~可憐! 暗い黒いクラいクロい~
スケルトン・ドッグの集団を倒して。
あたし達はいよいよ次のエリアに行くために重たい扉の前に立った。
もちろん――!
「安全確認」
先に進むのは、ちゃんと安全を確かめてから。
「はーい」
「分かりました!」
師匠とあたしとノーマくんは、いっしょに扉の先を確認する。さすがにもうスケルトン・ドッグは残っていないけど、それとは別に罠があるかもしれない。
扉の分厚さは見たこともないくらいで、あたしの体が一個すっぽりと入ってしまうほど。金属の板が何枚か重ねられたような筋があった。
そんな扉の向こう側は真っ暗で、あまり先へは見通せない。
ひとまず扉付近には罠が無いことを確認できたので、扉をくぐってみる。真っ白だった通路の石は黒くなっており、壁も天井も真っ黒だった。
第一エリアから第二エリアに向かう通路とはちょっと違うみたい。
なにより天井も真っ黒な壁になっていて、まるで暗い部屋に閉じ込められたような感覚になる。
扉の先の安全も確保できたので、いいよ~、と伝える。どうやら先に進むのはレーちゃんパーティだけで、他の冒険者たちはあたし達を見送った。
「むぅ~」
あたし達を罠解除装置だと思ってない?
ひどいなぁ~。
「世の中そんなもんだ」
師匠はちょっぴり乱暴にあたしの頭を撫でた。
「美味しいところを譲ってくれているのです。サティスも、魚は骨や頭より身のほうが好きでしょう?」
ルビーはそう言うけど、あたしは否定した。
「魚は全部美味しいもん」
「フォローしてるんですから受け入れてくれません?」
「あえて拒絶した」
「師匠さん、この娘を罠に落としてみんなで笑い者にしません?」
「ひどっ!?」
ルビーとわぁわぁぎゃぁぎゃぁとやっている内に、先に進むメンバーが全員、扉をくぐった。
「光源を用意してくれるか」
師匠の言葉に、ルビーとセルトくんが返事をしてランタンとたいまつを用意する。
「ランタンは私が持ちましょう」
「では、よろしくお願いしますわ」
ルシェードさんがルビーからランタンを受け取った。
ルビーは武器を両手持ちで戦うけど、ルシェードさんは片手に盾を持つので、戦闘になった時を考えてのことかな。
ランタンやランプは風の影響を受けなかったりして便利だけど、戦闘になった時はたいまつのほうがいいって師匠が言ってた。
地面に落としてもある程度は燃え続けるので、両手が空く。ランタンも腰に吊るせば両手が空くものの、激しい動きをするには少々危ない。
なによりランタンはそこそこ高価だし、油も別で用意しないといけないので、出費を抑えるにはたいまつが一番だって。
「あ、あの。師匠さん、魔法の光源もいりますか?」
おずおずとレーちゃんが師匠に話しかけた。
師匠に意見を言うのを、ちょっぴり緊張してるみたい。
「あぁ、余裕があるのなら是非」
レーちゃんは嬉しそうに、ハイ、と返事をして魔法を使う準備に入った。
「フォンス・ルーチス」
レーちゃんが呪文を唱えると、魔力で作られた光の球が顕現した。それはふわりと浮き上がるとレーちゃんの近くに留まる。
たいまつやランタンの火と違って、真っ白な光。
風で揺れることもないから、罠とかをチェックするには魔法の光のほうが安全そう。
「ねぇねぇ、レーちゃん。これって触ってもいいの?」
「なんにもなんないよ」
あたしは光の球に手を伸ばすけど……熱いとか冷たいとか痛いとか、そういうことはぜんぜん無くて、する~ってすり抜けるだけだった。
「いざとなったら魔物にぶつけるのかと思った」
「そんなことしたら真っ暗になっちゃう。できてもやらないほうが安全だよ」
「あ、確かに」
魔法って便利だけど、そこまで応用はできないってことか~。
「よし、行くか」
師匠の合図にあたし達はうなづく。
ちなみに他の冒険者たちは、どうぞどうぞ、という感じで扉の外で見送っている。
やっぱりズルイ。
でも、訓練になるから頑張ろう。
なにより、宝物が目的じゃなくて、純粋に『冒険』を楽しんでるって感じだし!
ランタンを持つルシェードさんと師匠が先頭を歩いて、その後ろにあたしとノーマくんが続く。
で、たいまつを持つセルトくんがその後ろに続いて、一番後ろがルビーとレーちゃんとなった。
「プルクラ、不意打ちに注意しておいてくれよ」
「お任せください、師匠さん。不意打ちに先手を打ってみせますわ」
ぜったい無理だろ、という言葉をあたしは飲み込んだ。
あたし偉い。
真っ暗な通路は黒一色なので余計に暗く感じた。足元も壁も天井も同じ黒色なので、なんかどこを歩いているのか、分からなくなってきそうだ。
体が宙に浮いてる感じ。
なんだか足元が不安になってきた。
もしかしたら壁なんか無くて、通路から少しでも外れれば底の深い落とし穴に落ちてしまうんじゃないか。
そんな気がしてくる。
「――む」
慎重に歩いていた師匠が足を止めた。
「どうしました」
それに合わせてルシェードさんも止まったので、みんながストップする。
「少し確かめたい」
師匠はなぜかお財布を取り出した。
そこから銅貨であるアイリスコインを取り出すと、通路に立つようにして置く。
「なにしてるんですか、師匠」
「通路が気になった。見てろ」
コインの向きを変えた師匠は、コツン、と弾くように……進行方向へ向かってアイリスコインを転がした。
平坦な道ならすぐに勢いを失って倒れるはずなんだけど――
「あっ」
アイリスコインは勢いを失うことなく、ずーっと転がっていく。しかも、ちょっと加速してる気がした。
ってことはこの通路――
「下り坂になってる?」
「そのようだ」
気付かないように、徐々に下り坂にしてあるみたい。
いったい何のために?
