~可憐! 第三エリアへの扉~
翌朝。
「んあ?」
遺跡の中なのに天井があって、地下なのに夜が終わって朝が近づいてくる。しかも寝てた場所は貴族が住んでるような大きな屋敷の床。
そんな不思議な状況になんだか混乱してしまうけど、とりあえず目が覚めた。
「あぁ……ん~」
隣を見たらレーちゃんがまだ寝てた。
ルビーの姿はどこにも見えないので、起きてどっか行ったのか、もしかしたら夜中中ひとりで遊んでたのかもしれない。
あたしは眠い目をこすりながら部屋を出ると、階段を降りて外へ出た。まだ完全に太陽は登ってないみたいで、遺跡の天井は明るい紫色の空になっている。
「おはよう、パル」
「んあ~、おはようございます師匠」
お屋敷の玄関からぐるっと回った先……普通だったら庭に当たる場所に師匠がいた。お屋敷には庭がなくって、水で満たされた床になっている。ゆっくりと流れているので、大きな水路と言えるかもしれない。
師匠に、久しぶりにパルって呼ばれた気がしてちょっと嬉しい。
うん。
よし、目が覚めた。
水がいっぱいあるので、顔を洗うのに便利。壁からもシトシトと静かに水が流れ続けているので、下水道よりよっぽど綺麗な水だ。
透明で綺麗な水で顔を洗えるっていうのも、遺跡の中なのに変な気分。ほどよく冷たくて気持ちいい。
他にも冒険者の人たちが朝の準備をしているのが見えた。中にはざぶざぶと水の中に入って体を洗ってる人もいるし、なんか遠くでは泳いで遊んでる人もいる。
気持ち良さそうなので、水浴びはあたしもやりたい。
でも、泳ぐのはちょっと恥ずかしいので、やめておこうと思う。あの人、たぶんお調子者で仲間にバカって思われてそう。
「ほら」
「ん」
師匠がタオルで顔を拭いてくれる。
「ん~ふふ~」
「ご機嫌だな。なにかいいことでもあったか?」
「いえ、凄く楽しくて」
「それは俺も同感だ。でも油断しないように。減点ポイントが貯まってるぞ」
減点ポイントが貯まると、あたしじゃなくてルビーが甘やかされてしまう!
「う~。ど、どうやったら減点ポイントが減りますか? あ、分かりました」
「なんだ?」
「師匠にご奉仕!」
あたしは不意打ちとばかりに師匠に抱き着こうとしたけど、顔を押さえられて飛び掛かれなかった。
ちくしょう!
「俺にご奉仕しようなどと二年早い」
「二年でいいんだ……ん? やっぱり師匠はロリコンです」
「うるせー」
「あたしが大人になったらポイするんだ」
「その前にもらってやる。俺は卑怯で卑劣な盗賊だからな。一度手に入れた物は、そう易々と捨てないし、他人にもやらん」
「んふふ~。師匠好き」
「ありがとう。俺も好き」
「なにラブラブしてやがるんでございますの!」
ざっぱー! と、水を跳ね上げる勢いでルビーが現れた。
どこに行ってたのかと思ってたんだけど、まさか下着姿でその辺を泳ぎ回っていたとは思いもしなかった。
というか、バカじゃないの!?
じゃなくて、やっぱりバカだ!
