~流麗! あそこに指を入れあう関係~
抱きしめるようにわたしの服でラークスくんの煤だらけの顔を拭いてあげたら。
彼は恥ずかしそうに座ってしまいました。
そんなラークスくんを、わたしはしばらくにこにこ笑いながら見つめる。
「う、お姉ちゃん……あんまり見ないで」
「あら? どうしてですの?」
「は、恥ずかしいので」
あらあら可愛らしい。
んふふ~。
まぁ、あまり意地悪しては可哀想ですからね。
なにごともホドホドが良い、と聞いたことがあります。腹八分目、ですっけ? 是非ともパルに教えてあげたい言葉ですわね。
先人の知恵にあやかり、わたしはラークスくんに背中を向けて、しばらく待つことにした。
なにせわたし。
知恵のサピエンチェでしたので。
「も、もう大丈夫だよルビーお姉ちゃん」
「はーい」
パルみたいな返事をして振り返れば、ラークスくんはしっかりと立っていましたが……やっぱりちょっと恥ずかしそうでした。
顔が赤いのは、炉の炎のせいでしょうか?
それとも~……?
うふふ。
「あ、あの、それで……何か用事があったんですか、ルビーお姉ちゃん」
「おっとそうでした」
少年をからかいに来たわけではありません。
ちゃんと目的を果たさないといけませんからね~。
「はい、ラークスくん。これを」
「これは……?」
「アンブレランス試作二号ですわ」
「えええー!?」
骨組みだけになってポッキリ折れてしまったアンブレランスを見てラークスくんは驚いた声をあげた。
「開く部分は分かるけど、根本まで折れるなんて」
受け取った残骸には、アンブレランスの面影はゼロ。むしろ元の形を想像することすら難しい状態になっていました。
単純に壊れた、という程度ではなく。
完全に破壊されてしまった、という言葉がピッタリな状態。
あらゆる角度からそれを観察し、ラークスくんはがっくりと肩を落とした。
「あぁ、勘違いしないでくださいまし。大丈夫です。タワーシールドですら折れ曲がった攻撃を受けたのですから、折れるのも止む無しですわ」
「ど、どういうこと?」
わたしは遺跡でウォーター・ゴーレムと戦闘したことを説明しました。もちろん、その手前のスケルトン・ドッグとの戦闘も伝えましたが……地面にこすって一部分が折れちゃったのはナイショです。
まぁ、そこから導き出せる重要な結論がひとつあるんですけどね。
「な、なるほど……う~ん、でもやっぱり盾には程遠い強度だったんですよね」
「それは仕方がありませんわ。だってアンブレランスはあくまでも武器。武器のまま盾に追いつこうとするのは愚の骨頂ですよ」
「あ、はい。そう……ですよね……」
ラークスくんは根本からポッキリと折れているところを指で触りながらうなづく。
理解はしていても、納得はしていない。
そのような感じですわね。
「一応、三作目と四作目があるんですけど……」
ラークスくんは後ろにある棚から二本のアンブレランスを取り出した。どちらが三作目でどちらが四作目かは分かりませんが、名前を付けるのならばアンブレランス(大)とアンブレランス(小)という感じですわね。
「こっちの大きいのが三作目です」
今までよりずんぐりむっくりで太く大きくなったほうが三作目。
「大きいですわね。しかも太い。立派ですわ」
つつつ~、と指でなぞって。
さわさわさわ~っと撫でる感じで言ってみました。
「う、うぅ。お姉ちゃんワザと?」
「ワザとです」
真っ赤になっちゃって可愛いですわね、ラークスくん。
おもわずリンゴちゃんらしくなった、とからかいたくなってしまいますが、それはイジメですのでやめておきましょう。
「えっと、それで……扱いにくい程に大きくなってきちゃったから、四作目は小さく作ることを目標にしてみました。でも小さくすると強度の問題がありそうなので、加減が難しいです」
「ロングソードとショートソードみたいなイメージですわね」
それこそアンブレランス大は盾として、アンブレランス小は武器として使うのがいいのかもしれません。
狭いところで戦うのならアンブレランス小だけという手もありますし、大きさの違う二本があれば戦闘の幅は広がりますわね。
「で、でも、ごめんなさい。やっぱり攻撃を防げないんじゃ――」
「おや、間違ってますよラークスくん」
「え?」
「ふふ、どうやら目的を見失ってしまっているようですわね」
アンブレランスのコンセプトはあくまで――
「弾く、ですわ」
「あ」
こくこく、とラークス少年はうなづきました。
「今回アンブレランスが破損したのは、全てわたしの使い方が悪かったのです。スケルトン・ドッグとの戦闘では問題なく武器としても盾としても使えましたから。開くギミックを見せることによって、相手に警戒させるという牽制もできましたし。問題といいますか、破壊されてしまったのは、あくまでわたしが上手く使えってあげられなかったことが原因です」