って、思ったら答えはすぐに出た。
ランタンの光源にわずかに照らされていたアイリスコインがスっと消えた。
「あれ?」
明かりが届かなくなったって感じじゃなくて……なんかこう、消えてしまった。バランスを失って倒れた感じでもなく、ホントに一瞬にして消えちゃった。
「なにかあるな。警戒して進もう」
更にゆっくりと歩きながらアイリスコインが消えた場所に近づいていく。
下り坂になってるって分かると、ずんずんと進んでいきそうになるのが分かった。気を付けてないと調子に乗って進んでいっちゃいそう。
どうしてそういう造りにしているのかは、アイリスコインが消えた場所で分かった。
「落とし穴か」
通路の真ん中にぽっかりと穴が空いてる。なにかあると分かっていたから簡単に発見できたけど、もし知らなかったら見つけられて無かったかもしれない。
真っ黒な通路に真っ黒な穴。
坂道で調子に乗ってずんずんと進んでいってたら、見逃してしまう可能性は充分にあったと思う。
「深そうですね」
ルシェードさんがランタンを落とし穴の中に向けてみるけど、底はまったく見えない。
「これ、落としてみてもいいですか」
ノーマくんはポケットから石を出して、落とし穴に落としてみる。すぐに音は聞こえず、しばらくしてからカツーンという乾いた音が聞こえた。
「落ちたら確実に死ぬみたいだ」
見た感じ、通路と同じ石で出来てるみたいなので、指を引っかけるところもない。落ちたら最後、底に付くまで止まることは出来ないっぽい。
「ねぇねぇ、ノーマくん」
「ん、なに?」
「なんで石なんか持ってたの?」
「あぁ。指弾を練習してて。まだ使えないんだけど」
指弾っていうのは、指で石とかを弾いて攻撃する技だ。あんまり威力は出せないけど、補助的な近距離攻撃には向いてる。
「カッコつけてないで、スリングにしとけばいいのに」
「う、うるさいなー。レーちゃんには関係ないでしょ」
「なによ。関係あるに決まってるでしょ」
「なんでさ」
「む。ノーマくんなんて知らない」
ぷい、とレーちゃんがそっぽ向いちゃった。
あらら。
「余計なお世話かもしれないが、言わせてもらうぞ。冒険中のケンカは死に直結する。レーイ、謝ったほうがいい」
師匠はポンポンとレーちゃんの背中を叩く。
怒ってるのではなく、アドバイスとして師匠は言ったみたい。
「あっ」
自分のミスに気付いてか、それとも師匠に促されたからか。
レーちゃんは素直に謝った。
「ごめんなさい」
「あ、う、うん……」
「ちなみに今のはノーマも悪かったぞ。おまえの覚える技、スキル、それらは全て仲間の命に直結している。パーティメンバーに関係無いことなんて、ひとつも無い」
「あ、はい。ごめんなさい、レーちゃん」
師匠はポンポンと、今度はノーマくんの背中を叩いた。
「だが、カッコいいことは重要だよな。指弾はいいぞ。極めれば不可視の攻撃となる」
ノーマくんの顔がパーっと明るくなった。
なぜかセルトくんとドットくんも親指を弾いてる。
「男の子ですわね」
「これだから男の子は」
ルビーが笑って、レーちゃんが呆れてる。
「あはは……」
あたしはなんとなく男の子の気分も分かるので、苦笑した。
だって、師匠がカッコいいって言ったんだからあたしも覚えたいし!
「とりあえず、後続のために目印をしておくか」
師匠は落とし穴の手前に丁寧にアイリスコインを敷き詰めるように並べていった。ここまで並べたら、ぜったいに気付くし、なによりお金だから注目する。
まぁ、誰かが取っちゃったらおしまいだけど……でも、銅貨を数十枚ひろったところでリンゴ一個も買えないだろうから、大丈夫かな?
あたし達はそのまま落とし穴の横を通ってやり過ごした。ジャンプしようと思えばできるような大きさだけど、横にちゃんと通路があるので、こっちを使ったほうが安全だ。
ひとりづつ丁寧に渡って、真っ黒な通路を進んでいく。
何度か師匠かコインを転がして、まだ坂道が続いているのを確認したり、もう落とし穴が無いってことを確認しながら進んでいく。
しばらく真っ黒な空間を歩き続けると――ようやく通路は終わり、開けた場所に出た。
「お~!」
開けた、といってもあくまで通路と比べての話。さっきまでのエリアとは違って、あまり広くはない。
でも――
「神殿だ!」
まるでお城みたいな大きな建物の入口が。
ぽっかりと口を開けて待っていた。