「なにやってんだルビー」
師匠は呆れた感じで言うと、ルビーに手を差し伸べる。それを掴んだルビーは嬉しそうに立ち上がって、濡れて肌に張り付く下着を脱いだ。
「脱ぐな脱ぐな。というか、目に毒だから早く着替えてこい」
「あら、わたしの美しさが毒だと言うんですの?」
「俺はワガママだから独り占めしたいんだよ。命令だ。誰にも見せないように着替えてこい」
「そう言われてしまっては命令を遂行するしかありませんわ。師匠さんの卑怯者ッ」
それでもルビーは嬉しそうだったので、あたしはあっかんべーをしておいた。
「ひやあああああああ!?」
その後、二階からレーちゃんの悲鳴が聞こえてきたので、たぶんルビーのせいだと思う。そりゃ寝起きにずぶ濡れになった長い黒髪の美少女なんて見たら悲鳴もあげちゃうよね。
「はぁ~」
師匠はなんだか疲れた顔をして、肩を落としてた。
「あはは。あ、師匠。ルシェードさんはどこ行ったんですか?」
そういえば昨日の夜から姿が無かった。
「本隊に報告に行ったようで、そっちで泊まってくるようだ。アレだな。遺跡調査はもちろんなんだが、俺たちの監視と見極めっていうのも含まれてたんだろう」
「みきわめ?」
そう。と、師匠はうなづく。
「どんな人物で、どんな考え方をして、どこまで使えるのか。善か悪か中立か」
「善悪だけじゃなくて、中立もあるんですか?」
イイ人か悪い人か。
そうじゃないっていうのは、なんか分かるようで分かんない。
「ある意味、中立が一番の『悪』だと俺は思ってるけどな」
「中立なのに悪……どういうことですか?」
善はイイ人ってことで、悪は悪い人。そのどちらでもない中立が一番悪いっていうのは、良く分からない。
「ここでいう悪は悪人という意味じゃない。そうだな……たとえばお婆さんが重い荷物を持って歩いていたとしよう。どうする?」
「ん~……なんか怪しいし、様子を見ます」
「なるほど。パル、おまえは『悪』だ」
「え!?」
あたし、悪人だったの!?
「ど、どどど、どうして?」
「あはは、落ち着け。この『悪』は悪人という意味ではない。あくまで行動指針を端的に言い表しただけの言葉だ。ちなみにさっきの質問で、善人は荷物を持って助けてあげると答える」
「はぁ……じゃぁ中立は?」
「自分にとって得をしそうだったら助ける。何も利益になりそうになかったら無視をする」
「……な、なんかこう、ヒドイ」
「だろ?」
師匠は苦笑する。
「なんか、それで考えるとルビーは善な気がしますよ、師匠」
喜んでお婆ちゃんの荷物を持ってあげそうな気がする。
「俺も思った。ま、盗賊には『悪』があってるよ」
果たして吸血鬼が善でいいのだろうか。
なんて思ったけど、ルビーはバカなので吸血鬼とか魔物で考えないほうが良さそう。だって、こんなところで泳いじゃうくらいだし。
その後、みんなで朝ごはんを食べて、外から戻ってきたルシェードさんと合流した。
「それでは冒険の続きと参りましょう!」
朝から泳いだりしてご機嫌だったルビーは、すでにテンション高く先頭を歩き出す。その後ろをあたし達はぞろぞろと続いて歩いていった。
すでに通路は何人もの冒険者たちが歩いているので罠が無いのは実証済み。
で、問題は――
「次のエリアへの扉だな」
師匠は足を止めて見上げる。
貴族エリアの一番奥の壁は真っ白で、第一エリアの青い壁とは違って金の装飾は一切無かった。
代わりに扉の大きさは倍ほどあり、いろいろな装飾と思われる模様があった。
重厚な金属の扉っぽくて、塗装などはされていないような鈍い色。
取っ手と思われる丸い輪っかが左右に付いていて、それが猛獣と思われる口を開いた牙というか口の中から垂れ下がっているようなデザインになっていた。
見るからに重そう。
っていうのが、ふたつめの扉だった。
「なんだか噛みつかれそう」
うんうん、と後ろでレーちゃんパーティのみんなが同意してくれる。
もちろん硬い金属なんだから動くわけがないんだろうけど、なんとなくそういう感じに思わせてくる。
つまり、取っ手の輪っかを持ちたくない。
「さて罠感知だが……」
師匠がちらりとあたしを見て、その後、うしろにいるノーマくんを見た。
「サティス、ノーマ、やってみるか」
「や、やってみます!」
「あたしも!」
ノーマくんがやるんだったら、あたしもやるしかない。昨日みたいな失敗は絶対にしないぞ、と気合いを入れて、ノーマくんと横に並ぶ。
「じゃぁ、あたしはこっち側を調べるね」
「分かった。僕は左側だね」
左右に別れて、あたしは右側を調べる。まずは床に何も無いか這いつくばるようにしてから調べて、罠が無いことを確かめると扉の真ん前に立った。
扉はやっぱり金属で出来ているみたいで、黒に近いような青色。
青銅ってこんな感じ?