床にこすったりして折ってしまいましたし。
到底防げるはずのないウォーター・ゴーレムの攻撃に向かって盾のように使用したりしましたので。
壊れたのは武器の性能ではなく。
使い方が悪かった。
と、言えます。
「まだまだわたしも修行が足りませんわ」
「お姉ちゃんも?」
「えぇ。もちろんです。なんでしたっけ? え~っと、日々是精進也。ひびこれしょうじんなり。わたしの知り合いが言っていた言葉ですわ」
乱暴のアスオェイローの言葉です。
鍛えること、戦うことが大好きだったみたいですからね。
きっと含蓄のある言葉に違いありません。
「他にも……上は凄いぞ、思い知った。日々全力が当たり前。限界超えてようやく普通。とも言っておりました」
「す、凄いねその人」
人じゃありませんが。でもオーガ種ですから似たようなものです。
頭に角が生えているだけですから、獣耳種の耳とか有翼種の羽とかとそんなに変わらないので人でもいいですわよね。
そんなこと言ってるとアスオくんに怒られそうですけど。
「というわけで、わたしも日々努力したいと思っております。ラークスくんも頑張ってくださいまし。あ、もちろん今までも頑張ってると思いますけど。これからも続けて努力していきましょう。でも、あまり無理をしてはいけませんからね」
「わ、分かってるよルビーお姉ちゃん」
「ん~、あまり信用できませんわね。約束をしましょう」
「やくそく?」
えぇ、とわたしはうなづいて近くの棚に置いてあったナイフを手に取り、指先をちょっぴり傷つけました。
ぷっくり、と血があふれてくるので、それをラークスくんに差し出す。
「わたしの故郷に伝わる約束の方法ですわ。血の交換です。まずはラークスくんが舐めてください」
「え、え、え?」
戸惑うラークスくんの口に、ちゅぷん、と指を入れました。
「んんぅ!?」
驚くラークスくん。
口の中に入ってきた異物に反応してか、にゅる、と動く少年の舌の動きを指先に感じ、少しだけくりゅくりゅと指先を動かす。
舌の中央を、人差し指で撫でてあげました。
「お、おねえひゃん……んっ、ひゃ、あう、んぐぅ」
「んふふ。もう少しだけ我慢してくださいまし」
わたしは指先に絡みつくラークスくんの舌の動きを楽しみつつ、歯の内側を丁寧に撫でるようにして触っていった。
ちゅぱ、にちゅ、ちゅぷん、とラークスくんの口から指を引き抜くと……わたしの血は綺麗に舐めとられていて、かわりにラークスくんの唾液が付いている。
それを遠慮なく自分の口にいれて舐めてみる。
ふむふむ。
ん~。
血液の味なら分かるのですが。
他人の唾液の味は分からないものですね~。
「あわわわ」
「さ、次はラークスくんの番ですわ」
「う……うん」
あまり深く傷つけては鍛冶に影響があります。わたしはラークスくんの手をとって、ギリギリ血が出るくらいの傷を付けました。
ぷっくり、と指の上で玉のようになる血液。
あぁ~、美味しそうですわ~!
「はむ」
「ひゃう」
ラークスくんの指をくわえて、血の味をたっぷりと楽しむ。ねろり、と舌で指を撫でるように舐め、血液を舌の上で伸ばすように味わった。
師匠さんの甘い感じとは違って、ちょっぴり酸っぱい味が混ざってる。まるでレモンにはちみつをかけたような、とも言いましょうか。
これはこれで大変美味しい味ですわ~。
うふふ。
素晴らしい美味しさ~。
ん~、あ~、おいしい~……
……ん?
あっ!
ヤっベぇですわ!
やっちまいましたわ!
トンデモないことに気付きました。
わたし、ラークスくんの血を吸ってしまいました。つまり、ラークスくんを眷属化してしまいましたってことですわよね、これきっとたぶん!?
なにやってんの、わたし!?
「……お、おねえちゃん……?」
おっと。
ラークス少年の目がトロンと溶けてしまいそうです。
ちゅっぽん、とわたしの口からラークスくんの指を引き抜きました。甘酸っぱくて美味しいので、ちょっと名残惜しいですが。やっちまったもんは仕方ないです。はい。
「……まぁ、はい。うん。だいじょうぶだいじょうぶ」
「はわわ」
なんにもしなければいいんですから。うんうん。
ラークスくんは、自分の指を立ててぷるぷると震えていました。ついでに前屈みになって、またしゃがんでしまいましたが……
これはわたしが悪いので、気付かないことにしておきます。
彼の名誉のために。
「こほん。はい、これで約束ですよラークスくん。いっしょに頑張りましょうね」
「は、はい、る、ルビーおねえちゃん」
えいや、という感じでラークスくんはわたしの唾液が付いた指を自分の口に入れました。
なんでしょう。
ゾクゾクしますわね。
今度こっそり眷属化して、もう一度……あ、いえいえ、やりません。やりませんよ?
そんなことしたら、師匠さんに怒られますので。
わたし、これでも人間の味方する吸血鬼ですので!
大丈夫ですわよ!
信じてくださいね!




