

 剣は叩くのではなく『斬る』という動作が必要となる。具体的に言うと、引く、だろうか。

 まぁ、根本的な話ではあるが『切る』のであって『斬る』とは違い、斬ることができるのは相当な出来栄えの剣だけ。

 すなわち『本物の剣』とも言える。

 よく『叩き切ってやる』という言葉を聞くことがありが、すなわちそういうことだ。叩いて切る、というのが通常と言える。

 良い剣になっていくほど、その『叩く』という動作が減っていき、最高の剣ともなると切るではなく『斬る』ことができる。

 武器職人の夢でもあるだろうが、冒険者――中でも剣士を志す者の夢でもある。

 もっとも。

 そんな素晴らしい一品に出会えたところで、それを手放す勇気を持っていないと死期が早まってしまうわけで。

 いやはや。

 武器というものの考え方は難しい。


「どんな武器であろうとも訓練や練習は必要。というわけですわね」

「そのとおり」

「つまり、裏を返せば。今までアンブレランスが壊れてしまったのはわたしの技量不足と」

「あ~……そうなってしまうのか」


 俺はルビーにアンブレランス大を返す。代わりにアンブレランス小を受け取った。

 こちらもガシャンガシャンと可変させてみる。

 小型なだけに開くストロークが短く、引っかかりもなく素早く開けた。そろそろ作り慣れてきた証か。なかなか熟練度が高まっているじゃないか、ラークス。


「これからは、パルだけでなくわたしの訓練も見てもらえます?」

「あぁ、いいぞ。って、上から目線なのもおかしいか。アドバイスできるかどうかも分からんから、それでも良ければ」


 アンブレランスの使い手は世界にひとりだけ。

 言ってしまえば俺よりもルビーのほうが熟練度は高いわけで。そんな俺がアドバイスできることなどあるのかどうか。


「もちろんですわ。見ていてもらえるだけで嬉しいですもの」

「目的、変わってないか?」

「さぁどうでしょうか」


 ルビーは楽しそうに俺を見た。そんな視線に対して、俺は肩をすくめるしかない。そのついでにアンブレランスを返しておく。

 ルビーは背中のホルダーにふたつのアンブレランスを横向けに納めた。それもまたラークスが作っていたのだろうか。

 小型は武器に、大型は防具に使うようなイメージ。

 なるほど。

 弾く、というコンセプトから見事に外れているな。

 武器と防具をひとつにしたような物を開発していたのだから、用途を分けるとなると本末転倒。だったらランスとタワーシールドを持った騎士職になればよい。そういう話になってしまう。


「そうそう、師匠さん」

「なんだ?」

「ラークス少年を眷属にしてしまいました」

「へ~……え!?」


 なんで!?


「ど、どういうことだ……?」

「つい」

「ついで眷属化されても困るのだが……まかさ無理やり襲ったわけじゃないだろうな」


 そういうことならば、ちょっとルビーとのお付き合いの仕方を考えないといけなくなってしまう。

 具体的には魔王領にお帰り願いたい所存。


「安心してください。ノリで」

「ノリで」

「あまりにも美味しそうだったものですから、ついついノリで」


 ルビーはなにやら両頬を手でおさえる。

 どうやら恥ずかしがっている様子なのだが……吸血鬼的にはノリで対象の血液を吸うことは恥ずべきことなのだろうか。

 文化が違い過ぎて、まったく分からん!


「だ、大丈夫なのかラークスは。なにか怪我をしたとか?」

「いえいえ。ちょっとした約束の形として血液交換をしました。こう、指先を切って血を出して、相手に舐めてもらうというヤツです」

「へ~、魔物種にはそんな約束の形を示す文化があるのか」

「ありませんよ?」

「いや、もう、なんにも分からなくなるのでやめてください」


 がっくりと肩を落とす俺を見て、ルビーはころころと笑った。


「ちょっとラークスくんの血液を舐めたかったものですから。甘酸っぱくて美味しかったですわ。師匠さんの血とはまた違った美味しさがあります」

「俺のはそんなに美味しいのか」

「極上ですわ。師匠さんと比べると普通の人間の血など、ただの土です」


 味が無いと言いたいのか……それとも苦いと言いたいのか。

 なんにしても、本人の素質というよりも、なんとなくルビーの感情が血の味を変化させているように思える。


「パルの血はどうなんだ?」

「不味くはないですが、やはり師匠さんと比べると劣りますわね」

「ふ~む。そういえば同じ魔族同士では眷属化できないのか? アンドロとか、血をもらってそうな印象があったけど」


 下半身がサソリだったアンドロ。

 ルビーの部下というよりも、友人的な雰囲気を感じた。近しい関係なのは確かなので、血ぐらい舐めてそうなのだが。


「魔物は眷属にできませんわね。その証明かどうかは分かりませんが、アンドロの血はマズイです」

「マズイのか」


 味を思い出したのかルビーは、べー、と舌を出してシブい表情を浮かべた。


「種族的な物なのですかね。乱暴のアスオィローの血も不味かったですし、愚劣のストルティーチャの血も不味かったです。残念ながら陰気のアビエクトゥスの血は吸えませんでした。なにせゴーストでしたから」