ところどころ緑色が強かったり茶色もあったりしてる。
これは錆びてるんじゃなくて、もともとこういう色をしている感じ。もしかしたら、一種類の金属とかじゃないのかな?
ひとまず投げナイフの刃を扉の底に差し入れてみる。第一エリアの扉では底面に刃は入らなかったけど、今回の扉には刃が入った。
すーっと通してみて、手応えはゼロ。
ついでに真ん中の隙間にも刃を通してみるけど、やっぱり手応えはなかった。
「ふぅ」
ここで一息。
続いて、扉に何か仕掛けがあるかどうか、罠があるかどうか調べていく。
猛獣っていうか、これトラっていう動物だっけ。それともライオン? がおーって感じで牙を剥き出しにしてて、口の中に輪っかが通してあるようなデザイン。
他にも、それを彩るような彫刻みたいな感じで色々と扉っぽい模様が入ってる。ナイフで扉を叩いてみると、やっぱり硬い。
コツコツという感じで音は甲高かった。
見れる範囲で仕掛けのようなものは無いし、怪しいところもなかった。
「取っ手かな」
今までの扉には罠があったり鍵があったりしたので、何も無いとは考えられない。
やっぱり怪しいのは取っ手だけど……
あたしはブラブラとぶら下がってる輪っかをナイフでちょんちょんと触れてみる。少し擦れるような音を立てて、輪っかは前後に揺れた。
でもそれだけで何も起こらない。
試しに輪っかにナイフを通して、ちょっと引っ張ってみるけど……何も起こらなかった。
「ん~?」
ノーマくんも首を傾げている。
「怪しいところ、あった?」
「なんにも。サティスさんは?」
あたしは首を横に振る。
「じゃぁ、罠が無いってことかな」
「そうかも」
ノーマくんは、えいや、と輪っかを手でつかんだ。
すごい。さすが男の子。勇気ある~。
「ん、ん~~~!」
そのまま引っ張ってみても、押してみても……何も変化は起こらなかった。
「とりあえず、罠は無いみたいだけど」
「鍵がある感じなのかな」
でも、鍵穴とかは見つかってない。
もしかして輪っかがドアノブみたいになってるとか? と思って捻ったり回そうとしてみたけど、何も起こらなかった。
ふむふむ、なるほど――!
「よし!」
「何か分かったの?」
ノーマくんが聞いてくるので、あたしはにっこりと笑って答えた。
「降参!」
「えー!?」
「師匠! 分かりません!」
「正直なのは美徳だな。罠が無いのを調べられただけでも上出来だ。よくできました」
師匠と交代する時にあたしとノーマくんは頭を撫でてもらった。
「えへへ~」
「あ、ありがとうございます」
ノーマくんはレーちゃんにも褒めてもらってるようで、頭を撫でてもらってる。スキンシップがちょっと大胆になった感じがする。
昨日の夜、ルビーが言ったことが効いてるのかもしれない。
「わたしも撫でてあげましょうか?」
「汚れるのでやめて!」
「失礼な!?」
あたしはルビーに撫でられないように、自分の頭を手でガードした。せっかく師匠に撫でてもらったので、その感触を上書きされたくないもんね!
「ん~、これはアレだな」
あたし達に代わって師匠が扉を調べてたけど、結果が出たみたい。
「どうやって開けるんですか、師匠」
「物理だ」
「?」
「これ、単純に重たい扉だな」
「え!?」
なにそれ、どういうこと!?
重たい扉って……重たい扉ってこと?
「よし、みんなで引っ張るか」
どうやら、あたしの想像通りみたい。
第二エリアの扉の開け方は。
みんなで一生懸命に引っ張る、でした。