「まぁ、ゴーストから血が吸えたらびっくりだよな」


 物理攻撃が効かないっていうか、触ろうと思ってもすり抜けてしまうのがゴースト種なので。血が流れているかいないか、という問題以前の話だ。


「ん~、ひとつ聞いていいか」

「なんですか? なんでも聞いてくださいな師匠さん」


 嬉しそうだなぁ。

 まぁ、チャンスだから聞いておこう。


「乱暴のアスオェイローはオーガ種っていうのは分かるのだが、愚劣のストルティーチャっていうあのイケメンも魔族なのか?」


 オーガ種のように分かりやすい角が生えているわけでもなく、アンドロのように下半身がサソリだとか馬というわけでもない。

 ルビーも一見すると普通の人間種と変わらないので吸血鬼と分からないのだが……愚劣のストルティーチャの種族が気になった。


「ストルティーチャはドレイクですわ」

「ドレイク?」


 聞いたことがない種族だ。


「あら、人間領にはいませんのね。ドレイク」

「聞いたことがない種族名ってことは、こっちにはいないんだろうな。どういう種族なんだドレイクって?」

「簡単に言えばドラゴンですわ」

「え!?」


 どういうこと?

 ナユタと同じようなハーフ・ドラゴン……というわけではなさそうだが。


「人間に変身できるドラゴンです。ドラゴン種というわけではなく、アレですアレ。大きくて羽が付いてて火を吹くトカゲのほうです」

「龍ではなく竜……というやつか」


 ドラゴン種でなく、魔物のドラゴン。

 そういうイメージだが……恐らく、その最高ランクの飛竜なんだろう。


「強そうだな」


 俺は口元をおさえつつ、そう絞り出すように声を出した。

 あいつが……勇者が最初に目を付けられたのがオーガ種で良かった気がする。いきなり竜種に襲われてみろ。今ごろあいつら丸焼けにされてるだろ。たぶんきっと。


「はぁ~」


 前途が多難過ぎて。

 俺は思いっきりため息をついてしまった。


「ど、どうしたんですの師匠さん? 安心してください。ストルの血も不味かったです。わたし、ストルと浮気なんかしておりませんわ」


 いやそんな心配、ひとつもしてないッス。


「すまん。なんでもない」

「そ、そうですか……う~ん……」

「心配しなくても、ルビーが浮気するなんて思ってないよ……いや……ラークスは浮気か?」

「ちが……んんん?」


 おいおい。


「ま、俺は別にいいけど。ラークス少年を泣かすなよ」

「わたしが良く有りません! 師匠さん一筋ですぅ」

「ホントか?」

「しょ、証拠をみせますわ。はい、師匠さんはこっと向いてください」

「おう」


 なんだ、と思ったら顔をつかまれてキスされてしまった。

 まぁ逃げようと思ったら逃げられてけど。

 そうするとヤヤこしくなりそうなので、甘んじて受け入れておこう。と、思いました。うん。めっちゃドキドキしたけど。うん。


「ラークスくんにはキスしておりませんので。師匠さんのほうがより愛している証拠です」

「はは。ありがとう」

「む。なんですの、余裕そうですわね」

「盗賊スキル『ポーカーフェイス』というものがあってだな」

「なるほど。本音は?」

「めっちゃドキドキして恥ずかしいので、今すぐ逃げ出したい」

「あは」


 ルビーは嬉しそうに笑った。

 また内心で、可愛い、とか思ってるんだろうなぁ。まったく。良い年をしたおっさんをつかまえて、可愛いと言うのはやめてほしい。どういう態度をとっていいのか、まったくわからんので。


「師匠さん師匠さん」

「今度はなんだ?」

「腕を組んでもよろしくて」

「それぐらいならいいぞ」

「やった」


 というわけで。

 俺とルビーは学園都市の外れにあるナー神殿まで。

 のんびりとふたりで歩いて帰ったのだった。

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